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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
30/159

観光と算数(下)

 デュラニーの屋敷は覚悟していたほど遠くなく、むしろ屋敷に入ってから中庭に出る道筋の方が遠く感じた。

 私はつい、これ絶対掃除大変、という庶民的な目で見てしまう。


「木剣くらいあるよな? 借りられるのか?」


 中庭の中央で、ユウが肩をぐりぐりと回して準備運動しながら、デュラニーの方を見る。


「いや、真剣で結構。私も遊びで手合わせを申し込んだわけではないのだから」


 言いながら、デュラニーは腰元から、すらりとレイピアを抜き放った。

 私とマグは、中庭の端っこで見学会だ。


「中央に魔石が……はめ込んであるな……あれを触媒に……魔法を使う気だ」


 マグが、私にだけ聞こえるような声量で、デュラニーのレイピアを説明してくれた。

 見ると、確かにエメラルド色の大きな石が、レイピアの中央を飾っている。


「緑は……風系の魔法が多い……自力で気づけなければ……ユウは不意打ちで負ける」


「そんなに、まほうって、つよいの?」


「ああ、大体は……戦局を覆す……用途で使われる……からな」


 そうなのか…。

 じゃあ、私も参考にするつもりでしっかりとデュラニーの動きを見ていよう、と気合を入れる。


「んじゃ、お互いに怪我する前に降参を申し出るってことで」


 ユウは大剣を抜き放つと、正眼に構えた。


「遠慮はいらない、かかってきたまえ」


 デュラニーに先手を譲られると、ユウは「じゃ遠慮なく」と言って、中庭の地面を蹴った。

 瞬く間に迫りくるユウに、デュラニーは涼しい顔をしてメガネを片手で押し上げる。


「おりゃああああっ!」


 ユウの力任せの大上段からの振り下ろしに、デュラニーは、


「底辺×高さ÷2! ここだ!」


 私は死ぬほど噴いた。


 デュラニーは華麗なステップでユウの一撃をぎりぎりでかわし、横合いからの一撃を入れようとした。


   ズガアンッ!!


 が、ユウの一撃は思った以上に重く地面にめり込み、土くれを巻き上げて周囲に襲い掛かる。

 デュラニーのレイピアは、そうして舞いあがった土を薙ぎ払う事に使用されるにとどまった。

 デュラニーはトントンと距離を取る。


「くっ…さすがはユウくん、私の計算以上だ」

 

 やめ


 やめてよ!!!!!!!!!!!!!!


 最近ちょっと普通のクソファンタジーで住みよいかもって思わせておいてから叩き落すのやめてよ!!!


 うわああああ

 わあああああああああああああ


 頭いい計算キャラ作りたかったんだね!!!?

 小学校の算数が最新情報の段階でね!!?


「まだまだあ!!」


 ユウは大剣を片手の逆手に持ち替え、剣先を地面にめり込ませたまま、デュラニーに突進していく。


   ザザザザザッザザ、ザンッ!!!


 そして大剣がデュラニーのすぐ前まで来ると、剣先が兎のような機敏な動きで跳ねあがり、切り上げとして彼に襲い掛かる。

 地擦りの斬月。


「(上底+下底)×高さ÷2!」


 デュラニーは台形の面積の求め方を叫びながら、身をかがめてユウの一撃をくぐる。

 そして踏み込みと同時に渾身の刺突を、

 とか冷静に見られなくなってきた!!


 ひいいいい恥ずかしいいいいいいいいいい


 デュラニーかわいそうだよ!!!

 ドヤ顔で小学校の算数を口に出してるんだよ!!?

 なんでその計算式で避けれるんだよおかしいだろ!!


「道のり=速さ×時間!!(メガネクイッ)」


 などとデュラニーがやるたびに、耳まで真っ赤な私は両手で顔を隠して恥ずかしさに耐えた。


「ツナ、大丈夫か……? 少し刺激が……強かったかもな……安心しろ、オレが隣に居る限り……土くれ一つツナには近づけさせん」


 私が戦闘に怯えていると思っているのか、マグがものすごく気を使ってくれる。

 すると、突如、ユウが腹を抑えて苦しみだした。


「くっ、デュラニー、何をした…!?」


 すると対面のデュラニーも、わき腹を抑えて同じような苦悶の表情を浮かべる。


「なっ、この痛みは…!? まさか、先ほどの食事に、毒が!?」


「いや、食べてすぐ……運動したからだろ……」


 マグが冷静に声をかける。

 待って、これデュラニーは本当に頭がいいの?


「なんだ、そういうことか、安心したぜ! よし、そろそろ本気で来いよデュラニー!」


「その言葉、後悔しないだろうね!」


 やめてユウ! 挑発しないで!! 負けたらどうするの!?

 私、デュラニーと旅をしていける自信が髪の先ほどもないよ!!


 ようやく戦闘の方に目を向けると、デュラニーがレイピアを額に近づけるように持ち、目を閉じて集中を始めた。


「ラード・グラタン・メルシーオルボワール……」


 !?


 うわあああ、あの前に見た恥ずかしいラード魔法はデュラニーだったの!!?

 もうやめてあげてよおおお!!

 歩く生き恥じゃん!!


 しかしユウの方を見ると、彼は舌なめずりをしながらデュラニーの様子を見ている。

 こ、これはまずい!?

 確か魔法の効果は、一瞬だけ物凄い速さになって相手にダメージを与えるとかいうやつだよね!?


 ダメダメダメ!

 ユウが負ける事態(=デュラニーが仲間になる)だけは私、耐えられないよ!!


「ユウ、みぎに、とんで!!」


「―――エキサイティンッッ!」


「!?」


 ユウだけでなく、マグも私の言葉に驚いたようだった。

 しかしユウは、考える前に、脊髄反射のように体を動かす。

 案の定、ものすごい速さのため、直進しかできないデュラニーの攻撃が空を切った。


   ザリ、―――ドガッ!


 ユウは軸足を回転させ、そのまま「おらあっ!!」と言いながら、デュラニーの背中へ、回し蹴りを入れる。


「がはっ…!」


 デュラニーがワンバウンドして、地面に転がる。

 私とマグは、二人の方へ駆け寄った。


「勝負あり……だな」


「すまねえデュラニー、勢いで決めちまったが、助言があったからノーカンってんなら受け入れるぜ」


 デュラニーは、差し出されたユウの手につかまって立ちながら、ゆっくりと首を振った。


「いいや、構わないとも。助言を与える相手が居ることも、ユウくんの人間としての力の一部だ。たかが手合わせでも、彼女はよほど君に勝ってほしかったんだろう、妬けるよ」


 私がこの中身小学生男にホの字みたいな言い方はやめてもらっていいですかねえ。


「いやー助かったぜツナ。それにしても、なんでツナはデュラニーの攻撃の仕方がわかったんだ?」


「え? えっと…なんとなく、かな」


 私の言葉に、デュラニーは得心いったと頷いた。


「なるほど、不思議な力を持った少女のようだ、君たちがパーティーに加えるのもわかる気がするな」


「別に……ツナの力が目的じゃない」


「マグくんまでご執心というわけか…。くっ…だが、諦めきれない!」


 デュラニーは土まみれになった服を手で払い、改めて私に向き直る。


「ナツナくん、勝負だ! 私は円周率が100桁言える! 君はどうだ、さあ、言ってみたまえ! π、イコール?」


「およそ3」


「完敗だ……」


 ふふふ、ゆとりを舐めてもらっちゃ困るな?


 がっくりと打ちひしがれるデュラニーの肩を、ユウが優しく叩いた。


「デュラニー、戦ってみて思ったんだが、お前、パーティーを組む必要がないくらい強いぜ。あれからよっぽど鍛錬したんだな」


「…なんだって?」


「たぶん冒険譚の読みすぎで、パーティーを組まねばならない的な固定観念ができちまってたんじゃねーかな。試しにここの鉱山でさっくり冒険してみろよ、かなり手応えが得られると思うぜ。ああもちろん、最初は浅い層からな?」


「………」


 デュラニーはしばらく呆気にとられたような顔をしていたが、やがて自分の手の平をじっと見て、ぽつりとつぶやいた。


「少し、考えてみることにする。そうまでして自分が冒険者になりたいのかどうかをね」


 …ひょっとしてデュラニーは、ユウたちと仲良くなりたかっただけなのかな?

 確かに貴族って、同い年くらいの友達と近い距離で笑いあったりできなさそうだもんね。

 ちょっとかわいそうだけど、『一緒に冒険しようよ!』とか言って誘えないクールな自分が居る。


「別に貴族として……生きるにしても……強いに越したことはない……今の生活のまま……趣味で冒険をするのも……ありだろう」


「フッ……そうだな。いつかフェルマーの最終定理を解き明かして見せると意気込んできた日々と同じような気持ちで、そのうち挑んでみることにするよ」


 うけたあ。

 デュラニーさん、その大定理はとっくに解明されてますよ!?


 あ、そうか、私はまだこの頃インターネットとかが家になかったから、結構遅くまで知らないんだね、そのことを!

 確かに小学生の時の胸アツ事項だったよね、いまだに解けてない数式があるのって、なんかカッコイイよねって。

 まあ、molで挫けた文系女子が戯言を言うなよという感じだけどな。


「俺もマグに賛成な。デュラニーが貴族のままで居てくれた方が、あの堅っ苦しい世界に明るい未来が待ってそうで、期待が持てるんだよなあ。好きな言葉は一視同仁~みたいな?」


「残念ながら、好きな言葉は一意専心だ」


 何この会話?


 というか、わかった、私は貴族=国会議員って思ってるのか!!

 そして国会議員=四字熟語とかコトワザが大好きって思ってる。(これは今でも)


 そうか、思い出したよ、そう言えば私はTVに出てくる人はみんなお金持ちの貴族だと思ってたので、バラエティーとかで賞金100万円~みたいな企画でなんで芸能人があんなに張り切るのかがよくわからなかったんだよね。

 この人たちお金持ちなのに、なんで100万円ごときで頑張るの?って。

 割と本気で100万円ごとき、って思ってたよ、当時。

 私にとっては、100万円って、1万円以上のお金、っていう認識だったからな。10万も1000万も変わらないというか。


 この世界の賞金に期待が持てない理由が判明した気がするわ…。


 それにしても、私のうろ覚えな記憶では、みんなが私に優しいハーレム的な夢小説を書いたような気がしてたんだけど…。


 ユウ=中身小学生

 マグ=浪費家

 フィカス=変態

 ハイド=性格悪いドS

 デュラニー=算数男


 というラインナップでどうしろっていうの?

 地獄のハーレムじゃん。

 やっぱりおうちかえりたい。

 いや、当時はキュンってしてたのかな……嫌だなそれも…。

 あれ、ハーレムじゃなくて、逆ハーレムっていうんだっけ?

 まあ、どっちでもいいか。


 ひょっとして、ここから本命のマトモな人が出てくるのかな。

 いっそそうであってほしい。


「さて、つき合わせてしまった詫びに、今日はうちに泊まっていくといい。客室を用意させよう」


「ああいや、さっきも言ったように、ペットを宿に残してきてるんだ、だから…」


「ならば夕食だけでも馳走しよう。すまないね、じきに夕暮れがやってくる。どこかへ行く予定だったんだろう?」


「てんぼうだい!」


 反射的に私が答えると、デュラニーは申し訳なさそうな、それでもどこか微笑ましいものを見るような顔で微笑んだ。


「なるほど。確かにこの街に来てあの景色を見ない手はないな。フム。よければ、明日ご一緒してもいいかね? 私としても、このまま別れるには名残が惜しい」


「俺は構わないぜ。マグとツナもいいよな? そんくらいなら」


 私とマグは頷いた。

 明日一日くらいなら耐えられるよ、たぶん。


「では明日、宿まで迎えに行こう。夕餉のリクエストはあるかね」


「ああ、ツナは果物と野菜が好きで、マグは魚、俺は肉かなあ。あと辛いもんが好きだ、あの香辛料でサラサラした汗がバーっと流れるのがすげー気持ちいいよな!」


「フッ、ならばビュッフェスタイルにしておいた方が喜ばれそうだな。用意させよう。では来たまえ、客室はこちらだ」


 デュラニーはメガネを押し上げて、歩き出す。


「おやしき、ひろいから、ここだけでも、かんこう、できそう!」


 私はお金持ちのテリトリーに入ったことで、ちょっとテンションが高かった。


「ツナは本当に観光が好きだよなー」


 一通り暴れまくってすっきりしたユウが、優しい顔で笑いかけてくる。

 そういうときの表情だけは、お兄さんの顔をしているなと思った。



-------------------------------------------



「ぷいぃいいっ、みなさんお帰りなさい!」


 宿に帰ると、でかいホットケーキがしゃべっていた。

 いや、でかいホットケーキの後ろから、ぴょこっとアンタローが顔を出してきた。


「このでかいのは……なんだ……?」


 マグとユウが二人で抱え持って、やっと動かせるかどうか、という大きさのホットケーキを、みんなで見上げる。


「ぷいぷいっ、それがですね、8個ほど生みましたら、おや?ホットケーキたちの様子が…となりまして」


「まさか合体したって…?」


「ホットケーキング、だね…」


 『このサプライズは要らなかったなあ』というオーラが私たち三人から如実に出ているのだが、エアーが読めないアンタローは照れ笑いをする。


「ぷぅいぷいっ、ツナさんツナさん、ボクをぎゅっと撫でてもいいんですよ!」


 アンタローが嬉しそうに私の腕の中に飛び込んできた。はいはい、なでなで。


「まあ……売るか」


「おっしゃ、マグ、そっち持てよー」


 なぜか皿もでかくなっており、ユウとマグはその端と端をもって、引っ越し業者さんよろしく、ソファーを運ぶみたいな姿勢でえっちらおっちらと売りに行った。


 私はしばらくアンタローの毛を逆撫でしたり、毛並みに指で文字を書いたりして「ツナさんやめてくださいっ、ぞわぞわしますっ」と言ってくるアンタローで遊びながら、二人を帰りを待つことにした。


   ガチャッ。


 思ったよりも早く部屋の扉が開いて、私は開口一番「どうだった?」と聞く。


 二人の顔を見ると、すごくげんなりしていた。


「600エーン……」


「あんなに苦労して運んだのにな…」


 あ、一個は一個ってことなの!?


「アンタロー、あしたの、おるすばんは、ホットケーキ7コまで、だからね」


 私がメっと叱ると、アンタローは「明日もお留守番ですか…」と、しょんもりした。


「あした、がんばったら、ごほうびに、はちみつあめ、あるからね!」


「がんばります!(キリッ)」


「偉いぞツナ……すっかりアンタローの……扱いが上手くなったな」


 マグが頭を撫でてくる。

 もうマグは私がこの街を焼け野原にしたとしても褒めてくれるんじゃないだろうか?


「あした、てんぼうだい、たのしみだね!」


 マグに笑顔を向けると、そうだな、と静かに頷いてくれる。


「おーし、そうと決まりゃ、とっとと風呂入って寝ようぜー」


「おふろ!」


 再び私のテンションが上がる。

 デュラニーの屋敷のお風呂に入れなかったのは正直残念だ。


「ツナ……のぼせたらちゃんと……隣湯に聞こえるように……叫ぶんだぞ」


「いや、のぼせたら叫ぶのは無理だろ」


「すうじが、すきな、デュラニーと、たびしてたら、おふろで、かず、かぞえる、たんとうかな?」


「ぶはっ、それ、デュラニーの使い方が限定的すぎだろ…!」


「ツナ……デュラニーのこと……気に入ったのか……?」


 マグが微妙な顔で聞いてきたので、私は慌てて首を振った。


「ううん、ぜんっっっっぜん!!!」


 ものすごい大声で言った途端、マグがベッドに倒れこんだ。


「マグ!?」


 私は驚いて駆け寄るが、ユウは「あちゃー…」と言うだけだった。


 結果として、マグの笑いが収まるまで、お風呂が遅くなった。


 マグはひょっとして、私がいきなり辛辣になるのに弱い?




<つづく>



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