煌き、暗闇、粒漏れ
朝目を覚ますと、マグが最高に機嫌の悪い顔をしていた。
半面私の方はスッキリと元気になっており、マグはどうしたのかとユウに聞く。
ユウは言いにくそうにしていたが、マグが発した次の言葉で、私はすべてを理解した。
「絶対に今回の冒険を成功させて……銀の弾丸をありったけ買うからな……安心しろツナ」
マグがリボルバーに弾丸を詰めながら、冷静を装おうとしている。
「ほらマグ落ち着けって、今日は鉱山だから銃は使えねーだろ! それ置いてけよ!」
ユウがマグの手から銃を引っぺがして、ベッドのシーツの下に隠した。
「マグ…、だいじょうぶだよ、つぎも、まぞく、そうぐう、するとは、かぎらないし…!」
私は一生懸命なだめるように言ったが、マグはどこかの方角を物凄い目で睨みつけたまま、
「いいかツナ……人生は短いようで長い……自分で超えるべき……壁にぶつかることもあるだろう……その壁をすべて……オレが取り払ってやるわけにはいかない……だが、取るに足らん石ころが……お前の足を躓かせることくらいは……オレが何とかする……粉々に砕いてやることでな」
マグがもう一丁の銃に弾を込め始めると、ユウがまたそれを取り上げた。
「だから狭い空間だと跳弾が怖ぇだろヤメロって!?」
私はなんとなく、今のマグには何を言っても無駄な気がして、急いで話題を変えた。
「そ、それより、こうざん、って?」
「あ、ああ。昨日ギルドに行って見てきた依頼が、結構鉱山に集中しててさ、一石二鳥を狙えそうだから根こそぎ持ってきたんだよ、ほら!」
ユウが、じゃーんと言いながら、札束よろしく依頼のカードを見せてきた。
なるほど、家具屋とか電気屋とかにある、型番の書かれた商品カードみたいに、依頼の小さいカードがあるんだね?
へええ、ますますギルドに行ってみたくなってくるなあ。
「俺は大剣だし、マグは銃だしで今までは広い所で冒険できる依頼しか受けてこなかったからさ、実は初めての場所なんだよなあ、鉱山とか深い洞窟って。このフリュクティドールは高山の街でもあり、鉱山の街でもあるから、どうしてもこういう依頼に偏っちまうんだってさ」
「えっと…、かんこうは、いらいが、おわってから?」
「そうなる……すまないツナ……手持ちが潤ったら……なんでも買ってやるからな」
「もーー、マグはそんなだから、おかね、たまらないんだよ!」
「だがもう……どうせ貯めても……使い道もない」
「あれ? いえ、かうのは?」
「………」
マグが黙り込んでしまったので、ユウが話を継いだ。
「いやー、ツナが狙われるってわかってんのに拠点なんか作ってみろよ、ここに攻め込んできてくださいって言ってるようなもんだろ? まあ、少なくとも当分無理だなってことでマグは余計キレてるってわけ。っと、ツナが悪いんじゃなくて魔族だの何だのが悪いって話な?」
最近ユウは私が謝ろうとする気配を察しては先回りしてくるので、何も言えなくなる。
「くそ……どこかの街外れの草原に……小さな白い家をだな……夜には暖炉の傍に集まって……面妖な姿だが、ペットも居る……シチュエーションは完璧……だったのに」
「ぷいぷいっ、マグさんマグさん、呼びましたか?」
アンタローが嬉しそうにテテーっとマグの身体を登って行って、頭の上まで自力で行く。
マグはぶつぶつ言っててそれに気づいていない。
「ったく、しゃーねーなあ、ほらマグ、朝飯食ってとっとと鉱山に行くぞ。ツナ、着替えたらすぐ降りて来いよー。あんまり遅かったら様子見に来るからな!」
「う、うんっ」
マグを引っ張るようにして部屋を出て行くユウを見送る。
二人ともずっと旅をしてきてたみたいなのに、意外に家を持つことに憧れでもあったのだろうか?
……いや、たぶん、私が熱を出したせいだよね?
長旅は無理かもって思わせちゃったのかな。
もしそうだとしたら、なんだか申し訳ないような、それでもやっぱり嬉しいような。
いつかリアルに帰る日が来るのだとしても、今くらいは心配りを勝手に喜んじゃってもいいよね?
ね、そうだよ、そうしようっと。
「~♪」
私は鼻歌と共に、外行きの服に着替えを始めた。
-------------------------------------------
「なかのくうき、つめたいね」
鉱山の入口を覗き込んで、私は感想を述べた。
街中ではないので、帽子は被っていない。
鉱山というからには炭鉱夫がたくさんいるのかと思ったが、驚いたことに、周辺には私たち以外は誰も居ない。
「おーし、鉱山に入ったらすげー声が響いちまうらしいから、今のうちに概要を説明するぞ」
ユウが依頼カードを見ながら、ガイドさんよろしく説明を始めた。
えー、私が小学生の頃は、トンネルの中って声が響いて面白いから、あえて大声で会話をして楽しんでたりしたのにな。
ユウは冒険が絡むと常識人になるのかもしれない。
「まず、この鉱山は土日に夜を徹して炭鉱夫が鉱石を掘るらしいが、平日は俺ら冒険者が害獣駆除とか依頼のために出入りするっていうシステムになってるらしい。だから、今日この先で会うとしたら冒険者連中くらいだな」
へええ、住み分けシステムなんだね。
じゃあ炭鉱夫の人は平日は何をしているのかと聞くと、普段は石切りをしているそうだ。
私は興味深げに聞きながらも、まだ機嫌の悪そうなマグの方をちらちらと見てしまう。
マグはマフラーを口元まで上げながら、黙ってユウの話を聞いていた。
「んで、俺らが受けた依頼についてだが、どうすっかな…、まあ、本命の説明から入るか。一番の目的は、希少金属『ファイア・ファイア・カラー・マネー』っつー鉱石の採取だ。あとは細々とした、アーマーアリクイ・鉱山蝙蝠・あとジュエルラットの駆除、の4つかな」
「え?? ファイア、ファイ…? なに?」
「言いづらいよなー、わかるぜツナ。なんか火みたいに赤い金属らしいってのは書いてあるが、どこにあるかーとかは不明らしい。まあ希少金属だからな。なんでもこの金属を使うとすげーいい武器や防具が作れるんだってさ。カラーマネーって略称で呼ぶやつも居れば、カラーメタルと呼ぶやつも居るらしい。俺らもわかりやすそうな、カラーメタルって呼ぶことにすっか!」
「ぷいぃいい!」
アンタローがマグの頭の上で跳ねて返事をする。
「アーマーアリクイはひたすら硬いらしいな。別に好戦的ってわけじゃないんだが、テリトリーを大事にする生物らしくって、縄張りに入ってきた人間を襲ってくるから退治してほしいんだってさ。証明部位は片足。で、鉱山蝙蝠も同じ理由で、証明部位は牙。ジュエルラットは宝石のミネラル成分を食料にしちまうから、これはとにかく最優先で駆除してほしいって話だ。証明部位は尻尾な。どれもカラーメタルを探す道すがらに退治するって流れでいいだろ」
「しょうめいぶい、って?」
私が首を傾けると、ユウが、ああそうだったなと頷いて、
「証明部位は、退治した証明になる、えー…証拠品?みたいなやつだ。それを持っていけば、ギルドで換金してもらえるんだよ。他にも素材になりそうな部分があれば、証明部位以外にも、素材採取の依頼が出されたりする。…この説明でわかるか?」
「うん、わかったよ、ありがと。ということは、まえの、まもの、みたいに、したいはのこる、ってことだよね」
「そうそう、だいたいはあの時の魔物みたいに、採取した後は土に埋めて終了ってパターンが多いんだが…こういった鉱山だと、そういや地面は固いな、どうするんだろうな?」
「こういったところは……週単位で……ハイエナが動く」
「ああ、そっかそっか、いたな、そんな連中」
マグの答えにユウが頷くが、私は疑問が解決せずに、続けて質問した。
「ハイエナ、って?」
「ハイエナは、なんつーか…俗称なんだが、冒険者も強い連中ばっかりじゃないからさ。そういうやつらは日銭稼ぎに、ギルドから死体回収の依頼を受けて、その……テキセツな処置を……やってる間に、冒険者が回収し忘れたり、あえて放置された証明部位を回収して、自分の儲けにするんだ」
ユウが言いづらそうにしている理由がわからず、ちょっと自分で考えてみた。
…あ、そうか。
死体回収って言ってるのか。
魔物の、死体回収、に限定しては言ってないね。
じゃあ、冒険者の遺留品を漁ったりもしているわけか…。
「いや、でも悪いことやってるわけじゃないんだよアイツラも! 腕を上げていい装備が買えるようになるまでの下積みとしてハイエナで過ごす冒険者も結構たくさんいるし、そもそも俺らだってズルみたいな感じで普通の奴らより強いワケで、ひょっとしたらハイエナやってたかもなって思わなくもねーしな!?」
なぜかユウが必死で付け足している。
ズルって、呪いのことかな?
生まれつきのものをこんな風に後ろめたく思っているというのは、なんだか…、
「ユウは、わるいこと、してるわけじゃ、ないよ?」
なんだか悔しくて、思わずそう言ってしまう。
というか、冷静に考えなくても、ユウのその設定は作者(※私)の責任だよごめんホント。
ユウは一瞬黙り込むと、ふっと、肩の力が抜けたように笑った。
「そうだな。よし、じゃあそういうことで、そろそろ鉱山に乗り込むぞ! 中に入ったらなるべく小声な、小声!」
「お前……小声なんて……できるのか?」
「なんだよ、できるに決まってんだろ…! 俺よりアンタローの方を心配しろっての」
ユウの言葉に、マグはアンタローを頭の上からそっと地面に降ろす。
「アンタロー……お前には重要な……役割がある」
「ぷいぷいっ、なんですかマグさん、なんでも任せてください、やりとげますよボクはっ」
アンタローはキリッとした顔で、ぴょんぴょんと気合を入れている。
「お前には……炭鉱夫のカナリアという……誰にもできない……重要な任務を任せる」
「「!?」」
マグの言葉に、私とユウはドン引きだ。
「ぷいぷいっ、カナリアでもシマエナガでもなんでもやりますよ! どうやればいいんですか??」
「簡単だ……お前はリーダーとなって……オレたちの先陣を切るように……先に進んでくれればいい……そこで異臭や異常を感じたら……すぐにオレに言って……オレの頭の上まで登ってこい」
あ、よかった、一応マグはアンタローのことを大事に思ってるんだね?
ユウもちょっと安心したようだった。
そうか、ガスはだいたい下に溜まるから、一番小さいアンタローならすぐに気づけるもんね。
自称精霊らしいし、ガスを吸ってもそこまで害はないのかも。
そう考えると、すごく合理的な提案で、マグらしい。
ただ下手をするとすごい誤解を受ける性格だよなあ、ユウがマグのことを生き方がヘタクソって言っていたのがわかる気がする。
「ぷいぃいいっ、任せてください! ではみなさん、こっちですよ! 子カルガモのように、この頼もしいリーダーについておいでなさい!」
アンタローはものすごく張り切って、ぴょんぴょんと鉱山の中へと入っていく。
「アンタロー、小声な小声!?」
ユウが慌ててついていった。
私もその後に続いていくと、マグは当然のように一番後ろに立ち位置を決めた。
そっか、見通しが悪い場所だと、一番後ろって危ないもんね。
いつも街や旅では私が最後尾なので、ちょっと新鮮な光景だった。
前を見ると、ユウが歩きながらカンテラに火をつけるという離れ業をやってのけていた。
ユウは結構せっかちで、いつも何かをやりながら何かをやるという、ながら作業をよくやっている。
「ユウっ、おうちゃく、ダメ! あぶないよ、いつか、いたいメ、みる!」
私はハラハラしながら声をかける。
そんなせわしなさが、今回の冒険の始まりを飾った。
<つづく>