突然の神秘
「ったく、またかよー」
ユウがしょうがないなという感じにマグを見る。
「またって、これまでも、あったの?」
私の質問に、マグが真剣な顔で答えた。
「不思議なことにな……さっきまでは潤沢にあったものが……気が付けばなくなっている……ことが多い」
「ええっ…。…ねえねえマグ、イチゴと、ハチミツって、ひょっとして、このへんで、とれないもの…?」
「ああ、ここは山の上だからな……他所の街から輸入しているらしい……だが、多少高くても……ツナの笑顔には……変えられないだろう」
「あーなるほど、そういうのが積み重なっちまったってことか、今回はまあ、まだマシな理由だな…」
「ま、マグ、きもちは、うれしいけど、つぎからは、ぜいたくは、がまんして…?」
申し訳なさ半分、嬉しさ半分、という感じなので、私の意見は段々と小声になっていった。
「ツナ……オレはな、ツナが記憶喪失で……良かったと思ってほしいんだ……新しい記憶のすべてが……楽しいものや嬉しいもので……いっぱいであれば……きっとそう思えるだろうと……オレはそう考えている」
「いや今日から辛い金欠の記憶が加わるよな?」
ユウが思わず言う。
「大丈夫だ……宿代は一週間分……前払いを終えている……ここから依頼を受けて……逆転劇をすればいい」
「……まあ、それしかねーよな。いつものこととはいえ、今回はツナが居るから、大人としちゃ申し訳ねーが」
ユウが椅子に凭れて、申し訳なさそうに私を見た。
「こんどから、わたしが、おかね、かんり、しようか?」
「ダメだ……ただでさえ魔力持ちで……攫われる理由があるのに……そのうえ大金を持ち歩くなど……良からぬ者が目をつける……確率が上がる」
いい考えだと思ったのに、マグに却下された。
「うう…、じゃあ、ユウは?」
「あー、俺も最初のうちはマグと半々で分けてたんだよ、資金を。けど俺は細かい、えー…気遣い? とかが苦手で、どうしても俺が買い出しとかやると買い忘れだの釣り銭の貰い忘れだのがあってさあ、んで、買い出し係はマグなんだが、いちいち金を俺らの間で移動させるのもめんどくせーし、結局マグに金を全部渡しちまうんだよなー、いつも」
あっ、そうか。マグは隅々まで気遣いが行き届くから、余計に買うものが増えてしまうんだ…とわかった。
じゃあもう必要経費だと割り切るしかなさそうだ。
「ン……わかった、じゃあ、おかね、しっかり、かせぐの、てつだうね!」
「ツナ……すまない。こんな予定じゃ……なかったんだ……旅が無理そうなら……小さな家でも買って……三人で暮らすのも……視野に入れていたはずなのに」
「お前そこまで深く考えてて、なお金を使い果たしただと!?」
戦慄するユウの言葉に、マグはしゅーんと項垂れた。
「で、でも、しょうどうがいって、やりたくなる、きもち、わたし、わかるよ!」
工芸祭りでレザーグローブを衝動買いみたいなことをしてしまった私は、罪悪感から言う。
というか、絶対今回の金欠の理由の半分以上はアレだと思う。
「と、とにかく、アンタローを、おこせばいいんだよね! アンタロー!」
ベッドから動けない私は、両手をメガホンにして、寝ているアンタローに呼び掛けた。
すると、アンタローはまるで電池が入ったかのようにパチっと目を覚まして、ぴょんと跳ねた。
「呼びましたか?」
アンタローはこちらに向き直ると、状況が分かっていないようにきょろきょろした。
「アンタロー……いいからホットケーキを出せ……」
「……? ここはどこですかね?」
だらしなく口を開けているアンタローは、天井を見上げた。
見上げすぎて、コロンと後ろに転がる。
「ぷいぃいいっ」
「アンタロー……いいからホットケーキを出せ……」
「マグ落ち着けよ、強盗みたいになってんぜ…!?」
ユウが立ち上がり、まあまあと言いながらアンタローとマグの間に入った。
そして、ふと思い出したように、ユウはアンタローの方を見る。
「そういやアンタロー、旅してる間は一個もホットケーキ出さなかったよな? 今気づいたが、ありゃなんでだ?」
「ぷいぃい?? お店がなかったので、みなさんが誰もそれを望まなかったからですよっ」
何を言っているんですか? みたいな顔をして、アンタローが答えた。
私は首をかしげる。
「どういうこと? のぞまれたから、だしてたの?」
「ぷいぷいっ、その通りですっ。あの魔女の二人に、ボクが精霊と言われたのを覚えていますか?」
ゴム鞠のようにポンポンと跳ねるアンタローに、ユウが頷く。
「そりゃ覚えてるが、眉唾物だとは思ってるぜ。精霊ってもっとこう、神秘的っつーか…」
「ぷいぃい、あの言葉でボクは自分のルーツを思い出しましたっ。精霊は、良き人間の願い事を、一つだけ叶えるんですっ」
「願い事……? 誰もしてないだろう、そんなこと……」
「おやおやマグさんは相変わらずニブチンですねっ。初めて会った時、マグさんは『帰ったら甘いものが食べたい』と心の中で思っていたじゃないですかっ。そしてユウさんは、『コイツはどんな便を出すんだろう?』とわくわくしていましたよね?」
「………」
「まさか……」
「ボクはお二人の願い事を叶えたんですっ、感謝してくれて、いいんですよ?」
「なぜ……合体させた……」
マグが絶望に打ちひしがれている。
「くっそーー、なんで俺はあの時、金塊を食いてーって思わなかったんだ!!」
ユウがベクトルの違う後悔をしている。
「ね、ねがいごと、いまから、へんこうは、できないの?」
藁にもすがる思いで私は聞いたが、アンタローは体ごと傾いて、ハテナという顔をした。
「ぷぃいい、ボクをこんな体にしておいて、さらなる進化を要求ですかっ。図々しいですねっ、まったくツナさんはボクが居ないとなんにもできない昼行燈なんですから!」
えっ、なんで私どさくさに紛れて罵倒されたの?
「ボクはこの世界に発生したばかりなので、あと100年位経てば、もう一個くらい願い事を叶えるのも可能かもしれませんね。今日のところは、上質の紫外線でホットケーキを出す、で手を打ちますよっ、さあさあ、食べさせてください?」
「今しがた、陽は沈んだ……ばかりだ……」
「こりゃダメそうだな…」
マグとユウがガッカリしている。
…あれ、待って、ということは、私もアンタローに願い事を叶えてもらっていたということ?
なにかしたっけ?
と思った瞬間に思い出す。
そういえば初めて会った時、「ここだと迷惑がかかるから一緒に外に出よう」みたいなことを言った気がする!?
うわあああああああ!
もったいないことしちゃった!!
マグとユウと一緒に、私もガッカリした。
「まーいいや、そういうことならちょっくらギルドに行って依頼取ってくらあ!」
切り替えの早いユウが、言葉と同時に扉へと走り出した。
「ツナ、俺の帰りを待たずに寝ていいからな! 明日から忙しくなるんだから、ちゃんと休めよー!」
ユウの長い三つ網が、騒がしい声と共に部屋の外へと尾を引いて消えていく。
マグはそれを見送ると、先ほどまでユウが座っていた、私の看病用の椅子へと腰掛ける。
「アンタロー、起こして悪かった……好きなだけボール遊びを……しているといい」
「ふふふ、マグさんもボール遊びが大好きですね、いいですよ、ボクが遊んであげます…!」
アンタローは嬉しそうに、壁に向かってポンポンと体当たりを繰り返し始めた。
どう見ても独り上手だが、アンタローにとってはマグと遊んでいるということなのだろうか?
そんな光景を尻目に、マグは宿屋の厨房から借りてきた食器をテーブルに並べていく。
「ツナ、痛い所はないか……? 待っていろ、今イチゴを……食わせてやるから」
「うん…だいじょうぶ、ありがと。うれしい。でも、マグも、じぶんの、すきなもの、ちゃんと、かわなきゃ、ダメだよ?」
マグは果物ナイフでイチゴの葉っぱを取り、慣れた手つきで木のお椀にポイポイと入れていく。
「オレの好きなものか……ししとうが好きだが……果物と違って……調理が必要で……なかなか買う機会がない」
「ししとう? …ふふっ、ちょっと、マグに、にあうね」
マグはイチゴにハチミツをかけて、スプーンの腹でぶちぶち潰してかき混ぜていく。
「……? ししとうが、似合う……というのは、どう反応すればいいんだ……初めて言われたぞ。からいのと……からくないのがあって……面白くて好きなんだ」
「そういうのが、なんだか、にあうって、おもったの」
マグは、潰したイチゴをスプーンですくって、私の口に運んできた。
ぱくっと食べる。
「そうか……ツナも、見てて面白いが」
「ん~、おいしい…! わたし、なにが、おもしろい?」
もぐもぐしながら、首をかしげて問いかける。
「パンを……ぎゅっと平たく潰して食べる……ところな。あれは特に変で……面白い」
「…え!? つぶしたら、おいしくなるよね??」
あれ!? と内心ですごく焦る。
「ユウもアレを最初に見た日は……ツボに入って……大変そうだった……ツナが寝てから、うるさいくらい……思い出し笑いしてな」
「えーーー、ひらたくしたら、たべやすいのに…」
不満げな顔をしてしまうが、またイチゴが口に運ばれてきて、食べた瞬間に顔が緩んでしまう。
「別に個人の……好き好きだとは思うが……パンのふわふわ感に……命を懸けているような……パン屋が見たら……憤死ものだろうな」
「そ、そっか、それは、かんがえて、なかった。こんどから、よそのひとのまえでは、やめないと…」
ちょっと恥ずかしくなってきて、頬が朱に染まる。
無くて七癖というが、ずっとそういうことをやっていたので、変な癖だとは思ってなかった。
「ぷいぷいっ、マグさんマグさん、ボクのボールさばきはいかがでしたかっ、まいりましたかっ」
「ああ、ちゃんと鬱陶しかったぞ……アンタローは偉いな」
「(ぱあぁあああっ)」
アンタローは上機嫌で、また壁を打ちに跳ねて行った。
マグがすっかりアンタローとの距離感を掴めている。
まるで来客とか家事とかに集中したい母親が五歳児をあしらう姿のようだ。
そして何事もなかったかのように、マグは話を続ける。
「ツナはいろいろ……面白い。靴なんてあんなに小さいのに……呼べばちゃんと走ってくるし……指だって小さいのに……モノを掴んだりできる。すぐ笑うし……すぐ泣く」
「えっ?? …マグは、ちいさいコと、あそんだり、すること、ないの?」
「ないな……ユウもオレも……一人っ子だったし」
「むらの、ひとは?」
「村は……。子供はオレの……喋る速度には……耐えられないだろう……と思うと、ちょっとな……。それに村を出ると……決めてからは……極力距離を置いていた」
「そっか……なかよくなると、おわかれ、つらいもんね」
私の言葉に、マグは今気づいた、というような顔で目を丸くした。
「それは……。……そうだな」
それきり、マグは何かを考えるように黙り込み、私のことをじっと見てきた。
アンタローのぷいぷいという掛け声だけが部屋に響く。
「マグ……んぐっ」
私が口を開けたところに、マグはスプーンで最後のひとすくいを入れてきた。
「ほらツナ……もう今日は寝ろ……たくさん栄養を取ったから……元気になる」
咀嚼してから、ごくんとイチゴを飲み込むと、マグが私を無理やり押さえつけるようにして、布団をかけてきた。
「あ、マグ…、あのね、ねつがでたの、マグのせいじゃ、ないからね」
寝させられる前に、私は慌てて言う。
マグは、私の言葉を吟味するような間を空けると、少し困ったように笑った。
「ツナのせいでも……ないからな」
「………ン。おやすみ…」
ぽんぽんと、マグは私の頭をいつものように撫でてきた。
「安心しろ……眠るまで……見ててやるから」
優しげな声に安心して、私は目を閉じる。
何かもっと話したいことがあるような、そうでもないような、もどかしい感じがしているのだが、…結局すぐに眠りについた。
<つづく>