突然のピンチ
「ほらツナ、もう少しの辛抱だからなー」
ユウが何度目かの言葉を口にして、私を元気づけた。
私はというと、返事をする気力もなく、ユウの背中にぐったりとしがみついている。
情けないことに私は、昨夜のやり取りで知恵熱のようなものを出してしまっていた。
どのみち山登りは私を背負って行く予定だったらしく、むしろ一刻も早くフリュクティドールで休ませようということになり、ユウとマグは予定通りの旅程で行くことにした。
「ぷぃいいっ、ツナさんツナさん、聞いてください!」
アンタローは、マグの頭の上でぴょんぴょんと跳ねている。
マグは最高に鬱陶しそうな顔をして、じっと耐えていた。
「あのですね? 最近気になることがあるんです……」
ううう、今アンタローの相手するの辛いよぉ。
心の中に修羅が、修羅が宿っちゃううう。
「ボクの首は、どこからどこまでですかね?」
知るか!? わかりやすいのをいっそ生やせよ!!
「気になって夜によく粒が溢れるようになりましたっ(もろろっ!)」
昨日ぐっすりだったでしょ!?
はあはあ、ストレスで息が…息が荒くなっちゃう…っ!
「ツナ、無理して相手にしなくていい……戯言だ」
マグの方を見ると、心なしか元気がない。
えー昨日ぐっすり寝てたのに。
私の熱に責任を感じているのだろうか。マグじゃなくて、ハイドが悪いのに。
とはいえ、実はハイドのことはまだ二人には報告できていない。
そもそも報告するべきなんだろうか?
などと朝まで考えて、私はこのザマだ。
「いやー、でも今日は正直体が軽いぜ、朝起きたらスッキリしてたっつーか、久々に良く寝れた感じでさあ! ツナがもう2、3人居ても背負っていけそうだ!」
「いつもは寝てないような……言い方をするなよ……見張りの順番で……おまえを後半にした時……起こすのにどれだけ苦労したか」
確かに二人の足運びは軽いように感じる。
山登りと言っても、地元の人たちが切り開いてきた道を通るだけ、というのも関係しているのかもしれない。
「ほらツナ、そういうことだから、寝てていいぜ」
ユウが背中越しに、優しく声をかけてきた。
「ついたら…おこして…くれる?」
息も絶え絶えに返事をする。
「ダーメ。安静にして、熱が下がったらな」
くうっ、一緒に街の門をくぐって感想言い合いたかったのに。
起きたらベッドの上という確率が高そうだ。
ゆるさん、あの魔族。
「ツナ、焦るな……これからも、たくさんの……街を見て歩く……一度くらい……こうなることもある」
マグがいつものように頭を撫でてくれた。
「ン……」
おやすみ、と口だけを動かして。
残念ながら、私は眠りにつくのだった。
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ぱかっと目を開けると、初めて見る部屋の、夕暮れの中に居た。
「おー、起きた起きた」
声の方に頭を動かすと、額の上にあった濡れタオルがずれ落ちた。
「ユウ…」
と喋りかけた声は掠れてしまう。
それを見たユウは、私の頭の下に手を入れて、支えるように起こすと、コップに汲んであった水を飲ませてくれた。
「どうだ? 調子は」
一息つくと、手を振ったりして自分の調子を確かめてみる。
試しにユウの支えから離れるように、自力で上体を起こしてみた。
「ン……だいぶ、へいきに、なってきた」
「そっか、よかった!」
ユウは本当に安心したような笑顔を見せると、念のためと言わんばかりに私の額に手を当てる。
「熱は…下がったな。これなら明日にはもう元気だろ、いやー焦ったぜ。ああ、謝るのはナシな? そういう意味じゃねーからさ」
畳みかけるように言われて、私はつい笑ってしまった。
「うん、わかった。これ、ありがと」
傍らに落ちていた濡れタオルをユウに返す。
「おー。そうそう、マグはいつものように買い出しに出てっからな。あと、ここの宿は三人部屋がなかったから、四人部屋を取ってるんだ、ほら」
ユウの示した方向を見ると、ベッドを丸々一つ貰えたアンタローが、だらあっとした格好で寝ていた。
「アイツすげー狂喜乱舞して、ツナが休めねーんじゃないかって心配だったよ。幸い、はしゃぎ疲れてすぐ寝たが」
「アンタローって、おとなしいと、かわいいね」
だる~っとしているぬいぐるみのような姿を見ながら、思わず言った。
「あーまあ、そうかもな? ああいうぬいぐるみみたいなのを可愛いって思う辺り、ツナはやっぱ女の子だよなー」
ユウは、アンタローから視線を戻して、私に真剣な顔を向けた。
「だからこそ、少し心配なんだよ。俺らの旅につき合わせて、色々女の子らしいことを我慢しちまってるんじゃねーかって。俺らその辺はさっぱりだからさ」
「えっ、そんなこと、ないよ、いっしょにいられて、うれしい、ばっかりだよ」
焦ったように告げると、ユウは少しだけ困った顔をして笑った。
「…なら、いいんだけどさ」
…やっぱりユウも、私を連れ歩くことについて、何か思うところがあるんだ…。
このままでいいのかなって悩んでいるのは私だけじゃなかった。
……。
だったら、ちゃんと知っておいてもらおう、私の状況、というか、私の説明書みたいなものを。
黙っていたら、詐欺みたいだ。
「ユウ、あのね、そうだんがあるの」
「おっ、何でも言っていいぜ、少なくとも聞くだけならいくらでもできるしな!」
ユウが椅子に座り直したのを見ると、私は少しためらいながら、昨夜の出来事を話した。
魔族にちょっかいを出されかけたこと。
その時にマグの状況が心配になったこと。
なので、もしマグにこのことを話したら、マグが不眠症か何かになりそうで怖いということ。
魔族はなんとか追い払えたが、自分がそういったものに目を付けられやすい状況にあること。
それがユウとマグのリスクにならないかが心配ということ。
ユウは私の話を最後まで聞くと、あ~…っと言いながら、くしゃりと前髪をかき上げた。
「マグはなー…ヘタクソなんだよなああ、生き方っつーか、なんつーか。別に俺の生き方が上手だとかは言わねーけど、それでもあいつの、なんつーの? 力の抜き方がわかんねー感じはな~…なんとかできねーもんかと、俺も常々もどかしく思ってるんだが…」
ユウは考え込むように一度言葉を切り、
「まずツナがリスクかどうかについてだが、まー今更だよそれは。その辺はもう織り込み済みだし、俺らにかかる負担とか重圧とかは、ツナは考えなくていい。逆にツナの方で、俺らに迷惑かかってないかって思ってる方をちゃんと考えた方がいい。別に俺としちゃ、『全然迷惑じゃないむしろ歓迎』とかさ、いくらでも言えるんだわ。実際そう思ってるし。ただこんなもん、自分の方で納得できねー限り、不安の上澄みを取り払うだけで終わるだろ? ツナの方で気持ちの整理をつけてもらわねーと、問題は解決しねーからな」
私はびっくりしていた。
ユウって、こんなに物事を考えられるタイプだったの…!?
ただのアッパラパーかと思ってたとまでは言わないが、それでもびっくりした…というか、感動した。
私の驚きに気づいたユウが、気まずいような、拗ねたような顔で、ちぇっと舌打ちしてくる。
「…なんだよ、俺だって、考えるときは考えてんだよ…」
「…てれてる?」
「うるせーな…」
反応がマグと同じで、思わず笑ってしまった。
「とにかく! 次は何だ? え~…マグのことだが、まあ、マグには後で俺からちゃんと言っておくよ。ツナの心配も、不安も添えてな。たぶん、俺とツナの間で黙ってたら、後でめんどくせーことになる気がする。知っておけば対抗策を考えることができたのにーって、最悪の場合はケンカだろうな。俺はアイツとケンカだけはしたくねーんだよ…」
「ユウは、マグのこと、だいすきなんだね」
微笑ましげに言うと、ユウは首を振った。
「いや、残念ながらこれは好意じゃなくて、恐怖心だよ」
「…? マグは、おこったら、こわい?」
「………」
ユウは何かを思い出す時の目をした。
「……俺らがガキん時、一度だけアイツと大喧嘩したんだよ。もうケンカの理由も忘れるくらいしょーもねー内容だったんだが、まあガキだったからな、よくある光景だろ」
「えっ、いがい、そうぞうできない」
「まあな! 今は大人だからな、俺らは!」
ユウは少し自慢げにそう言うと、
「ただあの時は違ってて。俺はガーっとまくしたてるように怒ったんだよ。そしたら、マグもいきなり大声を出して怒鳴り返してきたんだ。俺はマグのそんな荒げた声を聞いたのは初めてだったし、マグ自身も初めてだったんだと思う。全然制御できねー感じでさ、すげー早口で、まくしたてようとしてて、でもできなくて…途中から物凄く顔を歪めて、苦しくて苦しくて仕方ないって状態になって、喉を抑えて、血を吐いて倒れたんだ」
「え……」
「マジであの時は焦ったよ、慌てて村医者に見せに行ったら、喉を切っただけだって言われて…心底ほっとした。俺はバカだったよ、その時初めて知ったんだ、アイツが本当はどんなにたくさん喋りたかったのか、どれだけ感情を抑えて生活してきたのか。アイツは自分の欠損が上手く喋れないってことだけで、自分は運がいい、なんてよく言ってたけど、あれは自分に言い聞かせ続けてきた言葉だったんだろうな」
そう言って、ユウはものすごく軽薄な顔で、へらへらと笑った。
私は何かを言おうとしたのだが、ユウのその表情を見ると、何も言えなくなってしまった。
「そんな顔すんなって。要するにそっから俺はマグとケンカするのが怖くなったってオチで終わるだけだからさ。ただ、ツナ、これだけは言わせてほしい。ツナと三人で旅をするようになってから、マグは前よりも格段に笑うようになったんだ。マグの肩の力が抜けているのかどうかは置いておいて、それだけは本当に知っておいてほしい」
ユウの言葉に、私はマグの笑顔を思い出す。
囁くような静かな笑い方だけど、確かにそこには感情が乗っていた。
「それともう一つ。ツナって泣き虫だよなー。ほら、マグがあんな感じだし、実は今までツナみたいにピーピー泣くヤツって、全然俺の周りに居なかったんだよ」
「うっ。そ、そうかな? ふつう、だと、おもうけど?」
澄ました顔を作ろうとしたが、ユウはそんな私の努力を笑い飛ばした。
「いや違うんだ、からかってるわけじゃない。俺はさ、ツナがすぐ泣くのが、なんでか、すげー救いなんだよ。あーツナが代わりに泣いてくれてるんだろうな~…とかさ、勝手に思って、勝手に救われてる。悲しいって気持ちがどういうモンなのか、結局まだわかんねーんだけど、ツナが泣くのを見るのが、ただただ…嬉しい? のか? いや、サイテーなこと言ってるなコレ。笑顔が一番とは思ってるはずなんだが…」
アレ~? と言いながら、ユウは頭を掻いている。
私はすごくびっくりしてしまって、何度も瞬きをした。
「ほんとう…? わたし、やくにたててる?」
「へ? いや、何言ってんだよ、別にお互いが役に立つから一緒にいるってわけでもねーだろ、俺ら」
ガチャッ。
その時、部屋の扉が開いて、マグが帰ってきた。
「おーマグ、どうだった?」
「ツナ、起きたのか……どうだ、具合は……」
マグは、紙袋に入った物資をテーブルに置きながら、こちらを窺った。
「あ、うんっ、げんきになった!」
力こぶを作ると、マグは安心したように笑った。
「そうか……よかった。イチゴとハチミツ……買ってきたからな……元気になるだろう」
そう言いながら、マグはユウに頼まれていたものらしい袋を放ってよこす。
「ほら、保存食だ……オレの方も……弾薬の補給ができた」
「サンキュー! 今さ、マグの話題で盛り上がってたんだぜ?」
「お前な……またくだらないことを……ツナに吹き込んでないだろうな?」
「えーなんだよ、信用ねーな」
ユウは露骨に不満を表したが、アンタローの方に向かうマグを不思議そうに目で追った。
「アンタロー……寝ているのか?」
「珍しいな、マグがアンタローに用があるなんて」
私もユウと同じ意見で、一緒に首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いや……力の限りホットケーキを……ひねり出してもらわないとならなくなった」
「え??」
知らない人が聞いたら意味の分からない言葉だ。
というか、マグはどうして敢えて嫌な単語をチョイスしてくるの??
「まさか…」
ユウが青ざめる。
「路銀が……尽きた」
………。
買ってきた物資を見る。
マグのこれまでの金の使い方を思い出す。
…まあ、そうでしょうね!?
<つづく>




