小夜鳴き鳥の羽休め(下)
トントントントン、、
風が木戸をたたくような音がして、私はふと目を開けた。
トントントントン、、
むくりと起き上がって、周囲を見渡す。
一瞬ここがどこなのかわからなかった。
えっと、水音…そうだ、水車小屋で、この小屋は結界が張られていて安全だからって、マグもユウも今日は眠れるって……。
見ると、マグもユウも、私の両隣でぐっすりと眠りについている。
私は心細さから、今日は川の字で寝たいとお願いしたのだ。
ユウがぐっすり寝るのはいつもの光景だが、マグが熟睡しているのは珍しい。
マグはいつも気を張っていて、時々大丈夫なのかと心配になるくらいなのに。
…そうだ、今日は念のためアンタローが「ボクの出番が来たようですねっ、安全圏でなら力を発揮できますよ!」と見張りを買って出て、まあ安全だと思うし、使えるかどうか見てみようって話になっていたような?
「ぷぃぃ……すぷぃぃ……ぷわぷわ……」
足元を見るとアンタローは爆睡していた。
コイツの出番はいつ来るの??
トントントントン、、
じゃあ、この音は何なんだろう?
私は立ち上がり、音のする方へと歩く。
音の出所は、扉の方からだった。
近づいて分かった。これは、ノックの音だ。
トントントントン、、
「だれ…?」
恐る恐る声をかけると、音が止まった。
「よかった、誰かいるんだな。ぼくは旅の者だ。すまないが、この扉を開けてくれないか。道中で魔物に襲われて、開ける気力がもうないんだ」
「えっ、たいへん!?」
私は慌てて扉に手をかけて、……そこでハッと制止する。
たぶん、こういう勝手な判断をすると、ユウはなんでも褒めてくれるだろうが、マグには相談してからにしろと怒られる。
「ちょっと、まってて!」
私は急いで寝ていた場所に戻って、二人の顔を覗き込む。
「ユウ、マグ…?」
どちらか一方だけでも起きてくれればいいので、まずは小さく声をかけた。
……うわーー、そういえば私、二人の寝顔を見るのは初めてかも。
この小学生くらいの身体になってからは、色々と体に引っ張られるような感じで、夜の9時には眠くなってしまう。
その上朝も弱いので、こうして二人の顔を見るのは新鮮な感じがする。
ユウは全力で寝ている感じで、マグは寝顔だとちょっとあどけない感じなんだね。
二人が普段からどれだけ気を張っているのかがわかる気がする。
……なんだか、起こすのが忍びなくなってきた。
よし、外の人が安全かどうか、自力で判断くらいしよう。
その話し声で起きてくれれば、それでいいことにしよう。
二人には1秒でも長く、休息をとっていてもらいたい。
私は立ち上がり、また木戸の方へ戻った。
「たびのひと、の、しょうめい、できますか?」
扉の外から、少しだけ驚いたような気配がして、すぐに納得するようにフッと笑う感じが伝わってきた。
「……砂糖細工のような漆喰の装飾」
「え…?」
「湖に寄り添う街・織物の交易で栄えた街・とんがり帽子の屋根の街・花に彩られた細い運河……」
「………」
「段々畑・路地にはワインの芳香・漁・坂道・葡萄とレモン・オリーブとサフラン」
旅人っぽい!!!
「そして、こんな寂れた水車小屋に、可愛らしい少女の声」
トントントントン、、
相槌のように、ノックの音が添えられた。
「どうかこの小夜鳴き鳥に、君の傍で羽休めをする慈悲を」
なんだか、大丈夫っぽい気がしてきた…?
優しげな若い男の人という感じの声だし、怪我してるらしいし、治療のために開けてもよさそうな…?
判断を仰ぐように振り返って二人を確認する。
よっぽど疲れているのか、まだ眠っているようだ。
うぐぐ、、
でもこれで、開けてみて私にだけ被害があるならいいけど、無防備なユウとマグが居るんだもんね。
二人を守るためにも、私は心を鬼にして、後悔の無いように、この旅の人を疑いきらないといけない。
私は小屋の隅に一個だけ置かれている、高い所にあるモノを取る用の踏み台を取りに行く。
踏み台を窓の下に置くと、よいしょとよじ登って、木製の縦格子窓に顔を突っ込んだ。
風雨にさらされた経年劣化でボロボロになっていた格子は、私が顔を突っ込んだだけでボキボキ外れて地面に転がる。
私は頭だけを小屋の窓から出した状態で、木戸の外側に居る人の方に目を向けた。
バチっと目が合った。
その旅の人は、夜空を帯びたような青藍色のマントをつけており、ワインレッドを基調とした、品のいい衣服に身を包んでいる。
ぬばたま色の髪は、月明かりほどのかすかな光ですら反射して艶めいていた。
肩口までの長さの髪は、さらさらと音がしそうなくらい、きめ細やかだ。
こちらを見る瞳は、満月のような金色。
肌は陶器のように白く、怖いくらいに整った顔立ちの青年だった。
旅人を名乗った人は、にっこりと笑って、私のいる窓の方へとやってきた。
目の前で私の顔を覗き込む。
「こんばんは。なるほど、近くで見るとますます愛らしい。いじめたくなるよ」
「………けが、してないように、みえるけど?」
にらみつけた。
「あはっ、まァそういうなよ、嘘も方便というだろう? 君と話をしてみたかったんだ。もちろん、二人きりでね」
「……ということは、みんなが、ねてるのは、あなたのせい?」
「そういうことだ。すごいだろう、眠りの術に指向性を持たせるなんて、なかなかできることじゃないんだぜ?」
「それを、じまんしに、きただけなら、かえって」
「冷たいな。自己紹介くらいしようぜ。ぼくはハイドランジア。ハイドでいい。名を呼ぶたび、君の後ろに潜むような響きになるだろう?」
「……わたしの、なまえを、きいたら、かえってくれる?」
「つれないなァ。少し話そうぜ。サソリの心臓の赤さに誓って、今日この瞬間は君たちに危害は加えないからさ」
そう言うとハイドは、気品に満ちた動きで一礼をした。
私はどう対応していいか、しばらく悩んだものの、たぶんこの人は目標を遂げないと帰らないだろうという諦観を覚えて、仕方なく相手をすることにした。
「………ナツナ」
「じゃあ、ナっちゃんだな」
私の名前、あだ名のバリエーション少なすぎない!?
「な、なれなれしく、しないで…!」
「おいおい、言っておくがぼくはそこに転がっている銀髪…いや、白髪?の恩人なんだぜ。もうちょっと待遇を良くしてくれてもいいんじゃないか?」
私は思わず、マグの方を振り返った。
すぐにハイドに視線を戻す。
「どういういみ?」
「君達がぼくの計画を台無しにしてくれて以来、何度かナっちゃんに接触しようとしたんだけどね。そこの白髪の緊張具合が尋常じゃなくって、なかなかそれができなかったんだよなァ。ソイツの感じは、あれだ、赤子を持つ母親のピリピリした感じと似ているよ。よっぽどナっちゃんと、それからそこの赤毛のことが大事なんだろうな。自分がしっかり守らなきゃ~ってピリピリピリピリ。予告してやるよ、このままだと、いつか神経が擦り減って倒れるだろうな、ソイツ」
「………」
「昼でも夜でも宿でも旅でも張りつめて張りつめて。今日はぼくの魔法でぐっすりできて、たぶんこれが久々の休息だろうさ。礼を言われてもいいくらいだ」
「……、………。けいかく、だいなし、って…?」
私の露骨な話題のすり替えに、むしろハイドは気を良くしたようだった。
「わかってるくせに。魔物の襲撃のことさ、貿易拠点が消えれば人間側はかなり痛手だろう?」
「…ハイドは、まぞく?」
「御明察。まァ明確な目的があるわけじゃなく、あれだって暇潰しの道楽みたいなものだけどな。長生きしているとこれがなかなかヒマなんだ。けれど、ようやくイイモノを見つけることができたよ」
「………」
「あの防御魔法、ケッサクだったなァ! 自己流だろ? 久々に大笑いしたぜ。ナっちゃん、君をぼくの太陽にしてやるよ。君となら退屈しなさそうだ。一緒に行こうぜ」
ハイドは窓の格子を掴んで、顔を寄せてきた。
サラサラ髪の隙間から、少しだけ尖っている耳が見える。
…あれ、この人、小屋に触ってるよね!?
この水車小屋に張られた防御結界が嫌で入ってこれない、とかじゃないのかな?
と内心動揺したが、悟られないように必死に睨み返す。
「そんな顔をするなよ。コリアンダーの葉の苦みにかけて、君を大事にするって誓ってやるからさ。おいで」
「い、いじめたくなるって、いってたくせに」
「あはっ、そうだっけ? けれど、よく考えてごらん。ナっちゃんがぼくのところに来れば、そこの白髪の負担はかなり減るだろうな? いいことじゃないか、ぼくのところへ来いよ。本当は今日だってそこの二人に、ナっちゃんが必要だ、って言われたかったんだろう? でも、言われなかった」
「…! ピーピングトム!」
私が顔を紅潮させて罵倒しても、ハイドは意地悪な顔で、本当におかしそうに笑うだけだった。
「ぼくはナっちゃんのことを必要としてやるよ。それに、その気配。ナっちゃんは人間じゃないだろう? だったら人間と一緒に居ても、不幸になるだけだぜ。あいつらは異物を嫌うからな」
「き、きめつけないで!」
「ほら、おいで。なに、難しいことはない。そこの扉を開けるだけでいい」
うぐぐぐ、そもそも迷惑をかけてしまっているユウとマグのことを出されては、何も言い返せない。
言い返せないけど、これじゃフィカスの時と同じだ。
これじゃダメだ、成長もできないんじゃ、ユウとマグの隣にいる資格すらない。
私は深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
うつむきかけた顔を、ぐっと上げる。
「ばかばかしくて、しっしょうを、きんじえない!」
「……へえ?」
ハイドは一度、意外そうに瞬きをした。
「わたしのことを、ふたん、って、いえるのは、ユウとマグ、ほんにんだけ。なぜ、きょうはじめて、あったばかりの、ハイドに、それをいう、しかくが、あるの? ユウとマグの、なまえも、しらないひとが、かれらの、こころの、だいべんしゃを、かたること、それじたい、ナンセンス!」
「………」
「ふたんとか、ひつようとされたいとか、すべて、わたしたちの、うちがわの、もんだい、それを、そとがわの、あなたが、しったふうに、かたること、もはや、いっしょうにふすレベル、だよ。わたしが、はなしあうべきは、ユウとマグであって、あなたじゃない!」
「それはどうかな。君のことを迷惑だ、なんて、真正面から言うような奴らじゃないんだろ? それを知ってて甘え続けるのは、随分とズルイことじゃないか?」
ぐっと反論に詰まった。
ダメだ、基本的に流される私のこの性格よ!!
そして反駁も思いつかない頭の弱さ、弁論は苦手なんだ…!!
それでも必死に考える。
「わたしは、わたしのことで、いっぱいいっぱい、で、ユウとマグの、きもち、かんがえて、なかった。ふたりも、きっと、わたしのこと、どうするか、いま、かんがえてる、とちゅう。けつろんが、でたら、ちゃんと、いってくれる。それまで、わたしたちは、きょうはん」
「………あはっ、手強いな。まァいい、簡単に手に入らないくらいがちょうどいい。ますます欲しくなった」
「も、もう、けっこう、はなし、したよ、かえって!」
「そうだなァ……ナっちゃん、ゲームをしようぜ」
「やだ…!」
「そういうなよ、このままぼくがここに居座るのもアリなんだぜ? そこの二人が目を覚ましたらどうなるかな、ふふふ。戦いになるかな。白髪のヤツは、今後もっともっとピリピリするかな」
「うぐぐ…!」
「そろそろぼくが、いかにねじけているか、わかってきただろ? なァ、ゲームしようぜ」
「わかった……」
「いい子だ」
ハイドは手持無沙汰な感じで、指をするりと窓の中に入れてきた。
私の髪を一房持って、くるくると指を絡めてくる。
やっぱり結界が効いてない…!?
内心で大変焦ったが、数センチ身を引いただけで耐えた。
「正直言って、このまま引くのは癪なんだよ。天邪鬼だからかな、帰れと言われて帰るって辺りが、特に気に食わない。こんな結界、ぼくには痛くも痒くもないしな」
ハイドは、私の内心の焦りを見抜くような目を向けてきた。
近くで見ると、魔族の虹彩は縦に長かった。
「ナっちゃんには、ぼくが今、最も欲している言葉を当ててもらおうか。それが正解なら、帰ってやるよ」
「えっ、む、むずかしい…、そんなの、わたし、ふり…!」
「不利でも何でも、まずはやってみないとな? 回答権は3回。…いや、10回でもいいな、回数が多いほど、ぼくにとって気分のいい言葉が聞けそうだし? ほら、言ってみろよ」
くそーー、腹立つな、要するにリップサービスを強要してきてるってことでしょ!
なんというかこの人、やり口が上手いんだよねえ。
別にユウとマグが人質に取られているわけでもないのに、私はなんだか身動きが取れない、窮屈な感じがしている。
しかし何ら対抗手段が思いつかない私は、穏便に終わらすためにハイドの言葉に従うしかない。
「ヒントをやろうか? 帰れって言葉が気に食わないってことは…?」
ハイドはにこにこと、余裕綽々の笑顔を向けてくる。
えーー、一緒に居てほしいとか、帰るなとか、どうぞいらっしゃいとか、言えってこと…?
「い、いってらっしゃい…?」
「あはっ、それ、帰れを言い換えただけだろ。苦し紛れにしちゃ面白いが。はいあと9回」
うぐぐぐ…!
いや、冷静に考え直そう。
そもそも、この状況は何なんだろう?
結界が効かないのに、ハイドは何で入ってこないの?
ユウとマグを警戒しているのは、そうなんだろうけど…。
助けを求めるように、私はユウとマグの方を振り返る。
やっぱり起きる気配はない。
不本意だが、このゲームを続けるしかないようだ。
「か、帰らなくても、いいよ…」
「惜しいな、もうちょっと可愛げがほしい。あと8回」
おのれ!
可愛げってことは、懇願する感じってことかな?
えーーーーやだやだ、絶対嫌だ。
ただでさえ迷惑してるのに、なんでこの人の気分をよくするために言葉を尽くさなくちゃならないんだ!
「あはっ、そうやって最高に嫌そうな顔をしているのを見られただけでも、こうして話せてよかったとは思うけれどね。ほら頑張れナっちゃん」
……ううう。
待って、本当に狙いはそこなのかな?
この底意地の悪そうな人が、そんな心理的嫌がらせだけで済ますの?
いや怪しい。
私が何かを言うことで、ハイドにとって得になる状況があるとしたら?
「も、もうちょっと、ヒント!」
「ふふん、仕方ないなァ。人間の街にはよく遊びに行くが、店の前を通った時に言われる言葉があるだろ、あれは最高に気分がいいな」
えっ、いらっしゃいませ、のことかな?
ようこそとか、その辺?
じゃあ正解は、この小屋に入っていいよ、っていう意味ならなんでもよさそうだね。
……ん?
なんだ、今何かが引っ掛かったような。
「あはっ、その顔、ナっちゃんはわかりやすい…とよく言われるだろ? いいから言ってみろよ、当たるかもしれないぜ」
露骨に言わせたがってるし、これは、ひょっとしてひょっとするのかな?
「ハイドって…」
「ああ、なんだい?」
「きゅうけつき?」
ハイドは、驚いた、というよりも、きょとんとした、という表現の方がふさわしい顔をした。
たっぷり3秒ほど間が空いて、堰を切ったように笑い始めた。
「あっははははっ! こんな子供にバレるとは思わなかったな、いや参った参った、その通り。ぼくは歓迎されない場所には行くことはできない。ただ、吸血鬼の方じゃない。悪魔の方さ」
ハイドはばさりとマントの端を片手で持ち上げ、窓から離れるようにトンと下がった。
「となると、ナっちゃんは諦めざるを得ないな。急いては事を仕損じるというが、随分と勿体ない事をした。どうせそこの二人が見当ハズレの悪魔祓いに精を出すんだろう? ぼくは信仰が形を成しているものが苦手なんであって、あんな寄せ集めのガラクタを嬉しそうに突き付けられた日にはもう、目も当てられない。それだって致命的って程じゃないが、地味にうざったいんだよ」
「にんげんに、きがい、くわえるのなら、やめてほしい!」
トン、トン、とハイドは、見えない階段を上がるように、空中を歩いていく。
私は格子窓を握る手に力を込めて、ハイドを視線で追いかけた。
「ナっちゃんがその身を差し出し、ぼくの暇潰しになってくれるなら、考えてもいいぜ。そうじゃない限りは、新しいオモチャを探しに行くだけさ。じゃあな、少しの間だが、楽しかったぜ。たくさん嘘をついたが、楽しかったのは本当さ。空舞うヒバリの歌の麗しさにかけて誓うよ」
トーン、とハイドは驚くほどの跳躍を見せて、木々の隙間へと去っていった。
「………」
私はしばらく硬直したように、ハイドが消えた方向を見ていた。
朝焼けは遠く、夜はまだ深かった。
<つづく>




