地獄絵日記(下)
……ページを戻された。
いきなりの場面転換に、身体がというか、心がついていってない。
私はハーハーと荒くなっていく息を無理やり押し込め、押し込めるのに成功したかと思えば今度はものすごく体が震える。
「ツナ、どうした……?」
いきなり立ち止まった私を、マグが心配そうに覗き込む。
まだ怪我をしていないマグの顔を見た瞬間、私は安堵なのか何なのか、よくわからない涙をボロボロとこぼした。
慌てて両腕を上げて顔を隠したが、どうしても嗚咽が漏れる。
「……うっく、……っ!」
たくさん足を引っ張ってしまった。邪魔になってしまった。情けない。
「ツナ、どうかしたのか?」
アンタローとじゃれついていたユウも気づいて、こちらにやってくる。
「わからない……真っ青だったが……」
「ぷいぷいっ、ツナさんツナさん、お疲れですか?」
アンタローの言葉に、私は何度もうんうんと全力で頷いた。
「あーなんだそういうことか、ほらツナ、大丈夫だって、疲れたからって別に俺らの足を引っ張ってるってことにはならねーからさ、な?」
「なるほどな……ツナ、少し休憩しよう……偉いぞ、何も言わずに……倒れられる方が……困るからな」
二人の言葉にも、私は顔を隠したまま、何度も頷く。
泣いたときに来る、あの喉が痙攣して喋りにくい感じの中で、
「…じゅ、じゅうご、ふん、だけ……っ、や、すむ……っ」
「15分……? バカだな、もっと休んでいい……」
私はただただ首を振る。
早く、早く原文を読んで、あいつらに対応できる術を考えないといけないのに。
マグが、私をどう扱っていいものか、ためらうような間を開ける。
うつむいたままの私の耳に、ユウが大きくため息をつく音が届いた。
次の瞬間、私の身体がふわりと持ち上がる。
「ほらツナ、高い高い~!」
「!?」
高い高いどころか、気が付いた時には私は地表から3メートルくらいの高さに放り上げられていた。
「ひゃあ!?」
声が裏返り、ドサッとユウの腕の中に納まる。
「ユウ、いきなり危ないだろ……!」
マグの怒った声もどこ吹く風で、ユウは私に、からっとした笑顔を向けた。
「ほら涙も引っ込んだ。これくらいで引っ込むってことは、その程度のことなんだよ、気にすんな」
「ぷぃいいい、ボクも、ボクも今の、やってほしいです!」
アンタローがユウの頭の上で器用にぴょんぴょんと跳ねる。
「えー、アンタローが俺のことをユウ様って呼ぶんだったら考えてやってもいいかな~」
「ぷいぷいっ! ケチ様ですねっ!」
騒ぐ二人を背に、地面に降ろされた私をのぞき込む影がある。
「ツナ、大丈夫か……?」
真剣な表情で、マグが気遣ってくる。
「………」
私はしばらく、呆けた顔でマグの晴れ空色の瞳をじっと覗き返していた。
「ツナ……?」
スーハーと深呼吸をすると、笑顔で頷いた。
「うん、もうだいじょうぶ! あそこに、すわって、やすんでくるね! 15ふん、はかってて!」
川べりにある、まるっとした石を指さしてそっちに歩き出す。
マグは「わかった」と言ってくれた。マグはいつも静かに見守ってくれる。
………なんだか、元気が出てきた気がする。
私は単純な生き物でよかった。
そうだよ、もう開き直るしかない。
迷惑をかけ続けてでも、図太く、一緒に居ようって、フィカスに誘拐された時に決めたんだ。
違うな、開き直るくらいじゃ足りない。
闘志を燃やさねば。
もう怯えて竦んでしまわないように。
よし、よーし、いくぞ!!
私は川の方を向いて石に座り込むと、目を閉じて、指を組み、意識を集中する。
この場面の原文……出て来い!
パ、と脳裏に文字がノートごと浮かんでくる。
私はもう慣れた感じで、さっと目を通した。
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たびをしていたら、まぞくのはなったマモノが、100ぴきくらい、おそってきた。
ユウとマグがたたかって、ナツナもマ法をつかって、みんなで、むきずでたおした。
ぶじでよかったねと笑いあった。
きょうも一日、へいわだった。
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絵日記か!!!!!!!!?
何が平和だよ超怖かったわ!!!!
というかそれ、その辺に100匹の魔物の死骸が転がってる状況でしょ!?
絶対これ、『よーしそろそろ戦闘入れよう!』みたいな軽い気持ちでやってるよね!?
ああああああ、もーーーー……!!!
でも、わかった。
引っかかったのは、「無傷で」ってところだね。
ユウとマグが怪我をしちゃったから、ページを戻されたんだ。
ううん、怪我どころか……。
いや、ダメダメ、あの先は考えちゃダメ。
あーーでもよかった!! 小学生ナツナチャンが俺つえー系の信者で本当に良かった!
そうだよね、無傷で100人斬りとか、ロマンだよね!!?
これでかろうじて倒せた、みたいな書き方をされていたらと思うと、ぞっとするよ!!
この状況の何が怖いって、ページが戻る時と、戻らない時があるってことだ。
もしあのまま続いていたらと思うと……。
だけど、もう私はやり直しをする気はない。
次は無傷で勝つ。
二度と、ユウとマグが怪我をするところは見たくない。
じゃあ次に考えるべきは、この、私が魔法を使う、という部分だ。
前に呪文詠唱があるのかどうかの部分を見てみたけど、あのエキサイティンッをやれってことなのかな……えええ辛……。
いや、そもそも私はどんな魔法が使えるんだろう?
この書き方だと、何でも使えそうだよねえ。
でも、使ったこともない攻撃魔法とかやったところで、前衛のユウにフレンドリーファイアする未来しか浮かばないんだけど、どうしよう。
攻撃魔法に自信が持てないってことは……防御魔法ってことかな、やっぱり。
よし、じゃあ防御魔法でいくとして、次は呪文詠唱だ。
エキサイティンッを見る限り、呪文詠唱っぽい響きがあれば、なんでもいいってことだよね?
小学生の私が、呪文っぽいと感じることを言えばいいのかな。
あーー、こういう時にステキな呪文とかを思いつける頭脳があればなあああ…!
よく黒歴史の紹介とかで、昔読んだポエムが出てきて恥ずかしい、みたいなネタがあるけど、あれ私からすれば全く恥ずかしくないどころか、むしろ尊敬モノだからね!!?
詩を書けるような豊かな感性があるとか、ほんと、ないものからすれば羨ましい限りだよ!!
なんかこう、繊細じゃない? そういうのって。
人として素敵な感じがする。
そこへ行くと私は呪文とか、他所様の考えたモノを拝借するしか能がないよ…。
うーーん、何があるだろう。
ぶっつけ本番だと失敗しそうだから練習したいけど…
「ツナ……15分経ったぞ……」
え、もう!?
目を開けて振り返ると、マグがやはり心配そうな顔のまま、私を見下ろしている。
そして私の額に手を当ててきた。
「熱は……ないか。もう少し休むか……?」
原文を読んだ疲れは多少あるが、眠気はない。よかった、これならいける。
あとは、残りの時間で、マグとユウをどう説得できるかだ。
私はすっくと立ちあがった。
「マグ、それからユウ、あのね、きいてほしいことがあるの」
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ドドドドドドドドッ!
「……あれか」
遠くに土煙が見える。
全員戦闘態勢で、ザッと身構えた。
私が話した内容は、次の通りだ。
この先に、メッシドールに向かって攻め込む大量の魔物の気配がして、さっきは怖くて泣いてしまったこと。
信じてもらえるかわからなかったから、15分間、ずっと考えて、結局話すことにしたこと。
今ならなんとなく防御系の魔法が使える気がするので、私も一緒に戦わせてほしいこと。
アンタローは、私の頭の上で、魔力の粒をなるべくたくさん出していてほしいこと。
マグは、「信じるに決まっている」とだけ言って、レザーグローブをしっかりと付けなおした。
ユウは、「久々に全力で戦えそうだ」と言って、頼もし気に笑った。
アンタローは、無言で粒を吐き出し始めたので、私は「まだだよっ」と言って慌てて止めた。
シャコの群れの姿が見えてくる。
あーーーー、これ、この感じ。
体育の授業で、サッカーのゴールキーパーをやっていた時のことを思い出すよ。
だんだんボールが近づいてくるにつれ、めちゃくちゃ心臓がバクバク言い始めるんだよね。
アレが本当に苦手で、私はやるならオフェンスが好きだった。
ちらりと前の二人の背中を見る。
私は当たり前のように、一番後ろに回された。
というか、ユウの隣に居ると言ったら怒られた。
うーーん、こんな後ろの方から防御魔法って届くのかな?
わからないことだらけだけど、やるしかないよね。
「おっしゃ、んじゃ二人とも、フォローよろしくな!」
ユウは1ミリも怖がる気配を見せず、ちらりとこちらを見てから、大剣を正眼に構える。
たぶん自信があるんじゃなくて、マグのことを信じているんだ。
私も、これからは戦力面で信じてもらえるように頑張ろう!
ポーズとか、やったほうがいいのかな?
私は両手を真っすぐに前にかざす。そして、盾というか、障害物をイメージして…。
手探り感に四苦八苦している間に、ユウがシャコの群れに突っ込んでいった。
「マグ、銃弾は節約しろ! おっりゃあああああーーーっ!!!」
ザブンッ!!
踏み込みと同時のユウの大剣の一振りで、3匹くらいのシャコの破片が空に飛び散った。
ガァンッ!! ガァンガァンッ!!
マグは貫通攻撃と威嚇射撃を兼ねるのを狙っているのか、ユウの周囲にいるシャコの胴体を狙い、3発の弾道はそれぞれ別角度を描いて、多くのシャコに手傷を負わせて行った。
さすが、マグナムの面目躍如というところだろうか。集団戦で強い強い。
よし、ここだ! 私は息を吸い、
「―――欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して圓斎と名乗りまするっ!!」
ズ、ドンッッ!!!!
突如、ユウの右側に、ユウとシャコを遮るような位置で、建物くらいの大きさの障害物が地面から生えてきた。
よく見るとそれは、ものすごく巨大な三角定規だった。
「!?」
ユウとマグだけでなく、私もびっくりした。
そうだね!?
確かに私は30センチモノサシを剣、先生とかが使う大きい三角定規を盾にしてチャンバラしてた記憶がある!!
盾のイメージはそれだったんだね!?
でもなんか…もっとこう、光の膜とかの神秘的なものでもよかったんだよ!!?
「ぷぃいいいいっ!(もろもろ、もろもろっ)(キリっとした顔で粒漏れ)」
「サンキュー、ツナ!! 助かったぜ!!!」
これでユウは、正面と左側の敵にだけ対応すればいい。
「どりゃあああああっっ!!」
心なしか、ユウは最初に戦った時よりも余裕のある表情で、楽しみながら剣を振るっているように見える。
ユウが左側の群れに突っ込んでいく中で、マグは正面の敵に狙いを定めて銃弾を撃って行った。
「―――御上りなれば右の方、御下りなれば左側、八方が八つ棟、面が三つ棟、玉堂造っ!!」
三角定規がシャコの攻撃に耐えかねてパリンと割れた時、私はもう一度防御シールドを上書きした。
今度は巨大な分度器が、大量のシャコとユウを分断するように立ちはだかる。
すごいすごい、ユウに襲い掛かる数が減るだけで、こんなに戦局が楽になるなんて!
「ぷぃいいいいっ!(もろもろ、もろもろっ)(キリっと粒漏れ)」
シールドが張られるのを見ると、銃弾を撃ち尽くしたマグは滑らかな動きでリロードをした。
私の頭の上から魔力の粒がバラバラ振ってきては消えていく。
………自分でアンタローに提案しておいて何だけど、邪魔だな!!!!!?
いや、でもおかげで魔力消費の眠気が来ないけど! 来ないけど…!!
「うりゃあーーーーーーっ!!!」
「ぷぃいいいいっ!(もろもろ、もろもろっ)(キリっと粒漏れ)」
ガァンッ!! ガァンガァンッ!!
「―――小棚の小下の小桶に小味噌が小有るぞ、小杓子小持って小掬って小寄こせっ!!」
がんばれ、頑張れ私…っ!!
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とても長く感じた戦闘時間は、私たちの無傷の完全勝利で幕を閉じた。
でもたぶん、客観的に見ると、ものすごくうるさい集団だったんだろうな。
いやーーでも、まさか発声練習用の外郎売が呪文代わりになるなんてね!【注1】
文化部でよかった!
こうして、私の地獄絵日記の部分は無事通りすぎることができた。
<つづく>
【注1:外郎売】
ナツナの高校では、文化部に限っては兼部ができるため、ナツナは演劇部と放送部を兼部していた。
どちらも発声練習があり、つまりナツナは三年間延々と外郎売を日に二回読んできた。
あの長い内容を覚える気は全くなかったのだが、いつの間にか見ずに言えるようになるくらいに覚えていた。
研鑽とまではいかないまでも、継続は力なりを実感した日々だった。
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