はじめての野営
メッシドールを出立してから、1時間程度。
街を出た瞬間に、私はキャスケット帽を脱いで荷物に仕舞い込んでいる。
いくら常春の気候でも、帽子って蒸れるからできるだけ脱いでいたい。
アンタローは、ひとまずマグの荷物に入ってもらっている。
振り返ると、街の輪郭はすごく遠くになったものの、まだ岬にある灯台の頭が見えている。
…こ、これは、ひょっとして私の歩調に合わせていると、全然先に進めないのでは?
あまりのことに、慌ててマグにそのことを相談すると、彼は「ああ」と頷いた。
「そういえば言ってなかったか……実はそのことは前もって……ユウと二人で話していてな」
「ああ、道中が平穏無事に行けそうな感じなら、俺とマグでツナを交互に担いで走ってみようって話になってんだよ」
「オレたちが全力で走れば……かなり進める……ただ、それがどれだけ……ツナの負担になるかどうか……まずはやってみないと……わからない」
「俺らに掴まるのが体力的に辛いーとか、ずっと揺れが来たら厳しいかーとか、その辺のことな。ツナにはちゃんとどんな感じか報告してもらって、三人でいい塩梅のスピードを探っていこうぜってな! どうだ、さっそくやってみるか?」
ほら、とユウが身をかがめて両手を広げてくる。
「う、うん…!」
私はユウの首に手をかけて、よいしょと体をよじ登っていく。
その間にユウはマグの方へ、手荷物を投げ渡した。
「じゃあまずはゆっくりめに、あの木のところまで走るから、ツナは辛かったら言うんだぞ? せーの!」
タッタッタッタッタッタッタ…!
「わーー…! すごい、はやいー…!」
ユウは前を向き、私は後ろを向いている、互い違いの抱き上げ方で、景色がスッーっと横を通り過ぎていく感じに流れていく。
マグも一定のペースで隣を並走して、私が落ちないかどうかを見張っている。
………なんか、シュールじゃない? 気のせいかな。
私が思っていた冒険風景と、ちょっと違うような……?
とか思っているうちに、ユウの足が止まった。
「えっ、もう、ついたの?」
「ああ、お疲れさん! どうだった?」
見ると、確かに目の前に木がある。草原の中にたたずむ木はまばらなので、さっき見えていたものに間違いはない。
「えっと…、いまくらいの、はやさなら、へいき!」
「おー、ならよかった、次はどれくらいの時間なら平気か、だよなー」
「じゃあ今度は……オレが時間を測ろう……まずは15分からな」
パチンとマグが懐中時計の蓋を開ける。
「おっしゃ、じゃあよーい、どん!」
タッタッタッタッタッタッタ…!
「………(落とさないように必死)」
「………(時間を測っているので無言)」
「………(落ちないように必死)」
うーーん、手探りなのはわかるんだけど、わかるんだけど…!
やっぱり何かが違う気がする!?
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「ぷぃいいい~…」
お昼休憩にマグが荷物を開けると、駆け足の振動で目を回したアンタローが、ポテっと落ちてきた。
「あ……そうだった……」
「うわっちゃー、忘れてたな」
「アンタロー、だいじょうぶ?」
思わず三人で覗き込む。
「ぷいぃぃ…」
「まあ……昼飯を食っている間に……起きるだろ」
「そうだな!」
「そうだね!」
満場一致でお昼休憩にすることになった。
宿でお弁当用に作ってもらったサンドイッチを、マグが、ユウと自分に分配する。
私はリンゴを一個貰った。
「ユウとマグは、つかれてない?」
「ああ、初日だから多少は気を張ったが、慣れれば毎日でも行けそうな感じだったぜ。ツナも軽いし、そんなにスピードも上げずに行ってるしなー」
「午後はオレの番だな……ツナ、何か希望はあるか……?」
「ン……きょうは、じっけんだから、しかたないけど……あしたは、もっとゆっくり、けしき、みていきたい」
「そうか……ちょっと待ってろ……計算する」
マグはサンドイッチを頬張りながら、荷物から地図を引っ張り出してにらめっこを始めた。
毎日の目標地点があるということなのだろう。
「今更だが、ツナはよくそんだけで飯が足りるよなー、だからチビなんじゃねえか?」
私がハンカチで皮をぬぐったリンゴをショリショリとやっていると、ユウがからかうように笑ってきた。
「むむむ。ユウからしたら、だれだって、そこそこ、チビだよ。わたしは、アンタローより、おおきいし!」
「ぶはっ、アンタローと比べるのは最終手段って思わねーあたりが可愛いな、ツナは」
ユウが私の額を指で押してきて、私は「もーー!」と言いながらユウの腕をバシバシたたいた。
「ぷいいぃい、呼びましたか?」
アンタローがぴょんと起きてきた。
「あっ、アンタロー、おきた?」
「アンタロー、ツナがアンタローはチビだなって悪口言ってたぜ!」
「もー、ユウ!」
「ぷいぷいっ、面白いことをおっしゃいますね、ツナさんっ。ボクはこう見えて、手足を生やせますよ?」
「「えっ?」」
私とユウの疑問符がハモった。
「生やせますよ??」
「………」
「………」
「やりましょうか?」
「やめろ……撃ち殺したくなる外見だったら……オレが困る……」
切実なマグの声が横入りしてきた。
そのままマグは、サンドイッチの包み紙をポイとアンタローの口の中に放り込む。
「ぷいぷいっ♪ 昨日のカサカサとはまた風味が違いますね! 気に入りました!(もぐもぐ)」
私とユウは、アンタローの第二形態を見なくて済んだことに安堵のため息をついた。
「ツナ、思ったより……この初日で……距離を稼げている……明日はのんびりしても……大丈夫そうだ」
マグは地図を折りたたみながら、そっと笑いかけてきた。
「わーー、うれしい! あのね、やえい、も、じつは、たのしみ!」
「そういやツナはキャンプ張るのは初めてか、つってもテントは荷物になるから持ってねーし、たぶんツナが思ってるよりは不便なキャンプになりそうだが」
「でも、そとで、よるをすごすって、すごいこと!」
「そうか? もう当たり前になっちまってるからなあ、まーでもテンションが上がることがたくさんあるってのはいいことだ、よかったなツナ」
「うん!」
「ツナ、そろそろ出発するぞ……早く食べたほうがいい」
「!」
手元が留守になっていたので、慌ててシャリシャリとリンゴに歯を立てた。
その間にユウが地面に穴を掘り、私は残ったリンゴの芯を穴の中に埋めた。
よし、出発準備は完了。
ユウも残ったゴミをアンタローの口の中に放り込んで、立ち上がって伸びをする。
「そうそう、船乗りのおっちゃんに聞いたんだが、この辺はしばらく晴れだってさ! よかったなツナ、明日もいい景色が見れるぜ」
「ぷいぃいい、ボクはもう荷物の中に入るのは嫌ですからねっ、ユウさんの頭上を所望します!」
「うえー、なんかお前より格下って感じで嫌だな…まーいいや、しっかり掴まれよな」
ユウは皮袋から水を一口飲むと、アンタローを自分の頭の上に置いた。
そしてフィット感に嫌そうな顔をする。
「ツナ、まずは横抱きで……オレはユウと違って……細かい調節も利くから……意見は細かく言うんだぞ」
「う、うん。よろしくおねがいします!」
ひしっとマグの首に手を回しながら、何もかも手探りのまま、夕方までこの行軍は続いた。
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夜の川辺。
川の水が星空を映して、上にも下にも銀河があるような錯覚を与えてくる。
ユウとマグは、一つ一つの行動を私に説明した。
まず薪を拾う係が必要なこと。
火の焚き方のこと。
枝を組んで小鍋を火にかけること。
キャンプでの料理は干し肉を入れたスープが多いこと。
携帯の保存食はなるべく最後まで取っておくこと。
もう少し早く着いていたら魚を釣って料理できたこと。
寝ている間は誰かが見張りをしなければならないこと。
火が消えないように、たまに薪を入れてやらなければならないこと。
途中までは興味津々で聞いていたが、途中からは、まるで一人で生きていくにはこうするんだ、これなら一人でも生きていけるだろう、と言われているような気がして、だんだんと怖くなってきた。
「ツナ、どうした……?」
こういう時、私の変調に気づくのは、いつもマグだ。
「え? えっと…ねむくて」
これは嘘ではない。
あんなに楽な姿勢を模索して運んでもらってきたはずなのに、なぜか私はすごく疲れていた。
「まあ初日だしな、俺も意外に疲れたわー。まー最初の見張りは俺だから寝れねーんだが。アンタローがもうちょっと頼り甲斐があれば、見張り役を押し付けられるんだけどなー……ってコイツ、寝てやがる」
ユウは惰性で頭の上にのせていたままのアンタローを、焚火の傍にそっと置いてやる。
…なんだかんだいって、この二人は仲がいいのかな。
「じゃあ、寝るか……ほらツナ、今日はオレを下敷きにしろ……慣れてきたら地べたに寝てもらうが」
木に寄り掛かったマグが片腕を広げてきた。
「え? えっと…マグ。マグは、わたしの、めしつかいじゃ、ないんだよ?」
「……? 当たり前だろ……何を言っているんだ」
マグは訝し気に私を見た。
「い、いいよ、さいしょから、じべたで、ねるよ!」
慌てたように私が言うと、珍しくマグがとても意地悪な顔を向けてきた。
「さっき……寂しそうな顔をしていた……クセに?」
「!」
「ほら寝るぞ……起きたら誰も居なくなっているかも……なんて……子供時代の悪夢でしかない……どうせユウと交代の時までだ……一緒に居てやる」
「ツナ、今日は甘えとけよ、不安もあるんだろ?」
「………ン」
そろそろ眠さも限界で、思考を放棄するようにマグに寄り掛かりに行く。
ぽんぽんと頭を撫でられた。
マグの手には、レザーグローブがはまっている。
やっぱり指が出るタイプはかっこいいなー…と思っている間に、ストンと眠りについた。
次の朝、目が覚めても、二人はちゃんと傍にいた。
<つづく>