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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
18/159

熱中症みたいなもの

 えーーーーーー……。


 ほらやっぱりーーーー、この鉄格子、子供の体型なら、体を横にすればギリギリ通れそうだよ!!


 うわああああああああ


 絶対自力で脱出するやつじゃんんんんんん!!!


 人の気も知らないで気軽に書きやがってええええ!!


 電気でビリビリされるのは私なんだよ!!?


 このガキ、芋の煮えたも御存じないどころか、電気刑の辛さも御存じない…!!


 自分への恨み節が、炭酸の泡のようにボコボコ湧き上がってくる。

 痛いことが待っているとわかって嬉しい人間が居るのだろうか。


 少なくとも電気が流れる感覚は知ってるんだよね。

 昔、おばあちゃんちにあった、古い扇風機のコンセントを触ったらビリっときて、ワンテンポ遅れてぞっとしたよ、あれは。

 正直、二度と味わいたくない。


 だけどこれはもう間違いなく確定事項だ。

 私の好みは私が一番分かっている。

 …そうだ、この部分だけ、原文を見てみよう。

 ひょっとしたら、何か…電流に耐えられる秘策か何かがあって、軽傷で済むかもしれない!


 私はいそいそと目を閉じて、指を組む。

 だけど、今回の原文を読むのは、繊細な作業だ。

 絶対に、この部分だけを読みたい。

 先の話は読むべきじゃない。

 ちゃんと、自分の頭で考えてから、きちんと選んで決めないといけない気がするからだ。


 深呼吸をして、集中を始める。

 牢から脱出するシーンだけ…出て来い!

 さあ、私はどういう行動をするの!


 ワンテンポを置いてから、瞼の裏にぱっと文字のイメージが浮かび上がった。


===========================================


 ナツナ「くっ!(がまん)」


===========================================


 三文字かよ!!!!!!!!

 参考にもならんわ!!!


 なに、この……何?

 とても言い表せない気持ちって、あるんだなあ。


「ふーー……」


 とりあえず目を開けて、体育座りに座りなおした。原文を読んでも眠気は来ず、疲労だけで済んでいる。


 よし、特攻するしかないのは分かった。

 じゃあ次は、考えをまとめないと。


 でも本当はもう気づいている。

 あれだけユウとマグと一緒に居なくていい理由を並べられたにもかかわらず、私は心の中で一緒に居てもいい理由ばかりを探しているのだから。


 よく言うもんね。

 あ、ひょっとしてこれは…と気が付いた時にはもう、なってるって。(※熱中症の話)

 なんだかとても、そういう感覚に似ていると思う。

 頭では一緒に居ない方がいいとわかっていても、心ではもう、ずっと一緒に旅を続けていきたいって思ってしまう。


 もう認めるしかない。

 とても馬鹿げた話だが、私の気持ちは、小説のナツナの気持ちと混ざりあってしまっているのだと思う。

 小説のナツナにとっては、ユウとマグは記憶を失ってから初めて見た人間だ。

 刷り込みもあって、ユウとマグはナツナ…ううん、私にとって、親であり兄弟であり友人であり、とにかく全てなんだ。

 ユウとマグと一緒に居られない生活なんて、ちょっと考えるだけでも絶望に似た喪失感が来る。


 だとすると、私は覚悟を決めなければならない。

 迷惑をかけない覚悟じゃなくて、迷惑をかけ続ける覚悟だ。


 そして、ユウとマグと旅をする道を選べば、おそらく私は死ぬだろう。

 そう、押し寄せる怒涛の設定披露に、私の心が死ぬ!


 ただでさえもうなんか穴があったら埋めたいくらい恥ずかしいのに!!!

 フィカスのことはどんな顔して書いてたの私は!!?

 守ってやるとか言ってたよ!!?

 言われたいセリフナンバーワンだったよ!!

 ちょっときゅんってしてたよ!!

 そしてきゅんってしてる自分の痛々しさが恥ずかしくて仕方がないよ!! うああああああああ…!!!


 これからもやってくるだろうこの辛い道のりに耐える覚悟を、私に持つことができるのだろうか!!?

 相当心が図太くないと無理だ…!!!


 ああでも、早く決めないと…!

 こうして迷っている間にも、マグとユウが、フィカスとケンカを始めてしまうかもしれない。


 …待って、でもマグとユウが何をしに来たのか、まだわからないのに、私は何を考えているのだろう。

 ひょっとしたら、『ツナのことを頼む』って結論になる可能性だってある……ううん、そっちの確率の方が高い。二人とも優しいからな…。

 だったら、私の気持ちなんてどうだっていいことだ。

 気持ちが逸って独り相撲をしてしまった…。


 お別れの挨拶はできるのかな……。

 あ、ダメだ。

 これでお別れかと思っただけで、泣けてくる。

 でも二人が決めたなら受け入れるべきだ。


 誰にも見られない状況もあって、私は泣くのを抑えきれず、しばらくべそべそと泣いてしまった。



   ―――ガァンッッ!!



 どれくらい泣いていたかわからなくなってきた頃、唐突に、遠くの方から銃声が響いた。

 びっくりして顔を上げる。

 天井の方を見上げるが、甲板の様子が見えるわけもない。


 ……幻聴?


 そう思った瞬間、今度は連続して2回、先ほどと同じ音が響いた。


 マグだ!!

 二丁拳銃って言ってたし、連射するにしても、あんな轟音がする銃を扱えるのはマグだけだ。

 女の子の憧れ、50口径のマグナム弾の音!


 えっ、でもどうして?

 話し合いじゃなかったの??

 謁見って言ってたよね…?


 …待って、そういえば、いっぱいいっぱいだったからサラっと聞き流してたけど、フィカスは睡眠不足で実力が出せなかったらどうこうって言ってた気がする。

 ひょっとして、最初から戦いになるってわかってた…?


 ど、どうしよう!

 ユウとマグは強いけど、でもフィカスの方が年上で、戦いの経験とか、すごく豊富にありそうな動きしてたよね?

 もし両者の実力が拮抗してたら、怪我とかする可能性の方が高いよ!

 ユウとマグが怪我をするのはもちろん嫌だけど、善意の変態なだけのフィカスにだって痛い思いはしてほしくない。


 止めなきゃ!

 戦う理由がなくなれば、怪我しなくて済むよね!


 私は急いで立ち上がり、鉄格子を睨みつける。

 ダメだ、覚悟を決める時間がある方が余計に怖い。

 思い切り息を吸い、気合が入る言葉を、せーの、


「やっちゃえ女の子ーーーッ!!」


 一気にダーーッと鉄格子に向けて突貫した。



-------------------------------------------



 そこから先は、断片的にしか覚えていない。


 覚えているのは、

「しまった、筋肉って電気信号で動くんだっけ、全然思うように動けない!」

 と思ったことと、

「あ、全然意識してないのに勝手に悲鳴って出るものなんだ?」

 と妙に冷静に思ったことと、

「あとちょっと、あとちょっと」

 と何度も何度も思ったことと。


 床を這いずりながら、服が汚れちゃったなーという感想しか抱けなかったことと、最後の方は持久走とマラソン大会はどっちがキツかったかな…シャトルランかな…などと、全然関係ないことを、意識をつなぐ縁にするように考えながら、甲板への扉に手をかけたこと。


 そこで、意識は途切れた。



-------------------------------------------



 なにか温かいなと感じて、うっすらと目を開ける。


 状況はよくわからないが、フィカスが私に手をかざしていた。


 淡い緑色の光が、フィカスの手のひらに宿っている。


 回復魔法だ……。


 初めて見る魔法のはずだが、なぜかその確信があって、安心したように目を閉じた。



-------------------------------------------



 ゆらゆらと、心地よい振動がくる。


 うすく目を開けると、誰かの背中の上だった。

 この赤い髪の色は、ユウだ。

 いつかどこかで見たような風景で、これは夢か…と思って、悲しくなった。

 この感触を手放したくなくて、ユウの首に回した手に、ぐっと力を籠める。


「ツナ、起きたのか!?」


「!」


 即座に反応があったので、びっくりして顔を上げた。

 振り返る顔は、やはりユウだ。


「ツナ、どこか……痛いところはないか……?」


 マグが隣に居て、覗き込んでくる。周りはもう夜だ。


「い、いたいとこ……うっ…!?」


 少し体に力を入れると、ものすごい筋肉痛が来た。

 あ、これは、めちゃくちゃ痛いのとか辛いのを我慢したときに来る、お腹周辺の筋肉痛だ…!

 例えばたった15分、痛みに耐えただけでも、下腹に変な力が入るのかなんなのか、私の場合はよく筋肉痛として現れる。


「ツナ、痛いのか!? くそっあの野郎、傷一つ残さねえっつってたのによ…!」


「ううん、ただの、きんにくつう…!」


「そうか、なら許容範囲……だな。外傷にばかり……目が行くのは……仕方がない」


 マグは少し安心したように息を吐いた。


「がいしょう…わたし、けが、してた?」


「ああ、火傷と擦り傷……だな」


「どうせなら全身に回復魔法かけて行けっつーの、服破いてまで傷がないか探しまくっておいてこのザマだ」


 あのゴーグル男は生涯で何回事案を起こせば気が済むの!!?


 服と言われて自分の袖口を見てみると、攫われた時のものと同じ服に戻っている。


 ユウは不服気に「けっ」と悪態をつきながら、前を向いてしまった。


 私はゆっくりと隣のマグの顔を窺う。

 目の下には、クマがあった。


「…フィカスとは、どうなったの…?」


 私の質問に、マグは一瞬だけピクリと片眉を上げた。


「へーーーーほーーーーふーーーん?? フィカス呼びなんだ? 随分と仲良くなったんだな?? アイツはアイツでナっちゃんナっちゃんってうるさかったしな???」


 ユウが前を向いたまま、会話に横入りしてくる。

 しまった、ユウにはめんどくさいスイッチがあるんだった。


「こら……ちゃんとツナの言い分を聞いてやれと……アイツに提案したのは……お前だろバカ」


 マグが肘でユウの脇腹を小突いた。


「仲良くなれとは言ってませーーん」


 マグは大きくため息をついた。すぐに私の方に目を向けて、


「フィカスは……ツナの答えを見て……身を引いた……100の言葉を連ねられるよりも……身に応えたと……添えてな」


「……そっか…」


 ゴーグル越しでしか目を合わせられなかったフィカスの顔を浮かべる。

 一体どんな表情でその言葉を言ったのだろう。自尊心を傷つけてしまっただろうか。


「マグとユウは、どうして、むかえにきてくれたの?」


「…迷惑だったか?」


 珍しくユウが弱弱しい声を出した。


「ううん、うれしかったよ。でも、いいのかなって……おもってて」


 私の声も、つられるように弱弱しくなる。

 鉄格子に突っ込んだ時にはすっかり失せていた迷いや引け目が、油断をすると顔を出してくる。


 しばらく三人で、黙って歩いた。

 ようやく口を開いたのは、マグだった。


「ツナ。……見返りを求めないことを……愛だというのなら……オレたちのは愛じゃない」


 アガペーの愛というのだっけ。昔、教会の日曜学校で習ったことがある。


「うん……わたしもそうだよ。みかえり、ほしいよ。けがしないでほしい、わらっててほしい、へんじしてほしい、いっしょにいてほしい」


「そうか……」


「うん……」


「じゃあ、決まりだな。俺ら三人は共犯者でいい。もし一緒にいるのがお互いのためにならないのだとしても、自分の好き勝手で、一緒に居よう」


「いいの?」


「だが、今回みたいな無茶は……もうしないでくれ……心臓がいくつあっても……足りない」


 絞り出すようなマグの言葉に、私は「あ」と小さく声を出して、マグに向けて額を差し出した。ぎゅっと目をつむる。


「……? ツナ……?」


「しんぱいさせたから、デコピン、にかい、だよね……!!」


「…………」


 覚悟の沈黙の後、ユウが思い切り噴き出した。


「ぶはっ、マグ、なんて顔してんだよ…!!」


「え?」


 気になってぱっと顔を上げて確認すると、もうマグはいつも通りの顔で、顎を埋めるようにマフラーを巻きなおす。


「うるさいな……」


「ツナ、デコピンはいいってさ」


 ユウは面白くて仕方がない、というように笑う。

 私は改めてユウとマグをよく見て……二人の衣服が裂けたり血で汚れたりしているのを見た。


「けが……した?」


「もう全部治ったよ。安心しろよツナ、お前のパーティーメンバーは、滅多なことじゃ死にゃしねー」


「ン……。フリュクティドール、いくの、たのしみ」


「筋肉痛が……治ってからだからな……」


「うん!」


 私は改めて、ユウの背に掴まりなおした。



-------------------------------------------



「ぷいいぃいい、おかえりなさい皆さんっ。どうです? ボクはちゃんとお留守番、できましたよ!」


 宿の部屋の扉を開けると、無数のホットケーキの中で、大きな綿埃のような生き物がぴょんぴょんと跳ねながら出迎えてくれた。



「「「……………」」」


 私たち三人は、しばし固まるような間を開けた後、


「あ、ああ! アンタロー久しぶりだな、元気してたか!!?」


「大事なお前のこと……もちろん忘れてなど……なかったからな?」


「アンタロー、ただいま! なんにちぶりだっけ!」


 急いで取り繕うように言葉を投げかける。


「ぷいぷいっ? ふふふ皆さん面白いジョークですね、まだ一日も経っていませんよっ」


 そうだったすっかりアンタローのこと忘れてた、三人で旅する気満々だったよ!!


 ユウは私を慎重にベッドに降ろすと、マグが思い出したように、私の手のひらに銀色の硬貨を乗せてきた。


「ツナこれ、フィカスが……詫びにって……小遣いにでもしろと……言っていた……500エーンだ」


 え?

 え、待って、このゴタゴタ、あれだけ頑張ったのにアンタローのホットケーキ以下の値段だったの??


 いやいやいや、ダメダメ、こういうのは気持ちなんだから!

 気持ちなんだからありがたいけど、なぜだろう、値段をつけられたみたいでいっそ要らなかったかなって気持ちの方が大きいかな!!!?


「おやおやツナさん、それが今日の稼ぎですか? ぷぅいぷいっ、ところでボクのホットケーキは、おいくらで売れるんでしたっけ??」


 コイツ、マウントを取ってきただと…!!!?


「んで、何か困ったことがあればニヴォゼ王国を頼れってさ、いつでも協力は惜しまないって。けっ、余計な世話だっつーの」


「ツナ、もう今日は寝ろ……明日の朝にはユウの腹立ちも……収まる」


「う、うん」


 マグに布団をかけられながら、ユウがホットケーキの処理に困ったように拾い集めていっているのを見る。


 …なんだか、帰ってこれたって感じ!


 上機嫌で眠りについた。




<つづく>



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