フィカスラータ
目が覚めると、薄暗い部屋にいた。
「……??」
一瞬何が何やらわからず、起き上がってきょろきょろと辺りを見渡す。
床には薄っぺらいシーツが一枚引いてあり、私はそこで寝ていたようだ。
窓のない壁にはカンテラが一つだけかけてあり、そして地面からは小さく揺れを感じる。
船の上ということかな? と思った瞬間、一連の流れを思い出した。
「起きたか。もう朝だぞ」
「わあ!?」
人が居るとは思わなかったので、反射的に悲鳴を上げてしまった。
格子の向こうに、ゴーグルをつけた男が居る。
彼はイスの背もたれを前側にして、そこに腕を組むように凭れて座り、暇そうにしていた。
………。
えっ、格子!?
びっくりしてよく見ると、鉄格子だ。
「悪いな、あんなに泣きじゃくるとは思わなかった。牢にでも放り込んでおかねば、すぐにも逃げ出しそうだったのでな」
そっか、泣き疲れて寝ちゃったのか。
……?
妙に快適感があり、自分の服に目をやると、さらさらと上質な絹の衣装を着ている。
「案ずるな、寝ているうちに着替えも何もかも、この俺が手ずから済ませておいてやった」
案ずるわ!!!!!!
事案じゃん!!!!!!?
どうしようこの人、全部善意でやってるんだろうけど、私のリアルの良識がすべて犯罪者の行動へと仕立て上げていくよ!!?
この人可哀想ううううう。
多分私の小説のキングオブ被害者はこの人なんだろうな……ホントごめん……。
いやー、やっぱり小説とかを書くのって、ある程度の一般常識って必要なんだね?
自分にそれを教わったよハハハ。
「おい、いつまでも拗ねてないでいい加減何か喋れ。暇で仕方がない」
むっかーー、誘拐しておいてその言い草は何だ!
と思ってゴーグル男を睨みつけると、気のせいか、どこか疲れた様子だった。
「……? ひょっとして、ねてない?」
「ああ」
「えっ、なんで? みはるひつよう、ないよね?」
「寝ない必要があっただけだ」
「???」
私が首をかたむけていると、ゴーグル男はめんどくさそうに髪をかき上げた。
「お前の連れ達は今、俺が残した問いかけの答えを必死に考えているだろう。おそらく眠るどころではないはずだ。ならば俺も寝るわけにはいかん。俺は底意地が悪くてな。睡眠不足で実力が出せなかったからお前を取り戻せなかった、などという言い訳をあの者達に与える気はサラサラない。そのためにも条件は対等でなくてはならん。よって俺も睡眠不足で奴らに臨む。わかったか?」
「………」
あまりに予想外の返答だったので、呆けてしまった。
「おい、変な顔をするな。別に普通のことだろう」
「そ、そうかな」
「………。………何か喋れ」
「え? えっと……」
「………」
「……わたし、ナツナっていうよ」
「ナツナ? じゃあナっちゃんだな。俺のことはフィカスでいい」
えーーその性格でナっちゃん呼びなの??
「フィカス……あのね、」
私はこれまでのことをフィカスに告げた。
記憶がないこと、言葉が通じない自分に、ユウとマグがとても優しくしてくれたこと。
これからも一緒に旅を続けていきたいこと。
フィカスは黙して、今度は真剣に私の話を聞いているようだった。
「事情のほどは相分かった。だがそれを聞いても俺の意見は変わらん」
フィカスは椅子から身を乗り出して、真剣な目を向けて来る。
「なあナっちゃん、一緒に旅をするとは、どう旅をするんだ? 昨夜、ナっちゃんは必死に自分の力で俺の腕から逃れようとしていたな。アイツらに迷惑をかけたくなかったんだろうということが伝わってきた。だが旅となると、アイツらにかかる迷惑は、昨夜の比ではないのではないか? ナっちゃんはアイツらにおんぶ抱っこで平然としていられるような性格ではないのだろう?」
淡々とした口調のはずなのに、私は壁に追い詰められているような気になった。
「ニヴォゼに来い。俺の元でなら、その魔力を役立ててやる。王は俺だ、必ずナっちゃんが貢献できる場を与えてやれる。ああ、勘違いするな、別にナっちゃんの魔力がないとダメという状況ではない。別にのんびりするのが好きなら、それで楽しく暮らしてくれていい。その平穏を守ってやる」
ぐっと喉が詰まるような感覚が来る。
正直ナっちゃん呼びが気になって仕方がないが、それでも反論できずに困っている気持ちの方が強い。
そうだ、最初に私は、迷惑がかかるようならテルミドールに残る選択肢だって念頭に置いていたはずだ。
それどころか、いつかリアルに帰るのだから、別にどこに居ても同じじゃないか。
そうは思うが、なぜか認めたくなくて、思考から逃げるように全然違う話題を探した。
「……おいえそうどう…って?」
フィカスは驚いたのか、少しだけ顔を上げる。その後、私の思考など見透かしたかのように、ふっと笑った。
「ああ、その通りだ。元国王である親父は俺が殺した。ナイショだぞ」
事も無げにそう告げたフィカスに、今度は私が驚く番だった。
「え……」
「………自分で言うのもなんだが、俺は出来が良くてな。俺が王位を告げば安泰と、誰もが思っていた。しかし傀儡を作りたい連中は必ず居るもので、そういった連中は俺の弟の方を王位につかせたがるわけだ。親父は何度も繰り返されるゴタゴタを鬱陶しがってな……弟のティランジータをもう殺しておくかという結論に至った。俺はそれに気づいて、先に親父の方を殺しておいた、というわけだ」
「……ほかに、しゅだんは、なかった?」
「なかった……と思いたいな。別に親父を殺したいほど憎いわけでもなかったものでな。だが、選ばなければならなかった。なにぶん、時間がなかったものでな。ナっちゃん、俺は選んだぞ。お前はどうする」
やはり答えに窮して、項垂れてしまう。
「やれやれ、まるで俺がイジメでもしているようだ」
「そ、そんなことは、ないけど……」
「なあナっちゃん、お前の記憶は戻らない方がいい。俺の予想では、ナっちゃんは虐待者から逃げてきたのではないかと思っている」
そうなんだよね。
私は子供の頃から少年漫画ばかり読んでいて、大学生になるまでは少女漫画というものを読んだことがない。
なので、私の女の子っぽい知識はだいたい絵本からきている。
たぶん私が影響を受けたのは、次の三つ。
・シンデレラ(家族にいじめられてたら王子様と結婚できた)
・白雪姫(基本的に小人がちやほやしてくれる)
・ラプンツェル(塔に閉じ込められたら助けが来る)
この辺の要素がすごくツボにくる。
だから今、私はもちろんこう思っている。
『やったーーーー祝・監・禁!!!!!』
まあその辺は置いておいて、とりあえずこのナツナの設定には、幼いころから姉に虐待を受けていた、という部分がある。
それが魔力を搾り取るか何かの話だったのは全然覚えてなかったが、フィカスの読みは正しい。
彼は言葉を続ける。
「つまり、もう記憶を取り戻す旅を続ける理由はない。おそらくアイツらも、それに気づいた。旅を続けることは、ナっちゃんのためにはならない可能性が高い、と」
「な、なんで、そこまで、ていあん、してくれる?」
「ははっ、『なんで優しくしてくれる?』という発想にはならないんだな、まあ優しくはないか、決断を強いているわけだからな」
フィカスは笑ってはいたが、ほんの少し寂しげな物言いだった。
ゴーグルをしていて表情は読めないはずなのに、彼の感情の豊かさに触れたような気がする。
「別に、為政者の意地と思ってくれればいい。拾えるものは何でも拾うだけだ。俺は庶民よりは手の届く範囲が広いからな。今まで、悪い意味で生き方を選べなかった子供たちを、たくさん見てきた。俺が王となったからには、それを見殺しにするつもりはない。まして希少な魔力持ちだ、守り甲斐がある。困ったことに、魔力持ちは狙われたり利用されたりが当たり前の世の中だからな。これまではなんとかなったのかもしれんが、この先も安全とは言えないだろう。そうなる前に俺という保護先を見つけたんだ、ナっちゃんは運がいい。観念して甘えて来い」
………。
困ったな、話し込むんじゃなかった、フィカスの印象が全く変わってきてしまった。
ちょっとやってることが強引な変態に見えるだけで、基本的にいい人なんだろうな。
その時、船室に知らない人が入ってきた。
肌が黒いので、砂漠側の人だなということはわかる。
「フィカス様、おっしゃられた通り、謁見の申し入れがありました」
「来たか」
フィカスは立ち上がってから、そういえばというようにこちらを見た。
「ああ、言っておくが、その鉄格子には電流を通してある、絶対に触れるな。魔法を使って壊されでもしたら敵わんからな、対抗策だ、恨むなよ」
「!?」
この世界は魔法文化なのか電気文化なのかそろそろハッキリしようよぉ!!
と、というかこの展開!!
嫌な予感しかしない!!
鉄格子を凝視しているうちに、フィカスは部屋を出て行ってしまう。
「ま、まって!」
大きな声を出すと、扉の向こうから返事が返ってきた。
「ナっちゃんが決められないというのなら、俺が決めてやるだけだ。じゃあな、いい子で待っていろよ」
足音が遠くなっていく。
ど、どうしよう…。
原文を見なくても、小学生の頃の私が好きな展開がわかってしまった。
これ、脱出しろってことでしょ!?
<つづく>