表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
外伝 どのページにもない話
159/159

ルエリアの話



 少女は気が付けば、笹林の中にある、小さな小屋に住んで居た。

 気が付けば、というよりも、物心ついたときには、と言った方が正しいだろう。

 何故こうなったのか、自分は誰なのか、自我が芽生えるにつれて、疑問に思うことは増えていく。


 毎日毎日、食べ物を求めて笹林を彷徨い歩く。

 遠くまで行って、木の実を得ることができる日もあれば、何も得られない日もあった。

 くたくたになって小屋に帰ると、潤沢な食糧がテーブルに用意されている。

 金色をしたリンゴなんて、一番の好物となった。

 それが少女の世界の仕組みであり、不思議に思う余地すらなかった。


 年を経るにつれて、行動範囲が少しずつ増えていく。

 近くに、自分以外の生き物が密集する、集落があることがわかった。


「おい、エルフだ!」

「ほんとだ、やっちまえー!」

「ナガミミ、ここは人間のテリトリーだぞ!」


 何の気なしに村に足を踏み入れると、そういった言葉とともに、子供たちが面白がって石を投げてくる。


 ナガミミエルフというものが、自分の個体名なのだと思った。


 投げられた石は痛かったので、それからは遠くから村を見守ることに時間を費やしていく。

 あの生き物たちと違って、自分は耳が長く、遠くの音まで拾うことができる…と、本能の部分で理解をする。

 遠くから聞き耳を立てて、言語というものを少しずつ習得していった。


 何故か、他の生き物たちは、この笹林に絶対に近づいてこない。

 安全な日々を過ごし、少女はすくすくと成長していった。



 ある日、その日々は終わりを告げる。


 明らかに村の者とは違う、目つきの悪い男が三人、自分一人くらいすっぽりと入ってしまいそうな麻袋を構え、下卑た笑みを浮かべながら取り囲んできた。


 攫われる…。

 そう思って笹林を逃げるのだが、人数差を利用されて、追い込まれてしまった。


 絶体絶命だと思った瞬間、目の前に雷が落ちてきた。


 三人の男は黒焦げになって息絶え、その前には、美しい黒髪の男が立っていた。

 夜を塗りこめたかのようなマント。

 金色の目が振り向く。


「やあ、無事かい?」


 少女は、ただ頷いた。

 その男は無遠慮な視線で、少女をじろじろと、頭のてっぺんからつま先まで見てくる。


「何もされてはいないようだな、安心したぜ。ああ、怖がらなくてもいい。ぼくはルエリア」


「ルエ…リア。これは、ナガミミエルフ」


 その時、少女は初めて会話というものをした。

 しかし、ルエリアはそれを聞いて噴き出す。


「あっはは! それが個体名だとでも思っているのかい? 馬鹿を言っちゃいけない。そうだな、ぼくが名前を付けてやるよ。お前は、ササ。笹林で育ったから、ササだ」


「ササ…」


「やれやれ、美しく育つのも考え物だな。一体どこからエルフの情報が漏れたのやら…。また村人の死体でも2、3晒して、遠ざける必要があるか」


 ぶつぶつと考え込み始めたルエリアを見て、ササは焦りを覚えた。

 このまま、どこかへ行ってしまうのだろうか。

 そうなると、自分はまた一人になってしまう。

 あんな怖い思いを、またすることになるかもしれない。


「ルエリア」


 ササはルエリアの名を呼び、彼の手を掴んだ。

 ルエリアは少し驚いた顔をしてササを見る。


「ああ…そうだな、今日のようなことがまたあってはいけない。落ち着くまで、しばらくは一緒に居てやるよ」



 その日から、ササはルエリアに夢中になった。

 名を呼べば振り返ってくれる。

 早く声を聞き慣れたい欲求が溢れてくる。

 おかしなことに、ルエリアは、ササの住む小屋のことをよく知っているようだった。

 勝手知ったる他人の家とばかりに、特に不自由なく過ごしては、ふらりとどこかへ出かけて帰ってくる。


 ササは、植物が水を吸収するかのように生き生きと、急速に言葉や知識を蓄えていく。

 だが、培ってきたその知識が、そろそろルエリアと別れの時が近いと告げていた。

 ひと月ほどの共同生活を送った時、ルエリアは、小屋の扉に手をかけた。


「さて、そろそろ頃合いだな。ササ、この笹林への闖入者は、また数十年は現れないと思ってくれていい。ぼくはそろそろ行くよ」


「ルエリア…。ルエリアは、ササと別れても平気?」


「…へえ。面白い聞き方をするね? 平気ではないのは、一体どちらなのか…聞いてみたくなってくるなァ?」


 牙を見せ、意地の悪い顔をして笑うルエリアに、ササはしがみついた。

 するとルエリアは、おかしくてたまらないとばかりに笑い始める。


「…はははっ、あっはははは!! エルフが魔族に情を移しただって!? なるほどね。やはりぼくの研究は正しかった。生理的嫌悪というものは、どうやら先天的なものではないらしい。ゴキブリと一緒さ。寒冷地に生きる者は、あの生き物を知らない。知らない者が見ても、嫌悪する対象かどうかすらわからないから、平気だ…ということらしい。エルフの情も、それと同じなんだろう。ササ、君は人間寄りに育った。ぼくの予測通りだ。こうなると、世の中の血筋制度のすべてが怪しくなってくるな。高貴な血筋など、どこにも存在しないということになる…」


「そんなことはどうだっていい! ルエリアは、ササと一緒に居たくないの?」


 同じ質問を重ねるエルフの額に、ルエリアは口づけをする。


「安心しろよ、骨の髄まで愛してやるよ。そして、西風に掻きまわされる薄雲の美しさにかけて誓おう。この愛を、お前に連なる者にだけ捧げて生きることを」


 魔族はいつものように、息をするように愛を囁く。

 ササはルエリアで満たされた。




 ある日、ルエリアは満面の笑顔を浮かべて、ササを見る。


「やあ、ササ。随分とお腹が大きくなったものだね? そんな君に、今日はぼくからのプレゼントがあるんだ」


「…?」


 改まったような物言いに、ササは首を傾げた。


「ねえ、ササ。君は考えたことがあるかい? どうして自分は、こんな笹林の寂しい小屋で暮らしているのだろうか、と。どうして自分は一人ぼっちなのだろうか、と」


「今は一人じゃないわ…?」


「ああ、そうだ。君にはぼくが居るからね。けれど、…実はすべて、ぼくの仕業なんだ」


 ルエリアは、くすくすと笑い声をあげながら、言葉を続ける。


「ササ。君はエルフの族長の大事な大事な一人娘だった。それを、研究のために、ぼくが攫って来たんだ。この笹林は呪われているという噂を流し、人間たちを遠ざけ、君が育つための実験場にした。君はただの実験動物。君の人生を狂わせたのは、ぼくだったのさ!」


「……」


「そして、君の人生はそろそろ終わりを迎えようとしている。魔族とエルフのハーフだって? そんな強大な魔力を有した存在を産みおとして、母体が無事でいられる可能性は極めて低い。ササ、君はぼくに隅々までいいようにされて、命を落とすんだ。どうだい、ステキな絶望だろう?」


「……ルエリア。どうして、それを今になって、話したの…?」


「君に絶望をプレゼントしたかったからさ。前に話しただろう、魔族は愛する者を、酷く傷つけて突き放したくなるものだ、と。生物というものは、出産期には精神的に不安定になるものだ。君に真実を告げるのは、今が絶好の機会だったのさ。そして、君の憎しみはぼくのものになる。君がここからどう動くかも、すべて研究対象だ。自害をするか、ぼくを殺しに来るか。安心しなよ、余すところなく利用してやるからさ」


「憎しみ……」


 ササはしばらく考え込み、大きくなったお腹を撫でる。


「ルエリア…。ササが今感じているのは、憎しみじゃないわ」


「……なんだって?」


「哀れみよ。可哀想なルエリア。ルエリアはそうまでして、ササを愛することを恐れるのね。今、ササがルエリアを選んだとしても、ルエリアはこういった逃げ道を用意している。『ササには他に行き場がないから、自分を選ぶしかない』と。ルエリアはまず、ササをエルフという種族の里に返すべきだったのよ。そうしてくれたら、ササはルエリアをきちんと選べたのに」


「……は、」


「ルエリアは、魔族ではなく、ルエリアとしてササに接した。その時からササにとって、ルエリアが魔族だということは、言い訳でしかないのよ。種族による愛を盾にしないで。ルエリアが、ルエリアという一個体として、ササに真実をプレゼントしたかったのだと、きちんとそう言って? それだけで、ササはルエリアを受け入れられるのだから。ササには今、ルエリアが何かを怖がっているようにしか見えない」


「はははっ…! 面白いな、随分と小賢しく育ったものだ」


「ルエリア、ササはルエリアとの子を産むわ。そして、この子がササの手を必要としなくなるまで、生きて見せるわ。ルエリア、あなたの人生も、これで狂ってしまうわね? それで、お互い様よ。さあ、ルエリア、あなたはササを、強いと評するかしら。生意気と評するかしら。どちらにしても、ササがはこう告げるわ。『あなたのおかげで、そう育ったのよ』とね」


「………」


 ルエリアの表情から、笑いが失せた。

 ふらりと小屋を出て行く。

 ササは、何も言わなかった。

 もう戻ってこないかもしれないと、そう覚悟はしておいた。



 やがて、ルエリアは戻ってきた。

 一本の花を携えて。


「ハイドランジア…だ」


「…?」


 ササは、差し出された花を受け取る。


「愛らしい手毬花だろう? お腹の子の名前にふさわしいと思ってね」


「ルエリア…」


「ササ…生きてくれ…。君を失いたくない…」


 ササは、静かに、ルエリアを抱きしめ返した。




 ササは、赤子の授乳期が終わるまで、生き延びた。

 最期まで、笑顔だった。


「ササ、つらかっただろう。ここまで生き延びてくれるなんてね…。実に興味深い。ひょっとしたらこの世界は、強い願いなら必ず叶うようにできているのかもしれないな」


 ルエリアは赤子を抱いて、ベッドに横たわる、婚姻を結んだ妻でも何でもない、ただの他人の顔を見る。


「ササ…。皮肉な話だ。生物の時を止めるのは至難の業だが、今こうしてただの肉の塊になった君になら、時を止める魔法を難なくかけられる。時々、こっそりと会いに来るよ。ハイドに君の存在を知られるわけにはいかないからな、そう頻繁には来られはしないが…」


 ルエリアは一度、腕の中で眠る赤子の頭を撫でた。


「…さて、実はこれからどうするかは決めているんだ。まずは君に石を投げつけた、あの集落を滅ぼしに行くよ。もちろん、ただの腹いせだ。君の人生は、じっくりと研究させて貰っていたからね、すべてぼくの記憶のうちにある。この世で君を最も知る人物は、ぼくだ。同時に、ぼくを最も知る人物も君だったというのは、皮肉なことだけれど。君と過ごしたのは、たった数年の出来事だったのにね。ああ、でも、このカオスは嫌いじゃない。ぼくはこれからも、君がくれたカオスを抱いて生きていこう」


 ルエリアは最後に、ササの頬にキスをした。


「ただ、もう…。ぼくはもう一度、このカオスを失うことには耐えられないだろう。何とかハイドよりも先に死ぬ術を考え抜かないといけないな。そのためにも、まずは魔石を大量に手に入れる方法から手を付けないとなァ。ああ、その時が楽しみだ……。もし、ぼくが神のように俯瞰した視点を持てていたならば、今この瞬間を、こう書き記すだろうな。『ここから、すべてが始まった』―――と……」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ