ハイドの話
ナっちゃんは、カオスだ。
トロいから見ていてイライラするし、頭の中はお花畑だし、でも手強いって、一体どういうことなのか、カオスすぎて見飽きない。
魔族は、カオスに惹かれる性質がある。
けれど、そんな習性がなかったとしても、ぼくはナっちゃんにちょっかいをかけていただろう。
よくわからないことがあるっていうのは、気持ちが悪いからな。
少しでもわかって、スッキリしたい。
目が覚めて、魔族が滅びたと知った時、せいせいしたと思った。
バカばっかりだったからな。
魔族は、神に祝福された種族を妬み、混沌をぶつける個体が多い、とルエリアに聞いた。
そんなことをする前に、自己の研鑽でもすればいいのに。
あんなバカなことばかりに時間を使うなんて、絶対に友達にはなれないヤツらだ。
そう思っていたはずだったのに、気が付けば何故か、魔族を探す自分が居た。
魔族の動きが活発化した、と人間たちに思わせることから始める。
この時代まで残っている魔族が居れば、きっと注意深く、ぼくに接触をしてくるに違いない。
そう思って、日々を過ごしていく。
接触は、なかった。
水の都、ヴァンデミエルを訪れてみる。
ここは、あのいけ好かない、若作りのババアが居た街だ。
あのババアは、ルエリアにぞっこんだった。
「よくお聞き、クソガキ。アタシの活躍を、ちゃーんとルエリア様に伝えるのよ!」
ババアは、わざわざぼくを攫ってまで、ぼくを証人に仕立て上げようとしていた。
魔族らしいと言えば、魔族らしい発想だ。
ぼくにはルエリアという父が居たが、母のことは聞いたことが無い。
ルエリアはモテモテだったから、言い寄ってくる女は後を絶たなかった。
結局ババアは勇者に殺されて、ぼくはやれやれとため息をついて、おしまい。
ただそれだけの思い出しかない土地なのに、なぜか、定期的にここを訪れてしまう。
身勝手で自己中心的で、魔族らしさの塊のようなババアだったはずなのに。
今は何故か、その魔族らしさを無償に欲していた。
「ハイド、考え事?」
心配そうな声がして、はっと声の主を見る。
ナっちゃんだ。
「…ふふん、他の女のことを考えていた、なんて言ったら、ナっちゃんは嫉妬をしてくれるかい?」
「ええ…? だれだれ、誰の事???」
そう言って、ナっちゃんは前のめりに聞いてくる。
ダメだなこれは、好奇心の方が勝っている時の顔だ。
ナっちゃんはわかりやすい。
「冗談だよ。まったく、そこでちょっとはぼく好みの反応のひとつもできないわけ? 本当、ナっちゃんは女の子としては終わってるよなァ」
そう言って笑うと、ナっちゃんは「もーー」と怒り出す。
これは、表面上でだけ怒っていて、実際は、ぼくに深刻な悩みがあったとかじゃない、とわかって安心している。
ナっちゃんは、わかりやすい。
どうしてだろう、予想通りの反応で、予想通りの言葉なのに、つまらないなんて、微塵も思わない。
それどころか、もっと言葉を聞きたくなる。
ナっちゃんは、本当におバカさんな女の子だ。
3年間も眠らされたり、攫われたりしたのに、ちっともぼくを憎まなかった。
他の感情が手に入らないのなら、せめて憎しみだけでもぼくのものにしようと奮闘していた自分がバカみたいだ。
白髪がナっちゃんを守るために気を張っていたのがよくわかる。
こんなの、絶対に誰かに騙されたり利用されたりするに決まっているからな。
長く一人で居たせいもあるのだろうが、ナっちゃんは一度でも気を許すと、完全に相手を信頼してしまう。
鼻で笑っちゃうくらいチョロいんだよなァ。
ま、ぼく以外が鼻で笑うのは許さないけれどね。
ぼくとナっちゃんと、どっちが先に死ぬかはわからない。
けれど、最後の最後のときに、ぼくは一つだけ、ナっちゃんに願い事をしようと思っている。
血を、一滴だけ貰うこと。
ナっちゃんが、ぼくを大事な友達だと思っていることはわかりきっている。
ナっちゃんは、わかりやすいからな。
それでも、最後に血の情報を読んで、答え合わせをしたい。
いろんな角度から、ぼくらの繋がりを、確かめてみたい。
その時を思うと、ぞくぞくする。
でも、来てほしくないとも思っている。
ナっちゃんと出会ってから、ぼくの感情は、随分と忙しくなったように思う。
ひとつだけ確かなのは、前ほど、同族を求める気持ちがないということ。
だって、ナっちゃん程にカオスな存在なんて、この世のどこを探しても居ない気がするからな。
そういう意味では、とても満ち足りてしまった。
常に飢えていたあの感覚が、日に日に薄れていく。
ただ、気を付けていなければならないことがある。
ぼくの中の魔族の血が、ナっちゃんをひどく傷つけて突き放せと、甘くささやいてくることだ。
他種族には理解されない、ぼくら特有の友愛表現。
あの日、モンスター・テラリウムの地下にある研究施設で会ったルエリアを思い出す。
会ったと言っても、影のような存在だったけれど。
『やあ、ハイド。元気にしているかい?
本当なら古式ゆかしく手紙などをしたためたかったのだけれど、流石に風化してしまうだろうからな、こうしてリュヴィオーゼからくすねた魔道具に頼らせてもらうことにしよう。
今のぼくは、ホログラフィーというもので再生された、ただの映像だ。
さて、ハイド。
頭のいいお前なら、ぼくがついた嘘に、少しは気づいているんじゃないかな?
なぜなら、お前はこう思ったはずだ。
「天才であるルエリアほどの知略をもってして、ジェルミナールが陥落しないなんてことがあるのだろうか?」とね。
そう、わざとだ。
ハイド、今お前は、たった一人生き残った魔族としての人生を、満喫しているだろう?
ぼくがそうした。
もちろん、バンクシアが強敵である事実は変えられないがね。
ぼくが本気を出せば、あれくらいどうとでもなっただろう。
同族をジェルミナールと手を結ぶように仕向けるのは、思ったよりも簡単だったしね。
魔族が後世まで憎まれるようにコントロールもした。
お前は今、一人ぼっちで、息もできないくらい孤独な人生を送っているんじゃないかな。
そう、それが、ぼくからのプレゼントだ。
ぼくは、お前のために、魔族を滅ぼした。
目が覚めて事情を知った時、さぞや絶望しただろう?
魔族を繁栄させると言ったぼくが果たせなかった未来に、お前がどれほど傷ついたかと思うと、ぞくぞくするよ。
ハイド、今、君の心に満ち溢れている感情のすべてが、ぼくからのプレゼントだ。
今まで、面と向かって愛を告げたことはなかったな。
だが、思い知ってくれたことだろう。
そういう確信がある。
お前は、極度に魔族に関わらずにいる魔族となった。
つまり、性格は、かなり人間寄りに育ったのではないかと思う。
ぼくの研究によると、エルフでもドワーフでも、同じ種族の者と関わらずに育つと、性格が人間寄りになる個体が多いんだ、面白いだろう?
人間は、つくづくスタンダードだということだ。
だが、魔族は血の情報を読む種族だ。
つまり、他種族よりも血を重視し、血に縛られた生物ということ。
だからこそ、ぼくには確信がある。
お前の中の魔族の血が、このぼくのプレゼントを、狂おしいほどに喜んでくれるだろうということを。
ああ、ハイド。
幼いながらに、ぼくのすべてを真似しようと背伸びをするお前を見た時。
お前に捧げるのは、ぼくの命だけでは足りない……世界を捧げたいと、そう思った。
そうしてぼくは、成し遂げたぜ?
お前が今、どんな顔をしているのかを見ることができない、それだけが、唯一の心残りだ。
じゃあな、ハイド、愛しているぜ。
飴玉のような音符の音色に誓って本当さ!
はははははっ、あーっははははは!!』
あの時の気持ちをどう表せばいいか、わからない。
嬉しさや怒り、悲しみ、すべてがあって、ただただ、総毛立った。
ナっちゃんたちも、何を見たかは聞かないでくれた。
そしてぼくも、真実を告げる気はない。
魔族はジェルミナールのせいで数を減らした、ということにしたままでいこうと思う。
あの時の衝撃を、上手く伝えられるかどうかもわからない。
ぼくはあの時、自分がどうしようもなく魔族であると、何故か思い知った。
正直、ナっちゃんがぼくの与えた絶望に暮れる顔は、見てみたくはある。
けれど、あの子はおバカさんだからな。
結局ぼくを憎めずに、ぼくの方へと歩み寄ってくるに決まっている。
そんなわかりきったことをやるために、敢えてあの子を傷つけるのは、なんだか違う気がする。
そんなことよりも、赤毛をからかうことに思考を割いた方が、よほど有意義だろう。
これが、人間寄りに育ったということなのだろうか?
赤毛は反応が大きいから、つつきにいくのは楽しい。
白髪は反応が薄くてつまらない。
ゴーグルと騎士は、なんとなく、ぼくを子供扱いしている気がするから苦手だ。
精霊はどうでもいい。
つくづく、ちぐはぐな面子だ。
でも、一緒に居て退屈しそうにないのは、悪くない。
…ひょっとしたら、こんな風に考えるぼくが、一番カオスなのかもしれないな。
それはなかなか、悪くない結論だ。
なあ、ルエリア。
ルエリアがぼくに用意した未来に、アイツらはいなかっただろう?
ぼくは少しだけ、ルエリアを超えることができたのかもな。
…まあ、悪くない未来だな…と、静かに思った。




