フィカスの話
ナっちゃんは、よくわからない。
あの日、雪国の宿で再会した時。
あまりにも寂しそうに笑う姿を見た瞬間、気が付けばゴーグルを外していた。
意味は伝わらなかった。
半分はよかったと思ったし、半分は残念だと思った。
あんな風に、衝動的に、後先も考えず、何かを手元に置いておきたいと思ったのは、初めてだった。
初めて過ぎて、気持ちを持て余す。
これは、どうすればいいのか。
おそらく、ナっちゃんの方も、俺に対しては、よくわからない、という気持ちを抱いていると思う。
それはそうだろう。
たまに衝動的に引き寄せた後、我に返ったように、やんわりと距離を取ることを、俺は繰り返してきたのだから。
俺がナっちゃんの立場だったとしても、一体相手が何をやりたいのかと、戸惑っていただろう。
しかし、他の接し方がよくわからない。
いや、わかっていることは、ひとつある。
ルグレイが、ずるい、ということだ。
アイツがさらっとナっちゃんに触りまくっているのを、見逃してやる気はない。
ナっちゃんは、普段から特に何も考えずに行動をするタイプだ。
だから、手を広げられると、特に何も考えずに、そこに納まりに行く。
昔からそうなのか、とルグレイに聞いたところ、「とんでもない!」という返事が返ってきた。
「昔はほとんど触れてきませんでしたから、その分を取り戻すくらいの気持ちで、今はたくさん触るようにしているんです」と言いながら、にこにこと笑っていた。
くそっ、ずるいやつだ。
いや、こんな風に考える俺も、思春期かと突っ込みたくなる。
何万と居る国民には対応できるのに、たった一人の女にはどうしてこんなにも対応できないのか。
俺は何でもソツなくこなすし、王の道を行くことに迷いはない。
この世に苦手とするものなどないはずなのに、何故こうなるのか。
心を落ち着けるために、アンタローを撫でてやる。
ナっちゃんがアンタローと風呂に入っていると知った時は衝撃だった。
ナっちゃんはアンタローに構いすぎだ。
不公平すら感じる。
………。
今、アンタローの匂いを嗅げば、ナっちゃんの残り香が香るのだろうか?
変態じゃないか!
おかしい、こんなはずじゃなかった。
そもそも俺のイメージと違いすぎる。
俺はフィカスラータ・ニヴォゼ。
王であるこの俺が、このような些末なことに心を砕くこと自体、そもそも間違っている。
大体、何故ナっちゃんなんだ?
ナっちゃんは言動が計り知れない、ただの変な女じゃないか。
ハイドの方が可愛げがある、と思う時もあるくらいなのに。
ただ、自分から危ない方向へ突っ込んでいくところがあるからな。
目が離せないだけだ。
ナっちゃんは、儚く見える時もあれば、誰よりも豪胆に見える時もある。
しばらく付き合ってみて、やっとそのからくりが判明した。
ナっちゃんは、俺たちが傍にいるから、強く居られるのだ…と。
思えば、ハイドを助けた時も、ルグレイの兄に打ち勝った時も、自分のために戦ったわけではなかった。
そして、俺たちの支えがあるからこそ、その山を乗り越えることができる。
ナっちゃんのことは、よくマグと話し合う。
ナっちゃんは長い幽閉生活で、他者からほとんど必要とされなかった自己に対する認識が薄く、そのために存在理由を他者に求める傾向があるのではないか、という結論になった。
つまり、俺たちが居なければ、ナっちゃんはとうの昔に折れていた、ということだ。
本来は、臆病で虚弱なフェザールの娘に過ぎないのだから。
そんな娘を、放っておけるわけがない。
いつも傍で支えてやりたい、と思ってしまうのは、自然な成り行きだ。
そう、俺はフィカスラータ・ニヴォゼ。
こういった事情を知っていて、放っておくことは、俺の王道に反する。
………。
ラズベリー・ニヴォゼ、ならそんなに不自然はないような気がするな。
ナツナ・ニヴォゼも、耳慣れてくれば案外いけそうではある。
……思春期か!!!?
ダメだな、空き時間があると、このようなことにばかり思考が割かれているような気がする。
嘆かわしいことだ。
やはり俺は、考える暇がないほど忙しくしているほうが性に合っているらしい。
そもそも、この気持ちはナっちゃんにだけ注がれているのかどうかも怪しい。
ユウもマグもアンタローもルグレイもハイドも、正直可愛くて仕方がないからな。
ユウは危なっかしい。
マグは頼れる。
アンタローは撫でたい。
ルグレイは、もうちょっと肩の力を抜けばいい。
ハイドは、一人になりたがるところが心配だ。
全員、毎日ドロドロに甘やかしてやりたいし、俺のすべてをかけて守ってやりたい。
おそらく俺は、このニヴォゼ王室では、異端なのだろうと思う。
あの父に、ここまで胸の内に溢れてくる愛情があるとも思えない。
ティランだって、自分の気持ちを上手にコントロールしているように見える。
きっと持て余すほどの情が、行き場を見つけて喜んでいるだけのことだ。
今までの俺は、羅針盤のない船のようなものだったように思う。
良く言えばどこにだって行けるが、悪く言えばどこにも行けない。
だが、ついに、向かうべき場所を見つけることができた。
それだけだ。
そうだ、何も特別なことではない。
ナっちゃんは、よくわからない。
わからないから気になるし、手元に置いておきたい。
それだけのことだ。
…たぶん。…きっと。




