マグの話
ツナは面白い。
小さい頃から、オレには自分のものではないいくつかの記憶があった。
それは、知識も含めてだ。
だから、オレにはそれが、呪いによるものだとわかっていた。
自分一人のものだけじゃない知識と経験、そして研鑽が加わると、大体のことは理解できる。
事実、村の大人の行動は大半が予測できるものだったし、物語にしても、よくあるパターンのうちの一つだとしか思えなかった。
子供は破天荒で荒唐無稽なところがあって、時々予想もつかない行動に出るから、退屈はしない。
そういうところもあって、オレはよくユウと行動をしていた。
ユウとは、呪いのことを直接的に話し合ったことはなかった。
だが、言動の端々で、理解をする。
これは、オレだけが異常なのだと。
おそらく、ルケーチ村で、知識まで引き継いでいる者は居ないのだろうとわかった。
やはり一概に呪いと言っても、個人差があるのだろう。
そして、これは強みである、と理解した。
この知識を活用し、人間の行動理念を分析して行けば、上手く立ち回ることができる。
ユウは、社交的ではあるが、不器用なところが多々ある。
アイツが騙されたり利用されたりしないように、オレが近寄る相手を吟味して、守ってやらなければ。
表向きは木彫り細工を趣味のようにしていたが、本当の趣味は、人間観察だ。
木彫りに集中する振りをしながら、大人たちの様子を盗み見る日々を送った。
そうしているうちに、自分の嗜好もわかってくる。
オレは基本的に、人間が好きらしい。
時計の仕組みを知りたいと思って分解してみるように、人間の思考の仕組みは、分解できるものではない。
そこが面白い。
どういった背景があり、どういった心情で、そういった行動に出るのか。
100%予測通りに動く人間が居ないのもいい。
しかし、そうしたことを続けるうちに、年々、心情把握の精度は上がって行った。
悩んだのは、ルケーチで行われていることが、洗脳であると、ユウに伝えるかどうかだ。
もし、本当のことを伝えたとして。
ユウの正義感が発揮されることは、正しく恐れなくてはならなかった。
ユウが大人たちに対して、「それは間違っている」「自分は同じにならない」と、声を大にして伝えるようなことがあれば、ユウがどうなってしまうか……考えるだけで恐ろしい。
孤立するならまだマシだ。
最悪の場合は、秘密裏に処理をされる可能性すらある。
自分たちは、まだ子供なのだから、大人に本気を出されることだけは避けなければならない。
考え抜いた末、黙っておくことにした。
正直、アイツが大人たちのいいように飼い慣らされるのを見るのは癪だ。
そのため、オレはますます、村の住民とは距離を置くようになった。
だからこそ、アイツが村を出る決意を決めていたことは、僥倖だった。
外の世界は楽しい。
知らないことがまだまだたくさんあることの喜びを何度噛み締めたことか。
その中でも、ツナの存在は突出していた。
言動の予測がつかない。
面白い。
目が離せない。
ずっと見ていたい。
ツナを拾うと、アンタローという粗品もついてきた。
予測が付かないことが起こると、オレは何故か、笑ってしまうようだった。
ツナと居ると、自分はやけに笑うな…と、どこか他人事のように分析する。
ツナは、器用か不器用かで言うと、不器用だと思う。
なんというか…一生懸命生きている、という感じだ。
全力で驚くし、全力で笑って、全力で怖がり、そして困ったことに、全力で泣く。
しばらくして、ユウがツナに怯えている節があることに気がついた。
ツナが虚弱だからだ。
ツナを守ることは、ユウを守ることにも繋がる…という結論になる。
だから、ツナが3年の眠りについている今、オレには何も無くなったように感じてしまう。
日常生活とは、こんなに空虚なものだっただろうか?
いつ見てもツナは寝ていて、予測も何もあったものじゃない。
なのに、目が離せない。
眠る暇も惜しむほど。
言うなれば、空の巣症候群のようなものだ、と、オレの中の知識が、冷静に分析を始める。
一方で、感情の部分が否定をする。
ツナは巣立つどころか、オレが守り切れなかったばかりに…。
肝心な時には何の役にも立たない知識に、苛立ちすら覚えた。
ユウとケンカしかけた。
いつもなら、ユウが何に怒っているかは簡単なくらいわかるのに。
その日は、よくわからなかった。
近頃、調子が出ない。
見かねたデューが、散歩をして来いと、オレを屋敷から追い出した。
特にすることもないので、ベンチに座ってぼーっとしていた。
すると、散歩なのか、犬を連れた中年の女性が通りかかるのが見えた。
あれは…ポメラニアンだ。
きょろきょろして、興味深そうにいろんなものの匂いを嗅いでいる。
少しツナに似ていて、笑ってしまった。
すると、そのポメラニアンは、嬉しそうに尻尾を振って、真っすぐにこちらにやってくる。
…そうか、犬は嗅覚がいいから、他者が自分を見てリラックスをした成分を出した時、その匂いを嗅ぎ分けてやってくる…とかだろうか?
そうなると、逆にアドレナリンの匂いを嗅ぎ分けたら、去って行くのだろうか。
そんな詮の無いことを考えているうちに、ポメラニアンは、オレの靴の匂いを嗅いでいる。
犬に引っ張られるようにしてやってきた飼い主は、話好きな女性らしく、色々と話しかけられた。
何を話したかは、ほとんど思い出せない。
が、一つだけ、印象深いやり取りがあった。
「犬がお好きなのかしら?」
「いや……。面白いな……と思って」
「まあ、面白い?」
「無邪気で……行動の予想がつかなくて……目が離せないようなところが……面白くて」
「あら、うふふ! お兄さん、それはね、『可愛い』っていうのよ」
「……かわいい……」
驚いた。
驚きを引きずったまま、屋敷に帰る。
ツナは寝ている。
ツナが目を覚ます、なんて都合のいいことを考えたわけではない。
だが…。
「……ツナ。オレはツナのことを……かわいい、と思っていた……らしい」
そう言って、ツナの前髪をつまみ上げた。
少し、髪が伸びてきたか。
ならば、ここから、成長もしていくのだろう。
だとするならば、オレがやることは、今までと変わらない。
成長を見守って行こう。
ツナが目覚めても、ずっと、ずっと。
ユウと一緒に、この命が果てるまで。




