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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
終章 昨日、今日、そして明日
148/159

ユーレタイドとマグシラン



 サリサリと、ラジオのノイズのような音が、だんだんと意識の中に増えていく。


 全然、何にも抗えなくて、私はぼんやりしていた。

 そこから、どのくらい経ったのだろうか。


 ふと、私の目の前が翳った。

 見上げると、空中に腰かけるようにしている、ハイドのシルエットがそこにあった。

 逆光で、顔は見えない。


「ねえ、ナっちゃん。人間ってさ、小さい頃に、ごっこ遊びをするよね」


 口調も声もハイドと同じなのに、私は、その人がハイドではないように感じた。


「正義のヒーローになったり、お医者さんになったり。でも、その時の誰かって、どこから来るんだろうね? そして、どこに行ってしまうのだろう」


 その人は、少し遠くを見るような仕草をした。


「知っている人の見様見真似のモノマネ? きっとそれだけじゃないって、ぼくは思うんだ。だって、まだまだ世界の狭い子供たちが、どうやって見たこともない人になりきったりするんだろうね?」


 私は、ぼんやりと、その人を見返す。


「あれはね、ぼくたちなんだ。あの時確かに、君たちの中に、ぼくたちは居て、一緒に遊んだんだよ。大人になっていくにつれ、ぼくたちの存在は、忘れ去られてしまっても…いつも、ずっと、一緒に遊んだ君たちの幸せを願っている。無理しないで、たまには休んで、笑って、楽しんで、生きて…って」


 やはり逆光で、その人の顔は見えない。


「ぼくたちは、どこから来て、どこへ行くのか、知らないし、わからないけど、それでも色々な人間が、ぼくたちに呼び名をつけていく。幻、夢、生存本能、はたまた、ドーパミン、βエンドルフィン、セロトニン……挙句の果てには、ホットミルクとブランデー。面白いよね。ぼくたちは、ぼくたちでしかないのに」


 くすくすと、ハイドのような仕草で、その人は笑う。

 この人は…私だけの友達じゃない。

 きっと、世界中の誰かの、かつての友達であり、今の友達なのだろう。


「だからぼくは、いつものように、君に告げるよ。元気でね、って。無理しないで、たまには休んで、笑って、楽しんで、生きて…」


 ふうっと、空気がため息をつくように震えた。


「……ぼくは天才だからな。先が見えると、いつも、諦めてしまう。どう足掻いたって、無駄だろうって」


「……、…ハイド…?」


 急に、ハイドになった、と思った。

 相変わらず、逆光のシルエット。

 先程と何一つ変わってないけど、目の前にいるのは、ハイドだ。


「さっきのナっちゃん、泣きわめいちゃってさ。不格好で、なんて美しくないんだろうって、思ったはずなんだけどね。でも、なんでかな……」


 そのシルエットは、世界に溶け込むように、光る粒子になって散っていった。


「本当に馬鹿で馬鹿で、愛しかったぜ。じゃあな」


 その言葉だけを残して。




   <ザザ、ザザザ・・・>


 ノイズが大きくなっていく。


 誰かが私を揺さぶって、名前を呼んでいる。


 私は、その名前だっただろうか。

 今、いくつだったっけ。

 17? いや。15…?


   パチーン!!


 いきなり目の前で、猫だましの衝撃が来た。


「ひゃあ!!?」


 飛び上がるような勢いで、びっくりしてしまった。


 ユウが、私の目の前で、両手を打ち合わせた姿勢のまま、固まっていた。


「…ああ、よかった、ツナ、俺がわかるか?」


「…ユウ、マグ…。わたし、どうしたんだっけ…?」


 びっくりしたからなのか、ちょっと頭がすっきりしている。

 ユウとマグが、ほっとしたような表情を浮かべた。


「ツナ、待たせ過ぎてしまったな・すまない……ユウの呑み込みが悪くてな」


「あ、なんだよ、俺のせいにすんなよ! ツナ、組み紐ができあがったんだよ! で、ジャッジして貰おうと思ってさ!」


「ジャッジ…って?」


 きょとんと聞き返すと、ユウは嬉しそうに、いつもの顔で笑った。


「俺とマグの編んだ組み紐で、どっちが気に入ったかってジャッジだよ! これさ、勝負事なんだよな~。な?」


 ユウがマグを見ると、マグは「まあ…」と不服気に頷いた。


「わあ、じゃあ、見せてもらう!」


 私はうきうきしながら、二人が差し出した手の平を覗き込んだ。


「! すごい、これ…!!」


 カラーアイビーというだけあって、色とりどりの蔦を編みこんで作られた組み紐だった。

 マグの手に乗っているほうは、きちんと編みこまれた緻密なデザインで、ユウの手に乗っているほうは、ガタガタと左右のバランスが悪くて、雑だな、という感じだった。

 だけど、色!

 ユウの方の色合いは、とても爽やかな鮮烈さで、私の好みだった。

 一方でマグの方の色合いは、グレイとか、緑は緑でも、どうしてモスグリーンの方を選んだの? という感じで、ひたすら地味だ。


 これは…。

 『携帯のストラップ現象』、と私は名付けている。

 こっちのデザインで、こっちの色合いだったら、絶対買うのに!!

 という、微妙に好みに合致しそうで掠っていくあの感じ…!!

 この二つを合体させれば完璧なのに!!

 ぐわああっ、もどかしい…っ!!!!

 これを選べっての!!!?

 なんて残酷なことをさせるの!!?


 私は、うーんうーんと唸って、ひたすら二つを見比べる。


 しかし、なかなか結論が出そうになかったので、もう正直に伝えることにした。


「あのね、色はユウのが好みで、形はマグのが凄く好みなの、本当に!! ごめんね、選べないっていうか、どっちも選びたい!!」


 必死になって伝えると、ユウとマグは、お互いの顔を見合わせた。

 そして、ぷっ、と一緒に噴き出した。


「そっかそっか、引き分けかー。まあ、しょうがねーよな。そういうのもありだぜ、あり」


「そうだな……オレたちらしいといえば、らしいしな」


 二人とも、どこか満足げだった。

 でも私は、申し訳なくて、ちょっと項垂れてしまう。


「ごめんね、時間をかけて作ってくれたのに…」


「いや、これでいいんだよ。じゃあマグ、俺は右側な」


「わかった……」


 私がハテナを浮かべている間に、ユウとマグは、私の両側に来て、髪を一房手に取った。

 そして、自分たちが編んだ組み紐を、私の髪に編み込んでいく。


「わあ…」


 マグの手際がいいのはわかるが、ユウも意外にちゃきちゃき手を動かしていく。

 やはり、毎日自分の髪をみつあみにしているから、髪を編むのは慣れっこなんだろう。


「ほら、できた!」


 ユウもマグも、満足げに私を見た。

 鏡が無いのが残念だが、それでも、私自身もその出来栄えを気に入っていた。


「ツナ、よく似合っている……」


「ありがと、マグ、ユウ……うれしい」


 私は髪をつまんで、照れたように微笑んだ。


「………」


 そのまま、ユウとマグは、この時間を惜しむような表情で、じっと黙った。

 私も、何も言えなくて、じっと二人を見つめ返す。


「……名残惜しいが」


 切り出したのは、マグだった。


「そう…だな。ツナ、アンタローの時間稼ぎのおかげで、俺はついに、見つけることができた。それを、今から伝える」


 ユウの言葉に、私は首を振った。

 この時間が、終わってほしくない。


 だけどユウは、困ったように笑って、幼い子をあやすように、私の頭をポンポンと撫でた。


「ツナ、よく聞くんだ。『ダンボールノナカ』。これが、俺が見つけた答えだ」


 私は、ぱちくりと瞬きをした。


「これがいったい、どういう意味を持つのか、そして、何なのか、俺にもわからねえ。だけど、この言葉があれば、ツナはちゃんと元の場所に戻ることができるはずだ」


「……長かった。長い、長い、旅だった……。この一言を見つけるために、オレたちは……。だが、もう、それも終わる」


 マグが、スっと立ち上がる。


「……やだ…!!!」


 私は咄嗟に、引き留めるように、マグのマフラーの端を掴んだ

 ぼろぼろと流れる涙を、マグはそっとぬぐってくれた。


「ツナは、相変わらず、泣き虫だな……」


 マグは、愛しげに微笑むと、いつものように、頭を撫でてくる。

 ユウも、続いて立ち上がった。


「…じゃあな、ツナ。俺たちは、ここまでみたいだ。いやーー、楽しかったなあああ!! めちゃくちゃな話で、ハチャメチャなことばっかやったけど、もう、今となっては全部楽し―――、……っ!!?」


 いきなり、ユウの目の端から、ぼろっと涙がこぼれた。


「な……」


 ユウは茫然としている。

 私もマグも、驚いたようにユウを見た。


「あ……。……あ~~…、そっかそっか、これが、『悲しい』か……。マジか……。勘弁してくれ、こんな時に……。こんな感情なら……し、知りたくなんて……なかっ、……っ」


 ユウは、自分の顔を隠すようにして、私とマグをまとめて抱きしめた。


「こんなじゃ、お別れなんて……できねーじゃん……せっかく、いい感じだったのに……!!」


「ユウ…!!!」


 私も、マグごとユウを抱きしめ返した。

 マグも、ぐっと腕に力を込めている。


 ユウは、嗚咽を我慢するように、言葉を漏らす。


「い、いやだ…!!! もっと一緒に居たい、もっとずっと、たくさん旅して、笑って…!! な、なんで…なんでこんなことに、なっちまって…!!!!」


「ユウ! ユウ、わたしも…!!」


「オレもだ……!」


 マグは、ぐっと喉を鳴らした。

 そして、絞り出すように、言葉を選ぶ。


「だが……行かなければならない。このままでは、ツナが、残ると言い出しかねない……からな」


 マグは、ゆっくりと体を離した。

 ユウは、手のひらで乱雑に、目元をぬぐっている。


「ああ……そりゃダメだ…。それだけは、避けねーとな…。せっかく、見つけたのが、無駄になっちまうしな」


「や、やだ、行かない…で…!!」


 ユウとマグを追おうとした。

 だけど、体に力が入らずに、結局膝をついてしまった。


 ユウは、いつもの、からっとした笑顔を向けてきた。


「じゃあな、ツナ、元気でな。しっかり生きるんだぞ!!」


「ツナ……。みんな、ツナのこと、大事に思っているからな……」


 マグは頷いて、そして二人とも、私を通りすぎるように、私の後ろへ向かって歩き出す。


 動かなきゃ…。

 でも、振り向けない……どうして……。


 やがて、フ、と、何かが消えたな…という、空虚な感覚が来た。


 そうして私は、この空間に一人になった。



-------------------------------------------



 胸が、切なくて、ぎゅっと痛い……。

 辛くて辛くて、このまま死んでしまうのではないのかと思った。


 周りには、綺麗な花畑が、色とりどりの花弁を風に舞わせている。

 だけど、私は一人だった。

 きれいだねと言い合える人も居ない。


 だから、もう、いいや……と思った。

 もう、私も、みんなと一緒に終わろう。

 こんなつらい気持ちで、生きていくことなんて、絶対にできない。


 ここで終わろう。

 きっと、怖くない。

 一人で生きていく方が怖い。


 辺りが、だんだんと薄暗くなっていく。

 夕暮れ色の空気だ。

 でも、それでいい。


「ダメに決まってるでしょ!」


 いきなり、知らない人の声が響いた。


 その瞬間、ずるり、と私の中から、何かが抜けだしていく感覚が来た。


 私の目の前に、エメラルドグリーンの髪色の、翼の生えた女の子が仁王立ち、腰に手を当てて、怒ったように私を見下ろしている。


 あれ、私が目の前にいる…?


「もうっ、ナツナ、せっかくユウが見つけてきたものをムダにする気なの? そんなの、絶対ダメなんだからね!」


 私が喋っている。

 だけど、声がいつもと違って聞こえる。

 そうか、自分の声って、骨伝導で、他の人に聞けるものとは違って聞こえるんだっけ。


「ここに残るのは、わたしだよ。私じゃなくて、わたし。あなたは、髪色の黒い、翼のない私。小説の主人公は、わたし!」


 ナツナは、胸に手を当てて、自慢げにそういった。


「みんなのところに行くのも、わたし! この役割は、譲ってなんてあげないんだから! あなたは帰らなきゃダメなんだからねっ」


 ナツナは、ちょっと怒るように言ってくる。

 すぐに、ふっと、笑顔になった。

 花が咲くような、フィクション可愛い笑顔だった。


「…でも、一緒に居て、楽しかったね。わたしは、私でよかったよ。ありがとね、ナツナ」


 そして今度は、真面目な顔になった。

 くるくると表情が変わるのに、忙しなさは感じなかった。


「ねえ、ナツナ。あの時、マグが言ってたよね。『知ってしまえば、知らなかった頃には戻れない』って。それがマグの人生観だ、って。わたしね、格好いいなって思ったの。人生観があるって、カッコイイ! だからね、わたしも、考えてみたよ」


 そう言って今度は、困ったように笑う。


「『忘れなくても、幸せになれる』って。わたしとナツナの共通点は、タイムマシンがあっても、過去に戻ってやり直しなんて、絶対にしたくないってこと。過去の方がつらいものね。だけど、あの部屋に閉じ込められて、一人ぼっちで居たことを忘れなくても、わたしは幸せになれたよ。だから、これがわたしの人生観。ナツナ、だから、大丈夫だよ。幸せになれるよ」


 辺りがどんどん暗くなってくる。

 女の子は焦ったように、辺りを見渡した。


「大変、もう夜が来る。ナツナが捕まらないように、ちょっと乱暴な手段しか思いつかないけど、ごめんね?」


 そう言うと、ナツナは、もう動けない私を、優しくトンと突きとばした。


「ナツナ、ユウの言葉を思い出して! それでまた、一緒に飛ぼうよ! あの空を、あの時間を!」


 私を突き飛ばしたナツナが、見る間に夜に包まれていく。

 私は、それを見上げながら、深く深く、落ちていく。


 何か言いたかったけど、もう喋ることもできなかった。




 ………。


 もう、私は、自分が落ちているのか、それとも空に昇っているのかもわからなくなっていた。


 意識がふんわりと遠のいていく。


 これが、死ぬってことか……と、どこか、他人事のように思う。


 後は目を閉じれば、完成。


 死んだら、どうなるのかな。


 そうだ、私は今、一人暮らしをしていた。


 お母さんか弟が、荷物を整理しに来るかな。


 そういえば居たね、弟なんて。


 まだ引っ越しをして、そのまま開けずに置いてるダンボールとかがあるんだよね。


 ………ダンボール…?


 なんだっけ…。

 なにか、引っかかるけど、思い出せない。


 お母さんが来たとして、私の遺品整理をやるんだろうな。

 申し訳ないなあ…。

 おばあちゃんが亡くなった時、私が一番ダメージを受けたのは、部屋にかかっていたカレンダーだ。

 だって、「カラオケ」とか、「旅行」とか、今後の予定が書き込んであったんだもの。

 あの辛い感じを親にさせるのは、本当に申し訳ない。


 それとも、形見になるようなものを探すだろうか。

 そう、ダンボールを開けて…。

 脳裏に、その光景が浮かんでくるようだ。


 ダンボール…ノナカ…。

 ダンボールの中?

 中身…?


 ………。


 あ、そうだ、小説!!

 ノートが10冊入ってるままだ!!!?


 え!!!!!?


 お母さんに見られる!!!?

 自分を主人公にした、あのクソ恥ずかしい小説を!!!?


 いやああああああああああああああ!!!!!?

 うぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!


「死んでたまるかあああああああああああああああ!!!!!!!」


 声にならない叫びをあげた瞬間、私は、バッと目を開いた。



-------------------------------------------



「患者さん意識を取り戻しました!!」


 知らない女の人の声がする。


 ピ、ピ、という機械音もする。


 全体的に緑っぽい、知らないところに居た。

 騒がしい。

 口元には、酸素の吸入器みたいなものがある。

 でも全然理解できない。


 いや、その瞬間、私は他のことを一気に理解できた。


 私は、以下のことを、たった1秒の間に、ぐわーーーっと理解した。



『あーーーーそっかそっか!!!

 走馬燈ね!!!!!?

 そういえば、やたら昔のこととか思い出したよ!!!

 いや、でも、なんか物凄い捻くれた走馬燈だったよ!!?

 ああ、生存の確立を上げるための記憶を探る効果もあるんだっけ、だからかな!?

 それともあれかな!?

 死の間際って、脳内麻薬とかの脳内快楽物質を多量に出して、幸せな夢を見させるとかいうアレ!!

 いや、幸せな夢…だったかなあ!!?

 もうちょっと自分に都合が良くてもよかったような!!?

 結構本気で殺しに来てたよ!!?

 あれ、でもドーパミンがどうのって、5分とかの話じゃなかったっけ!?

 えっ、じゃあ、たった5分の話だったの!!?

 まあいいや!!

 あれっ、何がいいんだっけ?

 なんだっけ???』


 ぐるぐるぐるっといろんなことが頭の中を駆け巡り、そして訳が分からない状況で、あっぷあっぷしていた。

 幸せな夢、と思ったが、夢というものは、起きて時間が経つにつれ、忘れていく。

 そして、今回も、例外ではなかった。


 私は、夢の内容を、忘れた。


 ぼんやりとした視界に、虹色の漢文が浮いている。

 中学で習ったやつだ…。


『有朋自遠方来、不亦楽』


 なんで、論語……。


 友…。


 誰かの顔が浮かぶ。


 ぬばたまの髪、金色の目、尖った耳。

 牙を出して無邪気に笑う、誰かの顔。


 誰だっけ…。

 いや、二次元っぽいから何かのキャラかな…。


 そんなことを思いながら、目を閉じた。



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