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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
終章 昨日、今日、そして明日
147/159

粒漏れ餡太郎



 アンタローは、ぴょこぴょこと、私の前にやってきた。

 そして、小さな体ごと、ちょこっと傾く。


「ツナさんツナさんっ。あの時、ボクに教えてくれましたねっ。人間は、心の中に、それぞれの人の、神様がいるんだよって。自分のやることは、全部、自分の中の神様が見ているから、誤魔化せないって。ツナさん、ボクは…生まれ変わったら、ツナさんの中の、神様になりたいです! そうしたら、ずっと一緒ですよ!」


 アンタローは、ぱあっと顔を輝かせながら、本当に嬉しそうにそう言った。


「アンタロー…?」


 私は、アンタローが何を言い出したかわからず、ただ、名を呼んだ。


「ボクは今から、ボクを形作る『存在魔法』のすべてを使って、時間稼ぎをしますねっ。ユウさん、マグさん、ツナさんを、よろしくお願いします!」


「何言ってるの…? ……ダメ、やめて、何もしないで!!」


 アンタローを抱きとめようと手を伸ばそうとした。

 誰かに身体を掴まれて、止められた。

 振り向くと、マグだった。

 マグは、私を抱きとめるように抱えなおす。


 ユウは、マグと反対側に立った。


「アンタロー、やってくれ」


「やだああ!! やだやだ、やめてーーーーっ!!!」


 振りほどこうと暴れるが、マグはびくともしない。


 フィカスとルグレイとハイドは、アンタローの後ろに立った。

 まるで、線が引かれているかのように、対面だった。


「くっ、離して…!! やだよ、行かないで…!!」


 すがるようにフィカスたちに視線を向けると、ハイドが大げさにため息をついた。


「あーあ、ホント、ナっちゃんは最後までトロいよな。行くのは、ナっちゃんの方なんだよ。ナっちゃんの居ない世界は物足りないけれど、まあ、全部丸ごと残るわけだからなァ。このくらいで満足してやるよ」


「姫様、大丈夫です。きっとユウ様が、見つけ出してくださいます。それがなんなのかは、おれにもわかりませんが、きっと姫様に必要なものです」


「わたしに必要なものは、ルグレイだよ! フィカスもハイドもアンタローも、みんな必要だよ!!」


   ビシイ―――ッ!!


 今度は空だけじゃなく、そこら中に亀裂が入る。

 空気の中にまで。

 ゴゴゴ、と遠くから、地鳴りのような音もする。


「なるほど、時間切れとはそういうことか。アンタロー、早くやってやるといい。急かすのは、心苦しいがな」


「ぷいっ!」


 フィカスの言葉に、アンタローは一鳴きした。

 それから、ぱああああ、と光り始める。


 前に光った時と全然違う。

 アンタローの輝く体は、粒子を飛び散らせながら、輝きを増していく。

 そのたびに、アンタローの体は、まるでドットが欠けていくかのように、擦り減り、色も薄くなっていく。


「やめてええええーーー!! クリド・ジェナーン!!」


 咄嗟に身体強化の魔法をかけた。

 マグを振りほどくためだ。


 だけど、なにも、おこらなかった。


「うそ…!! なんで…!!?」


 まるで、普通の、何の変哲もない、リアルの人間に戻ったかのようだった。

 こっちが正しいのだと、無慈悲に現実を突き付けられたような気持ちになった。


「…ツナさぁん!! ツナさんツナさん、今まで、楽しかったですねっ。たくさん、思い出を、ありがとうございました! ツナさん、今までずっと、伝えてなかったことがありますっ。ですが、最後だから、言いますね!」


 アンタローは、キラキラしながら、私を見上げた。


「ツナさん、大好きですっっ!」


「アンタロー!! アンタロー、アンタロー、アンタローー!!」


 抑えつけるマグの腕の中でもがき、アンタローに手を伸ばす。


「…まったく、ツナさんは、ボクが居ないとダメなんですから! 仕方がありませんね、ボクをぎゅっとさせてあげますよっ!」


 アンタローは、ぴょーんと飛び上がって、広げた私の腕の中に飛び込んできた。

 私は、アンタローを、いつものように抱きしめる。


 何の感触もなかった。


 抱きしめようとした腕の中で、パチン、と、粒子がはじけ、世界中に飛び散っていくかのように広がっていった。

 私の腕の中には、何も居なかった。


 その瞬間、私とユウとマグの居る地面が光りだす。

 転送魔法と、同じ色の光だった。


 私は、茫然と、何も居ない腕の中を見ていた。

 それしか、やることがないように。


 ガラガラ、ガラガラと、何かが崩れていく音がする。


 ガラガラ、ガラガラと、うるさかった。



-------------------------------------------



 マグの戒めが解かれて、私は膝をついた。

 花弁が飛び散る。


 そこは、花畑のようだった。


 地面は、丸く切り取られて、その地面以外は、世界の端っこのような、真っ暗な空間だけしなかった。

 その真っ暗な空間に、浮島のように、花畑が浮いている、という感じだ。

 私と、ユウと、マグは、そこに居た。

 小さな空間だったけど、たった3人しかいない世界なので、そこまで狭くは感じなかった。


「ここ…! ルケーチだ!!」


 ユウが、何かに目を留めて、驚いた様に声を上げた。


「……本当だな。カラーアイビーの丘か……」


 マグも、ユウと同じ方向を見ている。


 見ると、花畑の端っこに、藤棚のように、色とりどりの蔦が垂れ下がっている一角がある。


「ツナ、大丈夫か……?」


 マグが、心配そうに覗き込んでくる。

 だけど、返事ができなかった。

 別に、無気力になっている、とかじゃない。

 なんだか、体に力が入らなくて、返事ができない。

 私は、ぼんやりと、どこかを見つめることしか、できなくなっていた。


 ユウも、心配そうに私を見た後、気を取り直すように、マグの方を見た。


「なあ、マグ。せっかくここに来たんだ。組み紐、作ろうぜ」


 マグは、驚いたようにユウを見る。

 ユウは、穏やかな顔で、マグに笑いかけた。


「アンタローが、粋なことをしてくれたってことだ」


「……オレは、そのつもりは……、……」


「じゃあ、作り方を教えてくれるだけでいいって。俺、こういうの作るの苦手なんだよなー」


 ユウは、頭を掻きながらそう言った。

 マグは、少し悩んだ後、顔を上げる。


「……いや、やはり、オレもやろう。教えてやる」


「おっ、決まりだな! ツナ、ちょっと待っててくれよな!」


 ユウはそう言うと、マグと一緒に、カラーアイビーの方に走り出した。


 私は、ぼんやりとそれを見送る。


 ユウとマグが、蔦を取りながら、わちゃわちゃやってる。

 なんだか、懐かしい光景に感じる。

 TVの向こうの光景のようにも感じる。

 遠い風景だ。


 結局、私は、泣きわめくだけだった。

 もっとマシなことを話せばよかった。

 でも、なんて言うのが正解だったのだろう。

 さよならも嫌だし、またねも違う。

 …どちらにしろ、もう、取り返しがつかない。


 せっかく、父さまと仲直りしたのに。

 ティライトとも仲良くなれたのに。

 全部ムダになってしまった。


 ただ…。


「会いたい…」


 ただただ、それだけが、口元から零れた。


 すると、ふんわりと、光の粒子のようなものが、漂い始めた。

 アンタローのものと、同じ光だ。

 私の服についていたのだろうか、と思えるくらいの、わずかな量だ。

 いや、実際、出所は、私の服の隙間だった。

 アンタローを、抱きしめ損ねた、私の…。


   ―――バサバサバサッ。


 周囲を漂っていた光の粒子が収束したと思うと、何かの形をとって落ちてきた。

 私の目の前に積もっているのは、手紙の山だった。


「……?」


 一番上の一枚を手に取る。

 裏返すと、整然とした文字で、Duranyと書かれていた。


 …デュー?

 どうして、これがここに…?

 …いや、そうか。

 きっともう、フロレアルも…。


 私は、のろのろとした動きで封を切る。

 まだ未開封の手紙が、どうしてこんなにたくさんあるのだろう?

 不思議に思いながら、文面に目を通した。


『ナツナくん、記念すべき一枚目の手紙をありがとう。君たちが今、どこを旅しているかもわからないから、返事はポストに入れないでおく。しかし、私の自己満足で、こうして書き溜めていくことにしよう』


 …驚いた。

 デューは、いちいち私の手紙に返事を書いていたということ?

 それも、こんなにたくさん…。


『だからこそ、ここには私の本音をつづって行こうと思う。君の手紙で、君たちの無事を確認できることは嬉しい。嬉しいが、やはりどこかで羨ましく思ってしまうようだ。家を継ぐ選択肢を選んだのは、私自身のはずなのに。だが、選択とは、そういうものなのかもしれない。必ずどこかで、もしもああしていたら、と、大なり小なり後悔が付きまとうものなのではないか…と。誰にでも、必ず訪れる選択に、誰もが何らかの後悔を抱いているものなのだとしたら? だとするならば、私は何ら特別ではない。ごくごく当たり前のことをしているように感じる。そう考えると、少しだけ救われた気持ちになったよ』


 選択…。

 私自身、さっき、大きな選択をしてきたばかりだ。

 私にも、いつか、そんな風に思える時が来るだろうか。


『救いといえば、君にひとつだけ話していないことがある。君が眠っている間のことだ。私の心は、眠ってばかりいる君に、何度救われたかわからないことを、君は知らないだろう』


 瞬きを一つする。


『我がユーフォル家は、成り上がりの貴族だ。そのため、社交に出ても、いつもどこかで侮られ、嫌な思いをしてしまう。だが、屋敷に帰ってくると、君は私の苦労も知らぬ存ぜぬ我関せずで、のんきに寝息を立てている。その時は必ず、小さな頃に読んだ絵本を思い出した。枯れない花を探して旅をする、少年の話だ。世界がどうなろうと、ずっと変わらず、そこに咲き続ける花。私はなぜか、そうして眠る君に、枯れない花を重ねていたよ』


 枯れない花…。

 それは、リアルで私が探し求めていたものだ。


『いつか、終わりは来るものだ。だが、終わりが来ない存在が、世界のどこかに、確かに存在しているのだとしたら? それが、どれほどの救いになるか。あの日、あの場で、ずっと眠り続けていた君は、私にとって、確かにそういう存在だった。この思い出は、消えないし、誰にも消せない。あの日々には、確かに永遠があった。ナツナくん、思い出をありがとう』


 パッ、と弾けるように、手紙は光の粒子となった。

 手の中には、何も残っていない。

 なぜか一筋、涙が流れた。


「姫様、泣いているのですか?」


 聞きなれた声に、顔を上げる。

 見ると、光の粒子と同じ色をした、ほとんど透けているルグレイが、目の前で心配そうに見降ろしていた。

 ユウとマグは、相変わらず二人で何かをやっていて、こちらには気づいていない。

 それとも、このルグレイが見えるのは、私だけなのだろうか。


「申し訳ありません、涙をぬぐって差し上げたいのですが、この体では無理そうです」


 ルグレイは、自分の両手を見比べた後、視線を合わせるように、私の前に片膝をついた。


「ひとつだけ、心残りがあって。そうしたら、どうやらアンタロー様が時間をくださったようです」


 ルグレイはそういうと、照れたように笑う。

 「心残りって…?」と、聞き返したかった。

 なのに、私は目の前のルグレイをぼんやりと見つめるだけで、ピクリとも動けない。

 なんだか、頭の中に、霞がかかっているようだった。

 ルグレイは、それがわかっていたかのように、にこにこと、いつものように笑った。


「騎士試験に合格して、叙勲式を行ったとき。おれは、クラン陛下に騎士の誓いを立てました。ですが、今やおれの主は、ナツナ様です。どうか、誓いを立て直すことを、許していただけますか…?」


 そんな、些細なことが、ルグレイにとっての心残り…。

 それが、あまりにもルグレイらしくて、私は少しだけ微笑むことができた。

 ルグレイは、それを了承とみなし、スっと背筋を伸ばす。


「では、宣誓をお許しください。―――我が身にあふれる炎は、御身の未来を照らさんがために!」


 いつもの、優しく穏やかな声音ではなかった。

 凛とした声が、朗々と響く。


「我が手に備えられし剣は、我が主、ナツナの道を切り開かんがために! 我が歩むべき志は、常に我が主の未来を繋ぐために! この身、この心、永劫に、ナツナ様に仕えることを、誓う! すべて、御身のままに!」


「……認めます」


 私は、ルグレイに手を伸ばす。

 ルグレイは、深く頭を下げて、私の手の甲に額をつけた。


 しばらくじっと、ルグレイは、何かに耐えていた。

 次にルグレイが顔を上げた時、何に耐えていたかがわかった。

 歓喜に打ち震えた顔をしていたからだ。


「―――ありがとう、ございました。…姫様、おれは、ずっとずっと、これからもずっと。幸せです」


 ルグレイは、涙ぐみながら立ち上がる。

 そして、私を通りすぎ、向こう側へと行ってしまう。

 振り向きたいのに、私はどうしても振り向けなかった。

 体が、思うように動かない。


 私の隣で、蛍のように、パ、っと光の粒子が舞い散った。


 そこから、私はしばらく、ぼんやりとしていたと思う。


 不意に、視界の端に何かがあることに気づいた。

 目をやると、そこには、道があった。

 花畑の端っこから、真っ暗な空間に向けて伸びた、一本の道。


 じっと見ていると、道沿いに、大学の校舎があることに気づいた。

 その隣は、私が通っていた高校の校舎。

 中学校の校舎、小学校の校舎、保育園の建物、と、随分と遠くまで続いていく。

 その先には、空っぽのベビーベッドがある。

 そして、その道が行きついた先に、扉があった。


 翼の彫刻を施された、白い扉。

 あの時選ばなかった扉だ。

 どうして、あそこに…?


 だけど、じっと見ていて、気づいた。

 そうだ、私は、あそこに向かって、落ちていたんだ!

 だって、あそこから生まれたんだもの。

 あそこに、帰って行かないといけなかった。

 あの扉は、開けなければいけない扉だった!

 ものすごいスピードで、ぐんぐんと落ちて行って……。


 ああそうだ、なのに、あの時!

 ユウとマグが私を、…空から落ちてきた私を、受け止めたんだ!!


「そう、俺たちは、そのために旅をしていた」


 フィカスの声が聞こえる。

 私の隣に、フィカスがザっと立った。


「何とかナっちゃんを引き留めて、粉々に千切れた情報を、必死にかき集めて、この世界を作ったんだ。ありあわせの材料ばかりで、最初はチープな世界にしかならなかった。気づいていたか、ナっちゃん。この世界には、どうしても足りないものがあることに」


 私は、ぼんやりと扉から視線を映して、フィカスを見上げる。


「この世界には、『新しいもの』がない。ナっちゃんでは思いつかないような新発明、新商品、見たことがないものはすべて、存在しない」


 私は、首を傾げた。

 だって、金色のリンゴは、初めて食べる味だった。


 フィカスは、私の考えを読んだかのように、フっと笑った。


「ナっちゃんは小さい頃、マンガ肉を食べてみたかったらしいな。その時、理想の味を思い浮かべたはずだ。現実にはないような、理想の味を」


 …そうか。

 それはやっぱり、私の頭の中にしかない味で、まったく想像もつかないような、新しい味ではない。


「なんとかナっちゃんを引き留めている間に、俺たちは、ずっと探し物をしていた。それを覚えているのは、もうユウだけになってしまったが…。ナっちゃん、俺がアンタローに叶えて貰った願いは、『すべての真実を知ること』だ。アンタだけに背負わせたくなかったからな。一緒に分かち合いたかった。そして、色々知ったよ」


 フィカスは、扉のある方へと目を向ける。


「俺たちがどんなにナっちゃんを引き留めても、ナっちゃんがあの扉に向かって落ちていくスピードを緩めただけで、どうしてもナっちゃんはあそこへと近づいていってしまう。だが、皮肉なことに、ナっちゃんがあの扉に近づくにつれ、この世界のことが克明に知覚できるようになっていった。ナっちゃんが、超常的な存在になりつつあったということだ。…いや、霊的、と言い換えた方が、わかりやすいか」


 フィカスは、もう私があの扉の方を見ないように、そっと私の頬に手を当てた。

 そして、違う方向を向かせる。


「安心しろ。アンタローがあの扉について語ったことは、本当に『表向きの』ことだった。別にナっちゃんのせいで世界が壊れたわけじゃないし、この世界はずっと繰り返していた、というのも嘘っぱちだ。純粋に、ナっちゃんの体の方に時間切れが来ただけだ。創造神アルフリートは、ナっちゃんがあの扉を、希望に満ちた心を持って選びやすいように、つじつまを合わせた。それだけの話だった」


 フィカスは私の顔を覗き込んでくる。

 目と目が合った。


「だからこそ、俺はこう言おう。ナっちゃん、アンタを『許す』と。書きかけの小説? いいじゃないか。描き終わった絵画には、もう絵筆は訪れないのだから。ナっちゃん、誰が何と言おうと、俺だけはアンタを許そう。だからアンタも、この俺の不遜を許せ。これで、平等だ」


「フィ…カス…」


 何とか、言葉を絞り出す。

 他に、もっともっと、言いたいことがあるような気がするのに。

 頭が働かない。

 ザリザリ、ザリザリと、雑音が混じり始めた気がする。


「ナっちゃん。ちゃんとあるべき場所に帰るんだ。この俺が自ら見送ってやるんだ、いろんな奴に自慢できるぞ、ははっ。…ただ、若干恥ずかしくはあるな。いろいろと、バレるだろうからな……」


 私はまた、首を傾げた。

 フィカスはそっと、私の頬から手を放す。


「じゃあな、ナっちゃん。元気でやれよ。いつだって、アンタの笑顔を願っている」


 フィカスは、ルグレイと同じように、私の隣を通りすぎるように歩き始めた。


 私は、同じように、振り向けなかった。


 …なんだか、ずっと、体が重い。



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