世界の終わり
「ぷいぃっ、今、テルミドールが、消滅しました」
………。
テルミドールは、ユウとマグと一緒に、初めて訪れた街だ。
私以外の全員が、ハテナを浮かべてアンタローを見ている。
「どういう意味だ?」とか、「それが何だっていうのさ?」とか、アンタローは質問攻めにあっている。
私は、頭の中が真っ白になっていた。
どうして?
だって、ここから、フェザールの集落に行ったり、ユウとマグの故郷を訪れたり…。
そうだ、結局ヴァントーゼとか、まだ行ってないんだよね。
ボイセンお爺さまに会いに行ったりとか…。
まだまだ、まだまだまだ、行くところがたくさんあるよ。
そうだ、それでも足りなければ、たくさん、ストーリー考えるよ!
敵だって、怖いけど、必要なら、いっぱい、いっぱい…!!
表面上では物凄くたくさんそういう考え事をしながら、だけど、心の底の方では、気づいていた。
途中で書くのをやめるって、そういうことだ。
たくさんの物語を、最後まで導くことができない。
いろんなことが、物が、放り出される。
「時間切れ、なんですっ」
アンタローは、マイペースに、告げるべきことを告げていく。
マグは、首をかしいだ。
「時間切れ……?」
「はい。ボクはたった今、自分の役目を、思い出しました。ボクの役割は、案内役、だったんです」
みんな、困惑の方が濃くて、相槌も返せず、アンタローの言葉を聞いている。
「ボクを生み出した、創造神アルフリート様は、こう言われました。『今、この世界には、創造神が二人いるという、未曽有の危機が訪れている』と」
「!」
創造神、アルフリート。
そうか、私は、世界設定を作る時、創造神をも作り出していた。
じゃあ、ページを戻していたのは、そのアルフリートという人…?
「この世界は、ここまでなんです。ここから先は、ありません。ですから、アルフリート様は、いつもいつも、最初に戻して、最初から、何度も何度も繰り返してきていました。ですが、この周回だけは、いつもと違いました。創造神が、二人いるのです。アルフリート様は。正しい道筋から外れないように、ボクを創り出し、配置しました」
アンタローは、ぴょこんと跳ねた。
「ボクは神々しいキラキラなので、道行く人の半数以上は、きっと光属性の精霊だなって思うに違いありません! ですが、ボクに属性はありません。属性のない精霊は、本当は、この世界には存在しないのです。神の書に、そう書いてありますから。ボクは、本当は、居ない子なんです」
「そんな……」
そんな、と呟きながら、私には一つだけ、思い当たる節がある。
アンタローの名前がわからなかったとき。
あの時私は、アンタローの名前の書かれたページを、魔法で読んだ。
その時、出てきた文字は、『粒漏れ餡太郎』と書かれた、達筆な文字だった。
私は、絵も下手だが、字も下手だ。
あれは、私の字じゃない。
「結局、二人目の創造神は、この世界を、何度か、正しい道筋から外れたものに変えてしまいました。ですから、この世界は、バラバラに壊れてしまう、という結末を迎えることになりました」
アンタローがそう言うと、アンタローの背後に、翼の彫刻を施された、白い扉が、スーっと浮かび上がってきた。
「ですが、大丈夫です! アルフリート様は、やり直しのチャンスをちゃんと用意してくれましたっ。破壊の後に、創造が始まるんですっ。この扉を開けたら、みんなでまた一緒に暮らせる、幸せな世界が用意されています。ですから、ツナさんをこの扉に案内するのが、ボクの役割なんです! ボクはまた、ご一緒できますよ!」
アンタローは、もう一度、ぴょこんと跳ねた。
ぴょんぴょんぴょん、と右に3歩。
ぴょんぴょんぴょん、と左に3歩。
…まるで、何か、悩んでいるようだった。
だけど、私たちは、この場で何か喋る言葉を、何も持っていなかった。
談義するべきこともない。
戸惑いとともに、いきなり突き付けられたことを、懸命に飲み込もうとしていた。
やがて、アンタローは、怖がるようにぎゅっと目をつむって、プルプルと震え始めた。
そして、何かを言いたそうに、二度、三度と口を開く。
もろろっ、と魔力の粒がこぼれた。
何度かそれを繰り返した後、アンタローは、意を決して、私を見上げる。
「でもそれは、表向きのことなんです! 本当は、ツナさんは、選べるんです! 『みんなと過ごせる幸せな生活』か、『残酷な真実』かの、どちらか一方を、選ぶことができるんです!」
「え……?」
その瞬間。
ビシイ―――ッ!!
いきなり空に亀裂が走った。
亀裂の入った空は、世界の端っこのような、真っ暗な空間をのぞかせている。
本当に、世界が終わるかのような光景だった。
ビシャアアアアアンッ!!!
そして、何の前触れもなく、空から雷が落ちた。
「アンタロー!!!」
ユウが、脊髄反射のように飛び出していた。
私が目を向けた時には、ユウはアンタローを抱えて前転していて、服の端は焦げていた。
アンタローが先程まで居た場所には、容赦なく、雷が落ちた跡がある。
アンタローは、ユウの腕の中で、プルプルと震えていた。
「まさか、アンタローを狙ったのか…?」
フィカスが、茫然と空を見上げている。
「そんな…! そんな、超常的な存在に、どう対抗すれば…!? いえ、そもそも、対抗…するべきことなのでしょうか…?」
ルグレイも混乱しているようだ。
「ど、どういうこと? アンタローを消そうとしたの?」
「ツナ、落ち着け……」
マグは、こんな時でも冷静で、優しく私の肩に手を置いた。
「オレにはこう見えた。アンタローが都合の悪いことを言い出したから・制裁を加えようとした……とな」
「同感だね。けれどそうなると、ナっちゃんに『残酷な真実』の存在を知られたくなかったってことになる。字面はひどく選びたくないものに感じるけれど……。くそっ、まさか、神が相手になる日が来るとはな」
ハイドが、空を睨みながら、舌打ちをした。
「そ、それは、違いますっ、アルフリート様は、優しい方ですっ。ツナさんに怖いことが降りかからないように、安らぎの未来を用意したいだけなんですっ」
アンタローは、プルプルしながらそう言った。
ユウは、考え込むような顔を続けたまま、腕の中の震えるアンタローに、優しく声をかけた。
「…なあ、アンタロー。どんなことがあっても俺が守るから、聞かせてくれ。その『残酷な真実』をツナが選んだとしたら、どういう段取りになるんだ…?」
「ぷ、ぷいい…っ。ボクの力で、時間稼ぎをしますっ。ツナさんと、あと2人だけ、その時間稼ぎの空間に送れますっ」
アンタローの返答は、要領を得ない印象でしかない内容だった。
「ま、待って! 2人だけって…それじゃ、わたしがそっちを選んだら、みんなと一緒に居る時間は、過ごせなくなってしまうってことだよね? だったら、あの白い扉の方を選ぶに決まってるよ!! お別れなんてしたくないよ!!」
シンと場が静まりかえった。
無理もない、だって、誰も、何が起こってるか、把握できていないのだから。
空を雷雲が覆い始めた。
雷が落ちた後に雲が広がるなんて、まるであべこべだ。
「あの白い扉を選んだら、また、みんなで、冒険ができるってことだよね? わたし、離れたくないよ! あ…また最初からだったら、離れることになっちゃうのかな…。で、でもでも、強くてニューゲームみたいなものだし! 今度は、間違えないよ! そうだ、この先の展開だって、作ってみせるよ! だってわたし、創造魔法が使えるんだもの!! 次は、もっともっと魔力を育てて、それで、それで…!!」
反論の隙間を与えないように、必死にまくし立てる。
縋り付くような物言いになってしまった。
みんな、じっと白い扉の方を見る。
それぞれが、思い思いの時間を思考に費やした後、…ユウだけが、首を振った。
「…ダメだ」
私は、驚いてユウを見た。
「昨日から、ずっと考えてた。俺は、何か、探し物をしてた気がする。まだ、見つけてない。そんで、それは、あの扉の向こうには、無い…気がする」
「気がするって…!!! そんな不確かなことが、みんなと一緒に居る時間よりも、大事なことなの!?」
「……大事だ」
ユウの表情は、真剣だった。
「大事に決まってる。だって、この中で、それを覚えてるのは、俺だけみたいだからな。みんな頭いいし、考え事もたくさんあって、だから忘れちまったんじゃねーかな。俺は単純だし、頭を使うことは苦手だから、ずっと、心の奥の方に、残ってた。俺が生まれた理由は、それを見つけるためにあるんじゃねーかなって、そう思う」
「ユウ…?」
ユウが、わからない。
ここにきて、こんなにも…。
ユウとは、この世界のシステムの外で交流してきた気さえしているのに。
手紙を渡した時と、果物ナイフで刺した時の、2回。
あの交流が、どれだけ私の救いになっていたか…。
なのに、今、ユウのことがわからない。
私は、困ったようにマグを見た。
マグは、同じように困ったような顔をして、首を振った。
「ツナ。オレはずっと言ってきていたな。『いつか自分で超えるべき壁がある』・『ツナの傍にずっと居られるわけじゃない』・『いつか自分一人で決めたり・立ち向かわなければならない時が来る』……。今が、その時だ」
「どうして…!!」
マグに突き放されたような気持ちになって、ショックで責めるような言い方をしてしまった。
「理由は、ツナが、ツナであり、オレが、オレだからだ。ツナは、よく言えば素直だが・悪く言えば流されやすい。オレは、ツナがその扉を開けるようにも・開けないようにも・誘導することができてしまう。だから、何も言ってはいけないんだ……」
マグは、こぶしを握り締めた。
ルグレイが、すっと前に出る。
「姫様…。おれも、姫様が選ぶべきことだと思います。そして、どちらを選ばれても、文句はありません。おれは、あなたの騎士なのですから。どこまでも、お供します。いえ、お供できなくなっても、心は一緒です。初めて姫様に出会った、あの日から。おれはずっと、姫様と繋がっています」
「ルグレイ…」
私は、救いを求めるように、フィカスの方を見た。
フィカスは、頭を掻く。
「…俺にとって大事なのは、それがナっちゃんのためになるかどうかという、その一点だけだ。だが、どちらがナっちゃんのためになるのかは、ナっちゃん本人にしかわからない。誰も、誰かの代わりになれないのだから。酷な話だが、決めるのは、ナっちゃんだ。まあ、本音を言わせてもらうなら、……代わってやりたいよ。アンタを困らせる全てから、守ってやりたい。だが、できない。だからせめて、ナっちゃんがどちらを選んでも、必ず受け入れることだけは、約束しよう」
……。
ハイドの方を、見た。
ハイドは、いつも通り、空中に腰かけるような姿勢で、いつも通りの表情をしている。
「ま、後悔しない方でいいんじゃない?」
ハイドは、それだけを言った。
それがすべてだと言わんばかりに。
「ぷいっ」
アンタローが、ユウの腕の中から、また地面に降り立った。
「今、メッシドールが、消滅しました」
……。
ずっと、悩んでばかりは、居られない…ってことだ。
メッシドールは、港町で、工芸祭りとかがあって…フィカスと初めて出会った場所だ。
この思い出が消えたわけじゃないのに、それでも何かが消えてしまったように感じる。
胸が痛い。
だけど、決めなくちゃダメだ。
三つ目の選択肢は、どちらも選べないと言うこと。
私たちは、無に消えてしまうのだろう。
なんとなく、そう感じる。
それだけは、避けないといけない。
ポツン、と雨粒が頬に当たった。
ニヴォゼには気候調節のフィールドが張られているので、雨は中まで入って来ないはずなのに。
先程の雷でダメになったのだろうか。
それとも、もう、世界がめちゃくちゃになって行っているのだろうか。
サアサアと、雨が降り始める。
「無理だよ…! この中から2人選べってことと同義じゃない…!!」
「いや、その場合、ナっちゃんが選ぶ必要はない。最初から決まっているだろう」
フィカスが、当然のことのように言った。
ルグレイも、当たり前のようにうなずく。
「そうですね。大丈夫ですよ、姫様。ユウ様とマグ様との3人旅に、戻るだけです」
「ま、妥当だよね」
ハイドまで、そう言った。
「………っ、~~~~っ!!」
私は、いやいやをするように、首を振る。
動きに合わせて、雨粒が飛び散った。
「みんな、どうして!! どうして、わたしだけワガママなの! みんなも、何か、言ってよ…! ああしたいこうしたいって、言ってよ…! どうしてそんなに大人みたいに受け入れられるの!? 一緒に居られるかどうかは、そんな風に我慢ができるくらい、どうでもいいことだったの!? どうなったって一緒に居たいって思ってるのは、わたしだけなの!?」
フィカスもルグレイもハイドも、それでも黙っていた。
「今、フリュクティドールが、消滅しました」
アンタローは淡々と、カウントダウンをするかのように、そう言った。
フリュクティドール…。
鉱山を探索して、デューと初めて会った土地。
ハイドに呪いをかけられて…。
「ツナ」
ユウに名を呼ばれて、私はビクリと肩を跳ね上げた。
聞きたくない。ユウの言葉だけは…。
「もういいよ! 選べばいいんだよね! みんな、恨みっこなしだよ…!! また、会おうね…!! ずっとずっと、一緒だからね…!!」
私は、雨に濡れた顔を上げ、同じく雨に濡れているみんなの顔を見た。
そして、白い扉に向けて走り出す。
ユウは、止めに来るかと思ったが、微動だにしなかった。
終わりたくない。
終わりにしたくない。
ずっと、この世界に、居させてほしい!
走るにつれ、扉が近づいてきた。
手を伸ばす。
当たり前のようにドアノブがある。
「―――……、、」
いきなり、私はピタリと動きをとめた。
なぜなのかは、わからない。
あと数センチ、手を伸ばせば、扉を開けられるのに。
ずっと、ある言葉が、頭の中を駆け巡っていた。
『後悔しない方でいいんじゃない?』
ハイド……。
そういえば、アンタローは、なんて言っていた?
『二人目の創造神が、シナリオを変えたから、この世界はバラバラになる』……。
つまり、私が、ハイドの生存を選んだから、こうなった…?
それじゃあ、私がこの扉を選ぶと言うことは、ハイドを助けた未来を、否定するということ…?
そして、正しく、ハイドが死ぬ世界を、選び直すということ…?
私は、ハイドの方を振り返った。
ハイドは「?」という顔をして、私を見返す。
…だったら、私は、世界が滅びる結果になってしまったことを、後悔しているということ…?
まさか!!
後悔なんて、してるわけがない!
たとえ世界が滅びるとわかっていたとしても、私は何度だってハイドを助けた。
だって私は、先のことを考えられるほど、聡明じゃないもの…!!
でも、じゃあ、どうすればいいの…!!?
この白い扉は、開けられない。
だけど、『絶対に選ばない』なんて、確固たる信念を持てるわけでもない。
だって、みんなと一緒に居たいって気持ちは、全然変わらないのに…!
ダメだ、このままじゃ、次は、フリメールが…。
選ばなきゃ…。
選ばずに、すべてが無に帰すことだけは、避けないと…でも…!
「うっ…、うううううううっ、うあああああ…っ!!」
絞り出すような、汚い声になってしまった。
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしる。
雨に紛れて、ぼろぼろと涙をこぼした。
見かねたように、誰かが一歩前に出る。
顔を上げると、それはフィカスだった。
「……もう、いいだろう。決まりだな。ナっちゃんは、その扉を選ばなかった。アンタロー、頼む」
「ダメ…っ、やめて…っ!!」
首を振るう。
だけど、できることは、それだけだった。




