突然の…
今日の晩御飯は、ロールキャベツだ。
マグが玉ネギをみじん切りにしている隣で、私はキャベツを下茹でしている。
ロールキャベツは、昔、キャベツを下茹でする工程に気づかずに、「なんでこんなにも巻けないんだろう? ハアッ!(ボキっと折れるキャベツの芯) まあいいや爪楊枝で無理やりくっつけよう(刺しまくる)」という苦汁を舐めたので、印象深い料理として記憶に深く刻まれている。
…あれ?
昔って、いつだろう?
共働きの両親に代わって、私が晩御飯を作り始めたのは、高校の時だ。
それでも部活の練習があったり大学受験があったりしたので、毎日じゃない。
私は今、19で、大学1年生。
じゃあ、そんなに昔の話では…ないはずだ。
だけど、なぜか、昔に感じる。
小説だって、そうだ。
書くのをやめたのは、17の時だから、そんなに昔ではないはず。
なのに、そこまで明確に内容を思い出せない。
思い出せないのは、リアルのこともだ。
なんだか、最近は断片的にしか思い出せない。
別にそれで不自由はないし、この世界で暮らす覚悟を決めているので、そんなに気にはならないけど…。
自分がまだ10代であることに、なにか、つじつまが合わない気がしてしまう。
「ツナ、次はどうすればいい?」
マグが料理の工程を聞いてきたので、私はハッと考え事から引き戻された。
「あのね、ハンバーグを作る感じで、肉ダネを作っていくの」
「ハンバーグならまだ記憶に新しいな」
マグは卵を割って、ちゃきちゃきと手を動かしていく。
もはや手際がいいレベルだ。
「ハンバーグなんて、自分で作ることができるものと思ったことはありませんでしたね。こうして料理のお手伝いをするようになって、随分と認識が変わった気がします。あっと、サラダの食材を取ってまいりますね」
ルグレイは氷室に降りていく。
私はキャベツをお湯から上げて、お皿にいったん置いていった。
「……色々なことがあったな」
ぽつりとマグが言葉をこぼした。
私は驚いて、隣を見上げる。
「ツナと出会ってからは・毎日の密度がとても濃くなっていった・ような気がする。大変なことは多かったが・嫌なことは一つもなかったと思える。みんなのことは・大事な仲間と紹介すると言ったが……。本当は、大切な家族だと・言いたかった。だが、まだこういうことは・照れくさいものだな」
「……故郷に戻っても、マグはまだ、わたしたちと一緒に暮らしてくれる…?」
おずおずと窺うと、マグは肉ダネを混ぜながら、「当然だろう」と、さも当たり前のように言った。
そのあと、何かに気づいた様に、「ああ」と言った。
「そうか、今のは確かに・別れの挨拶のようにも聞こえるな……。そういう意味じゃない。オレにとってはそれくらい・故郷に戻るということは・一区切りの意味合いになるということだ。……だが、基本的には邪魔だな。そうやってツナを不安に苛む要素は・邪魔でしかない。ルケーチを訪れるのは・最初で最後にしよう」
「マグ…。緊張してるの…?」
「……なぜだ?」
「いつもより、口数が多いから…。わたしも、父さまと会うのは、まだ緊張するし…」
「……そうだな。緊張している。だが、そうやってツナに見抜かれるのも・悪い気はしないな」
「でも、マグが自分の家族関係に思いを馳せてたなんて辺りは全然見抜けなかったから、かなりの反省点だよ…! わたし、自分のことでいっぱいいっぱいだったなって」
「……妙な話だが。ツナは、それでいい。そのままでいい。それがオレにとって救いになることだけは・覚えておいてくれ。……これで巻けばいいのか?」
マグは、キャベツを手に取りながら、また料理の話に戻してきた。
その頃には、ルグレイが食材を抱えて戻ってくる。
「あ、じゃあ、わたしは、煮込み用のスープを作るね…!!」
すぐに、いつもの料理風景に戻ってしまった。
一段落ついて、煮込みの段階になると、ルグレイがマグを心配そうに見た。
「マグ様、あとは煮込むだけのようですので、私が調理補助をします。どうかお休みになっていてください。トウキシでは、私は楽をさせていただきましたからね」
ルグレイは、相変わらず周囲への気配りが凄い。
マグは、少しだけくすぐったそうな顔をすると、「わかった。任せる」と言い置いて、リビングの方へと向かった。
私はいつも通り、モタモタとお皿の準備を始めると、ルグレイが口を開いた。
「今日も姫様の手料理は美味しそうですね。おれは幸せ者です。地上に来て色々なものを食べてきましたが、やはり姫様の作られたものが、一番口に合いますね。どこか、ほっとするような味で…」
「あ…そうだね、結構わたしって、薄味で作っちゃうから。ユウとか、最初は嫌がるかなって思ってたんだけど、特に文句もなかったから、そのまま続けちゃった。塩コショウとか、なんでか、怖々と使ってしまうんだよね…」
そう返すと、ルグレイは、思わず…といった感じで笑った。
「そういう意味ではなかったのですが、怖々やっていたというのは興味深い話ですね。料理を失敗されたことがおありなんですか?」
「あるある! あのね、ドリアを作ってみたくて、まずはクリームシチューを作ればいいんじゃないかなって気持ちで始めたの。で、クリームシチューを作り終えて、なぜかその段階でレシピを見たのね? そしたら、水からじゃなくって、牛乳から作るって書いてあって、もう頭が真っ白になるくらい大慌て! わたしね、それをそのままシチューとして食べればいいはずなのに、捨てようとしてたんだよ!」
「それは勿体ありませんね! 思いとどまってくださってよかったです…!」
「あとねあとね、名前何だったかなあ…チョコレートタルトみたいな物を作ろうとして、レシピ通りにして、火にかけたの。そしたらね、温めるにつれて、だんだんトロみがついて、固まっていくんだけど…。レシピにはね、火にかけたらどうなるって書いてなくって、だからわたし、だんだん固まっていく段階で、『うわあ失敗しちゃった!』って思ったんだよね。それで、テンパって、捨てそうになって…」
「姫様は焦るとまず捨てようとなさるんですね…?」
「そうみたい…。なんでか、失敗とか、そういうのを、誰にも見つからないように隠したくなっちゃうみたい。あとはね、朝起きて、スープを作ろうとして、寝ぼけてて調味料を間違えたりとか…」
そこまで言って、そういえばこれ全部リアルのことだ、と気づいて、ハっと口を閉ざした。
ドリアなんてこの世界にあるのかすらわからない。
だけど、ルグレイを窺っても、にこにこしながら私を見ているだけだ。
「あ…ごめん、たくさん、喋っちゃって…」
しどろもどろに言うと、ルグレイは慌てた。
「いえ、すみません、なんだか、姫様が喋っているだけで嬉しくなってしまって…!」
「嬉しいの…?」
「はい。…おれはたまに、昔の夢を見ます。姫様とあの部屋で、暖かな時間を過ごしていた時の夢です。あの時の姫様は、まだ喋るのがあまりお上手ではなく…。だけど、おれだけの姫さまでした。ですが、今みたいに、たくさん、自分の言葉をおれに伝えてくれる姫様のことも、嬉しく思います。昔は、おれにもテレパシーがあれば…と悔しく思ったこともありましたからね」
「ルグレイ…」
「姫様と、こうしてたくさんの気持ちを伝え合える関係になれたことが、本当に嬉しいです。ユウ様とマグ様のお二人も、姫様に言葉をお教えになったということは、ちょっとだけ悔しいですけどね。それでも、感謝でいっぱいになります」
私は嬉しくなって、スリスリとルグレイの腕に額を擦り付ける。
ルグレイは、目を細めて私を撫でた。
「…さ、そろそろ出来上がったようですね。名残惜しいですが、行きましょう」
「うん!」
私はせっせと、晩御飯をお皿に盛りつけていく。
やっぱり、一人で料理するよりも、一緒に料理した方が楽しいな…と、改めて思った。
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「ユウ、どうしたの…? あんまりおいしくなかった…?」
晩御飯の時、やたら物思いにふけっているユウが気になって、私は思わず聞いてしまった。
「ああいや、全然! すげー美味いぜ、なんたって肉だしな!」
ユウはハッとしたように背筋を伸ばし、慌てて答えた。
「ユウ様、考え事ですか? 珍しいですね」
ルグレイが不思議そうにユウを見る。
ユウは、照れたように頭を掻いた。
「ああ、まあ、そうみたいだなー。なんか…マグが故郷に帰るって言いだしてから、急に、何か…思い出せそうな気がして…?」
ユウは自分でもよくわかっていないようで、自分の言葉に首をかしげている。
マグも、不思議そうにユウを見る。
「思い出す……? 何をだ……?」
「なん…だろうな…? ただ、なんか…。俺…ずっと、なにかを、探してたような…? で、見つけなきゃいけないような…?」
マグも、釣られるように首を傾げた。
「オレにそれを話したことはあるか……?」
「ない…はずだ。だけど、マグも…みんなも、探してるんじゃないのか?」
「…???」
フィカスもルグレイも、首を傾げた。
すぐにユウは首を振る。
「いや、なんでもねーや。たぶん、気のせいだ、悪い悪い、メシに集中すらあ!」
結局みんな、特に追及もせずに、晩御飯を終えた。
だけど私は必死で、「ユウ、もうちょっと時間をかけて食べてもいいんだよ!」と薦めまくる。
「ナっちゃん、そんなにブラッシングを先延ばしにしたいか。そこまで嫌がってもらうと、なかなかやり甲斐があるな」
フィカスは、すべてを見透かすように笑っている。
そしてその後、「ほらナっちゃん、アンタローだ、風呂に行け」と、ちゃきちゃき予定を進められてしまった。
アンタローは、トウキシで疲れていたのか、お風呂に浮きながら寝てしまった。
私は一人で、雑魚寝ルームでフィカスがお湯から上がるのを待つ羽目になった。
「っちゃん、……ナっちゃん」
はっと目を覚ます。
アンタローを撫でているうちに、いつのまにか寝てしまっていたらしい。
「あ…ごめんフィカス、寝てた……」
目をこすりながら、むくっと起き上がる。
フィカスは既にブラシを構えて、万全の準備だ。
「構わん、今日はいろいろと疲れただろうからな。まあ、もう少し俺と二人きりになることに緊張をして貰っても構わないのだがな…。そうかそうか、爆睡か…」
「もー、またフィカスはそういう冗談か本気かわからないことを…」
「……どういうことだ? ナっちゃんは今まで、俺が冗談を言っていると思っていたのか? それこそ、冗談じゃない。俺は何時だって本気だぞ」
フィカスは不服気だが、ゴーグルで表情の全容は把握できない。
今は翼を出しているし、たぶん、集中すれば本気で言ってるかどうかは伝わってくるんだろうけど…なんだか面倒なのでやめておく。
「それよりもフィカス、わたしが寝てる間にブラシをかけようとかいう温情はなかったの?」
「ないな。こういうものは、嫌がっているところを見るのが一番の醍醐味だろう」
「もーー、いじめっこ」
「当たり前だろう、罰だぞ、罰。ほら、向こうを向け」
私はしぶしぶフィカスに背を向ける。
「どうしてもというのなら、このまま髪を梳いてやってもいいが。前にハイドが自慢してきたからな、ナっちゃんに髪を整えて貰ったと」
「ええ? 羨ましかったの?」
「まあな。親愛を表現できる方法など、いくらあっても困ることはないだろう」
「だったらマグは毎朝わたしに親愛表現してることになっちゃうよー」
「そうか、そういえばナっちゃんの髪を整えているのはマグの仕事だったか。ならば奪うわけにはいかんな」
そういうが早いか、フィカスはさっさとブラシを私の翼に入れた。
「……っ!!」
鳥肌が立つ。
今後何度やられても、この感触に慣れることはなさそうだ。
私は身をよじるのを必死に我慢して、ぎゅっと目をつむって、その時間に耐える。
フィカスは私のそんな頑張りなどどこ吹く風で、気軽に話しかけてきた。
「初めて会った時は、こんな関係になるなど思ってもみなかったな。いや、どんな関係だと言われても、上手く答えられないが…」
フィカスが何か言っているが、うまく返事もできない。
「ジェルミナールも、たったひと月ほどであそこまで話が進むとはな。政は根回しから始めて、長期戦でやるものと思い込んでいたが、ああいう丸投げの手段があるとは。少し自分のやり方を考え直したぞ。俺はすべて自分一人の力でやろうとしていたからな」
「く…っ。で、でも、それは、フィカスが自分の力で何とかできる能力があるからでしょ…? わたしはそれがなかったから、自然とああなったっていうか…っ。長期在位のつもりもなかったし…!」
「それはあるかもしれんな。確かにあれは、ある意味やり逃げの風情がある。だがな、為政者という者の多くは、天井に針がある、と考えてしまうものではないかと、俺は時々思う。そして、国という風船が、その針に当たって割れてしまわないように、繊細な調節を行うんだ。常に天井を意識するから、知らず知らずのうちに低空飛行にとどめてしまう。ナっちゃんには、それがない。それがないから、突飛な発想ができるのだろうな。翼があるから、高い所を飛びたがるのかもしれん。それにつられて、国が引っ張り上げられるわけだ。いい導き手だと思うぞ。まあ、長続きしたら、国民は間違いなく疲弊するだろうがな。それか、常に新しいものを求めるジャンキーになるだろう」
「何その微妙な褒め方…!? 素直に喜べない、……っ!?」
「ふむ、ここが一番苦手か。右翼の、可動部分……よく覚えておこう」
「くうっ、いじわる…!!」
「ははっ、何を言うんだ、黒天号など、ブラシをかけたら嬉しそうに鼻を鳴らしてくるんだぞ? ナっちゃんももうちょっと嬉しそうにしたらどうだ。この俺に手ずからブラシをされるなど、国中の女が望んでも叶わん願いだぞ」
「罰だって堂々と言われてこうなってるのに、喜べるわけないでしょ…っ」
「そういえばそうだったな。ならば、温情をもって、ここまでにしておいてやるか」
ぽん、とフィカスは私の後頭部を叩いた。
ブラシが離れて、ほーっと息を吐く。
「ほら、起こして悪かったな。眠るといい。腕枕でもしてやろうか」
「もー、またそういう……」
「ははっ、今のは正真正銘冗談だ。俺が寝るにはまだ早すぎる時間だしな。雑務を片付ける時間にさせて貰おう」
フィカスはすっと立ち上がった。
が、何か、思い立ったように、私の方を見る。
「行っても大丈夫か?」
少し、心配そうな声音だった。
「……ン。大丈夫だよ、アンタローが居るから、寂しくない…」
「…そうか。ならば気が変わった、ナっちゃんの寝顔を見てから行こう。これも罰だ、ほら、横になれ」
「ええ…?」
何か、言い返そうとしたが、…なぜか、言葉が続かなかった。
言われるまま、アンタローを抱いて、ころりと横になる。
フィカスはその隣に、どっかりを胡坐をかいた。
ちょっと気まずげに、フィカスを見上げる。
「……おやすみ…?」
「ああ、おやすみ、ナっちゃん」
フィカスは、膝に頬杖をついている。
じっくり見る気だ。
恥ずかしいような、安心できるような気持で視線をそらし、私はすぐに眠りに落ちた。
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ふと、目が覚める。
今日は、満月のようだった。
月明かりが眩しくて、目が覚めてしまったのだろうか?
それとも、変な時間に寝たから?
周りを見渡すと、マグたちが寝息を立てている。
ということは、夜中なんだろう。
なんとはなしに、テラスの方に目を向けて、びっくりしてしまった。
ハイドが佇んで、月を見上げている。
私は、みんなを起こさないように立ち上がり、静かにテラスに出た。
ハイドは、一度驚いたようにこちらを見る。
そのあと、すぐにシーと人差し指を口元に当ててから、口の中で何事かの呪文を唱える。
ヴン、という音と共に、周囲に風の膜のようなものが張られた。
「…ほら、もう喋っても大丈夫だぜ。赤毛たちが話し声で起きることはない」
私は、その気遣いにまたびっくりした。
ハイドって、実は気づかい上手…?
と思ったが、口に出したら絶対に怒りだすので、心にしまっておく。
「どうしたのさ、ナっちゃん。こんな夜中に、珍しい」
「それはこっちのセリフだよー、ハイド、なにしてたの…? お月見?」
窺い見上げると、ハイドは少し気まずそうな顔をして、また空を見上げた。
「まあね。月は、何百年経っても変わらないな…ってさ。こっちのことなんて知らん振りなクセに、毎日毎日よく顔を出すよな」
「……昔のことを、思い出していたの…?」
「……少しだけ」
そう言って、ハイドは少しの間、黙ってしまった。
私も二の句が告げられず、一緒に空を見上げる。
やがて、ハイドはポツリと言葉をこぼした。
「なあ。…赤毛たちってさ。ぼくよりも先に死んじゃうのかな」
「…ハイド……」
「最近、たまにそういうことを考えてしまう。ぼくの中の魔王の卵を分け与えて、無理やり魔族にしてしまえば、そういった懸念は失せるんだろうけれど。だが、そうするとアイツラは、ぼくの眷属になってしまう。ぼくに逆らえないヤツラなんて、つまらなすぎて、用無しさ」
ハイドの言っていることは、私が恐れていることと、そのまま同じだった。
ずっと、この時間が続けばいいのに、とは、折に触れて思ってしまう。
「…ハイド。こんなところで一人でいるから、そんなことをぐるぐると考えてしまうんだよ。わたしもね、夜に一人だと、嫌なことをたくさん考えてしまうことがあったから…。だから、ハイド、夜は、わたしたちと一緒に寝てみない? 一回チャレンジしてダメだったら、もう無理強いはできないけど…。でもまだ、一回もチャレンジしてないよね?」
ハイドは、驚いた様に、大きく瞬きをした。
「……ぼくは…」
「わかってるよ、深く関わらないようにしてるんだよね? 情が移ったら、お別れに耐えられなくなるものね。でもそんなの、フィカスたちだって、同じだよ。残される側も辛いけど、残していく側も辛いよ。それに…まだわからないけど、わたしだって、ハイドと同じ立場になるのかもしれない。だから、一緒に苦しもうよ。ハイドも一緒だって思うと、わたし、少しだけ救われたような気持ちになるのかもしれない。ハイドも、わたしと一緒だと思うと、乗り越えられないかな?」
ハイドは、一瞬言葉を失ったようだった。
「前に、変な夢を見たよ。魔法の使えないわたしが、魔法の使えるわたしに、こう聞いてきたの。『うらやましいな、どうして魔法が使えるの?』って。わたしは、こう答えたよ。『使えるんだから、使っているだけだよ』って。鳥と一緒だよ。鳥だって、飛べるんだから、飛んでるんだと思う。そこに深い意味なんて、本当にあるのかな?」
ほとんど独り言のようだった。
私は月を見上げながら、独り言を続ける。
「だから、きっと、同じだよ。生きられるんだから、生きているんだと思う。生きていくってことは、さよならを体験し続けることなのかもしれない。それでも、そこに好きな人がいるから、寄り添って生きていくよ。そうしないほうが、わたしにとっては、不自然なことだから」
「……それは、人間側の意見さ。ナっちゃん、ぼくは、魔族だ。時々、ひどく傷つけて、突き放してしまいたくなる時がある。そこには喜びすらある。ぼくには…。人間側だけの気持ちでいることは、きっとできない。ぼくとアイツラは、どうしても違うんだ」
「違うのは、当たり前だよ。ユウとマグですら、全然違う存在なんだから。同じだったら、それこそつまらないよ。……ああでも、こうしてハイドの言葉を否定したいわけじゃないな。本当なら、全部肯定したい。相手を否定することは、そこまで好きじゃない。わたし、支離滅裂だね…」
困ったように笑って、ハイドを見た。
ハイドも、同じような笑いを返してきた。
「…ナっちゃんは、いつも支離滅裂で、面白いよ。こうして真面目な話をすることが、馬鹿らしくなるくらい?」
「もーー、すぐそういうこと言う…!」
「あはっ。でも、結論なんて出ない問題の方が多いから、賢い生き方かもしれないな。そうさ、ぼくの友達は、いつだってバカで賢い。結論なんてまるで出ていないけれど、たったそれだけの事実があれば、なぜか満たされる。一人で悩まないで居るっていうのは、そういうことなんだろうな。…観念するよ」
私は、きょとんとハイドの瞳を見返した。
「なにバカみたいな顔をしているのさ。ほら、寝るぜ。みんなで一緒にっていうのを、まずはやってみてやるよ」
「―――!」
私は嬉しくて、踵を返したハイドの背中に突進した。
ハイドは、一瞬くすぐったそうな顔をして、「馬鹿じゃない?」と嫌がっていた。
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朝起きて、下に降りると、ハイドがダイニングの方に居て、ひたすらみんなから「珍しい」とか「どういう風の吹きまわしだ?」とか、いじられていた。
「うるさいな、たまには朝飯っていうのを一緒食べてやるよ。ぼくは気分屋だからな、気が変わらないうちに準備しろよ、白髪」
などと、フィカスのように尊大なことを言っていたので、笑ってしまった。
みんな、トウキシをやった疲れも残ってないようで、休みはまだ1日あるが、一応クランに顔を見せに行くことになった。
準備を終えて、庭にある転送陣へと歩き出した瞬間、アンタローが、急に私の腕の中から、「ぷいぃいっ」と鳴きながら、ぴょーんと飛び出した。
地面に着地して、空を見上げる。
「アンタロー、どうした?」
フィカスの問いにも答えず、硬直したように空を見ている。
「アンタロー…?」
そんなアンタローを見るのは全員初めてだったので、戸惑いながら、アンタローの背を見るしかない。
やがて、アンタローはぴょこんと飛び跳ね、私たちの方を、つぶらな瞳で見上げた。
「今、テルミドールが、消滅しました」
その言葉の意味が分かったのは、おそらく私だけだろう。
唐突に、世界の終わりが訪れた。
<第三章、高校生編・完>




