いきなり家庭訪問
5日目。
私たちは宣言通り、休みを満喫していた。
(じゃあ次。この音声が聞こえた奴は、手を上げろよ)
私たちは横一列に並んで、ハイドの念話の最終調整に付き合っている。
私と、それから隣のルグレイは手を上げて、他のみんなはシンとしている。
ハイドは舌打ちをして、ルグレイを睨んだ。
「ちっ、あとちょっとだな……」
「聞こえてしまって、申し訳ありません、ハイド様…」
ルグレイはしゅーんとしている。
「別にルグレイが悪いわけじゃないだろう……」
マグがフォローする。
私たちは、ついでのように雑談をしながら、ハイドの実験に付き合っている。
ハイドくらい魔法に長けていても、こんなに魔法の開発に時間がかかるなんて、なんだか意外だ。
でも、そうだよね。
ハイドは今まで、誰ともこうやって念話する機会なんてなかったんだから、一番不得手な分野なのかもしれない。
そう思うと、こうして練習に付き合えるだけでもうれしい。
これから、ハイドがこの魔法を使う機会がたくさん増えていくといいなあ。
「ねねね、思ったんだけど、ジェルミナールの転送陣を使えば、東大陸のストーンヘンジまで飛べるってことだよね? 次はフロレアルとかに行ってみたいなー。デューにいきなり会いに行って驚かせたい!」
嬉しいテンションのまま、うきうきしながら言うと、フィカスが、難しい顔で唸った。
「しかし、そうなると歩きになるだろう。かえって遠くなるような気もするが…いや、船で行くのと同じくらいか」
「歩きだとしても、7日以内で行けそうなのは間違いねーだろ。今回と同じくらいの休みの期間が取れりゃ行けるって!」
ユウは乗り気だ。
マグも頷く。
「次の目標を決めるのは・悪いことではないだろう……」
「けれど、その前にナっちゃんはフェザールの集落に挨拶に行かなきゃダメだろ? そんなに先の話ばかりに目を向けていていいのかい?」
ハイドは、からかうように笑ってくる。
「う…っ。あんまり考えないようにしてたのに…」
「姫様、やはり緊張されますか?」
ルグレイが、心配そうにこちらを見てきた。
「ン……。どういう目で見られるか、予想もつかないし…」
「だが、ナっちゃん。クランを庇うくらいの姿勢で居ないと、今回は難しいぞ」
フィカスの言葉に、私は驚いて彼の方を見た。
「やはり気づいていなかったか。結果だけ見ると、クランはフェザールの族長の娘を守り切れなかったわけだからな。かなり風当たりはきついものになるだろう。俺の予想では、最悪ナっちゃんを、クランに任せておけないという理由で奪われ、軟禁される可能性すらあると踏んでいる。それだけに、一緒についていけないのは、かなりもどかしいな…」
…考えてもみなかった。
じゃあ、クランは挨拶に行くと言っていたが、説明責任を果たしに行くつもりでもいるのだろうか。
だとすれば、私が緊張だ何だと言っている暇はない気がする。
私が表情を固めていると、ハイドがいきなりくすくすと笑いだした。
「あはっ、噂をすれば影ってホントだね?」
「……?」
全員、ハテナを浮かべてハイドを見る。
「騎士、いいから庭に出てみろよ」
「えっ、あ、はい、わかりました…!」
ルグレイは言われるままに、リビングから玄関へと移動して行った。
「なっ、クラン様!!?」
ルグレイの上ずった声が、こっちまで聞こえた。
私たちは驚いて立ち上がる。
急いで玄関先の大広間に移動すると、ルグレイがクランを案内しているところだった。
「く、クラン様、どうなされたのですか…!? も、もしや、なにか、ジェルミナールに異常が…!?」
あまりに不意打ちだったため、私はまたガチガチに緊張して、顔を真っ赤にして応対してしまう。
「ほう…。異常がなければ、余は娘に会うことも許されぬと…?」
「えっ!? あ、そんな、ことは…っ」
テンパる私の肩に、マグが優しく手を置いた。
「ツナ、立ち話もなんだ。まずは移動しよう……」
「…というか、一旦落ち着いた方がいいな。ナっちゃん、クランとは俺が話そう」
フィカスは、ちょっと笑いながら、私に下がるようにジェスチャーをして、クランをリビングに案内する対応を始めた。
ルグレイは、「お茶を淹れてきますっ」とバタバタとキッチンへ走り出す。
こうして唐突に、抜き打ち検査のような家庭訪問が始まった。
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「さて、ここは俺の国の敷地内だ。今や王位を退いたクラン殿に、どう対応するべきか、悩むところではあるな」
「普段通りで構わぬ。アポイントも取らずに来た故な」
フィカスとクランという顔ぶれが、なんとなく首脳会談のような雰囲気を醸し出しているように感じる。
私はやはりガチガチに緊張してしまっていて、みんなと一緒にリビングのソファーで、対面するクランとフィカスを見る。
膝の上のアンタローを、ぎゅっと抱えなおした。
ハイドは相変わらず、ふわふわと浮きながら、面白そうにクランという異分子を見下ろしている。
話し始めたのは、クランの方だった。
「昨日の夜、廊下でティライト卿と擦れ違ってな。聞けば、地上での用は既に終わったというではないか。だが、今朝になっても、ラズは一向に登城の気配を見せぬ」
ぎっくーー、と心臓が高鳴った。
クランは怒りに来たのかと思ったが、それどころか、少しうつむいてしまった。
「先日も様子が変だったものでな。余はまた、嫌われてしまうようなことをしてしまったのか…と」
「!」
私は慌てて何かを言おうとしたが、どうしても形にならなかった。
代わりにフィカスが答える。
「ナっちゃんは、まあ、おそらく思春期というやつだ。先日の仲直りで、いきなり自他共に認める親子関係が確立してしまったもので、距離が置けなくなり、どう接すればいいか、急にわからなくなったのだろう。これはマグから聞いたのだが、ナっちゃんは年齢的には17だが、実はとある呪いで3年間を眠って過ごしてしまっていてな。ただでさえ、幼少期に人と関わってこなかったうえに、そういう意味でも、普通の17歳の少女とは、人生経験の量がはるかに少ない」
「なんと…」
「俺はナっちゃんのそういった無垢なところも気に入っているが、本人からすれば、自分の気持ちとすら向き合えないでいるわけだからな。いくら親とは言え、他人と向き合うなど、ハードルが高すぎるのだろう」
「そう…か。本当に、苦労をさせてきてしまったのだな…」
クランは、王笏を握る手に力を込めた。
「だが、俺からすれば、羨ましい限りだ。俺など、意識すらされたことが無いわけだからな」
フィカスは、拗ねるようにそう言って、ソファーに凭れた。
そして、少し笑って言葉を続ける。
「逆に、親として意識されるようになったんだ。一歩前進、と前向きに受け止めてやってくれないか。これが、俺とマグが話し合って出した結論だ。…ああいや、念頭に置くだけで、答える必要はない。今日は他に話し合うことがいくつかあるんだろう?」
クランは、フィカスの言葉に、無表情のまま、一度瞬きをした。
「アンタのことだ、娘に会うための『口実』を数個用意してあってもおかしくはない。むしろ、俺が同じ立場ならそうするだろう」
フィカスは、ニっと笑った。
クランは、観念したように、一度目を閉じる。
「…ふむ。話が早くて助かるというべきか」
私はというと、二人の話を聞いているはずなんだけど、右から入ってきて左に流れて行ってしまう状態になっていた。
なんだか、テンパって、集中できてない。
私の話をされている、というのだけはなんとなくわかる。
わかるが、だからなんだというのだろう。
いや、違う話に入ろうとしている…?
「ツナ、大丈夫だ・落ち着け……深呼吸な」
マグは私の状態が分かっているようで、背中を優しく撫でてくれた。
私は、必死で何度も頷く。
ユウも、隣で心配そうにしているのが伝わってくる。
それはそうかもしれない、こんなに緊張しているところを、ユウとマグに見られたことなんてないような気がする。
魔物と戦う恐怖とはまた全然違う感覚だ。
クランは目を開けると、静かに話し始める。
「まず、ジューンから、余に申し入れの書状が送られてきた。なんでも、ハルジオンとの共同生活に、一週間という制限がかけられていたそうだな? その期日が来たことに対するものだ」
あ、そうだった忘れてた!!
「一週間でいいです」みたいなことを言った気がする!!
あわわ、やっぱり色々あって、それどころじゃなかったから…!
しかし、それどころじゃなかったのは、どうやら私だけじゃなかったようで、フィカスも今思い出した、という反応だった。
「そういえば、そうだったか。ジューンはなんと?」
「…ハルジオンには何の罪もないから、牢から解放してやってくれ、とあった」
「それは…。こう言っちゃなんだが、驚きだな」
「…うむ。余も、驚いておる。…ジューンは、エカテリーナに似て、何よりも自分のプライドを優先する節があった。だが…おそらく、ハルジオンとの交流によって、初めて『国民』の姿に目が向いたのだろう。そして、自分が、もろともに滅ぼそうとしていたものが何だったのか、改めて理解することができたとみえる」
クランもフィカスも、そんなに感情を表に出すタイプではないのだが、しかし、沈痛な面持ちをしている、と言うことが伝わってくる。
フィカスが、何とも言えない顔で頷いた。
「そう…か。気づくのが、遅すぎた節はあるが。いいこと…なんだろうな…。…ハルジオンの扱いは、どうなる?」
「王位を退いた余に、その決定権はない。そのため、ラズの意見を窺いに来た、という体裁でこちらへと来たわけだ。が、どう転んでも、もはや騎士の地位には居させてやれぬだろうな。ジューンを脱獄させる可能性が、ゼロではないため…な」
「ふむ…。『ウラワザ』は、いくつ用意してある?」
フィカスが、クランを窺う。
クランは、難しい顔で答えた。
「残念ながら、今思いつくのは一つのみ。ジューンとブルーがある程度従順に刑期を過ごした後、バンクシアの屋敷に幽閉させる道がある。そこから出られないように、厳重に戒めを施せば、可能だ。狭い牢で過ごすよりは、自由を得られよう。『使用人』が必要となるほどの広さを有した屋敷だからな。機密事項が多分に含まれた事情故、『使用人』には、特別な手当てをやれるだろう」
「なるほど……。国民からの反発は、どういなす?」
「バンクシア家が、呪われた忌まわしい屋敷という噂を広めれば可能だ。その呪いを鎮静化させるための生贄として、あの二人と『使用人』には、その身を犠牲にして貰うわけだ。だが、幸い時期がいい。今は国内の改革に、国民の目は集中している。その上、ラズから余に王位が返還されるどさくさでやれば、まずもって露呈することはないであろう」
「…部外者の俺から見ても、良い手だと思えるな。そもそも、罪人が更生することを、俺は手放しで歓迎するスタンスだ。『…ということらしいが、どうする、ナっちゃん?』と、普段なら聞けるのだが……。まあ、たぶん大賛成だろうからな、クランの方で勝手に進めてしまってもいいんじゃないか?」
「そうなるか…。では、そうしよう。すべてはジューンとブルーが従順に過ごせるかどうかにかかっているが、あの様子なら大丈夫だろうな」
「見に行ったのか?」
「うむ。一応、親としてな。ブルーは猫にもっと広い場所を与えたがっており、ジューンもハルジオンの雇用先は守ってやりたいだろう。そうでなくとも、ジューンの方は、己の罪に向き合おうとしているように見えた。ラズはジューンを一人にさせるのは嫌がっているようだが、しばらく一人で過ごす時間は必要だろう」
「なるほどな…。しかし、俺から言わせてもらえれば、ちと甘すぎる気がするな」
「…ふむ?」
「ジューンにもブルーにも、ある程度は王族としての教養を身につけさせているのだろう? クラン、アンタの仕事の下請けでもやらせるべきだ。アイツラは、計算機として使うといい。それでアンタも楽をすることを覚えるべきだ」
「……だが」
「なにも重要書類を見せろと言っているわけじゃない。完全に些末な手伝いをさせられる分野があるはずだ。それこそ、手に余るほどの業務があるだろうからな。俺も王族の端くれとして、その辺りは把握しているつもりだ。ここからはさらに忙しくなるだろうしな。どうやらジェルミナールは、大臣を置かない主義のようだからな。息子の方はどうかわからないが、娘の方は、アンタが頼ってやれば、喜んで力を貸すだろう。アンタを慕っているらしいからな」
クランは、相変わらず難しい顔をしていた。
「…一考の価値はあるか。礼を言う、フィカス殿」
「なに、力量のある者が牢屋で安穏と暮らすことを勿体ないと感じただけだ」
会話に一段落が付き、そこから、いきなりシンとなった。
どうやら、クランの用が終わったらしい。
クランは、意を決したように、私の方を見た。
「……ラズ」
「は、はいっ!? 本日は、お日柄も、よく…っ!!」
かーっと顔が熱くなるのを感じる。
心臓もドキドキしてる。
クランは、そんな私を見て、ため息をついた。
「…まさか、距離を詰めたことで、このような弊害が起こるとはな…。つくづく、娘とは難しいものだ」
「いや、特殊なケースだと思うが…」
フィカスが言い終わらないうちに、いきなりアンタローが、私の手の中からスポーンと脱出した。
スチャッとテーブルの上に着地して、つぶらな瞳でクランを見上げる。
「ぷいぃっ、遊びたいです!」
「……む」
クランは、面食らったように、言葉を失った。
やがて、会話を探すように周囲を見渡してから、アンタローに目を向ける。
「余は、遊び方など、知らぬ」
「ぷいぷいっ、みなさんで、遊びたいです! 8人、いますよ! なんでも、できますよ!」
「………」
クランは、助けを求めるように、ルグレイに目を向けた。
ルグレイは、突然のことにかなり慌てたようで、反射的に、といった感じで、言葉を発した。
「でしたら、全力トウキシはいかがでしょうか?」
「トウ…キシ…?」
クランにはわからないようだ。
もちろん私にもわからない。
ハイドをちらっと見ると、ハイドも不思議そうな顔をしている。
が、ユウが反応した。
「へええ、ジェルミナールにもトウキシがあるんだな!」
「トウキシか、懐かしいな。幼少の頃、身分を伏せて庶民の子らと遊んだものだ」
フィカスも知っているようだ。
マグは、きょとんとしている私とクランとハイドを見かねて、説明をしてくれる。
「トウキシは、『盗賊と騎士』という遊びの略称だ。盗賊と騎士に分かれて遊ぶ・鬼ごっこのようなものだ。牢屋スペースを決め・騎士はタッチで盗賊を捕まえる。盗賊は牢にタッチし・仲間を逃がすことができる。時間内に逃げ切れば盗賊の勝ち。盗賊をすべてつかまえれば・騎士の勝ち」
あーーっ、ケイドロか!!
ドロケイっていう地域もあるよね!!
「ぷいぃいっ、面白そうですっ、みんなでやりたいですっ!」
「けど、『全力』ってついてるのはなんだ?」
ユウがルグレイを窺うと、ルグレイが口を開いた。
「はい、私がこの遊びを知ったのは、騎士団の訓練の一環だったからです。訓練ですから、実際の盗賊を相手取るシミュレーションを兼ねているんです。つまり、魔法も剣術も、何でも使っていいというルールなんです」
「あはっ、急に面白そうになってきた。それってつまり、ぼくとナっちゃんは、空を飛んでもいいってことだよね?」
ハイドが身を乗り出した。
ルグレイは平然と頷く。
「そういうことになります。訓練では怪我人も出ていましたが、結構白熱するんですよ」
その言葉に、マグが眉間にしわを寄せた。
「……そうか、危ないゲームだが……。ツナは空を飛べるし・魔法も使える……と考えると・無くはないな」
「いいな、やろうぜ、トウキシ!!」
ユウの言葉に、みんな一斉にクランの方を見た。
クランは、しばらく考えて、それから私の方を見た。
しかし、何を言うでもない。
…でも、たぶん、私の意見待ちだ、と、なんとなくわかった。
「や、やりたい…です。父さまと、一緒に、遊んでみたい…です」
こぶしを握り締めながら、目を合わせられないものの、必死に言葉を絞り出す。
クランは、頷いた。
「決まりだな」
「おっしゃ、それならチーム分けのクジとか作らねーとな! 行くぜマグ!」
「ああ。俺も小道具をたくさん用意しよう」
ユウとマグは立ち上がる。
それをルグレイが呼び止めた。
「お待ちください、全力トウキシは、この屋敷の庭では無理ですよ! かなり被害が出てしまいます」
すると、その言葉を見越していたかのように、フィカスがルグレイを制した。
「何を言っているんだルグレイ、俺たちはいい場所を知っているじゃないか。とても広く、暴れて被害が出ても平気で、空を飛べる者達に、天井という制限を与える場所を。たとえ騒音が近所に漏れたとしても、呪われた屋敷だと噂が広まり、かえって好都合のあの場所を」
「……まさか、お前…」
その場所に嫌な思い出のあるハイドが、滅茶苦茶嫌そうな顔をした。
「そう。バンクシア家の、地下だ」
<つづく>




