モンスター・テラリウム(4)
「キオルシード」
はっと目を開ける。
ゴーグルをかけた、砂色の髪の男の人が、手をかざしながら心配そうに私を覗き込んでいた。
「あ…れ…、フィカス…??」
「…よかった、幻覚でも解毒魔法が効くんだな。心配したぞ、ナっちゃん」
「え…、幻覚…?」
なんとなく、まだ頭がぼーっとしているようで、こめかみを押さえながら、むくりと起き上がる。
今見てたのは幻覚だったってこと…?
えええ…。
せっかく幻覚なら、もっとこう、楽しいのを見せてよ!!
ひたすら怖かったわ!!!
奥に進んでいたはずなのに、私は洞窟の入り口近くに寝かされていたようで、ユウたちが心配そうにこちらを見ている。
「ツナ、よかった…!!」
「ツナ、どこか痛いところはないか……?」
ユウとマグが、口々にこちらを心配してくる。
帰ってこれたんだ…という、安心感で胸が満たされた。
「だ、大丈…夫…!!」
今更さっきのパチモンの集い的な光景が怖くなって、一瞬泣きそうになったのを、必死にこらえた。
「姫様、よかったです…! ハイド様がおっしゃるには、洞窟の奥にパッパラ茸というキノコが生えていたらしく…、フェザールの血を引く姫様は、そういったものに人一倍弱いですからね、胞子を一吸いしただけで、かなり混乱されていました」
「あれはあれで可愛らしかったがな。おかげで俺たちも深刻化する前に引き返すことができた」
ティライトが一人で頷きながらそう言った。
アンタローは、ユウの頭の上に居る。
「ぷういぷいっ、ツナさんは炭鉱夫のカナリアだったわけですね!」
こ、コイツ…!!
憤る気持ちをなんとか抑え、私は周囲を見渡した。
「ご、ごめん、迷惑かけたんだよね? …それで、ハイドは?」
「ハイドには、結局一人で先に行ってもらうことになってな。というのも、まず、ユウとマグが奥に進めなくなったんだ」
フィカスが残念そうに、洞窟の奥を見る。
ユウは、頭を掻きながら頷いた。
「そうなんだよ、あの魔力がズシっとくるヤツがきて、ツナとハイドとアンタロー以外は厳しいって結論になってさ」
「どうやら、この洞窟の防御機構なのだろう……。さすが、知略の魔王ルエリアと言ったところか……」
マグがしみじみと言った。
「そっか…結局ハイド一人で行かせることになっちゃったんだね…」
しゅーんとしてしまうと、ティライトが、首を振った。
「だがまあ、本来なら、その方がいいだろう。“肉親”である魔族勇者だけが受け取れる空間だろうからな。親子水入らずという言葉もある」
「そう…だね! じゃあ、わたしたちは、ハイドを温かく迎えないとね…!!」
私は、気を取り直すように頷いた。
その時だった。
ズウ……ン―――
遠くの方から、大きな生き物の足音みたいなものが聞こえた。
全員、洞窟の入口の方に目を向ける。
「…なあ、今のって……」
「ああ。森を“地ならし”してくれた生き物の足音と思って間違いないだろうな」
ユウの言葉に、ティライトが添えた。
マグが、眉をしかめる。
「まずいな……。ということは・この辺りが縄張りと言うことになる」
「…あまり考えたくはありませんが、避けようのない戦いならば、先手必勝という手がありますね…」
ルグレイはそう言いながらも、まだ迷いのある目をしている。
フィカスは、ルグレイに同意した。
「確かにな。一番困るのは、この洞窟を塞がれたうえで、避けようのない攻撃を叩きこまれることだ。そういった事態を思うと、俺たちで先に仕掛けた方が勝率は上がるだろう」
「で、でも、すごく大きな足音だよ…!!」
私は腰が引けた感じを隠し切れずにいたが、とりあえずは立ち上がることにした。
ズウ……ン―――
振動が来る。
「…近づいてきてるな。ツナ、アンタローを持っててくれ」
ユウが、アンタローを投げてよこした。
「悩ましいが、魔族勇者のことを思うと、ここで戦うわけにもいかないだろう。洞窟の“崩落”は、絶対に避けるべきだ。場所を移動しよう」
やっぱりティライトはそういうところがマトモな人で、全員が同意をした。
ハイド、ゆっくりしててね。
そう思いながら、私は洞窟の奥を、一度だけ振り向いた。
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ズガアアアンッ!!
私たちが洞窟の外に出ると同時に、轟音と共に火花が散るのが見えた。
一瞬、思ったより近くに魔物が居るように見えた。
が、それは魔物が巨大だったから、遠近感で近く見えただけらしい。
とはいえ、ジェルミナリアよりは小さいのだが…。
建物くらいの大きさの魔物が、なんと2体で睨み合っている。
丸くて大きい、黒い毛むくじゃらの頭に、直接太い二本の足が生えている外見だ。
体の半分ほどもある大きな口を半開きにしながら、1本の鋭い角をかち合わせ、お互いに鍔迫り合いの形でやりあっている。
「縄張り争い……のようだな」
マグが冷静に分析している。
「あの大きさを一度に2体相手どるのは、少し無理がありますね…!」
ルグレイが、洞窟の方を気にしながらそう結論付けた。
「だったら、囮になって、1体を俺が引きつけようか?」
足に自信のあるユウがそう言い出すも、フィカスがゴーグルをいじりながら、難しい顔をする。
「いや、ユウという貴重な戦力が抜けるのは痛い。俺が見たところ、無傷での勝利を目指すなら、1体に全員でかかる…という条件が必須だろうな。2体は倒せなくもないだろうが、辛勝だろう。俺はお前たちに怪我一つでもさせたくない」
みんなで、うーーんと唸った。
とりあえず今はこちらが狙われていないので、ゆっくりと考えられる。
しかしあの2体が本格的に暴れだす前になんとかしないと、あの距離では、暴れた余波でこの洞窟がつぶれる可能性がまだある。
「あ……倒さなくてもいいんだったら、わたし、一時的に1体を封印とか、できるかも。1時間くらいに限定されるとは思うけど…」
ピーンと思いついた。
みんな、また何か言いだしたぞ…というような顔で私を見てくる。
「……ナっちゃんに危険はない方法なんだろうな?」
いの一番にそこを聞いてくる辺り、私はすっかり戦闘面でフィカスの信頼を失っているらしい。
「うん、封印する道具を創造魔法で出すだけだから、わたしは大丈夫だよ! ただ、それでもう魔力を使い果たすと思うから、それ以上のことは何もできなくなると思う」
「それなら問題ないだろう。俺たちは元々、ナツナに何もさせる気はなかったのだからな」
ティライトが、何をやらかすのかという好奇心の混じった目で私を見ながらそう言った。
「まあ…妥当な線ではあるよな。それで行くかー」
相変わらずユウはパっと決める。
しかし、動物的に勘の鋭いユウがGOサインを出したことはパーティー内で意味が大きく、反対意見は出なかった。
「よし、じゃあ、道具を出すね!」
私は、少し離れたところで集中を始める。
みんなは、二体の魔物の方を見ながら、「足にはウロコがあるから刃が通りそうにない」とかの戦術会議をしている。
実はもう、私の頭の中に明確なイメージがあるので、あとは創造魔法に集中できるように気持ちを落ち着けるだけだ。
2体の魔物は、角を押しあいながら、無数の乱杭歯の隙間から、グルルと獰猛な唸り声をあげている。
大丈夫大丈夫、いきなり襲われたりしない、ああでも、早くしないと…!!
久しぶりにオカリナのペンダントを握りしめて、タッチウッドを唱えるのだが、久しぶり過ぎてあまり効果が実感できない。
うぐぐ、早く…!!
いや、ダメダメ、焦ってもいいことない、よし、ここはしょうもないことを言って、気持ちを誤魔化そう!
「―――水凍る寒さと、グレゴール・ザムザは、似ている!」
………!
しょうもない!!
今だとばかりに意識を集中し、私は手の平の上に、野球のボールみたいな球体を創造魔法で出した。
これでよし!
後はみんなと話を詰めるだけだ。
私は急いでユウたちの元へ行き、自分の役割を話しに行く。
そして、数分も経たずに、作戦は決行されることとなった。
バサッ!
わざと大きな音を立てて、私は翼をはばたかせた。
そして、対立する2体の魔物の中央に飛んでいく。
2体とも、すぐに私という異物に気が付いた。
みんな、ハラハラしながら私の挙動を眺めている。
私は即座に目をつむりながら、持っていたアンタローを掲げる。
「アンタロー、今だよ!」
「ぷいいぃいっ!」
パアアアアアアッッ!
アンタローが、まばゆく輝き始める。
「グワ!?」「ギャア!」
魔物たちは、至近距離からの目くらましに呻き声を上げ、組み合うのをやめた。
私はすぐに薄眼を開けて、マグたちの方へと戻っていく。
入れ違いに、ユウが前へ出てきた。
「いっけええええええ!!! 魔物捕獲球体!!」
ユウは、私が教えた通りにトラディショナルな掛け声を発しながら、野球のボールのようなものを、思い切り片方の魔物へ向けて投げつけた。
私には投擲のための筋肉が無いので、ユウに任せるしかなかったのだ。
ボールのようなものは、魔物にテーンと当たると、いきなり魔物を自分の中にギューンと吸い込み始めた。
すぐに巨大な魔物の片方は影も形もなくなり、ボールのようなものが、テンテンと地面に落ちる。
そして、いごいごと揺れ始めた。
(((((◎)))))
(((◎)))
◎(コーン)
よし、揺れが収まった!
詳しく説明はできないが、これで魔物を封印できた!
私はみんなに向けて大きく頷くと、ティライトたちは、目がくらんでいるもう1体の魔物に向けて、バっと走り出した。
しかし、ここにきて創造魔法の欠点がわかってしまった。
私は直感的に、『あの大きさの魔物なら、1時間くらいしか封印できないだろう』と思い込んでしまったから、実質その通りの魔法しか使えなかった。
イメージに左右されるというのも、良し悪しなんだろうなあ…。
「みんな、左右に散ってくれ! あいつの正面に立つのは、ヤベー感じがする!」
ユウの声がして、私は物思いから引き戻される。
ユウはそう言いながらも、魔物の隣を通りすぎ、どこかへ行ってしまった。
何か作戦があるのだろう。
今回は、魔物の大きさが大きさなので、マグも参戦している。
私はアンタローを抱いて、一人離れたところでみんなの戦いを見守ることになった。
「ググ・ツツガヨウン!」
フィカスが、魔物の後方から火球を放った。
火球は魔物の後頭部ではじけたが、火の粉が真っ黒い毛並みを撫で揺らしただけに見える。
視力が戻った魔物は、すぐにフィカスの方を振り向き、口から勢いよく何かの液体を吐き出した。
ドプンッ!
液体は宙でぷるんと揺れながら、地面へと到達すると、その一帯がシュワシュワと煙を上げる。
「消化液のようだな」
反撃が来ると見越していたフィカスは、とっくにその場にはいなかった。
そして、魔物が無防備にさらしている背面へ、ルグレイが双剣を抜き放って駆け寄って行く。
「はあっ!!」
ルグレイが魔物の左足を、裏側から撫でるように斬りつける…と同時に、二丁拳銃を構えていたマグが連射をした。
ガアンッ、ガガン、ガァンッ!!
マグの弾道は、魔物の右足の裏側に当たる。
ウロコの生えた魔物の足は傷一つつかなかったのだが、衝撃は伝わったらしい。
魔物は、まるで膝カックンをされたかのように、その場にズシンと両膝をつく。
そして、いつの間にか、魔物の側面で、ティライトが居合の構えをしていた。
いや、いつもよりも体勢が低い。
まるで、極限まで力を溜め込んだ、跳ね上がる直前のバネのような構えだった。
「秘技―――朔日・追太刀<さくじつ・ついたち>」
ズパンッ!
体をひねるようにして飛び上がる、スクリューめいた一撃が、巨大な顔に大きな切り傷を付ける。
化け物は、緑色の血を吹き上げながら、そのまま左側に転倒した。
バサッとマントをひるがえす音と共に、ティライトはかっこよくポーズを決めている。
「まだ終わってないよね!?」
私はハラハラしながら、まだ足をばたつかせている魔物の方を見た。
「だああああああああっ!!!」
ユウの声がした。
なぜか、上から。
はっと見上げると、ユウは木に登っていたらしい。
そこから大きくジャンプして、大剣を下に向けて飛び降りているところだった。
ドッ!
ユウの剣が、横向きに倒れていた魔物のコメカミを貫いた。
ユウは剣をそのままにして、飛びのいた。
「ルグレイ!!」
「オルティ・イズーチカ!」
ユウの合図で、ルグレイがその剣に向けて、雷魔法を落とす。
バシイイィイーーッ!!
「ギャアアアアアッ!!」
肉の焦げる匂いとともに、魔物の悲鳴が辺りに響き渡る。
「ぷいぃっ、負けませんよっ!」
パアアアアアッ!
「アンタローやめて!!!!?」
いきなり雷に対抗するアンタローに、私はモロに目くらましをされた。
右も左もわからない状態になってふらついていると、ティライトが鋭く声を飛ばしてきた。
「ナツナ、危ない!!」
「え…?」
ボッッ!!!
………。
耳の横を、物凄い剛速球のようなものが通りすぎていった。
ズガアアアンッ!!!
背後の岩が砕ける音がした。
ピッ、と頬に裂傷が走る。
「イタっ!!?」
視力が戻ってきた中で、周囲にたくさんの小石が散らばっているのが見えた。
どうやら、私の頬を掠めて飛んで行ったのは、小石らしい。
恐る恐る振り返ると、先程まで魔物の額に生えていた大きな角が、背後の岩に突き刺さっていた。
岩は、ほとんどが砕け散っている。
あの角、飛ばせたの!!?
慌てて魔物の方を見ると、魔物は口から舌を出して、動かなくなっていた。
どうやら、死に際の一撃だったらしい。
「ツナ、大丈夫か……!?」
「姫様、お怪我を!?」
「ツナ、無事か!!?」
マグたちが、蒼白な顔で駆け寄ってくる。
フィカスが、安堵のため息をついた。
「まったく、肝を冷やしたぞ…!! どうやら、アンタローの目くらましで、ナっちゃんに上手く狙いをつけられなかったらしいな」
「え…!?」
じゃあ、あのままだったら、私は、あの角に貫かれていた…!?
そうか、ユウが、正面に立ったら危ないって言ってたのは、消化液のことだけじゃなかったんだ…!
腕の中のアンタローも、驚愕の表情でプルプルと震えながら、もろもろと粒を漏らしている。
…待って、震えてるってことは、あれは偶然だったの…?
なんでコイツは対抗心だけで無意味に目くらましを…!?
「う…あ…」
今更、物凄く怖くなって、泣きべそをかいてしまった。
その瞬間、パ、と目の前に人影が増えた。
「今のバカでかい音、何、……―――!?」
ハイドが、瞬間移動で戻ってきた。
そして、私の方を見て、凍り付いたように動かなくなった。
「あ、ハイド様、戻られたんです……ね……」
ルグレイが、言葉を続けられなくなっていく。
全員が、息を呑んだ。
ハイドの表情は、初めて見るような怒りに染まっていた。
ハイドは、ゆっくりと魔物の方を振り向く。
「たかが、魔物の分際で……」
そのままハイドは、スっと手の平を、倒れている魔物に向けた。
「ぼくのモノに傷をつけただと……?」
ズ―――ズシンッ!!
いきなり、魔物を中心とした地面に、クレーターができた。
まるで重力で押しつぶされていくようだった。
しかし、魔物はうめき声一つ上げない。
完全に、事切れていた。
ハイドは、そのことに気づいていないのか、牙を見せながら、残虐な笑みを浮かべる。
「その無駄にでかい図体……10センチにまで圧縮してやるよ…!!」
ミシ、ミシイッ…!
骨が軋むような音を立てて、魔物の体が震え始める。
私は慌ててアンタローをユウの手に押し付けると、ハイドにしがみついた。
「ハイドやめて! わたしは大丈夫だから! もうその魔物、死んじゃってるから!!」
私の言葉に、ハイドはハッと動きを止めた。
それから、ゆっくりと私に視線を合わせる。
そっと、傷口のある頬に手が添えられた。
「…っ」
結構容赦なく傷を撫でられたので痛みが走ったが、我慢する。
ぎこちなく微笑んだ。
「ほら、大丈夫だから…」
頬に置かれたハイドの手に、手を重ねる。
ハイドは一瞬呼吸を止めた後、泣きそうな顔をする。
すぐに私の肩口に顔をうずめるようにして、凭れ掛かってきた。
首に腕を回されて、ほとんど抱きしめられている、といった形になる。
「ハイド…?」
なんだか様子がおかしい。
みんなもそれを感じているのか、誰も口を挟んでこなかった。
「ハイド…ひょっとして、お父さんが残したメッセージか何かを、見つけたの…?」
ハイドは、しばらく何も答えなかった。
やがて、か細い声が返ってくる。
「ずるいよ……あんなの。ずるい……勝手だ…」
「ハイド……」
私はハイドの名を呼びながら、ゆっくりと彼の背中を撫ぜていく。
だけど、それだけじゃ足りなかった。
ハイドは、何かを我慢するかのように、震えている。
私は、今のハイドに、どうしても何かをしてあげたくてたまらなかった。
でも、全然思い浮かばない。
浮かばないけど…。
「……ハイド。あのね、わたし、誰にも内緒にしていたことがあるんだ」
勝手に口が動いていく、というような感覚だった。
私には、ハイドの救いになるような言葉を用意できないだろうけど…でも、何かをしたかった。
それだけの気持ちが、私の口を動かしていた。
「わたしね、ずっと、一人で、リンゴの木だけがある部屋に居て。小さい頃はね、今よりも、もっとずっと、色々なことを、感覚でわかっていたの。だからね、知ってたんだ。あの果実の中には、毒がある、って」
ルグレイが、息を呑む気配がした。
「リンゴの種の中には、毒がある。フェザールは、毒物に弱い。だからわたしは、あの種を飲み続ければ、死ぬことができるって。わたしは、いつでも死ぬことができた。それが、何よりも、救いだった。それだけが、どんな言葉よりも、わたしを生かし続けた」
私は、夢見るように話し続ける。
「姉さまが顔を見せなくなって、ルグレイが訪れる時間も減って。自分が、何のために生きているのか、わからなくなった時に、わたしはリンゴの種を見たよ。それから、ルグレイの顔を思い浮かべるの。ルグレイは、わたしがこの種を飲んだら、悲しむだろうなって。だから思いとどまった。そんな日々が、ずっと続いたよ」
ハイドの震えが止まっている。
それでも私は、ハイドの背を撫でるように、抱きしめ続けた。
「あの時は、それがすべてだったけど…。今は、よかったと思ってるよ。ユウとマグに拾われて、アンタローとフィカスに会って、ルグレイと再会して、それから、ハイドと出会えた。こんな未来が待っていたんだもの。だから、…父さまが、勝手にあの部屋にわたしを閉じ込めたことも、よかったって思えるよ。ハイドの事情とは比べ物にならないかもしれないけど…。それでも、少しだけわかるよ。親の事情で、勝手に、何かを、おしつけられたように感じる気持ち」
「………」
「そんなことしてくれなんて頼んでないって、言いたかったよね。でも、父さまが悪意を持ってやったわけじゃないって、わかってしまうんだよね。だから、何も言えなくなるんだよね。…少しだけ、わかるよ。ハイドは、一人じゃないよ」
ハイドは、しばらく逡巡するような間を開けた。
それから、囁くように笑う。
「……ナっちゃんさ。内緒にしていたのなら、ぼくと二人きりの時に話せよ。まったくもって気が利かないなァ。そうしたら、二人だけの秘密にできたのに」
そう言うと、体を離して、意地悪く笑った。
いつもの笑顔だった。
ドンと、いきなり突き飛ばされるような形で、私はフィカスの方へと追いやられた。
フィカスは、「おっと」と言いながら、すぐに私を受け止める。
「ほらゴーグル、さっさと回復魔法をかけてやれよ。まったく、女の子が顔に怪我するなんて、ナっちゃんのトロさは本当に救いようがないよな」
いつも通りのハイドに安心したのか、ユウたちも笑顔になった。
「いやー、一時はどうなることかと思ったが、なんとかなってよかったぜ。あとは魔石を回収して帰るだけだよな?」
「もう1体の魔物の封印時間は・あと30分ほどだ……急ぐぞ」
マグの言葉に、ルグレイとティライトは慌てて洞窟の方へと走っていく。
ユウは急いで、先程の魔物に突き刺したままの大剣を回収しに行く。
アンタローは、いつの間にかユウの頭の上で、「ぷいっ、緊急事態発進ゴーですっ」と号令をかけていた。
「やれやれ、忙しない冒険のまま終わりそうだな」
フィカスは、私に回復魔法をかけながら笑った。
「でも、みんな無事でよかった!」
私が笑っても、ハイドはやれやれとため息をつくだけだった。
<つづく>




