モンスター・テラリウム(3)
森に入っても、窮屈だとは感じなかった。
なぜなら、まるで大きな生き物が歩いた後のような、不自然な獣道のようなものがあったからだ。
「これは正直、何でこんな道があるのかは、あんまり考えたくねーな…」
ユウが、しみじみとそう呟いた。
ユウ…ちょっと変わった?
前だったら、これを見ても、なんとなく、戦うのが嬉しそうな反応をしていたと思う。
まあ、ティライトを守らなければならないからこう言っているのかもしれないが…。
大声を出したら、ハイドのかけてくれた認識阻害の魔法が切れてしまうので、私たちは小声で話を続けながら、プランクドンたちと一定の距離を保ってついていく。
今はみんなで固まって移動しているので、ティライトは私の歩調に合わせてくれている。
どのくらい、それが続いただろうか。
ザザザザッ!!
いきなり、横手の森の奥から、何かがものすごい勢いで茂みを揺らしている音が聞こえた。
「! 来る!」
勘の鋭いユウが、真っ先に戦闘態勢を取った。
マグは、無言でハイドを窺う。
「言い忘れていたけれど、嗅覚が鋭いものには、認識阻害は通じないぜ。ぼくが誤魔化しているのは、ほとんど視覚だからな。視力と聴力どちらも強いヤツなんかは、誤魔化しきれないことがあるんだ」
ティライトとルグレイも、遅れて刃を構えた。
その瞬間、森から、クマのように大きなものが飛び出してきた。
飛び出したというのは例えでも何でもない。
人間の背丈よりも高くジャンプしたその魔物は…どこか植物を思わせるような、巨大なカマキリだった。
いや、普通のカマキリではない。
なぜなら、掲げた腕が、10本はある。
「これは……“一人”では無理だな。ルグレイ、左を行け、俺は右を行く。商人は援護だ。ユーレタイド、トドメは任せた」
ティライトはその魔物を一目見た瞬間、瞬時にそれらの判断を下し、振り下ろされた鎌を刀で受け止める。
ガチィイン!!
ルグレイも、言われた通りに躍り出て、ティライトの左側で双剣を振るった。
ユウは、ルグレイと入れ替わるように、一度後ろに下がった。
そして、ティライトとルグレイは、同時に叫ぶ。
「「クリド・ジェナーン!」」
身体強化の淡い光が彼らの体を包む頃には、もはや私の動体視力では追いきれない連撃の応戦が始まっていた。
ガガガガガガ、と、カマキリも5本ずつの鎌を振るって、ティライトとルグレイと拮抗している。
マグは私を庇うように立つと、ホルスターから銃を抜き、タイミングを計るように、水平に構えた。
これらは、ほとんど数瞬の出来事だった。
私は「え? え?」とうろたえながら、目の前の出来事についていくのがやっとだ。
ハイドは私のことを、からかってわざと「トロい」とか言っているのだと思っていたんだけど…。
ひょっとして私は、かなりトロいのだろうか、と、真剣に落ち込みそうだ。
ハイドは、思案気にそのカマキリの魔物を見ながら、マジック・アナライズをしている。
「…その魔物に覚えはないな。おそらく、この島の防御機構として、ルエリアが最後に創り出したんだろうね。つまり、ガーディアンだ。普段は光合成をして過ごしているが、この島の者ではない、外敵を察知すると、即座にそれを襲うようにできている。つまり、生態系の外にある機構だから、倒しちゃっても平気だぜ」
ハイドはティライトたちにそう声をかけるが、全員、目の前の敵に集中していて返事はできていない。
フィカスが、片手に光球を生み出した。
「ユウ、賭けになるが、目をつむって突進できるか?」
「おっけええええ!!! 合図を頼む!」
ユウは迷いすら見せずにフィカスに応えて、フィカスは手を振るい、光球を投げつけた。
「全員、目を閉じろ!」
「!!」
その言葉を聞くと、ティライトとルグレイは、バッと下がってカマキリから距離を取った。
カッ!!!
辺りに、まばゆい光が満ち溢れる。
「おおおおっりゃあああああっ!!!」
目を塞いだ両手の隙間から、ちらりと戦況を見ると、目を閉じたまま、大剣を突きの形にしてカマキリに突進していくユウが見えた。
「! ユウ危ない!!」
カマキリが、突然の光に仰け反りながらも、10本のうち1本の鎌を、無造作に振り下ろしていた。
それは、ユウの額に迫っていた。
私が咄嗟に声を上げた瞬間、至近距離で爆音がした。
―――ガァンッ!!
私の小さな悲鳴はかき消されるほどのマグナムの音。
ユウに振り下ろされていた鎌が、バチンと金属音のような音を立てて、ちぎれ飛んだ。
マグの銃弾が間に合ったのだ。
ユウの前髪が一房、はらりと散らばる。
ユウは、カマキリのどてっぱらに、無事に一撃を入れていた。
カマキリは、金切り声のような断末魔を上げている。
ユウは目を開けて、満足げにカマキリの腹から大剣を抜いた。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ……
いきなり、謎の音が周囲にあふれる。
「何の音だ?」とばかりにみんなできょろきょろしていると、ユウが焦ったようにバッと下がった。
「やべえ!! 全員、下がれ!!!」
何が何やらわからないが、ユウの必死さに、とにかく全員が動いた。
マグは、私を庇うように下がらせる。
その瞬間、フッ、とハイドがカマキリの真ん前に現れた。
瞬間移動だ。
仁王立ちをしているカマキリの皮膚が泡立って、そこから何かが発射された。
ガガガガガガガッ!!!
「ひゃあっ!!?」
「ぷいいっ!?」
マシンガンのような音に、私とアンタローは悲鳴を上げてしまう。
いや、音にもだが、私たちの目の前で、バチュン、バチュンと、何かが見えない壁に当たっていくように、体液をまき散らしながら弾けていく衝撃的な光景にも悲鳴を上げた。
よく見たくはなかったのだが、人間、嫌なものほど目を向けてしまうようだ。
見るとそれは、カマキリの幼虫だった。
無数の幼虫が、弾丸のように私たちに発射されているのだ。
そして、ハイドはバリアのようなものを張って、私たちが被弾しないように、守っていた。
「ふふん、こいつらはぼくのオモチャなんだからな。お前ごときに壊させる気なんて、さらさらないぜ?」
ハイドはそう言って、目を細めた。
やがて、全弾を打ち尽くしたカマキリが、くたりと項垂れる。
ハイドはそれを見て、バリアを解除した。
「ググ・ツツガヨウン!」
同時に、フィカスが火球を放った。
ボン、と被弾して、カマキリは瞬く間に燃え盛る。
「ルグレイ」
フィカスが短く声をかけると、ルグレイは「はっ」と言って前に出た。
「ミュズコーリ!」
パキパキパキンッ!
炎の表面が、瞬く間に凍っていく。
火が森に燃え広がらないようにするためなのだろう。
「だああっ、焦ったぜ…! 最後っ屁があるとはな…!!」
ユウは、ようやく、ほーっと息を吐いた。
「しかも幼虫というところが・えげつなかったな。一発でも当たれば・体内を食い荒らされるところだっただろう。ハイド、助かった」
マグが礼を言うと、ハイドはフンと鼻を鳴らした。
「バカを言うなよ、この程度のことで礼を言ってちゃ、この先お前たちの額が土下座ですり減る人生が待っているんじゃないか?」
そう言いながらも、上機嫌に見える。
「それにしても、ティライトの判断の速さにはびっくりしちゃったよ、わたし、もう全然頭が追い付かなくって…」
ティライトは、自分に話が降られるとは思っても居なかったのか、驚いたような間を開けた。
「―――…いや。あの程度、“上”に立つものとして、当然のことだろう」
「…? わたし、なにか、驚かせるようなこと言った…?」
「そういうわけではないが。俺一人が活躍したわけではないのに、ナツナはちゃんと見ているものなんだな」
「ええ…?」
いまいち、ティライトが何にどういう思いを抱いているのかがよくわからない返答だ。
ひょっとして、団体戦が初めてだったとか?
いや、でも、ルグレイとはよく騎士団とかの訓練で戦ってたみたいだよね、息ぴったりだったし。
ぐるぐると悩んでいると、ティライトは首を振った。
「いや、気にするようなことではない。己の了見の狭さを思い知っただけだ。それより、魔石を追いかけなくてもいいのか?」
私は急いで周囲を見渡した。
「…あ、ああ!? プランクドンを見失っちゃったよ!」
「あ、そうでしたね…!!」
ルグレイも焦っている。
すると、ぴょーんと腕の中から、アンタローが地面に降りた。
「先程の透明な粒粒ですよね? ボクが案内、できますよっ! さあ、パーティーリーダーのボクについてきてください!」
アンタローは、さっきまで震えていたのはどこへやら、大張り切りで、ぴょんぴょんと進みだした。
私たちは顔を見合わせたが、すぐにアンタローを追いかけることにした。
「さすがだなアンタロー。頼らせてもらうぞ」
フィカスがすかさずアンタローを褒めて、アンタローは「ぷいっ」と嬉しそうだった。
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半信半疑だったのだが、なんと、行きついた先に、それらしい洞窟があった。
「この奥ですっ」
マグは、その背を、思案気に見ている。
「……前から思っていたんだが・アンタローは案内役が得意なのかもしれないな」
「ああ、そういや、鉱山の時も、雪山に攫われたツナを探した時も、アンタローが活躍してたよな」
ユウが、なるほどと納得している。
しかし私は、アンタローが先行しようとしていることに、気が気ではない。
「だ、大丈夫かな、このまま行かせて…!!」
「あはっ、平気じゃない? 殺したって死ななさそうな顔をしているしね」
ハイドはどうでもよさそうに、ふわふわと宙を移動している。
「ナツナ、大丈夫だ…次にどんな魔物が来ようとも、俺の刀の錆になるだけだからな」
おお、ティライトが頼もしい…!!
意を決して洞窟に入ったが、しばらく行かないうちに、アンタローが「着きました!」と自慢げにぴょこんと跳ねる。
「…なんだ、ここ…?」
ユウが、訝し気に周囲を見渡す。
そこは、洞窟の途中で大きな空洞となっているような空間だったのだが、ユウが不思議がる違和感の正体はすぐにわかった。
右手側に、オークなどの死骸の山が積んであり、プランクドンたちはそれらに群がっている。
そして、左手側の地面に、大きな円陣が描いてあり、大中小入り混じった魔石の山が、そこにきっちりと積まれてあった。
完全に、『選り分け』がされているとわかる空間だった。
「これは…明らかに人の手が入っているな。この魔石の利用者が、ここに魔石が溜まるような指示を、魔物の習性に組み込んでいたということか…?」
フィカスはそう言いながら、おもむろにゴーグルの横のボタンをいじりはじめる。
ハイドはそれに返答できず、ハイド自身も不思議そうにその光景を見ていた。
「奥にまだ道があるのも気になるな……」
マグは油断なく構えながら、先の道に目をやっている。
ルグレイは、物珍し気に、岩壁をしげしげと眺めていた。
「洞窟…というのは、考えてみれば、入ったのは初めてかもしれません」
「わあ、ルグレイでも行ったことが無い場所があるなんて、なんだか変な感じ」
「あ…そうですね、昔とは逆ですね。おれが姫様を、外の世界のいろいろな場所にご案内したかったのに、残念です」
そうは言いながらも、ルグレイはニコニコしているので、私も一緒に笑い合った。
ティライトは、魔石の山から、無造作に大きな魔石を一個、手に取った。
「こんな大きな魔石は初めて見るな。…魔物を倒し、宝を手に入れる。まるで“物語”の中のようで、感慨深い」
ユウが、ティライトの横から、手の中を覗き込んだ。
「な、燃えるだろ! やっぱ冒険っていいよな~」
そうこうしているうちに、何かを調べ終わったフィカスが、ハイドに話しかける。
「…ハイド。この奥…というか、地下に、リュヴィオーゼの研究所と同じような反応がある。ひょっとして、ハイドの父親の研究施設だったんじゃないか」
「!!」
全員で、ハイドの方を見る。
ハイドは、驚いた、というよりも、表情をこわばらせていた。
おそらく、うすうす予想はしていたことなのだろう。
だけど、何を言うでもなく、戸惑ったように、ハイドはうつむいている。
「ハイド、行ってみようよ! みんなで一緒に行くんだから、何があっても平気だよ!」
私がこぶしを握り締めてハイドに話しかけると、みんなも一斉に「そうだな」「行こうぜ」と同意を示した。
「……何があるかわからないぜ? 足手まといにはなるなよな」
ハイドは、そっぽを向いてそれだけを言うと、口の中で小さく何かの呪文を唱え、カンテラのような明かりを、ふわりと周囲に浮かべた。
それを追うように、宙を浮きながら進みだす。
みんな、一度顔を見合わせて笑い合うと、すぐにハイドの後ろを追い始めた。
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「ぷいっ、ぷいっ、ぷいっ♪」
私は、前を行くアンタローの背に釘付けだった。
7人と1匹というぞろぞろ移動だったが、そこまで洞窟は狭くないので、進みやすい。
これも、機材を運びやすくするための広さなのだろうか。
だけど、気になるのはそこではない。
アンタローが、ピンク色になっている。
「…ねねね、フィカス…」
意見を窺おうと、前を行く人を呼び止める。
「どうした、ナっちゃん」
振り返ったフィカスは、ゴーグルではなく、なぜかダサい水中眼鏡をかけている。
「…??? な、なんでもない…」
私は、(あれ?)と思いながら、周囲を見渡した。
ユウはポニーテールになっているし、マグには萌えキャラによく生えている感じのアホ毛がある。
ハイドはさっさと先に行ってしまっているのか、姿は見えず、ティライトは物凄く厚着をしていた。
唯一、ルグレイだけは見た目が変わっていないので、今度はルグレイに話しかけることにした。
「ねえ、ルグレイ」
「どうしました、姫様」
ルグレイはいつものようにこちらを振り向いたので、私は安心して、ルグレイに内緒話をするために、背伸びをして耳打ちをしようとした。
するとルグレイは一瞬驚いた顔をして、すぐにニヤリと笑うと、私のあごの下に手を添えてくる。
顔を近づけて、耳元で低く声を出した。
「姫様、こんなところでおねだりですか? 全く仕方がありませんね、甘えたがりなんですから。ですが、今はダメです。今夜二人きりの時に、じっくりとご褒美をさしあげますよ」
誰だよこのホストは!!!!
私は変な顔をして、すすっとそのルグレイもどきと距離を取った。
いきなりどうなってるの??
何が起こってるんだろう…?
私がちょっとした唸り声をあげていると、先を行くピンクのアンタローが、心配そうにこちらを振り向いた。
「シナさぁん、どうしましたか? ボクですよ! 毛まみれアンタローです! 毛にまみれますよ!」
ほら偽物じゃんコイツも!!
シナさんて!!!
でも、みんなちょっと違うだけで、別にこっちを襲ってきたりするわけでもないし…。
どうしよう、どうすればいいの…?
そう思っていると、辺りにふわふわと、黄色っぽい小さな粒粒が漂い始めた。
よく見ると、その粒粒には顔がある。
そして、「キャー」とか「ワー」とか言っている。
あれ、なんだろうこの既視感。
前に見た花粉を彷彿とさせるけど…でも花粉はオレンジだったよね?
不思議に思って観察していると、司令塔らしき一粒の元に、その黄色っぽい粒粒が整然と並び始める。
そして、司令塔らしき一粒が、お相撲の行司さんが持っている、うちわみたいなものを、ピシッとユウの後頭部に突き付けた。
「今です!」
「キャーー!」「ワーーーッ」
その粒粒たちは、一斉にユウの後頭部に襲い掛かった。
すると、パチン、と音がする。
「イッテ!? この洞窟、静電気が来るのかよ…!!」
ユウは痛そうに首筋を撫でた。
って、あれ静電気の精なの!!?
なんで私、急に静電気が見えてるの!!?
というか、静電気って自分から弾けに行くものだっけ!!?
「ププップピペポポロロ……」
マグが何か言ってる。
え、なにこれ、怖い…。
どうしよう……。
そう思っていると、今度は地面に、チョウチンアンコウみたいな明かりがスーっと泳ぎ始める。
何だろと思って見ていると、ザバアと、そのまんまチョウチンアンコウが顔を出した。
「おっ、アンゴロー、見回りの方はどうだった?」
アンゴローはパクパクと口を動かし、ユウと何かを話している。
「そっか、このまま進んでも大丈夫だってさ」
やばい、知らないマスコットが増えてる…。
「ワーーー」「キャーー」「埃だぞーー」「ハウスダストアレルギー起こさせるぞー!」
今度は灰色の粒粒が見えてきた。
「……???」
いよいよワケがわからなくなってくる。
私が立ち止まると、今度は厚着のティライトが心配そうに声をかけてきた。
「ナツナ、調子でも悪いのかヌヮ」
何その語尾!!
「ナっちゃん、調子に乗ってミニ袈裟ギャルの格好などするからだ。まったく、若い娘がそのように肌を出して、嘆かわしい」
「え??」
フィカスに言われて自分の格好を見てみると、確かに私はミニの袈裟スタイルだ。
しかも色合いがハワイアンブルー。
すると、洞窟の奥から、蛍光紫の蝶が、ぶわーっとこちらに向かってやってくる。
「ピピララッパ!」
「マグ、なんて言ったの!!?」
そんな戸惑いの声も、瞬く間に蛍光紫の群れに飲み込まれてしまった。
「なになになに、何が起こってるのーーー!!!?」
私は、悲鳴のような声を上げるしかできなかった。
<つづく>




