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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
13/159

誰にもわからない戦い(上)

 宿に帰ってくると、部屋からは甘い匂いがした。


 アンタローはすやすやとベッドの上で丸まって寝ている。

 しかしその周辺には皿に乗ったホットケーキが4個、ランダムな位置で散乱していた。


「「…………」」


 その光景に、私とマグは押し黙る。


「まあ……売ってくるか……」


 もそもそとホットケーキを拾い集めていくマグ。

 私も、なんとなくこのホットケーキ達と同じ部屋に居たくないので、その意見には大賛成した。


「じゃあ、わたしは、るすばん、まもるよ!」


「……そうだな。そろそろユウが……帰ってくる時間だ……アイツのことを頼む」


「うん!」



-------------------------------------------



 宿の窓を開けると、ちょうど外に出て行くマグのつむじが見えた。

 マグのつむじなんて、こうやって2階から覗きでもしない限り、今後見ることなどないのだろう。

 そう思うと感慨深くて、私はじっと彼のつむじに注視しながら手を振った。


「いってらっしゃいーー!」


 私の声に気づいたマグが、こちらを見上げてくる。

 ちょっと気まずいような、くすぐったいような困った顔をして、無言で手を振り返してくれた。


 マグの白髪が見えなくなるまで、私はぼーっと窓からの景色を眺める。

 今まで空き時間は検証に使ったり、これからの傾向と対策的な考え事に費やしたりしてばかりだったけど、たまにはこうしたのんびりした時間も必要なのかもしれない。


 …本当に?

 と自問自答する。

 先日まであった、リアルを渇望する喉の渇きみたいな焦りが薄れている気がする。

 焦ってもロクな考えが浮かばないと言うし、それはそれでイイコトだとは思うんだけど…。

 この状況に、慣れてきたからだろうか?


 そもそも、このクソファンタジーに順応したいか? って言われたら、答えに窮するところではある。

 でもあんまり頻繁にページを戻されたりはしなくなったし、それだけでもちょっと嬉しい。

 そもそも、直近で聞いたばかりの話を何度もされたり、同じことを何度も繰り返したりすることを喜ぶ人間が居るのだろうか?

 ページを戻されるのは、そういう側面も辛い。

 でも、今は日々がちょっとだけ楽しくて、この辛い面と、天秤でちょうど釣り合っているような感覚がしている。

 だから、ちょっと、のんびり、一休みを入れてるだけだよ、うん。

 別に、帰りたくなくなってるとかじゃ、ないはず。


 などと、結局は考え事にふけってしまっていると、視界の端の違和感に気づいた。

 …あの人、さっきも見たような?

 窓の外、遠くの方で、さっきから何度もうろうろしている赤い髪の男の人が居る。

 …ってユウじゃん!!!


 ユウは通りを歩いたかと思えば、ふと思い立ったように店に入り、結局3分もたたずに店を出てくる。

 宿のあるこちらの道の方を何度も気にしては、結局通り過ぎたりを繰り返していた。

 

 ひょっとして、帰ってきづらいのかな…?

 それとも、キッカケがほしいとか…?

 な、なんか、やきもきするな…!

 早く帰っておいでよ!


 思わずこぶしを握って、ユウのうろつきを応援するように見守る。


「あー、もう…!」


 結局ユウはぐしゃぐしゃと頭を掻いて、マグが向かった側とは反対側の丘の方へと歩いて行った。


 留守番するって言っちゃったけど…。

 でも、ユウを頼むとも言われたもんね。


 私はポシェットからマッピング用の紙と2Bの鉛筆(私が小学校の頃愛用していた鉛筆が出てきた)を取り出して、さっと書き置きを書くとテーブルに置く。


 急いでキャスケット帽を被りなおすと、部屋の扉にちゃんと鍵をかけ、受け付けのおじさんにそれを預けてすぐ宿を出て行った。


「たしか、こっち…!」


 丘に向けて走り出す。

 この体力のない体でどこまで走れるかは謎だが、これも検証の一環だと開き直ることにして、とりあえず進むことにした。



-------------------------------------------



「はーっ、はあっ、はあ……!」



 困ったことにすぐに息が切れて、膝に手をついた前かがみ状態になってしまう。全然丘の方に行けない。

 ど、どうしよう、まさかここまでだとは。

 ケリンチョさえ……ケリンチョさえあればすぐなのに!


 魔法とか使ったら何とかなるのかなあ?

 しかし魔力を消耗したら何故か眠くなることを考えると、まかり間違ってもこんな道端で寝るわけにはいかない。

 それに、万が一悪い人に襲われた時に魔力が残っている方が、選択肢の幅は増えそうだ。

 

 ……襲われ……ないよね?


 急に怖くなってきた。

 まだこの街には来たばかりだし、帽子もかぶって髪の色は隠してるし、ないとは思うけど…。

 顔を上げると、そろそろ夕暮れに差し掛かりそうだ。


 ま、まあ襲われたところで、なんとかする自信はあるけどね!


 この小さな体でも、壇中とはいかなくても、水月くらいは届くだろう。

 いつか授業中の教室に強盗が来ても大丈夫なように、勉強そっちのけで何度も繰り返してきたイメージトレーニングを思い出す。

 そう、私はイメージの中ではいっぱしの格闘家なのだ!


 しかしこのままでは、悪漢は退治できるとしても合流はできない。 


「ユ、ユウ……ユウーーーっ!」


 探しに来ておいて何だけど、向こうに見つけてもらうしかないようだ。

 私は両手をメガホンのようにして、歩きながらユウの名前を呼ぶ。


「ツナ!?」


「うひゃあ!?」


 こんなに早く返事が返ってくるとは思わなかったので、ビックリした。

 声のした方を見ると、街路樹がガサガサと揺れて、ユウが枝から降りてくる。


 こ、こんなに近くにいたのか…!

 大声を出してしまった、恥ずかしい。


「ユウ、よかっ」

「ウソだろ一人とか、何してるんだ!? まさか、マグに何かあったのか!?」


「え!?」


 ユウは血相を変えて、私の肩を掴んで迫ってくる。


「ちちちちがうよ、わたしが、ユウを、さがしに、きただけで…!!」


 ユウは驚いたように息を呑み、


「バカ! 何かあったらどうするんだよ!」


「で、でも、ユウがウロウロしてるのがみえて、ぜんぜん、かえって、こなかったから、むかえにいくしかないって、おもって…!」


「―――!」


 ユウの顔がバッと赤くなった。

 慌ててそれを隠すように、彼は手の平で自分の表情を覆う。


「うわダッセェ、見られてたのか…!!」


 その様子を見て、私はつい吹き出してしまった。


「ださい、とは、おもわなかったけど、キッカケ、ひつようなのかなって、おもっただけだよ、だいじょうぶ」


「あー、そういうことか……わりーな、気を使わせちまって」


「ううん。でもユウはさっき、いちばんに、マグのしんぱいしてた。そんなにしんぱいなら、やっぱり、はなれるの、よくないよ」


「………そうだな。頭では、わかっちゃいるんだが」


 珍しく、ユウが押し黙る。


「……すこし、こかげで、はなしていこうよ、ユウはいま、ぐちゃぐちゃしてる、はなしてスッキリすれば、きっとなおるよ!」


 私はグイグイとユウの腹を押して、先程彼が降りてきた街路樹の方へと押しやった。


 ユウはなんと返したらいいのかと困った顔をしていたが、やがて観念したように私の誘導に従う。

 ドカッと胡坐をかいて木陰に座り込むユウの隣で、私は体育座りをする。


「つってもな…別に話すことなんて思いつかねーっつうか……」


「えっと、じゃあ、きのうえで、なにをしてたの?」


「うん? ああ、特にすることもなかったし、暇つぶしに虫捕りでもやろうかなと」


 小学生か!?


「むし……いた?」


「いや、夏場だったらセミが居そうな樹ではあったんだが」


 言いながら、ユウは枝を見上げる。

 私もつられて枝を見上げた。


 しばらく二人でぼけーっとした時間を過ごす。


「…マグは何してるんだ?」


「ホットケーキ、うりにいったよ」


「ああ、昨日は商人のおっちゃんと行動してたからすぐに売れたのになー、ありゃ楽でよかった」


 そ、そうかな。

 アンタローがホットケーキを出すたびに、食いつくように「600エーンでどうです!?」と何度も何度も脊髄反射のように言ってきた商人を思い出す。

 楽かもしれないが、アンタローの尻に注目しまくる人間が常にいるのは若干引く光景ではあった。


 私は枝の方からユウの方へとゆっくりと視線を移した。

 夕暮れの中で、ユウの髪は燃えるように赤い。


「ユウのかみは、いつから、のばしてるの?」


「ええ? 覚えてねーな、切るのがめんどくせーから伸ばしてるだけだし。前髪は自分で切れるけど、後ろはそうもいかねーだろ」


「そうなの? がんかけかと、おもってた」


「ああ、そりゃいいな、ミサンガよりは手軽で。まーでも、俺らの村では髪の長いヤツが多かったから、あんまり深く考えてはなかったな。結構信心深いヤツが多いんだよ、髪には魔力が宿るとか、名前も長い方が長生きするとかなんとか」


「ユウもそれ、しんじてる?」


「そうだなあ……必要以上の長生きは困るなあ……と心配しちまう程度には、たぶん信じてるんだろうなー」


 そう言ってユウは、へらへらと軽薄に笑う。

 その笑顔を見ていると、私は二の句が継げなくなり、返事に詰まってしまった。


「なんでか久しぶりな気がするな、こうやって他愛もねー話をするのは」


 ユウはいつものペースで話を続け、不意にこちらに視線を落とした。


「……なあ、ツナはあの魔女たちにどういう夢を見させられたんだ?」


「え? ええと、こっわいイキモノが、どうぶつを、ころしていくゆめで、わたしは、みつからないように、かくれてた、こわかった」


「あーなるほどな、俺もガキの頃は熱出した時にそういう夢とかよく見てた気がするよ、耳鳴りとセットでさ」


「こどものユウ……いまと、あんまり、かわらなさそう」


 私はミニユウを想像して、ちょっと笑った。

 ユウは笑い返そうとしているようだが、まだ少しぎこちない感じが残っている。


 それを見て、私は意を決して聞いた。


「ユウはあのとき、どんなゆめを、みていたの?」


 私の問いを受けると、ユウは、ゆっくりと空を見上げた。


「…………爆笑する夢」


「えっ、たのしいゆめ?」


 びっくりしてしまって、聞き返す。


「いや……」


 逡巡するような間を空けて、ユウは続けた。


「マグとかツナとか、親父とかお袋とか、知り合いがたくさんその辺でゴロゴロ死んでて、俺はそれが腹の底からおかしくておかしくて仕方なくなってて、すげー爆笑してたな」


「……それは………」


「ま、それだけっちゃそれだけの夢なんだけどさ。なんか、そっから……俺ってどうやって笑ってたっけ? って、急にわからなくなっちまって。そしたらマグとかツナとかと話すのも怖くなって、逃げてきた」


 ユウはまたへらへら笑いになる。

 そこだけは全くぎこちなさがなかった。


「まーでも、こうやって迎えに来てくれたわけだしな、ごちゃごちゃ言ってねーで普通にしてりゃ、案外あっさり普通も取り戻せるのかもな。……帰るかツナ、日も暮れてきた」


「…ユウ! あのね、みせたいものがあるの」


 話を打ち切るような勢いで、私はポシェットをごそごそと探る。


「へ? なんだなんだ、何でも見るし、何なら貰ったっていいぜ!」


 調子のいい感じに言ってくる彼へ、私は商人に貰った手鏡を突き付けた。


「みてこれ! ほら、ユウのかお。すごく、うすっぺらくて、けいはくで、へらへらしてる」


「なんでいきなり罵倒された!?」


「ち、ちがうよ!ほんきでバトウするなら、ユウはそんざいがハッピーセットみたいだねとか、いうよ!」


「えっどういう意味で??」


「そうじゃなくて、あのね、ユウがこのかお、するときはね、なかよくしてた、イヌがしんだときとか、さっきの、こわいゆめのはなし、するときとか、いつも、きまりがあるんだよ」


「……うん?」


「だからね、ユウはじぶんに、かなしむちから、ないって、いってたけど、ちゃんとあるよ! ひょうげんできない、だけなんだよ!」


「―――…」


 ユウは驚きに目を開いて、じっと手鏡を見ている。


「それでね、であってすうじつの、わたしにわかるくらいだから、きっとマグも、ちゃんと、しってるよ! ちゃんと、きづいてるよ! でもたぶん、マグにとっては、どうでもいいんだよ、ユウにそういう、かんじょうが、あってもなくても、マグはユウのありのままを、うけいれてて、そばにずっといるよ…! だから、きっと、こわがらなくて、いいんだよ…!」


 これで私は、ずっとユウに言いたかったことを言いきった。

 よし、もう悔いはない!

 デリケートな部分なので、無責任なこと言うなよとか怒られるかもしれないが、どうしても伝えたかった。


 ユウはしばらく呆けたようにしていて、私は固唾を飲む。

 やがて、彼は真剣な顔でこちらを見た。


「……ツナ」




   <・・・・・パラ・・・・・>




 その時、信じられない音が響いた。




<つづく>




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