小休止もできない
ユウとアンタローと合流し、城内の自室に戻ろうとすると、廊下で使用人に呼び止められた。
「陛下がお呼びです」と言われ、えーーーー…となる。
置手紙で伝言でも残してくれればいいのに…と思ったが、そういえば紙は貴重品なんだった。
「準備ができ次第向かう・と伝えておいてくれ……」
マグが咄嗟にそう返し、使用人は、一礼して戻っていった。
そして、一旦みんなで私室に入った。
「うぐぐ、一休みしたいー…!」
「ナっちゃん、まだ王位はあちらにあるのだから、部屋に来て貰おうなどと横着を考えてはダメだぞ」
王様の先輩であるフィカスが念を押してくる。
「うう…わかってるよー…」
「とはいえ、俺も他国の王をこき使うことになるのだがな。5代表に頼まれていた物資が手に入ったことを伝えてもらわねばならん」
「フィカス様はすっかり商人が板についていらっしゃいますね」
ルグレイが、にこにこしながらそう言った。
フィカスはまんざらでもないようだ。
「ああ、ひょっとしたら天職かもなと思い始めているところだ。考えてみれば、貿易も楽しかったしな。ティランに王位を譲ったら、そういう余生を過ごしてみるのもありかもしれん」
「俺もさ、久々にチビたちと遊んだけど、何かすげー楽しかったよ。ツナがまだ小さい時も思ったけど、子供って、こっちがやったことに、すげー素直に反応してくるのが面白いよな。冒険者を引退したら、そういう道もありかなーとか、一瞬思っちまった」
ユウがしみじみと言っているが、アンタローは、子供にもみくちゃにされたらしく、ユウの腕の中でぐったりとしていた。
というか、私が小さい時っていうけど、そんなに素直な反応をしてたんだろうか。
特に、そんなつもりはなかったのだけど、まあ、子供に見えていたならいいのかも?
なんだか複雑な感じ!
「なんだか、ジェルミナールに釣られて、みんな未来のことに目を向けてる感じになってきたね。マグもガンスミスだもんね!」
マグに目を向けると、マグは、「そうだな」と、まんざらでもなさそうだ。
「私は、姫様の騎士をやる以外の未来は思いつきませんね。…さて、姫様、そろそろ行きましょう。あとひと踏ん張りですよ。帰ったら、一番にお風呂を焚きますからね。ナツナ様は、明るいうちにお風呂に入るのが大好きですよね」
「! がんばる…!! だって、明るいうちのお風呂って、贅沢な感じがするし!」
こんなささやかな理由で頑張れる安い私が、自分でも好きだったりする。
ルグレイって、私の扱い方が上手になっているような気がする。
一応、何を言われるかがわからないので、みんなでぞろぞろとクランの執務室に向かうことになった。
途中で、パン種を運んでいく騎士たちとすれ違う。
王宮の台所は、私のせいで、今やパン工場みたいになっていた。
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コンコンと扉をノックすると、「入れ」と事務的な声が出迎えた。
「クラン様、お呼びでしょうか?」
私は部屋に入ると、開口一番そう聞いた。
この人は、挨拶とかを全然強要してこないので、その辺りは助かる。
「ああ。用件は2件だ。まず1件は、面談の申し入れだな。ティライト卿から来ている。そなたの都合が良ければ、明日の午後にでも予定を入れようと思っているが、どうか」
思わぬ単語に、私は瞬きをした。
「それはもちろん、構いませんが…。用向きのほどはお伺いになっていらっしゃいますか?」
「いや、面談の申し入れだけがされているな」
「そうですか…。では、明日の午後でお願いします」
「わかった。では、明日の午後は客室に居るように。そして、もう1件は、戴冠式についてだ。明日の午前に練習をやる。ルグレイ」
「はっ」
ルグレイは胸に手を置いて敬意表現すると、クランが差し出した紙を取りに行き、私の方へ持って来る。
見ると、びっしりと文言が書かれてある。
「即位の際、バルコニーにて民衆に挨拶をして貰う。そこにあるのは、余が考えた挨拶の一例だ。明日までに、それに目を通しておき、そなたなりの挨拶を考えておくように。前にも言ったが、開拓村のことなどの政策発表の場として利用するといい」
「………」
帰ったら、ゴロゴロしようと思ってたのに……。
「式典用のドレスは、明日までにまた、私室のベッドの上に置いておこう。そちらを着るように」
「…えっ、一張羅でよろしいのに」
「馬鹿を申すな。国の代表として相応しいもので着飾るのも仕事のうちだ。国民に恥をかかせる気か。そなたに拒否権はない」
「……かしこまりました」
うぐぐ、貧乏性の私が、服を着古して何エーン節約できるかを考えてしまう。
絶対無駄な出費だと思うんだけどなあ。
まあ、まだクランが王なので、逆らえない…。
「さて、あとはフィカス殿と商談だ。ラズ、ご苦労だった、下がってよい。今日の話し合いの結果も、フィカス殿から聞かせて頂こう」
えっ、と思って、フィカスの方を見てしまう。
だってフィカスは、この後、服の調達もしなければならない。
大忙しだよ、大丈夫なのかな?
という視線を向けると、フィカスは、それを見抜いた様に、フっと笑った。
「ナっちゃん、先に帰っていてくれ。マグは借りておくがな」
マグが、何かたくさん荷物を持っているなーと思っていたが、どうやらフィカスの助手ポジションを務めているらしい。
マグも、私に目を向けて、静かに頷いた。
そうなると、私も頷き返すしかない。
「ああ、それと、ルグレイも残れ。そなたにも面談の申し入れが来ている」
「…? 心当たりがないのですが、どなたでしょうか」
「そなたの家族だ」
「ああ、では必要ありません。断っておいていただければ幸いです」
みんなびっくりして、ルグレイの方を見た。
「…よいのか?」
「はい。今は姫様のことに集中をしていたいのです。どうかお許しください」
「…わかった。そのように返答をしておく」
ルグレイの横顔には、まったく迷いがなかった。
その辺りは、私が口を出すべきではないのかもしれない。
「…では、失礼いたします」
ドレスをつまんで一礼をすると、踵を返す。
執務室の扉を閉めると、一段落だ。
「…にしても、腹減ったなー」
ユウが、空気を変えるように、呟いた。
「あ、そういえば、お昼がまだだったね、すっかり忘れてた! じゃあ、帰ってご飯作るよ! フィカスたちの分も、用意しておかなきゃね」
「姫様、私もお手伝いいたします」
ルグレイがそう言ってくれて、私たちは、一足先に地上へ帰ることにした。
途中で、執務室に向かってバタバタ走っていく騎士の人とすれ違った。
騎士の人は、私を見ると一礼して、すぐさま通りすぎていく。
クランは、大忙しのようだ。
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フィカスって、絶対ワーカーホリックだ。
パーッと帰ってきて、ワーっとご飯を食べて、ぴゃーっとニヴォゼの宮殿に戻っていったのを見送って、私は心底そう思った。
私が心配になってそう言うと、マグは「普段と仕事量は変わらん・と言っていた」と教えてくれた。
同じ王族なのに、私とはえらい違いだ。
そうか、私がこうしてのんびりできているのも、雑務を引き受けてくれるクランのおかげなのか…とわかった。
あの人は、それが当たり前のことのようにやるから、私もそういうものとして受け取ってしまっていたけど…。
今回の政策についても、結果的に、後々王位を返還する際に、クランの仕事量を増やしてしまったことになるのかな…。
きちんと話し合った方がいいのかな…。
でもまだ、あの人との向き合い方が、今ひとつわからない。
まだ外が明るいうちにアンタローと一緒にお風呂に入りながら、悶々とそういうことを考えて過ごした。
アンタローは、子供たちと遊んでよっぽど疲れたのか、お風呂に浮きながら、ぷいぷいと寝ている。
私なんて、開拓村で会議をしただけなのに、やたら気疲れをしてしまって、もう眠い。
でも、明日までに挨拶とか考えないとなー…。
モタモタと着替えて、ソファーに寝転がったら、気が付けば寝ていた。
起きたら夜になっていて、私は「うわあ!?」と悲鳴を上げながら起きた。
「なんだ、もう起きたのか、ナっちゃん。もうちょっと寝顔を見ていたかったが」
いつの間にか帰ってきていたフィカスがソファーの対面に座っていて、優しげに笑いかけてきた。
「ご、ごめん、寝てた…!!」
辺りを見渡すと、アンタローはまだ、テーブルの上ですやすやと寝ていた。
「ツナ、気にするな・仕方がないことだ……。オレとユウはツナを守るため・常にツナを人の目に晒さないようにして・旅をしてきたからな……。それがいきなり・こんなに多人数と接したわけだ・気疲れは人一倍だろう……」
マグはフィカスの隣で、何か打ち合わせをしていたのだろう。
書類を置きながら、そう言ってくれた。
「おーっす、風呂上がったぜー。次はルグレイかマグか? あれ、フィカスじゃん、帰ってきたのか」
赤毛を下ろしたユウが、タオルでぐしゃぐしゃと髪を適当に拭きながらやってくる。
ユウはいつも、適当な水切りしかしないので、歩いてきた廊下が濡れていたりする。
服も適当に羽織るので、私は結構ユウの肌色を見慣れている。
しかしカラスの行水くらい短いお風呂時間のユウがそう言うということは、フィカスはまさに今帰ってきたばかりなのだろう。
「ああ、ならばナっちゃんに報告をしてから俺も湯を貰うか。ナっちゃん、衣類のことだが、時期が良かった。集まりそうだ」
「えっ、ほんと!?」
「本当だとも。ファッションショーをしただろう? あれで、国民に衣類への関心が向いていてな。新しい衣服への購入意欲が沸いていたところへ、俺がこういう御触れを出した。『経済支援として、困っている者達へ古着を贈りたいと思っている。各家庭に眠っている衣類があれば、宮殿に寄付をしに来てほしい』とな。まだ発表したばかりだが、そこそこ列ができていた。明日には人づてに広まって、大量の衣類が集まるだろう」
「驚きですね、てっきり、買い取ったりする、とでも言わないと、そういうものは集まらないものかと思っていました」
ルグレイが、丁寧にカットされた果物を皿に乗せてやってきた。
どうやらみんなはもう晩御飯を済ませていて、私のご飯らしい。
「これがなかなか不思議なものでな。100エーンで買い取る、と言うよりも、寄付を求めるというやり方の方が、物が集まることがあるんだ。これは俺の持論だが、生活に困っていない状態にある多くの者は、何らかの形で人の役に立ちたい、何かをしてあげたい…と思ってしまう。そういう衝動を持った生き物が、人間ではないか…と思う時がある」
フィカスの言葉に、確かに私は思い当たる節がある。
顔見知りのおばさんが、「昨日テレビでやってたんだけど、小麦粉の中にはダニが沸くことがあるんですって~、気を付けないとね~」なんて情報をくれたことがある。
そういう情報を、家族でもない他人に渡して注意喚起することで、あのおばさんには一体何の得があるんだろう? と考えたことがある。
でも、人間って、そういうものなのかもしれないな…と思った。
他人に、何かを伝えたり、何かをしてあげたくてたまらない部分があるんじゃないか、という、そんな感じ。
「でもそれって、生活に余裕があるから、できることだよね。フィカスがニヴォゼをそういう国にしているってことだよ、すごいと思う」
私は、カットされたルビーオレンジを食べながら、笑いかけた。
フィカスは、少し驚いたようだが、「そう言われると励みになる。自慢の国だ」と笑った。
自慢の国…。
私は、ジェルミナールに情はない。
だけど、クランが、いつかそう言える日が来るといいな…とは思う。
…今は、それが言動力でいいのかもしれない、と思うことにした。
「それと、礼服なども必要になるだろうからな。それはティランが今まで大量に作ってきた服で間に合わせよう。それをウイキョウの方で、貸し出し衣装のように扱ってもらう予定だ。『趣味が報われた』とティランは最高に喜んでいたな」
「うわあ、助かるよ! でもさすがにそっちは布の質が質だし、こっちの予算で買い取るよ?」
「ははっ、ナっちゃんは本当にまだ気づいていないんだな。本来なら、リュヴィオーゼから頂いた大量の物資に対して、こちらから買い取ったり、謝礼を出さねばならないところなんだぞ。いつ気づくかと黙っていたが、ナっちゃんはそういうところは本当にぼんやりしているな」
「…えっ、あ、言われてみれば…?」
そういえば、一緒の冒険で手に入れたものなのに、山分けなんて考えてもなかった。
フィカスは、そうだろうと頷いた。
「まあ、そういうわけだ。まだまだ、今はこちらの方に借りがある状態だからな。甘んじて受け取るがいい」
フィカスは、こうなると見越して、わざと謝礼を言い出さなかったのかな?
「それに、ナツナ様、こちらの予算はおそらく、すぐに使い切るでしょう。内容が内容ですからね。一体5代表が、街の改装のためにどれほどの金額を請求してくるか、私は今から戦々恐々としています」
財政管理担当のルグレイが、ソファーに腰かけながらそう言った。
「ああ、でも、少なくともティライトはその辺考えてたぜ。第2地区は、競技場か何かを作って競技用品を整えるだけだから、一番出費を抑えるつもりだって張り切っていたな」
ユウも、ルグレイの隣に腰かけながらそう言った。
「うわあ、一番若いのに、すごいね、ティライト様は。じゃあ、明日の面談も、その辺の相談についてなのかな?」
私が首をかたむけると、マグは微妙な顔をしている。
「……それだけならいいが。ツナ……オレの予想が正しければ・おそらく人払いを頼まれるだろう。が、それは許さないスタンスで行くようにな」
「え…? う、うん、わかった」
何? 何を言われるの?
マグの表情が神妙なので、急に緊張してきた…。
…ひょっとして、まだ心臓を狙ってるとか!!?
え…怖…!!
「さ、ナツナ様、そろそろ即位式の挨拶を考えなければ。こちらが、陛下のご用意されたものになります」
ルグレイが容赦なく、びっしりと文言の書かれた紙を渡してくる。
「はーい…。明後日とかくらいには、みんなで一日休みを取って、ゴロゴロしようね! 絶対だからね!」
そう言いながら、目を通す。
めんどくさいけど、仕方ないよね。
残念ながら、ジェルミナールの発展のために、保険制度とか、銀行制度とか、そういうものを取り入れたりとかができる頭は、私にはない。
だって、契約書とかも、甲がどーたら、乙がどーたらとか、目が滑って仕方がなくなる時点でもうダメだ。
なので、このくらいは頑張らねば。
私は、ソファーに凭れて、その紙を、目の前に近づけたり、遠ざけたりしながら、うんうんと唸り始める。
…あの人って、こういう文字を書くんだ…。
几帳面そうだもんね。
などと、すぐに気が逸れてしまいながら。
みんながお風呂から上がる頃には、なんとなく、挨拶のぼやっとした輪郭はできていた。
<つづく>




