夢の傷跡
「マグ、ビービンチョだからな!」
二本指を立てて、腕を×字にクロス! というバリアポーズを、急にユウがやり始めた。
メッシドールの街に着き、商人の口利きで手配された宿屋の一室で。
昨日の夜から朝食の間も、ずっと口数少なく過ごしていたユウが、さて今日は何をして過ごそうという段階になって、いきなりマグに宣戦布告した。
「またか……」
もう慣れっこになっているのだろう、マグは特に動じずに、ベッドに座ったままユウの方を見る。
「言っとくけど、手無しビービンチョだからな! 自分の物全部手無しビービンチョ! な!」
ユウが言っているのを私の地域のローカルルールで訳すと、こうなる。
『バリアーを張りました。私の物はすべて触ることができません。このバリアーは、バリアポーズを作らなくても成立するバリアーです』【注1】
……小学生か!?
でも、要するにユウは怒っているみたいだ、というのは伝わってきた。
たぶん、昨日マグが彼を庇ったことについてだろう。
そのままユウは、どかどかと宿屋を出て行った。
こんな時こそ中身が大人の私がしっかりするべきなんだろうが、どうしてもオロオロするだけになってしまう。
昨今では信頼性が失われたと囁かれるスタンフォード監獄実験だが、あの役割に人格が引っ張られるという考え方は、私には理にかなっているように思えてならない。
だって髪型をみつあみに変えるだけで、なんとなくマジメで大人しい良い子になった気がするし、たぶん巫女のバイトとかをやっていたら自分に神秘性が備わった気がしていたんじゃないだろうか。
まあ私が単純だからなのかもしれないが、こうして小学生くらいの身体になってしまってからは、何か見えないものに気持ちが引きずられて、すぐに感情が高ぶって涙が出たり、あんまり大人ぶった行動ができなくて困る。
おかしいな、最初は演技のつもりだったはずなんだけど…。
身内が怒った時に湧き上がってくる、こういった不安な気持ちとか、あんまり演技には感じられない。
……まさか、この登場人物のナツナと、私の気持ちが混ざり始めている…とか?
いや、まさかだよね。
でも、なんだろう……最近、確かにこの物語への感情移入度が、半端なく大きくなってきている気がする。
いや、そんなことよりも、今はユウだ。
「マグ…」
消え入りそうな声で彼を窺うと、
「ああ、気に入らないことがあると……いつもああなんだよ……放っておけばいい……アイツなりの儀式……みたいなものだ。そのうち気が済んだり……寂しくなったり……腹が減ったりしたら……帰ってくる」
…小学生か!?
「ふふふ、やれやれ、ユウさんはとんだとっつぁん坊やのようですね」
アンタローが私の膝で、なぜか勝ち誇ったようにぴょんぴょんしている。
「それよりツナ……体調はどうだ……昨日は随分と助けられたが……無理してないか?」
「う、うん。マグは?」
「オレはまあ……疲労は残ってないな」
「ボクは疲れたりなんてしていませんよっ! ぷいぷいっ!」
微妙に引っかかるような物言いだったので、私はつい聞いてしまった。
「ひろうじゃないものは、のこってる…?」
「………ああ」
「こわいゆめのはなし??」
はぐらかせなかったことに対して、少し困惑するようなためらいをマグから感じた。
しまった、聞くべきではないことなのだろうか。
そういった繊細な部分に対しては、全然何も考えずに質問してしまった。
「怖いというよりは……ただひたすら……面白くない夢だったな」
「ぷいぃぃっ、ツナさんツナさん、今日の紫外線は極上ですよ!」
アンタローがぴょんぴょんと窓辺の方に移動していった。
「えっと…じゃあ、いわなくていい」
「いや、別に隠したいわけじゃない……気を遣うようなことでもない……ただ、オレは喋るのが下手だから……ツナはつまらないだろう」
私はびっくりしてしまって、「えっ」と声を上げた。
「おもしろい、とかじゃなくて、それをきたいしてる、とかじゃなくて、マグとたくさん、しゃべるだけで、わたしは、うれしいよ。さいしょはマグって、しゃべるのが、すきじゃないひとかと、おもってたけどね、こうやって、いっこずつ、ていねいに、はなしてくれて、ほんとうは、ひととはなすのが、すきなんだなって」
「ツナさんツナさんっ、ボクへのご褒美を覚えていますか? ボクは忘れていませんよ??」
「はなすのが、すきってことは、にんげんのことが、すきなんだろうなって。それでね、すきだから、しゃべるのがおそくて、たいくつさせるだろうって、きをつかって、それでまた、だまってしまうのかなって、いろいろ、かんがえてるよ。これは、せいかいしてる? ちがってたら、はずかしいな……」
「………」
「そうです、ボール遊びです! ぷいぷいっ、ツナさんはいつボクとボール遊びをしてくれますか? いつですか??」
マグが押し黙ってしまったので、私は仕方なくアンタローを手招く。
アンタローは嬉しそうに、ぴょんぴょんと私の方に戻ってきた。
「……夢の中でオレは、故郷に居て……」
「うん…?」
「けど、ユウだけが居なかった……同じ人生を送っていたのに……ユウだけは最初から存在してなかったんだ……だからオレは、あの島を出ずに終わった」
私はアンタローの丸い体を、ポーンとボールのように真上に放り投げる。
アンタローはとても興奮して、キャーキャーと叫んでいた。
「だからツナとも出会わずに終わった……ほとんど誰とも話さずに……あの退屈な村で……長い月日を過ごして……ある日オレは人生を振り返ってこう思う……『大きな不幸もなく……それなりに幸せで、悪くない人生だったな』……と」
「ツナさん、これがボール遊びなんですね! もっとしてください、キャーキャー!(もろもろ、もろもろっ)おっと粒が…」
「ツナに起こしてもらった時……まだその夢が鮮明に残っていて……何故かオレは胸糞が悪くて……吐きそうになった」
「……じゃあ、マグがもどってくれて、よかった」
「ああ……そうだな。あれが夢で……よかった」
お互いに小さく笑いあう。
「アンタロー、留守番という役目……難しいが……できるか?」
唐突にマグが立ち上がった。
散歩支度を始める彼を見て、私はアンタローを床に放り、荷物から帽子を引っ張り出して、髪を二つにくくり始める。
「ぷぃいいい、難しいですか? 任せてくださいっ、ボクにできないことはありませんよ!」
「そうか……ユウが帰ってきたら……俺たちは街をぶらぶらしていると……伝言を頼む」
「お任せください!」
「ツナ、急な話だが……いいか?」
「う、うん、なぜかわたしも、むしょうに、このへやから、でたかった、ところだよ(主にアンタローを見ながら)」
「そうか……行くか」
「うん!」
タタタとマグの後ろについて、窮屈な部屋を抜け出した。
メッシドールは港町。
まぶしい外の空気には、潮のにおいが混じっていた。
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って、ダメじゃん!!?
あれだけ二人きりになるのはやめようって思ってたはずなのに!!
アンタローがあまりにも鬱陶しすぎて、ついつい置いてきてしまった!
ひょっとして、私の一番の敵はアイツなんじゃないだろうか?
「ツナは、甘いもの……好きだろ……クレープ屋とか……探そう……イチゴのクリームのヤツ……食わせてやりたい……初めてだろ?」
「! たべたい!」
そうか、記憶がないんだからクレープは初めてのはずだ、危ないところだった、先に言ってもらって助かった…!
…気のせいか、マグがちょっと饒舌になっている気がする?
朝から一波乱あったのに、機嫌がよくなったのだろうか。
まあ、嫌なことって、話してしまえばスッキリするもんね。
ということは、ユウはまだスッキリしていないんだろうなあ……。
どこに行ってしまったんだろう。
ユウにもスッキリしてもらって、ユウとマグと、また仲良く街の観光をしたいな。
一度そう思ってしまうと、足元の石畳の感触を楽しむ余裕もなく、ついキョロキョロしながら歩いていく。
「ユウのこと……気になるか?」
すぐにマグに見抜かれてしまった。
気まずげに隣の人を見上げる。
「えっと…すこしだけ」
「放っておけ……以前、途中で迎えに行ったら……余計意固地になった……それにこれは……ケンカでもなんでもない」
「えっ、ケンカじゃないの?」
「オレが怒り返さない限り……ケンカにはならない……ユウもケンカをやりたいわけじゃない……。もしそのつもりなら……『どうして約束を破った』とか……攻めるような怒り方を……すればいい。そうすればオレにだって……反論はある……『勝手に体が動いたんだから……仕方ないだろ』と……これでケンカになる。……ユウはいつも……ケンカの方は選ばない」
「そっか…」
「だから気にせずに……ツナはツナで楽しめばいい」
「マグって、おとなだね!」
思わず言うと、マグは巻いているマフラーを口元まで引き上げてから、首をかしげた。
「そうか……? アイツがガキなだけだろ……」
そういうものなんだろうか。
だけどマグがこんなに大人なら、こうやって二人きりになることごときで私が気を揉む心配はないのかもしれない。
そもそもユウとマグに恋愛感情があるのかどうかすら、最近では懐疑的になってきている。
だって全然そういうの興味無さそう!
あとは私が油断をしなければいい。
「マグ、いっこおねがい、してもいい?」
「なんだ……なんでも買うぞ……オレたちは億万長者だからな」
この金勘定の部分が真っ当なら完璧なのにな、この人。
せいぜい1万長者だよ、目を覚まして…。
「あのね、まえに、はなしてくれたこと、『いつか、わかれが、くることも、ふくめて、わたしをえらんだ』のところ、おぼえてる??」
よほど予想外だったのだろう、彼は不意打ちを受けたかのような顔で、
「ああ、もちろん……覚えている」
「あれをね、もういちど……ううん、ていきてきに、わたしに、いいつづけてほしいの」
我ながら名案だ。
これならちょこちょこと気を引き締めていける。
「………」
マグはゆっくりと前を見る。
私に合わせた一定の歩調を続けながら、…しかし会話というには不自然な時間、沈黙が続いた。
「マグ??」
沈黙に耐えかねて、彼のマフラーの端をクイと引っ張る。
「……ヤダ」
「え?」
「ヤ・ダ」
「……ええっ、な、なんで?」
マグは一度だけ私を見ると、ため息をついてまた歩き出す。
私はマフラーに引っ張られるようについていきながら、言葉を重ねた。
「だって、マグが、いいだした、ことだよね?」
「………」
「おこってる…?」
やっと、マグは完全に立ち止まり、私に向き直った。
「オレもしようかな……ビービンチョ」
「え!?」
マグは、試すような目で、私をじっと見降ろしている。
…むむむ。
むむむむむむ。
と、私は悩んでしまう。
「しようかな……?」
「ズ、ズルイ……!!」
結局、マグを睨むようにして搾り出した言葉は、それだけだった。
「本当に?」
「…うん?」
「本当に、ズルイのは……オレのほうなのか?」
「…………」
マグのマフラーからするりと手を放す。
むむむ。
むむむむむ。
眉間にシワが寄っているのが、自分でもわかった。
「…じゃあ、こんかいは、ひきわけで、いい」
なぜか、すべてを見透かされているかのような気持ちになり、拗ねたようにそう述べた。
マグは耐えかねたように自分の口元を拳で隠し、クッ、と、軽い咳をするような感じで笑った。
「ツナは、よくわからなくて……面白いな。わかりやすいかと思えば……オレには到底考えが及ばないような……部分で悩む。たまに大人みたいなことを言うのに……でも今のは、やっぱりガキだ」
「…ユウよりマシですー」
ムッスーーーと、ぶすくれた顔をしてしまう。
「それはそうだな……ほら、あっち……クレープ屋の屋台……行こう」
マグはまだ笑いが収まらないのか、いつもより数段緩い顔で、先を歩きだす。
私にはもう、それについて行くしか手はなかった。
クレープ屋さんのおじさんは、やっぱり宿屋のおじさんと同じ顔をしている。
街の風景はぼやぼやと適当な感じで、すれ違う人も同じ顔。
この世界はこんなにも変わらないのに、どこかで何かが変わっていっているような気がした。
<つづく>
【注1:バリアー】
本来バリアーは、バリアポーズをとっている間だけ張ることができる。
しかし手無しビービンチョは、バリアポーズを取らなくてもできる、言ったもん勝ちなルールなため、セコ技として認識されている。
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