いざ、ジェルミナール
年始だ何だと言っても、ニヴォゼには温度を一定に保つフィールド発生装置があるので、あんまり実感はわかない。
でもおかげで、庭先にて、クランがやってくるまでを過ごすことに苦はなかった。
というとあたかも長く待ったように思えるが、朝ご飯を食べ終わって、宮殿に帰るティランを見送り、準備が終わったと同時にクランがやってきたので、実質あんまり待っていない。
パアっと庭にある魔法陣が光り輝き、光が収まった頃には、すらっとしたオールバックの男の人が立っている。
20代後半くらいにしか見えない、私の父だ。
「陛下、お待ちしておりました!」
ルグレイは、片膝をついてクランを受け入れる。
クランは慣れた調子で片手を上げ、「よい」とルグレイを制した。
許しを受けたルグレイは、すっと立ち上がる。
…待って、私もあんな偉そうなことをやらなきゃダメなの?
私の戸惑いも知らず、クランはトンと杖を突いて、私の方へと一歩やってきた。
「ナツナ殿。準備の方は整っておるか」
クランは、挨拶をすっ飛ばして話を進め始める。
こういう話が早い所は、フィカスと似てるなあ。
「はい、クラン様。すべて滞りなく」
「ならばよい。…余を父と呼ぶ覚悟の方もできているな?」
「…はい、お父様」
………。
なぜか、一瞬会話が止まった。
なんだろう、と思ってクランを見上げても、表情は一定なので、何を考えているかはよくわからなかった。
「天界に上がると同時に、そなたには用意したものに着替えてもらう。その際、必ず翼を出すように。それが何よりも、余の娘である証明となろう」
そうか、フェザールって、種族ごと別の場所で暮らしているんだっけ。
ジェルミナールに一人しか居ないんだったら、そりゃ一発で出自がわかるよね。
一度区切りがついたのか、クランは、面々の姿をぐるっと見渡した。
ユウとマグは、ティランが用意した、質のいい使用人服になっており、ルグレイは軽鎧をつけている。
マグの首の紋様は、クランのおかげで小さくなったので、少し襟の高い衣服にしていれば、呪いの紋様が見えることはまずない。
フィカスは前に着ていた王の正装とかいう白くて上質な衣服に身を包んでおり、相変わらずゴーグルをしている。
なんでも商人は、貴族の前に出るために上質な衣服を着るものなんだそうだ。
フィカスの頭の上に居るアンタローは、いつもの、大自然のままの格好だ。
「…ふむ。さすがというか、見たところ、問題はないな。娘の衣服しか用意できずに申し訳ないと言うつもりだったのだが。さて、そちらから何もなければ、これからの流れを説明するが、いかがか」
「では一件」
フィカスが前に出た。
「こちらは、当面の間、民を賄える規模の食料を用意している。ここにあるのは一部だが、これらを運び込む手だては、その転送陣しかない。重量制限などはあるのか?」
フィカスは、あらかじめ庭先に持ってきておいた、食料の一部をクランへ示した。
クランは、予想もしていなかったのか、驚きに少し目を見開いた。
「……気遣い、痛み入る。その量であれば、一度、ルグレイと荷物だけを転送しよう。―――ルグレイ、これへ」
「はっ」
ルグレイはさっと動くと、急いで食料袋を魔方陣の上へと乗せ始める。
ユウとマグも、無言で手伝い始めた。
「ラズよ。今から魔方陣の起動法を見せる。通いで王政をやるつもりがあるのならば、よく見ておくように」
……。
あ、ラズって私のことだった!
「あ、はい…!」
すべての荷物を載せ終えると、クランとルグレイが陣の中へと入る。
「待った! ルグレイ一人じゃ大変だ、俺らも行くよ」
ユウとマグも乗っていく。
クランは、「感謝する」とだけ述べた
「ラズ、お前にもわかりやすい、単純な合図にしておいた。魔力を、このように断続的に流せばよい」
そう言って、クランは杖の底で、ノックをするように、トン、トン、と陣を叩いていく。
一度目は3、休みが一拍、二度目も3、休みが一拍、最後に7回。
パ、と再び魔方陣が光り出す。
って、3・3・7拍子じゃん!!!
やめてよここでそういうリアルの文化持って来るのは!!!
急に応援団だよ!!
クラン様マジメなんだからそこで茶化さないであげてよ!!
「覚えたか?」
「あ、はい、とてもわかりやすく…」
「ならばよい」
と言いながら、クランたちは光の中に消えていった。
「あれなら俺でも起動できそうだな。ジェルミナールへの侵入方法をああも簡単にさらけ出すとは、よほど信頼されていると見える。悪い気はしないな」
「さすがに今更フィカスを警戒なんてしないよ」
お互いに笑い合う。
「ぷいぃいっ、ユウさんたちが消えましたよ! ボクも、ボクもやりたいです!」
アンタローがぴょこぴょことフィカスの頭の上で跳ねる。
「大丈夫だ、アンタロー。すぐに俺たちの番がくる。それより、俺が言ったことを覚えてるか?」
「ぷいぷいっ、もちろんです、お口チャックで、神々しく、キラキラですね!」
アンタローはキリッとフィカスに応えた。
フィカスが言うには、利用できるものはすべて利用しようということで、私たちが精霊に選ばれし者だということをぜひアピールしていこうという流れになっている。
実際は選ばれたというか、その辺に居たアンタローを拾っただけなのだが。
この数日、私はフィカスに王の手ほどきを直々に習い続けた。
簡単にまとめると、物凄く貪欲に、何でも利用する、というスタイルで行けばいいらしい。
それを基盤に、私は演じる役を練り続けた。
とにかく図太く行こう、というのが私のスタンスだ。
これは偏見なんだけど、政治とかやっている人って、どこかで神経を太くしておかないと、やっていけない気がしているからだ。
がんばって、演じるぞ!
そうして決意を新たにしている間に、また転送魔方陣がパっと光って、みんなが戻ってきた。
10分くらいしか待たなかったが、見るとユウとマグとルグレイの息が荒い。
急いでくれたんだなあ…。
「さて、気を取り直して、ここからの流れを説明する。まず、余はここから、ルグレイはもとより、ユウ殿、マグ殿、フィカス殿には、敬意を払えないことを念頭に置いてもらおう」
「わかっている。俺もここからは一介の商人だからな」
フィカスは頷き、ユウもそれに続いた。
「俺は元からそのつもりだって! ただ、問題は、俺らの言葉遣いなんだよなー」
「オレたちには学がない。ボロが出る可能性が高い」
マグも頷いて、クランを窺う。
「それについては、ほとんど問題もなかろう。余はある程度事情を知る者にしか、そなたたちを会わせる気はない。一部の者には真実を語っているが、大抵の者には、そなたたちは、ラズを預けた離宮にて、兄弟のように育った孤児と説明をしておいた。あらかじめ了承をとれていないのは、申し訳なく思っている」
「あ、じゃあ、わたしも社交とかをしなくていいのかな」
ほっとしながら言うと、クランは頷く。
「そうなるな。最悪やるとしても、代理でフィカス殿に行ってもらうことになるだろう。存分に商売をされるといい。さて、余の立ち位置だが、新王の補佐、そして引き継ぎを目的として、会議には顔を出す。だが、表向きは療養で伏せていることにしてあるので、そのようにな」
うんうん、と何度か頷いて、頑張って色々と覚えていく。
「天界に上がり、着替えを済ませてもらい次第、5代表との会議を行う。まずはそこで挨拶と、今後の方針を示すといい。底意地の悪い連中故、いろいろと試されると思うが、そなたなりの解答を行うと良い」
「え!?」
試されたりとかがあるの!?
そんな…偉そうにふんぞり返っているだけでいいと思ってたのに…!
「…なぜ、そこで驚く。よもやその程度の覚悟で王を名乗るつもりではあるまいな?」
「い、いえ、そんな、滅相もございません」
にっこりと笑う。
フィカスに言われたのだが、困った時はにっこり笑うといいらしい。
隙を突かれないように、絶対に動揺を悟られてはいけないとか。
難しいよ―…。
「それから、ラズ以外は全員、これをつけるように。話は通してある。これをつけておれば、場内を歩き回っていても、怪しまれることはない。ルグレイは、その鎧をつけている限りは大丈夫だろう」
そう言って、クランはバッジ…というより、勲章のようなものを、フィカスたちに差し出した。
フィカスたちは、それを襟元や胸へとつけていく。
「では、参ろうか。フィカス殿も、こちらへ。ラズよ、今度はそなたが陣を起動させてみよ」
「はい…!」
思ったより大変そうだけど、もうここまで来たらあとはやるしかない。
とにかく、貧民街をどうにかしてから失脚したいので、それまでは王座に齧りつくのが目標だ。
よし、いくぞ!
私は陣の上にしゃがみ込み、3・3・7拍子で、ノックをする。
奇しくも、自分への応援をしているようだった。
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フ、といきなり景色が変わった。
転送酔いとか、そういうのはなくて、とりあえずは安心だ。
「…えっ、空気が、綺麗…!!」
ここは屋外ではなく、どこかの広い部屋の中なのだが、それでも空気の澄み渡った感じは、地上とは段違いだった。
「だよなだよな、俺もさっきビビったぜ。そういやジューンも、地上の空気は汚いだのなんだの言ってたなって思い出したよ」
ユウが、私の感想に同意した。
マグも続ける。
「空気が薄いのではないか・ということを危惧していたが・ニヴォゼと同じく・フィールドが張られているらしくてな……。とりあえずのところは・その心配はなさそうだ……」
流石マグは視点が慎重だ。
部屋の隅を見ると、先程運び込んだ食糧の袋が山となって積まれていた。
「ここは、これからラズの私室として使うがいい。エメリーンの部屋だ。ここに転送陣があるなどと、誰も思うまい」
「!」
母さまの部屋…。
そう思って見渡すが、ほとんどガランとしている。
「すまない。遺品などは、残してやれなかった。余が憎しみのあまり、すべてを売り払い、私腹を肥やすことに使用したからな。思い出のオルゴールなども、あったのだが…、……」
あ…そうか。
愛が裏返る呪いって、そういうことなんだ。
でも、国を立て直さなければならないこの人には、後悔をする時間もない。
「………」
なにか、言えたらよかったのだが、何も言えなかった。
みんなもそうだったらしく、黙り込んでしまった。
クランは、平然とした顔で、トンと杖底で、硬質な床を打つ。
「さて、着替えはそこのベッドの上に用意してある。ラズ、準備をせよ」
「はい…!」
クランはそう言うと、ルグレイたちを引き連れて、部屋を出て行く。
「マグ、待って! 手伝って!」
慌ててマグを引き留めると、クランはぴくりと片眉を上げて振り返った。
「……そうだったな。オレは世話係だった」
マグはいつもの調子でやってくる。
クランはものすごく何かを言いたそうだったが、結局何も言わずに部屋を出て行った。
だってーー。下手に扱って踏んで破いたらって思うと、手伝ってもらった方が安心なんだもの。
私は心の中でそう言ったが、もちろんクランには届かない言葉だった。
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会議の場で、私はアンタローを抱いて、なるべく優雅に席に着く。
ユウとマグとフィカスとルグレイは、私の後ろに立って控えている。
ドレスは、着るというよりも、体にまとうようなタイプで、とても軽く、絞めつけもなかった。
天空蜘蛛という蜘蛛の縦糸を編んで作られた布らしい。
とても上質で、そして軽いので、非常に楽だ。
髪色に合わせた、淡いグリーンの、品のいいドレス。
この色と、肌触りには、覚えがある。
私が初めてユウとマグに拾われた時に着ていた服と、同じ布なのだろう。
幽閉されていたという話だけど、結構いい服を着させてもらっていたんだなあ。
髪飾りなどのアクセサリも用意されていて、マグのアドバイスで、オカリナのペンダントと、首輪のブレスレットをつけるのは、泣く泣く諦めた。
デザインセンスのない私にはわからなかったが、服と合わないそうだ。
まあ、普通に考えても、会議中に鈴がリンリン鳴るのはおかしいか。
クランは私の隣で、そして私の前には、6人の知らない男の人たちがいる。
あれ? 5人って話じゃなかったっけ?
と動揺したが、平静を装った。
よく見ると、端っこの人は、ルグレイと同じ軽鎧を着ているので、騎士の人なんだな、とわかった。
じゃあ、この人以外が5代表ってことか…。
今の時点でわかることは、全員が魔力持ちの髪色をしているということくらいだ。
魔法王国というくらいだし、当たり前と言えば当たり前なんだろうけど…。
というか、上の地位に女性が居ないって、ひょっとして男尊女卑社会だったりするのかな。
そうなると、私の風当たりがきつくなりそうだなあ、嫌だなあ。
油断すると、その場のテンションで王位を継ぐとか言い出した過去の私を恨みそうになるので、今一度意識を持ち直す。
「みな、よく集まってくれた」
初回なので、クランが仕切ってくれるようだ。
「先に伝えた通り、離宮から呼び戻した娘がこれだ。ラズ、名乗るがいい」
「はい」
私は立ち上がり、アンタローを持ったまま、礼を向ける。
「ラズベリー・ジェルミナールと申します。まだまだ若輩の身ですので、どうぞ、ラズとお呼びいただき、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「ラズ、頭を下げる必要などない。下の者に敬語も不要だ」
早速クランの姑チェックが入った。
私はにっこりとクランの方を見る。
「ですが、そういたしますと、わたしは敬愛するお父様をも呼び捨てにすることになってしまいます。それは少し寂しいですから、このまま進ませてくださいましね?」
敬語が怪しいかもしれないが、もうこんなものは勢いだ。
会議の場で上げ足を取られはすまい。
クランは、私の反抗がよほど予想外だったらしく、大きく瞬きをした。
図太く、図太く…と、私は自分に言い聞かせる。
向かいの6人のうち、数人が含み笑いをしている。
クランのそういう反応が珍しかったからだろうか?
「そしてこちらは、わたしの友人となります、精霊のアンタローです。どうぞ、一緒に覚えていってくださいませ」
私は、金持ちとかがよくやるイメージの、ペルシャ猫を撫でるような感じで、アンタローを撫でた。
「ぷいいぃいっ!」
アンタローは一声鳴くと、いきなりパアアアアアっと神々しく光り始めた。
「!!!?」
場の全員が驚いた。
もちろん、私もフィカスたちも、例外なく驚いている。
神々しくキラキラとは言ったけど!!
それ、「神々しい(物理)」だからね!!?
しかし私は、驚いた感情をおくびにも出さず、微笑んでから、また席に着いた。
演劇なんてものは、本番でトチっても、いきなり小道具が壊れても、澄ました顔で続けるしかないんだよ…ホント。
クランは、気を取り直すように、6人の方へと向き直る。
「…まあ、いい。では、紹介をしよう。名を呼ばれたら立つように。まず、騎士団長、キツリフネ」
…なんか、学級会の先生みたいな立ち位置なんだね、クランは。
そんなことを思いながら、立ち上がった人に目を向ける。
「お初に御目文字致す。それがし、キツリフネと申しまする。これより先、姫殿の手足となり働く所存。口不調法ゆえ、お心を煩わせることもございましょうが、どうか、平に、ご容赦を…」
待って、この人、騎士じゃなくて、武士では…?
渋い人だなあ、という印象だ。
騎士なのに江戸時代の浪人、という感じがする。
灰色の髪は長く、片眼が隠れているところも、なんだか騎士っぽくない。
この人が、新しい騎士団長さんってことなのか。
ちょっと異色な感じだけど、覚えやすくてありがたい。
「キツリフネは寡黙だが、優秀な男だ。ラズ、お前がこれからやろうとしていることには、人手が必要なことも多かろう。これからは常にキツリフネをつけておく故、好きに使うといい」
クランがそう添えた。
そうか、確かに、第一歩である物資を運び込むことですら、力仕事だったんだよね。
流石クラン、先を見越している。
「では、次。5代表の紹介に移る」
クランの言葉を聞くと、キツリフネは席に着いた。
いよいよ、本番だ…!
信頼を勝ち取るためにも、しくじれない…!
よし、やるぞ!!
<つづく>




