ジェルミナールの現状
しばらく経ってから、フィカスが顔をのぞかせにきた。
笑い合うティランと私たちを見て、安堵の息をそっとついたようだった。
「ティラン、判を押しておいた」
フィカスは書類の束を持って、ティランに差し出す。
ティランは微笑んでそれを受け取り、立ち上がった。
「では、選手交代ですね。お茶の替えを持ってこさせましょう」
そう言い置くと、優雅な動きで部屋を出て行った。
「…世話をかけたな」
フィカスが、マグの方を見て言う。
マグは、静かに頷いただけだった。
「なんだ、ハイドはまだナっちゃんの影の中に居るのか」
フィカスはティランの座っていた椅子に腰かけながら、面々の顔を見渡す。
ルグレイが頷いた。
「ええ、ハイド様はナイーブな方なのでしょうね。私が何か、不快にさせてしまったのかもしれません」
ルグレイは、しゅーんとしている。
「ははっ、内気なところも可愛いじゃないか。俺としてはもうちょっと話をしてみたくはあったが、仕方がないな。ではルグレイ、天界がどういう場所なのか、聞かせて貰おうか」
フィカスは、途中参加とは思えないほど堂々と、話を進め始めた。
「はい。まずジェルミナールですが、広さはニヴォゼ王国と同じくらいと考えていただいて構いません。ただ、システムに大きく違いがある部分があります。王宮を中心に、外側を囲む円周を、6つの地区に分けているところですね。そこを、5人の代表者がそれぞれ収め、国王の意思を反映していく、というシステムになっております」
「…ん? 数が合わなくねーか?」
ユウの質問に、ルグレイは頷いた。
「はい。実際は、第5地区までしかないのです。6つめの地区は、貧民街ですね。王宮の裏側の区域に勝手に作られた…というか、勝手に出来上がっていった街なので、代表者もおりません。ジェルミナールは、今は天空王国を名乗っておりますが、かつては魔法王国と言われただけあって、一般層でも魔法を使える者がそこそこ居るのです。貧民層は、いわゆる魔力無しがほとんどですね」
「魔力による・格差社会……ということか。一般層が魔法を使う機会など・あるのか?」
マグの質問に、ルグレイは同じ調子で答えた。
「はい。ジェルミナールでは、主に日常生活に便利な魔道具を使うことで、魔力を消費することが多いですね。先日、リュヴィオーゼに行って、かなり古い型の魔道具が散らばっているな、という印象を受けました。フィカス様がおっしゃった通り、ジェルミナールがリュヴィオーゼに研究支援をしていた、というのは本当でしょうね。ジェルミナールでは、その話は伝わっておらず、すべてジェルミナールが作り出した魔道具だ、という触れ込みですが」
マグは、「なるほどな」と呟いた。
フィカスは、別のことで悩んでいるようだった。
「…しかし、各地区を代表者に収めさせるなど、効率的ではあるが、確かにニヴォゼでは考えられんな。反乱を起こされたらどうするんだ。…と思ったが、ジェルミナールは、王族の死=天空からの落下=自分たちの死、となるわけだからな。なかなか踏み切れないわけか。なるほど、上手くできている」
「けど、騎士団長とか言うのが反乱を起こしたんじゃなかったっけ?」
ユウの言葉に、ルグレイは頷いた。
「はい。順を追って説明しますね。クラン陛下はかつて、まずは貧民街を何とかしようとされておりました。居住区の整備を一番最初に行い、そこから発展させるための資金繰りをしている最中に、呪いをかけられてしまったのでしょうね。がらりと政策を変えられました。しかし、現状の国を変えようと陛下を慕ってついてきた者からすれば、それは裏切り行為以外の何者でもありません」
私は、眠りこけているアンタローの毛並みを撫でながら、俯いてしまう。
もはや自分には関係のない、他所の国の話なのに、胸が痛い。
「また、ジューン様の行為にも、多少の問題がありました。実はかつて、貧民街に最も足しげく通っていらしたのは、ジューン様だったのです。ジューン様は、庶民の間では聖女ジューンと呼ばれるほどに、自分よりも格下の者に施しを与えることをご趣味とされておられました。ジューン様は、思い立ったように唐突に貧民街を訪れては、食料を配っていくのです。しかも、税金を使って」
「それは……。微妙に批判をしにくいが・不味い手ではあるな。本当に救いたいのならば・雇用から与えるべきだろうに。気まぐれに野良猫に高級な餌をやり・舌を肥えさせるのは残酷とも言える……」
マグが、微妙な顔をした。
「はい…。私はまだ幼く、姫様以外のことはどうでもよかったため、ジューン様の行為のこともよくわかってはいなかったのですが…。王宮を出入りしていたので、そこを行く貴族からの評判は、たびたび耳にしておりました。『我々が納めた税金を、なぜ税を支払っていない層のために使われなくてはならないのだ』と」
「うわーー、そうか…!! わたし、下手をすれば姉さまと同じことをやっていたかも…!!!」
思わず正直に心の内をさらけ出してしまった。
確かに、一時的な炊き出しなんて、抜本的な解決にはならない。
危なかった、ナイス、姉!!
「まあ、完全に悪いとは言い切れない問題なのだがな。それで救われた命も、確かにあるだろう。ナっちゃんもあの姉も、世間知らずだった…というだけだな。ナっちゃんとあの姉の違いは、俺たちが居るか居ないかだ。ナっちゃんが何かをやらかしそうになっても、俺かマグが止めるからな、安心して暴発するといい」
「暴発前提なのか……」
マグが半眼でフィカスを見る。
ルグレイは、そのやりとりに少し微笑んで、話を続けた。
「そのように、国民の不満が溜まっていった時期に、陛下は自分に歯向かうような意見を述べた5代表の首を、すべて挿げ替えたのです。当時の5代表は、陛下の信頼も厚く、ほとんど盟友と言っても過言ではない間柄でしたのに。当時の騎士団長殿は、陛下の目を覚まさせようと、奮起されたのです。つくづく、惜しい人を亡くしました」
ルグレイは、まつげを伏せた。
そうか、反乱は、収まってしまったのだった。
無理もない。クランのあの強さでは、討ち果たすどころか、目を覚まさせるのも不可能だろう。
「姫様がお眠りになっている間、陛下に今後のことを聞かせていただきました。陛下は、かつての5代表に、頭を下げて回るおつもりのようです。姫様が天界にお戻りになる頃には、5代表は、かつての良識ある面々に戻られていると思われます。ですから、政治面で仇敵に当たる人物は、ひとまずは居ない、と考えていただいても大丈夫と思われます」
「…なんというか。…つくづくどうにかならんものか。あの王が悪いわけではないのだろうにな。次に会う時に、詫び癖がついていなければいいが」
フィカスは、同じ王として、思うところがあるのだろう、難しい顔をしていた。
ルグレイも頷く。
「本当に、そう思います。ですが、だからこそ、姫様があのような進言をされたことは、陛下にとってどれほどの救いとなったことでしょう。あまり政治に近づけたくないお気持ちはあるのでしょうが、やはり本音では、少しの間でも共に居られることを、お喜びになっていらっしゃることと思われます。きっと、姫様のために天界の状況を整えることにも、純粋に心を燃やしていらっしゃるのではないでしょうか」
「………」
そうだといいな…とは思ったが、なぜか、口には出なかった。
代わりのように、別の話題を探してしまう。
「…第二王妃は、どうして父さまに呪いなんてかけたんだろうね? 国が荒れる結果になるってわかりそうなことなのに。国が荒れたら、贅沢できなくなって、困るのは自分だろうし…」
「……ツナにはまだ、理解するのは難しい・問題かもしれないな」
マグがそう言うので、私はびっくりしてしまった。
「え!? どういうこと、みんなわかってるの!?」
面々の顔を見渡すと、みんな、「まあ」とか、「それなりに」とか言って頷いている。
ユウですら!
「ユウまで!?」
「あ、なんでそこで驚くんだよ! いいかツナ、俺には勘という動物的な能力があってだな」
「うわあそうだった、なんかそれ、ずるい…!!」
私が悔し気に足を鳴らしていると、フィカスは少し笑った。
「ナっちゃん、女が男に呪いをかける理由なんぞ、憎しみか愛情くらいの理由がほとんどだろう」
私は、ぴたりと動きを止めた。
そうか、第二王妃って人、会ったこともない人だから、今まで考えたこともなかったけど…。
そうだよね、そういう人間的な気持ちで動いても、仕方がない立ち位置に居る人なのかもしれない。
ルグレイの話だと、私の母さまとは恋愛結婚らしいけど、第二王妃とは政略結婚みたいだし。
そうか…。
父さまのことが、好きだったのかな?
私が悶々と悩んでいると、使用人の人が、お茶のお代わりと、フィカスのための新しいティーカップを持ってきた。
すぐに仕事を終えて去って行く。
「…なあ、街の中って、フェザールが普通に歩いてる感じなのか?」
ユウが話を切り替えるかのように、話題を振ってきた。
ルグレイは、慌てて背筋を伸ばす。
「いえ、すみません、説明が遅れました! フェザールの方々は、天空樹でできた浮島の方で集落を作っていらっしゃいます。ですから、空を渡る方法を持たない者は、交流すらできませんね」
「マジか、だったらなんで魔法王はツナの母ちゃんと出会えたんだ?」
「それは、さすがにそこまで個人的なことなどは存じ上げませんが…。王は、フェザールの代表者と定期的に会談をされていますから、その辺りで出会ったのではないでしょうか。エメリーン様は、フェザールの族長のご息女であられたという話ですし」
「へええ、ってことは、ツナはフェザールの血筋の方でも、いい感じなのか」
「そうだったの!? 知らなかった…」
ユウのまとめに、驚いてしまった。
「なんだ、ナっちゃんの血筋に釣り合いそうなのは俺くらいか。いい流れだな。まあ、血筋などどうでもいい話だが」
またフィカスが冗談なのか本気なのかわからないような口調で言っている。
「え…と…。じゃあ、わたしは、父さまがなんとかしようとしていた、貧民街をどうにかする…の方向で行けばよさそうかな? で、どうにかしてから政権交代すればいいよね」
「そうだな。ツナのことだから・思い付きでまた色々と増えそうだが……ひとまずの目標を決めておくと・かなり動きやすくなるだろう」
私の言葉に、マグが頷いた。
ルグレイも、私の方を見て言葉を続ける。
「陛下の話では、第二王妃様、ジューン様、ブルー様の宝飾品や私物をすべて売り払うご予定のようです。そこから多少の国費も加えて、姫様がご自由に扱える予算を捻出するとか。その部分の財務管理は私に任せていただけるそうですから、姫様の政策に関してだけは、財務卿にお伺いを立てずとも、すぐに動けるようになっております。財務卿には、普段通りに国を回すための財政を整えることに専心させるそうです」
えーと…要するに、お財布が二つあるんだね?
片方は、国の根幹を補うことに使うから、私はきちっとした方法で申請してから使わなくてはいけない財布で、もう片方は、私が自由に使っていいお財布。
ちょうどいいから、情報を整理してみよう。
たぶん、私がこれから行うのは、町内会の会議の大きいバージョンみたいなものってことだよね?
で、各町内から、5人の代表が来て、町内会長の私は、その人たちに指示できる…?
で、やりたいことがあったら、私は自分のお財布を使って、それを行うことができる。
よし、これくらい小規模な内容だったら、なんとかできそうな気がしてきた。
私が情報を整理していると、フィカスが気を利かせてなのか何なのか、口出しをしてきた。
「ナっちゃん、言っておくが、周囲の人間には長年王位につくような素振りをしておけよ。アンタは馬鹿正直に、すぐに去るからどうのと言いそうだが、絶対にそれは言うな。足かけ数年の在位のつもりの相手に、媚びてくるやつは少ないからな。貴族共にはなるべく多くゴマをすらせておけ」
「ええ……。そこまで考えないとダメなんだね……」
やばい、ちょっと、ハイな期間が終わりに近づいてきて、くじけそうになってきた。
いや、やるけど、町内会!!!
「状況はまあ、わかったけどさ。貧民街をどうにかするってんなら、天界に上がるまでに用意しておくものって、ぶっちゃけ金とか食糧なんじゃねーか? えらい俗物みたいな物言いになっちまったが」
ユウも、ユウなりに話をまとめようとしている。
フィカスは頷いた。
「それはそうだろう。政治がどうのと言ったところで、王侯貴族も夢や幻を食って生きているわけじゃないんだ。結局のところ、根幹のエネルギーは金と食い物だ。一つだけ違う点があるとするなら、金持ちほど娯楽に飢えている…という点だな」
「あ…そうですね。そういえば、私がニヴォゼに来て最も驚いたのは、闘技場やサーカスなど、様々な娯楽が用意されていたことです。天界には、あまりそういったものはありませんからね。庶民も交えての遊びなど、品位が下がりそうで、という、昔ながらの考え方を汲んでいるからでしょう。ジェルミナールの娯楽は、一年に一度の収穫祭と、国王の生誕祭くらいですね」
「なるほど……。それくらい発散方法が限られていると・荒れるときは一気に荒れるだろうな」
「はい。クラン陛下に変わってからは随分と治まりましたが、貴族の中には、貧民を何匹狩れるかで遊んでいた時代もあったようです」
マグの言葉に、ルグレイはそう口にして、しまったというように私の方を見た。
「申し訳ありません姫様、このような刺激の強い話を!」
「え!? ううん、現状は知っておくべきだと思うし、そもそも勢いで自分から突っ込んでいった話だし…!」
私は慌てて首を振った。
ユウがまた気になることができたらしく、質問を続ける。
「さっき荒れるって話が出たけど、治安はどうなんだ? 明らかに犯罪者が増えそうだよな」
「いえ、それはありませんね。ジェルミナールで起こる犯罪は、飢えに耐えかねて行う、食料の窃盗までです。それも、頻繁ではありません。なぜなら、殺人や淫行、人身売買等のみっともない真似は、地上人のやることだからです。我々天界人は、そのような理性を失った行動は、絶対にやりません。どんなに貧しい身に堕ちようとも、地上から飛び立った我々は、そのような所業からはとうに離脱を果たしているのです。と、すべての国民が、そういう教えを受けています。とはいえ、貴族間の暗殺等はありますが…」
冗談のような話だが、ルグレイはいたって真剣に語っている。
フィカスは、微妙な顔をした。
「なるほどな…。プライドもそこまで高いと、逆にいい効果もあるということか。砂賊に手を焼いていた身としては、多少は耳が痛い話だな。ある意味、賢い教育のやり口だ」
複雑な心情のフィカスには悪いが、私的には、治安の面では安心材料が得られて、かなりほっとした。
「え…と…じゃあ、とりあえず、娯楽を増やす…っていう、選択肢は入れてもよさそうだね。それなら、ひとまずのところ、富裕層の目は逸らせそうだし。あとは、国民にアンケートでも取ってみる?」
「アンケート…ですか?」
ルグレイが、きょとんと私を見てくる。
「うん、こうしてほしい、ああしてほしいっていう希望を書いて、箱に入れてもらうとか。そうしたら、自分の意見が届くものと信じて、しばらくは不満が散るだろうし」
「待った。ルグレイ、一般層の識字率は?」
フィカスが待ったをかけて、ルグレイを窺う。
「そうですね、一般層でも裕福な家庭は子を学校へやれます。市民権を持っていますからね。ですが、裕福でない層と、貧民は…」
「…だろうな。下手に知恵をつけて、安くこき使えなくなったり、反乱を起こされてはかなわん。ニヴォゼはリュヴィオーゼの流れを汲んで、教育には力を入れているが、ジェルミナールは下々を見下すことでしか生きていけなさそうだからな。何をか言わんやだ」
「ええー…。ご、ごめん、ちょっと、わからなくなってきた…! あのね、酷い言い方の質問しか思いつかなくって。でも、するね。ジェルミナールの貧民って…なんのために、いるの?」
ルグレイは、私の問いに、唇を噛んだ。
「…フィカス様の仰った通りです。ジェルミナールの貧民は、見下されるために、存在します。そして、貴族が善行を積むために、ですね。貴族は貧民に投げ銭などをして恵みを与えることで、死後に持っていける徳を積むのです。ジューン様は完全にご趣味となされておいででしたが、施しは貴族の義務でもありますからね。一般層も、ああはなるまいと思って生きていくわけです。私は、姫様以外のことはどうでもよかったですからね。このシステムには何とも思っていませんでしたが、今となっては……」
やばいなあ、ジェルミナール。
これ、どうにかできるの…?
私は、ちょっと考えてから、またルグレイに質問をする。
「…じゃあ、一般層の人は、貧民層について、どう思っているの?」
「それは…。申し訳ありません、私は貴族以外の者とほとんど交流を持ったことがなかったので、そこまではわかりません」
「え…と…。貴族は、貧民層を、奴隷のように思ってる…?」
「いえ、とんでもない! 奴隷として使うには、家に上げる必要がありますからね。普通に、一般層の者を使用人として雇いますよ。施しを行う以外で、貴族が貧民と接触を持つことはありません」
ぐわあああっ、手強い!!!
父さまはこの状況をどう攻略しようとしていたというの!?
うぐぐ、聞くべきかなあ。
でも、なんとなく、聞いたらダメな気がする。
もうちょっと、自分で考えてみよう。
時間はまだあるしね。
「なんとなくだけど…。一般層の人が、貧民層の人に対して、嫌悪以外の感情を持っているのだとしたら、活路がある気がするの」
「どういうことだ?」
ユウが疑問符を向けてきたので、私は、考え考え、物を言う。
「あのね、現状だと、雇用とか消費の矢印が止まっているのが問題だと思うの。貴族層→富裕層→一般層。で、ピタっと止まってる。ここで、一般層→貧民層、に、矢印が行くようにすれば、解決すると思うの。たぶん、一般層は一番人数が多いと思うし。今は思いつかないけど、ちょっと、考えてみる価値はあるかもって、思ってて」
「…なるほどな。いい目線かもしれん。人間の感情については、マグの得意分野だろう。所見の端を窺おうか」
フィカスがマグを見る。
マグはしばらく考えると、ゆっくりと口を開いた。
「…『明日は我が身』と考えて・同情的である可能性が高い。オレの予想が確かなら・怪我をして働けなくなった・等の理由で、貧民層に堕ちた仲間を・たくさん見て来ただろうからな」
「ああ、そっかそっか。元からずっと同じ階層に居るわけじゃねーヤツも多そうだよな、確かに。転落人生って言葉もあるくらいだし」
ユウが納得している。
私も、そこは盲点だったので、流石マグだなあ、と頼もしく思った。
「ならば、今できることを先に考えるか。一応、先手は打っておいたが」
「先手って?」
「紅葉樹林で、あづさに会ったという話はしたな? その時、7日後に、またナっちゃんたちの屋敷の庭まで来て欲しいと依頼をしておいた。つまり…明後日だな。あづさは緑化をかなり喜んでくれていてな、恩義を感じているのか、快諾してくれたよ。なんでも精霊は、人間側が動こうと思わない限りは、積極的に手助けができないため、歯痒い思いをしていたそうだ」
「えっ、フィカスはあづささんに用があるの?」
「いや、あづさに用があるのは、ナっちゃんの方だ。俺も精霊と同じで、他国の事情を積極的に手助けはできない。だが、ナっちゃんに場を提供してやるくらいはできる立場に居るからな」
「???」
私のハテナマークを見て、フィカスは悪戯っぽく笑う。
「ははっ、悪い、その顔を見たくて、つい遠回しに言った。ニヴォゼは5年ごとに、国庫の備蓄食料を入れ替えるんだ。まだ少し早い時期だが、今年は早めに入れ替えを行おうと思っている。なぜなら、入れ替えるための小麦や豆を、大量に栽培する手段を持つ娘が、今現在、国内に居るわけだからな。おかげでニヴォゼは、今年は小麦の備蓄に金を払わずに済む。そのための人手や畑の使用料など、安くつくほどだ」
私は、驚きで目を見開いた。
「古い食料など、いつもは国内…というか、宮殿内で適当に消費をするのだがな。今年はどこか遠くの国にでも、捨ててきてもらおうか。諸々の収穫が終われば、古い食料はナっちゃんの家の食料庫に持って行こう」
「フィカスっ!」
私はイスを倒す勢いで立ち上がり、フィカスの腕にしがみつきに行った。
ぐりぐりと額を擦り付ける。
「ははっ、まだ早いぞナっちゃん、終わってもいないのに喜んでどうする。そもそも、ナっちゃんたちのおかげで、チェルキーストーンなどの貴重な品が手に入ったのだからな、この程度の返礼では安いくらいだ。そうそう、ユウたちにも、刈り取りの作業を手伝ってもらうからな」
「ああ、もちろんだ、力仕事だったら任せておけよ!」
ユウは力こぶを作って頷いた。
「……おかしいな。これだけ人数が居ても・なぜか常に人手が足りないように感じる……。ツナのやることは・大がかりなことが多いな……。もしオレとユウだけの旅だったらと思うと・ぞっとする」
「ご、ごめんねマグ、いつも世話ばかりかけてしまって…!!」
マグは、優しく笑った。
「ツナと一緒なら、この先何年生きようと・退屈はしないだろうな」
そう言ってマグは、一瞬だけ、呪いの紋様のある喉を、マフラーの上から抑えた。
もう、マグは何年先でも、私と一緒に生きてくれるつもりなんだ。
……。
どんな小説にも、終わりなんて、来なければいいのに。
少しだけ泣きそうになって、しばらく口をつぐんだ。
<つづく>




