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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第三章 高校生編
112/159

友達



「ツナ、大丈夫か?」


 マグに顔を覗き込まれて、私は意識をマグたちの方に戻す。


「あ…うんっ、大丈夫! フィカスも、ありがとね」


 笑顔を向けると、フィカスは「構わん」と頷いた。


「ツナさぁん、ボクも居ますよ! ぎゅっとさせてあげますよ!」


 アンタローが、フィカスの頭の上から、私の腕の中に飛び込んできた。


「よしよし、アンタロー!」


 しかしアンタローを思い切りぎゅっとすると、汚いおっさんの声が響き渡るので、力加減が難しい。

 その辺りの力配分がわかってきたことを鑑みると、私はそろそろアンマスターの称号を得てもいい頃ではないだろうか。


「よーし、そんじゃ、屋敷に入るかー。と、行きたいところだが…」


 ユウが、なぜか、勿体つけるように私を見てくる。


「ユウ…?」


 不思議に思ってユウの名を呼ぶと、ユウは、一度マグたちの顔を見渡した。

 マグもルグレイもフィカスも、ユウに頷く。


 疑問符はあったが、それよりも、何が始まるんだろう、という期待の方が大きい。

 どきどきしながら、じっとユウを見上げた。


「ハイド、出て来いよ!」


 ユウは、なぜか、私の方を見ながらそう言った。


「え……?」


 あまりに予想外の出来事に、隠しようがなく戸惑ってしまう。

 そして、気づいた。

 ユウが見ているのは、私ではない。

 私の、影だ。


 自分の影に目を向けた瞬間、そこからにゅっと細身の腕が生えてきた。

 すぐにハイドが全身を出し、ふわりと、空中に腰かけるような姿勢で浮かび上がる。


「あーあ、気持ち良く寝ていたっていうのに、お前らってホント、気が利かないよな」


「ハイド!」


 私は、物凄くびっくりした。

 私の表情を見て、ハイドは満足げだ。


「やあ、ナっちゃん。びっくりして貰えると思っていたよ。そう、ぼくはずっと傍にいたのさ」


「え、え…!?」


 まだビックリを嚥下しきれないまま、説明を求めるようにユウを見る。


「あの後、いきなりヴァンデミエルでの借りを返せーって言いだしてさ。ツナの影に潜って休息をとるから、黙ってろって言われてたんだ。まあ、ハイドにしては可愛いお願いなわけだし、それくらいならいいかな…と」


「はあ? 可愛いお願いって、そんな風に思っていたわけ? 腹立つなァ、お前ら、ぼくのことを舐めているだろ」


 ハイドは不服気に腕を組み、ユウを睨んだ。

 しかし、すぐに首を振る。


「…まあいいや。ナっちゃんの驚いた顔も見られたしな。そろそろ時間切れで呼ばれたってことか。いいぜ、今は気分がいいんだ、大人しく引いてやるよ」


 ハイドはちらりと屋敷を一瞥すると、ふわりと、人の背丈よりも高く浮かび上がった。


「ハイド!」


 私は思わず手を伸ばしたが、早くも届かないところへ行かれてしまって、手の平は空を切る。


「いいや、ハイド、早とちりすんなって、ここからが本題だ」


 ユウはハイドを見上げながら、真剣な顔でそう言った。

 ハイドは訝しむように眉をひそめる。


「はあ? なんだよ、あんまり調子に乗るなよな。ぼくの方からは、用事なんてないんだから」


 そう言いながらも、ハイドは動きを止めてユウに向き直る。

 ユウは、慎重に息を吸った。


「……ハイド。お前を、『歓迎する』」


「………、……は?」


 ハイドだけでなく、私も驚いて、ユウたちの方を見る。

 ユウは、まじめな顔で言葉を続ける。


「俺たち全員で話し合った結果だ。ツナにできた、初めての友達なんだ、歓迎しないわけにはいかないだろ?」


 そう言ってユウは、ニっと笑った。


「…はああああ? 何考えているわけ? ぼくは魔族だぞ」


「些末なことだ」


 フィカスがハイドに応えた。


「油断しているわけ? ぼくは気が向いたらナっちゃんを遠慮なく攫っていくぜ?」


「いえ、これからはここがハイド様の家なのですから、攫うも何もないですよね?」


 にこにこしながら言うルグレイの言葉に、ハイドは、開いた口が塞がらない…という表情をした。

 それから、焦ったようにマグを見る。


「おい、白髪、いいのかよ!」


「もう、セリフはすべて奪われた。オレから付け足すことは・何ひとつない」


 マグは、淡々とそう告げる。


「………」


 ハイドは、絶句した。


「……ハイド!」


 私は、やっと理解が追い付いて、感極まってハイドの名を呼んだ。

 ハイドは、のろのろと私の方に目を向ける。


「嬉しい、ハイド! たくさん一緒に遊ぼうね!」


「ぷいぃいっ、ではボクが先輩ですね! 敬ってくださいね、ハイドさん!」


 マグは黙ってアンタローの口を塞ぐと、私の頭の上から回収していった。

 ハイドは、思考が停止したように、何も言えず、動けない。


「よし、そんじゃ無事に屋敷に戻ってこれたわけだし、買い出しに行かねーとな! ツナ、一人にさせちまうが、留守番頼んだぜ!」


 いきなりユウが、きびきびと決め始めた。


「俺も、物資を持って宮殿に帰らねばならん。また明日には来られるはずだ。無理そうなら、これで連絡を入れる」


 フィカスはそう言って、バギーから持ってきた、紙コップのようなものの片方を、マグに渡した。

 道すがら説明を受けたが、あれはリュヴィオーゼが開発した、通信機のようなものらしい。

 私がそれを見て受けた印象は、「糸のない糸電話」だった。


 ルグレイが、にこやかに屋敷を示す。


「屋敷の鍵は先程開けておきましたので、ご自由にどうぞ。それでは、行ってまいりますね」


「ぷいぷいっ、ボクはハイドさんと遊んであげてもいいんですよっ!」


「ほら、アンタローが居るとこじれそうだから、今日は我慢な?」


 ユウは、マグの手の中からぴょーんと飛んでいくアンタローを羽交い絞めにした。

 フィカスは魔道車を走らせ、ユウとマグとルグレイとアンタローは、ささっと街の方へと行ってしまう。


 私とハイドだけが、その場に残った。



「……ハイド、行こう?」


 私は、屋敷の方を指さす。

 ハイドは、まだ戸惑っているようだった。


「家の中、案内するよ?」


 私は三歩進んで、ハイドを振り返る。

 ハイドは、観念したように、ふわりと地面に降りた。


「……別に、いいけれど。ぼくを退屈させるなよな」


「うんっ、がんばるね!」


 私はハイドの手首を握ると、引っ張るようにして屋敷へと入っていく。

 ハイドは引っ張られるまま、ためらう余白も無く、玄関の扉をくぐった。


「……入れた…」


 ハイドは、信じられないものでも見るかのように、小さく呟いた。

 私が握っていたハイドの手首から、ふっと力が抜けて初めて、私はハイドが緊張していたのだとわかった。

 私は、笑顔でハイドの方を振り向く。


「それはそうだよ! だってわたしは今、ハイドのことを『大歓迎』してるもの!」


「………」


 ハイドは、ふっと微笑んだ。

 肩の力が抜けたような笑顔だった。

 私は嬉しくなって、大広間の柱時計の前で、まくしたてるように、部屋の説明をする。


「あのね、向かって右手がダイニングと、キッチンで、左手がリビングと、その奥がおトイレとお風呂場!」


 すると、ハイドは露骨に嫌な顔をしてきた。


「ぼくに用があるのは、リビングしかなさそうだな。食べるところを見られるのも、ましてや他人と同じ場所で体を洗うのも、絶対にごめんだね。大体アイツラ、お揃いのレザーグローブなんてつけてさ、気持ち悪いんだよ。…なあ、ナっちゃん、ぼくは、集団生活は向かないんだ」


「あ…そうか、そうだったね。それでシークの時は、何も食べなかったんだね」


「……今更そこを言うのかよ。本当、ナっちゃんはトロいよな」


 悪態をつくハイドに、私はにこにこしてしまう。


「じゃあ、二階を案内するね。こっち…!」


「いいよ、そっちは知っているから」


 ハイドは、手を振り払ってきた。


「え…どうして知ってるの?」


 どうやら、ハイドは失言をしてしまっていたらしい。

 しまった、というような顔で、口元に手の甲を当てている。


「……。たまに、窓の外から……見ていたからだよ」


 私が反応するよりも早く、ハイドはさらに言葉を被せてきた。


「ナっちゃんの寝顔って間抜けだよな! 他の奴らも大体間抜け! 人前で寝顔を晒すなんて、ぼくだったら死んでもごめんだね。これだから恥のない人種は嫌なんだ」


「…そっか。じゃあ、ハイドはさっきみたいに、私の影の中に入って寝るといいよ!」


「…はあ? ナっちゃん、本気でぼくと一緒に暮らす気…? 今までの話、聞いていなかったのかよ」


「ハイド、この家はね、自由なんだよ! 自由にしてていいの。やりたくないことは、やらなくていいんだよ! これがね、暗黙の了解なんだー。そうじゃないと、元々自由人だったユウやマグが、暮らしていけるはずがないんだ。だから、誰も怒らないし、無理強いもしないんだよ。わたしもね、朝に早起きするのが苦手だから、朝ご飯を作らなくてもいいの」


「………」


「ハイドは、一緒に暮らすのは、イヤ…?」


 ハイドは、いよいよ黙り込んでしまった。


「ごめんね、答えるのが嫌なら、答えなくてもいいんだよ。じゃあ、案内は終わったから、別のことをして遊ぼうよ!」


「……いいぜ。何して遊ぶのさ」


 ようやくハイドが言葉を返した。

 私は、うきうきとキッチンの方へと歩き出す。


「あのね、秘密の液体を作るの! こっち来て!」


 もうハイドと遊ぶというよりも、私の好きなことをガンガンやっていく感じになってしまっているが、ハイドは文句ひとつ言わずに、黙ってついてきてくれた。


「あ…そうだ、お湯を沸かすところから、始めないと…」


「はあ? なにそれ、そこから? 日が暮れるだろ。お湯くらい出してやるよ、ほら。ぼくは天才だからな」


 ハイドは人差し指を立てると、子供の手の平くらいの大きさの水球が、ぷくんと空中に浮かび上がった。


「わ、ありがと…! 待ってね、あの、この中に、入れて欲しいの」


 私は下の戸棚を開けると、そこから紙コップを出して、キッチンテーブルの上に置いた。

 ハイドは言われたままのことをやって、私はその傍にストローを二本置いていく。


「それで、え…と…、石鹸を、おろし金で、削って…!」


 私はもたもたと石鹸を持ってきて、おろし金を探し始める。

 ハイドはイライラしたように、私から石鹸を奪い取った。


「ほら貸せよ、ナっちゃんはトロいんだから…!! 流れからすると、要するに、これを細かく刻んで、この湯の中に入れればいいんだろ? お茶の子さいさいさ」


「あ、ありがとう…! 角を少し削るくらいでいいからね!」


 そっちはハイドに任せて、私は調味壺から、砂糖をほんの一匙、お湯の中に入れた。


 ハイドは風魔法か何かを使って石鹸を切り刻んだ後、残りの石鹸を、元あった場所に放り捨てた。


「で、これを、混ぜて…」


 私は、石鹸と砂糖の入った液体を、ストローでぐるぐると混ぜる。


「よし、完成! あとはね、庭に出るの!」


「…なんで?」


 そう聞き返してくるハイドからは、ちょっと嫌そうにしている気配を感じた。


 …ひょっとして、せっかく入れた家から、出たくないのかな…?


「あ…じゃあ、二階の、テラスに出るっていう手もあるよ」


「そっちにしようぜ。ぼくは高い所から下を見下ろすのが好きなんだ」


 ハイドは気を良くしたようで、「持ってやるよ、ナっちゃんは絶対零すからな」と言って、紙コップを持ってくれた。


 テラスは雑魚寝ルームからしか行けないので、靴を脱いで布団の上を渡り歩き、テラス用のツッカケを履いて外に出る。

 ハイドはめんどくさがって、靴を履いたまま、ふわりと浮き上がって移動した。


 二人で、テラスから庭を見下ろす。


「…で、どうするのさ?」


「あのね、このストローの先っちょを、ちょんちょんと浸して…」


 私はそう言いながら、ハイドの持つコップに、自分の持つストローの先を、ちょんちょんと浸す。

 本当は、ストローの先をハサミで切って広げておいたほうが良かったのだが、そんな悠長なことをやっていると、またハイドにせっつかれそうだったので、このままいくことにした。


「で、ストローに、息を、吹きこむの」


 ふーー、と、庭の方に向けたストローに息を吹き込んでいく。

 すると、ぽこぽこぽこっとシャボン玉が無数に出来上がって、風に乗って飛んで行った。


 ハイドは少し驚いたようで、シャボン玉が全部消え終わるまで、じっとその流れを見ていた。

 それから、無言で、私のやっていた通りのことを繰り返す。


 ふーー、と、シャボン玉が飛んでいく。


「…フウン、子供騙しにしては、面白いな」


 気に入ったようだ。


「でしょ! 壊さないように慎重に息を吹き込んだら、大きいのができるんだよ!」


「あはっ、なにそれ、どっちが大きいか、勝負でもやろうって?」


 ハイドは、子供のように笑った。


 一緒に、慎重にシャボン玉に息を吹き込んでいきながら、私はハイドの境遇に、思考を巡らす。


 たぶん、ハイドは目が覚めて、ずっと一人だったからだ。

 だから、子供のまま過ごして、体だけが大人になってしまった。

 私よりもずっと背が高くて、使える魔法もとてもすごいのに。

 ハイドの笑顔は、どこか子供のようだった。


 私の作ったシャボン玉は、飛ぶ前に、パチンと破裂した。


「あ…」


「あはっ、へたくそ!」


 ハイドは無事に出来上がったシャボン玉を飛ばした。

 大きな球は、少し重たげに辺りをうろうろと彷徨うと、やがてパチっと水滴をまき散らしながら消える。


「ぼくの勝ちだな」


「う…ハイド、初めてのクセに、上手…」


 私が拗ねると、ハイドはますます気を良くした。


「当然だろう? ぼくは天才だからな、なんだってやってのけるんだ。冷たく冴えた13夜の静謐にかけて、ぼくにできないことはない」


 ふーー、とハイドはまたシャボン玉遊びを始める。

 一緒にそれを繰り返して、しばらくたった時だった。


「…苦労して作っても、こんなにあっさり、消えるんだな」


 私はその呟きに少し驚いて、ハイドの横顔を見上げた。

 ハイドは、遠くのどこかを見ているような目をしていた。


 私は声をかけたかったが、なぜか、今声をかけると、ハイドが消えてしまいそうな気がして、黙り込んだ。

 それくらい、今のハイドの横顔は、儚げだった。


 不意にハイドは、とても意地悪なことを思いついたかのような顔で、私を見てきた。


「ねえナっちゃん。『成りあがるためじゃなく、失墜のための王位なんて、なんて面白いんだろう』ね?」


「!」


 一瞬遅れて、何を言われたかを理解したとき、私はかーっと赤くなった。

 そうだった、ハイドはずっと私の影に居たってことは、全部、見てたんだ…!!


「あはっ、あはははっ!! 変な顔!」


 ハイドは、悪戯が成功した時の顔で、とても楽しげに笑う。


「もーー、ハイド、趣味悪い…!!」


「バカ言うなよ。本当に趣味の悪いのはどっちなのさ? せっかくできた友達を置いて、わざわざ自分から危ないことをやりに行くなんて」


「それは…! でも、まだ、危ないって決まってるわけじゃないし…!」


「ナっちゃんって、そういうところはお花畑だよなァ。まったく、危なっかしくって、見ちゃいられない。……。…いいぜ、一緒に、暮らしてやるよ」


「え……?」


「ナっちゃんみたいに鈍くさいのを放っておけるほど、ぼくは残酷じゃないのさ。守ってやるよ。空の上でも、どこでも。ナっちゃんと居ると、退屈しそうにないしな。それにしたって、今度は王様ごっことはね、おみそれしたよ」


 ハイドは、何かを思い出してくすくすと笑いながら、またシャボン玉を飛ばし始めた。


「うわ、なんだよ、楽しそうなことやってんじゃん!!」


 いきなりユウの声が響いた。


「ぷいぃいっ、なんですかそれ、なんですか、ボクもやりたいです! ふーふー、したいです!」


 アンタローの声が続いて、庭先を見下ろすと、買い出した荷物を持ったみんなが帰ってきたところだった。

 まだそこそこ遠い場所に居るはずなのだが、あの二人の声はひときわ大きい。


「へええ、なんだよナっちゃん、こういう遊びって、ぼくとやるのが初めてだったのかい? あはっ、ナっちゃんって、なんだかんだいって、ぼくにぞっこんだよね?」


 ハイドはわざと、シャボン玉を派手にまき散らした。


「ハイドだって、私に首ったけなんだから、おあいこじゃない?」


 悔しいので言い返してやる。

 ハイドはちょっと驚いて、「…生意気」と拗ねたように呟いた。


「あーあ、赤毛と白髪とゴーグルはともかく、騎士と精霊は厄介だよなァ。苦手なんだよ、ああいう、距離感が読めずに懐いてくるタイプ。ナっちゃん、アイツらが近づかないように、ぼくをフォローしておいてくれよ?」


「えーー、気が向いたらね?」


 私はハイドの真似をするような仕草で、そう言った。


「やれやれ、ナっちゃんは相変わらず手強い…」


 ハイドは大袈裟にため息をついて見せた。


「…ああ、そうだ、ナっちゃん」


 ふと、思い出すような物言いをハイドがしたので、私はなんだろうと彼を見上げる。

 しかし、ハイドは私と視線を合わせようとしない。


「あの、なんとかクッキーってやつ…。…まあ、悪くない味だったぜ」


「…!!!」


 私は、ハイドの腕にぎゅっとしがみついた。

 そのままぐりぐりと、額をハイドの腕に擦り付ける。


「うわっと、コップの中身が零れるだろ…! 全くナっちゃんは、怖がりなのか、お転婆なのか、どっちかにしろよな…」


 困ったような顔で、ハイドは笑った。

 晴れやかな笑顔に見えたのは、気のせいではないといいな…と思った。




<つづく>



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