しばしの別れ
魔道車の中は、寿司詰め状態だった。
運転席にフィカス、助手席には荷物が詰んであって、座れる場所は後部座席しかない。
あの時シークが投げつけてきたチェルキーストーンはごく一部だったようで、まだ潤沢に麻袋の中にはそれが詰まっている。
なんだか、爆弾と一緒に車に乗っているようで、若干ソワソワする。
苦肉の策で、私はマグの膝の上に座らせてもらい、隣にルグレイ、隣にクランといった順で座っている。
ユウはと言うと、マグのアイデアで、ロープを括り付けた予備タイヤの上に座らせて、魔道車でソリのように引きずっていくことになった。
「やべーーこれ、超楽しい!!」
ユウは大はしゃぎだ。
フィカスの頭の上に居るアンタローは、魔力の粒を吐きながら、前ではなく、なぜか後ろを向いている。
正しく言うと、後ろというよりも、ユウをガン見している。
アンタローはユウを、物凄く羨ましそうな目で見ている。
だけど、アンタローは魔力の粒をフィカスに提供しなければならない。
そのジレンマでアンタローは、眉間にちょっとしわが寄っている。
運転席の真後ろは、クランが座っているので、クランは自分を通り越していくアンタローの視線に、物凄く居づらそうにして、必死に耐えている。
「地上は底知れぬな…。このような珍妙な生き物が存在するとは…」
「陛下、耐えてください…! 私が付いております…!」
ルグレイが必死にフォローしている。
「なあ、そいえばさあ!」
何も気づいていないユウが、能天気な声を飛ばしてきた。
「昨日の話、俺らの天界での役割は決まったけど、フィカスはどうするんだ?」
ユウは、よっぽど王族ごっこが楽しみなのだろう、まだそんなことが気になっていたらしい。
フィカスは前を見て運転しながら答える。
「そうだな。付き人が二名、騎士が一名、となれば、俺は婚約者の役割でいけるだろう」
「「なんだと?」」
なぜか、クランとマグの声がハモった。
「もちろん、冗談だが。だがこちらとしては、王族と関わることを必死に回避させてきたにも関わらず、そこの娘は自ら突進していったんだからな。少しくらい、拗ねてもいいだろう。まったく…人の気も知らずにな」
「う…。ごめんね、フィカス」
「この貸しをいつか、倍にして返してくれればそれでいい」
フィカスが、つーんとしながら言った。
そういう状態のフィカスがとても珍しかったので、私はバレないように、こっそりと笑ってしまう。
「俺は姫お抱えの商人という設定で行こう。通いで行けるということだしな。ニヴォゼから珍しい商品を売りまくって、一儲けでもさせてもらおうか。あのジェルミナールから金を搾り取れるかと思うと、ぞくぞくするな…」
フィカスは、薄暗い笑みを浮かべている。
先日の死闘が嘘のように、旅は順調だった。
-------------------------------------------
夜が来る前に、野営の準備だ。
クランは、何をしていいかわからないようで、物凄く手持無沙汰そうに、岩に凭れるように座ったまま、動かない。
「なあ、魔法王って、あらゆる魔法を使いこなせるから、魔法王なのか?」
薪を拾ってきたユウが、クランの隣に腰かけて、興味津々に話しかけている。
昨日からそうだが、ユウは結構、クランに自分から話しかけに行く。
ルグレイは、最初はハラハラしていたが、今ではにこにこしながら、ほのぼのとその様子を見守っている。
クランはまだ、ため口で話しかけられることに慣れていないらしく、いつも戸惑った反応を置くようなワンテンポが発生していた。
「…そう考えて貰えれば、よい」
「じゃあさ、どの魔法が一番すげー魔法だと思ってるんだ?」
今までにされたことのない質問だったのだろう。
クランはユウから目をそらし、真剣に考えるような視線で、自分の中の言葉を探っている。
「……存在魔法だ」
「存在魔法?」
みんな、キャンプの準備をしながら、さりげなくユウたちの話に興味を示している。
私も、魔力の粒を提供し終えてぐったりしているアンタローを撫でながら、じっとクランの方を見た。
「『この世に生まれ出で、存在することができる魔法』のことだ。余やそなたが、こうして話をしている、ということも、存在魔法の一環と言える。いかに魔法王と言えど、これに干渉する方法は、あまり持ってはおらぬ」
「あまり…ってことは、何個かはあるのか?」
「ある。例えば、余がそなたを殺すような蛮行を行うことは、存在を消す、という意味での干渉となる。しかし、それは万人が持っている可能性であり、余だけが持つ方法ではない。余のみが関与してきたことと言えば、妻を娶り、子を得たことくらいであろう。しかし、その子に対する言葉での干渉の仕方は、未だ定理不明としか言いようがない」
「……? 難しく言ってるけど、ツナとどう話せばいいかわかんねーってことか?」
「……。まあ、そう…受け取ってもらって構わない」
ユウのその言葉のせいで、一気にクランが人生相談をした、というような流れになってしまった。
しかしユウは、「ふーん」と相槌を打っただけで終わった。
「なあ、ツナの母ちゃんって、どんな感じだったんだ?」
そして興味を失ったように次の話に行く。
マグとフィカスが、「さっきの話はもうちょっと突っ込むべきだろう」みたいな反応をして、がっくりと項垂れた。
しかし私としては、そこを突っ込まれたら困ったので、次々に興味を変えるユウの態度はありがたかった。
「エメリーンは、不思議な娘だった。余の心の奥まで見透かしてくるような、慈しみを与えてくれたものだ。余は、彼女と出会ったことで、多くを学び、多くを得た。それまでの余は、ただのジェルミナールの歯車のひと欠片でしかなかった。しかし余は、彼女に出会ったことで、『人間』になる方法を、教えて貰った気がしている。それ以降、民草を見る目も、大分に変わった自覚がある」
「へええ、すげー好きだったんだな。なあ、キスとかしたのか? イテッ!」
いきなりマグに後頭部をはたかれて、ユウは前のめりになった。
「お前な……」
マグは半眼でユウを睨みつける。
ユウは頭をさすりながら、マグを見上げた。
「なんだよ…! いいだろ別に、妻子持ちと話したことなんて、そういやなかったなーと思ってさあ」
「ツナが居るんだぞ。あまり刺激が強い話はするな」
あ、そっちなんだ…。
マグは相変わらず視点が違った。
「陛下、スープになります」
「ご苦労」
ルグレイが持ってきた器をクランが受け取り、そこからみんなでお食事タイムとなった。
クランは基本的に、食事中は喋らない。
一口一口、大事にスープを口に運ぶ姿は、お育ちがいいという印象の他はなかった。
こんな野営とか、慣れない生活をして大丈夫なんだろうか…と心配になってくるほどだ。
しかし、旅の間、クランは文句ひとつ言わず、大体は瞑想をして過ごしていた。
趣味とか、ないのかな…?
気になったけど、それを聞くキッカケもなかった。
寝る前に、私はハイドの行方を聞かなかったことに思い至った。
生きていてくれたと聞いただけで嬉しかったから、すっかりそこを失念していたのだ。
屋敷に戻ったら、聞いてみようかな…。
いつもだったら、フィカスかルグレイに聞くけど…たぶん、ユウとマグは、もうハイドのことを怒っていない気がする。
試しに、隙間時間にユウかマグに聞いてみようっと。
そう決意しながら、眠りについた。
結局旅の間は、特に私とクランの間で会話もないまま、次の日の昼過ぎに、魔道車はニヴォゼにたどり着いた。
-------------------------------------------
「ここが、そなたたちの住まいか」
クランは杖をつきながら、広さを確かめるように庭に立つ。
畑の側は使えないので、いつもユウとルグレイが朝稽古をしている側の大地に立つ。
「なるほど、ここならば、陣を展開できよう」
「陛下、魔力の方は、大丈夫なのですか?」
「ああ。旅の間に楽をさせてもらったのでな。多少は魔力を節約せねばなるまいが、この程度なら造作もない」
ルグレイにそう言って、クランはゆっくりと杖を持ち上げる。
ポツ、と杖底に、淡い魔力の光がともった。
そして、威厳あるたたずまいで始めたのは、落書きだ。
いや、杖底をクレヨンのようにして、魔方陣を描いているのだが、こう…落書きしているようにしか見えない。
ハッキリいって、すごく地味な作業だ。
私たちの前に現れた時のように、パーっとやるのかと思っていたので、予想外の光景過ぎた。
魔力の節約って、こういうこと…?
そうか、なんとなく、この世界の魔法のことが分かってきたかもしれない。
例えば、7という数字を魔法だとして。
そこにたどり着くまでに、1~6の工程を必要とする。
それは、呪文であったり、陣であったりと様々で。
そこの工程をすっ飛ばすにつれ、必要な魔力量が上がるのではないだろうか。
だから、一個一個を丁寧にやって行けば、魔力の節約になる。
「そなたたちが思っている以上に時間がかかろう、中に入って休んでいるがいい」
クランは真剣なまなざしで地面に落書きを増やしていきながら、何気なくこちらを気遣ってくる。
「えーー、面白いし、俺は見てたいな」
ユウが言うと、みんなも同意した。
「…ならば、好きにせよ」
ユウはてっきり退屈がるかと思ったが、魔法という、自分の生活圏にない文化に、実は興味津々なんだろう。
「ぷいぃいっ、ボクもお手伝い、できますよ!」
アンタローが、ぴょこんとフィカスの頭の上で跳ねた。
「気持ちだけ頂こう」と、クランは控えめにお断りしている。
しかし、こうして見ると、魔方陣というものは、幾何学的な感じなんだなあ、と私も若干興味を持った。
図のような、絵のような、芸術のような。
その緻密な平面を作り出していくクランの横顔は、職人のようだった。
私はその時初めて、魔法って、綺麗なんだなあ…と思った。
ただの、便利な力ってだけじゃないんだなあ。
「素晴らしいです、まさか陛下の編まれる陣を直々に見られる日が来るなんて…!」
ルグレイは、クランの集中を妨げないように小声で、感動の声を上げている。
「他国の機密を見ているようだ…この魔法は、ニヴォゼにはないな」
フィカスはちょっとうずうずしているようだ。
たぶん、本当は描き写したいのだろう。
マグは、生み出される線の緻密さに、感心しきりだった。
そこからなんと、30分以上の時間が過ぎた。
「…よし。これでいけるであろう。だが、新年が来るまでは、余の魔力以外に反応しないよう、ロックをさせて貰おうか。準備が整うまでは、行き来があることを避けたいのでな」
「かしこまりました」
クランが私に目を向けながら言うので、仕方なく私が答えた。
「ルグレイ、ナツナ殿の衣服を一着、預かろう。サイズがわかりやすいものがいい」
「はっ、少々お待ちください、今お持ちします!」
バタバタと屋敷の中に駆け込むルグレイを見送ると、私はハテナを浮かべてクランを見る。
「新年までに、新王にふさわしいドレスを用意しよう。これも侮られぬための策だ、断ることは許されぬ」
「……承知いたしました」
内心ではめんどくさいなと思ったが、流石に普段着はダメなんだろうなと思い直す。
クランは、仕切り直すように、トンと杖で地面をたたいた。
そして一歩、私に近づいてくる。
私は、何事だろうかとクランをじっと見上げる。
クランは、目をそらさずに、私をじっと見つめ返した。
「では、しばしの別れになるが…」
そこで、言葉が千切れた。
クランは何かを言いたそうにしている。
が、そこから5分くらい、お互いに黙り込んだ。
沈黙の時間が5分って、かなりきつい。
というか、気まずい。
仕方なく、私から口を開こうとしたときだ。
「…面差しが、母に似て来たな」
不意に、クランがぽつりと、そう述べた。
いきなりそんなことを言われて、私は何も返せなくなった。
私の頬に、クランの手がそっと添えられる。
クランの手は、緊張しているせいなのか、物凄く冷たくなっていた。
しかし、なぜか私は、その感触を、全然不快に思わなかった。
一瞬、この手を握ってみようか、とも思う。
そうすれば、この人が何を考えているかを、私は正しく理解ができる。
だけど、なんだか卑怯な気がして、どうしてもそのまま動けなかった。
クランは、もう一度口を開こうとして…結局やめた。
屋敷の扉が開いてルグレイが出てきたと同時に、私に触れていた手を下ろす。
ルグレイから私の服を受け取ったクランは、優雅な動きで杖をつきながら、魔方陣の中心へと歩き出した。
そして、ユウたちを振り返る。
「今更、どの口が…と思われるかもしれぬが。娘のことを、どうか頼む」
クランは、深々と頭を下げた。
ユウたちは少し驚いたようだが、「任された!」と言って、からっと笑った。
私は茫然とその光景を見ていて、一歩も動けないし、何も言えない。
どうすればいいのか、わからなかった。
「ではな」
クランが、陣をノックするように、杖底でトンと叩いた。
パ、と光り出す魔法陣。
行ってしまう。
…どうしよう。
私の中に、何か、焦るような気持ちがあって、だけど、それをどう出せばいいか、どう表現すればいいかがわからない。
「ナっちゃん」
気が付けば隣にフィカスが立っていて、私の背中を押すように、トンと叩いた。
私は驚いたようにフィカスを見上げる。
フィカスは、静かに頷いた。
そうか。フィカスには、もう、お父さんと挨拶ができる機会は、永遠に訪れないんだ。
………。
「……父さま!」
私は、数歩駆け出した。
魔方陣に、つま先が当たるか当たらないかのところで、立ち止まる。
クランは、驚きに目を見開いて、こちらを見ていた。
「…どうか、ご自愛くださいね!」
自分でも、どういう表情をしているのか、把握ができない。
ひどくぎこちない笑顔だったかもしれない。
お腹のところで、ぎゅっと手の指を組んで、握りしめた。
光の中に消える間際で、クランはささやかな笑顔を浮かべていた。
それまでも何度か会話をしたはずだったのに。
私はなぜか、初めてクランと話をしたな、という感覚に包まれていた。
しばらくじっと、消えていく魔方陣の光の中心を見つめる。
喉の奥が、まだ、もどかしかった。
<つづく>




