1万の価値(下)
「はああああ? ネタバレとかありえないんですケドーー! チョベリバ、なんでわかったワケ? 新人類かっちゅーの!」
不意打ちを狙おうとしていたのだろう。
後ろの馬車の方から、また違う女の人の声がした。
振り向くとそこには、馬車の幌の上に座るアムラーが居る。
「チッ……!」
咄嗟にマグが舌打ちをし、アムラーの方に銃口を向けた。
ユウとマグとで私を挟むようにして、背中を預けあっている状態だ。
「おねえちゃん、その女の子めちゃんこ厄介なんですケド~! マジブルー入るわぁ。もう先にヤっちゃったほうが世界平和の訪れみたいな~↑↑」
シノラーの言葉に、アムラーが妖艶に笑う。
「マジウケる、いいよ、アタシらに歯向う気をなくす方法なら、いくらでもあるし~? アタシは駒斬 薔薇。あんたたち三人まとめて、アタシのペットにしてあげる!」
こまぎれ、ばら!
やっぱりね!!やっぱり二人組だった!
モモ肉ときたらバラ肉だもんね!?
私の考えてることくらい、私にはお見通しだよ!(そりゃそうだ)
…いや待って、姉妹みたいなのになんで名字が違うの??
名前から考えるからそういうことになるんだよ!!
って、そんなことはどうでもいいや、今大事なのは、ここから先がどうなるのか、全然覚えてないってこと…!!
「とりあえずユウは落ち着け……突進は論外だ……先に動けば隙ができる……相手の出方を待て」
マグが私を気にしながらそう告げる。
「………」
ユウは唸り声をあげるだけで、殺気立った雰囲気が収まることはなかった。
その時、二人の魔女は同時に手を掲げる。
「おいで、カセトリ!」
「おいで、ヨッカブイ!」
ズボオオオオオオッ!
地面の中から、藁を被ったカサ小僧みたいな無数の人間大の泥人形が出てきた。
ほとんど藁で、手足だけが人間の形をしている。
全員が、ユウとマグの方を見た。
もう一方の地面からは、シュロ皮を頭にかぶった集団の泥人形が出てくる。
ズタ袋を持っているのと、鐘を持っている者が居て、全員が私の方を見た。
こ、これは!?
「「行けっ!」」
魔女の命令に従って、泥人形がのたのたと動き始める。
最初に動いたのはやはりユウで、踏み込みと同時、大上段に構えた剣を振り下ろ―――
「ダメーーーーーー!?」
振り下ろそうとしているところを、私はユウにしがみついて邪魔をした。
「っ、ツナ、どうした、邪魔するな!」
ユウが乱暴に私を振り払おうとする。
しかし私は涙目で必死に食い下がる。
それ、神事!!!!
そうは見えないだろうけど、たしかどっかの県の神事!!
そんな神聖なものに切りかかるのは倫理上いかがなものか!!?
なんてものを書くんだ、私は不謹慎という言葉を知っていたのかな!!?
マグも私の行動を図りかねて、戸惑いながら銃を撃とうかどうか逡巡を続けている。
「たしかに……襲ってくるにしては、動きが変か……? まるで攻撃を……誘っているような」
「ちょっとーー、また見破られたんですケド~! ぶっちゃけありえない~!」
「その土人形にはせっかく攻撃反射の魔法をかけてあげてたのに~!」
「な…!?」
反射と聞いて、泥人形を真っ二つにしようとしていたユウは血相を変える。
「なるほど……魔女の使う魔法は……えげつない……ツナ、助かった……」
いや今のは偶然なんですけどね!?
その時、動揺のすき間を縫って、シュロ皮頭が私をズタ袋に詰め込もうと、わらわらと掴んできた。
私は横からかっさらわれるように、二人から引きはがされてしまう。
「あ……!」
「ツナッ!」
ユウが剣を捨て、即座に格闘スタイルに切り替える。
ドッ!
私を掴んでいた泥人形たちが、ユウのタックルで突き飛ばされただけで、数体まとめて尻もちをついた。
「ぐっ…!!」
その衝撃が返ったのだろう、彼は胸を抑えながら、一瞬ふらついた姿勢でなんとか私を取り戻す。
「思い通りにならないってマジむかつくんですケド! もう許さない、ちちんぷいぷいーー!」
急にアムラーの方が王道の魔法を唱え、手の平から紫色した光の蝶の群れを出した。
それらが光線のように、バランスを崩したユウに向けて飛んでいく。
「犬っころに、なっちゃえーーっ」
「………ッ!!!」
ザッ!
マグが、ユウを庇うように立ち、その光線を受けた。
バシィーッ! と電気が走るような音が響き渡る。
「や、やだ、マグっ、マグーーーッ!」
まぶしい光の中で、私は叫び声をあげた。
傍らのユウの、信じられないものを見たような、息を飲む音が耳に届いた。
「なんで………」
なんで庇った、という意味なのだろう。
私は彼らの約束を知っている。
「アハハハハッ、だから言ったっしょ、後悔させてやるって! 超アゲアゲ~! バカが見る~ブタのケツ~↑↑ あ、もう犬のケツかな~?」
「でも落ち込まないで、ここからですカラ~? 残った二人で土下座して1万差し出せば元に戻してあげるって~、アハハハッ!」
魔女たちの笑い声と共に、眩しさが収まっていく。
紫の煙が晴れたそこには………マグが立っていた。どこにも変わった部分はない。
「……?」
本人ですら、よくわかっていないというように自分の身体を見ている。
「ど、どういうこと!? 意味不明すぎて超MMなんですケド!?」
「あっ、おねえちゃん、コイツ…!! 妙な気配がすると思ったら、もう別の呪いを受けてるじゃん!」
「なんですって!?」
魔女たちの言葉に、マグは合点がいったように、「ああ」と、マフラーの上から喉をおさえながら呟いた。
「オレもユウも……他の呪いは上書きされない……ということか」
「マグっ!」
私はどっと安堵して、泣きそうになりながら駆け寄った。
マグは私の腰を引き寄せ、後ろに隠すようにしてから魔女たちに向き直る。
「逃げるべきだろうが……馬車を放ってはおけないか……どうするか……おいユウ……呆けてる場合じゃ……ないだろう」
「あ、ああ…」
ユウはハっと我に返ると、マグの傍に来る。
まだ蠢いている泥人形を警戒するように、牽制のための拳を握りしめた。
「ヤダヤダ、もうコイツラ予定外すぎ! おねえちゃん、帰ろうよ~」
シノラーの方が、すがるようにアムラーの方を見た、その時だった。
「ぷいいぃいい~」
馬車の床に転がっていたアンタローが、ぴょこんと出てくる。
「ぷいぷいっ、いい夢を見ました……おやみなさん、どうされたんですか?」
「「「アンタロー!?」」」
「「あづさ!?」」
私たちと、魔女たちの声がハモる。
「!?(もろもろ、もろもろっ)」
アンタローはびっくりして、口から粒を出している。
あづさ?
「違うよおねえちゃん、この子はあづさじゃなくて、別の種類みたい。ウケるわ~」
「な……アンタたち、精霊に選ばれてたってワケ? それならそうと早く言ってよね!」
「精霊?」
「アンタローのことか……?」
「まものじゃなかった?」
いまいち精霊という神秘的な単語がしっくりこないので、私たちは三人で首をかしげていた。
「ぷいぃ~?」
当の本人も首をかしげていた。
魔女たちがサっと手を振ると、泥人形の群れは地面に還り、その場に充満していた緊張感が、ゆるゆると霧散していく。
「その様子だと、生まれたばかりみたいね。ケド精霊は悪しき心を持った人間には決して頭を垂れませんし? そういうコトなら今回は見逃してアゲル。めんどいし、もう通っていいわ~」
見逃すというよりも、飽きたからやめる、という雰囲気で、二人の魔女は姿を薄れさせていった。
「なっ、おい、逃げるのか!!?」
ユウはまだ怒りの残滓がくすぶっているようで、声を荒げて追いかけようとした。
「ユウ、やめろ……時間がない……街に急ぐぞ」
マグが馬車の方を示す。
ちょうど、商人と御者が、ウーンと唸りながら目を覚ましたところだった。
ユウは釈然としない様子で下唇を噛んでいたが、すぐに思考を振り払うように頭を振り、捨てた剣を拾いながら馬車へと乗り込んでいく。
「おっちゃん、魔女は追い払った、すぐに馬車を出してくれ!」
ユウの後姿を見て、マグは一安心、という様子だ。
すぐにこちらに目を向ける。
「ツナ、疲れただろう……あとは寝てていいから」
「うん……。でも、もうちょっと、ユウとマグのブジなところ、みていたい」
マグは一度瞬きをして、困ったような顔をする。
しかし特に反対はせず、私の頭を一度撫でて、一緒に馬車へと戻ってくれた。
御者の合図とともに、馬車が無事に走り出す。
あードキドキした!
いろんな意味でドキドキした、でも本当にみんな無事でよかった。
私は役に立てただろうか。
等々、いろいろな考えが浮かんでは消え、興奮冷めやらぬ私に、商人が何度もお礼を言ってくる。
「いやはや、おかげさまで無事に娘の誕生日を祝えそうですよ! 護衛代は要らないということでしたが、やはり心苦しい、せめてナツナお嬢さんに贈り物だけでもさせてくれませんか?」
私は保護者たちの顔を窺うと、二人ともまだ疲労の残る顔で頷いてくれた。
「それはよかった! ナツナお嬢さん、これがワタシの扱う商品なんですが、何か一つ、気に入ったものを持って行ってください。差し上げますよ」
「うわーー……!」
商人が、慣れた手つきで広げた布地の上に品物を並べていく。
宝石やアクセサリ、おもちゃや人形、スノードームにオルゴール。
武器や防具もあるのだろうが、きっと、奥さんや娘さんが喜ぶものを多く取り扱っているのだろう。
少しだけ悩んだが、私はすんなりとその中の一つに手を伸ばした。
「手鏡ですか、いやぁ、さすが女の子ですなあ! そして慎ましい、もっと高い品でもよろしいのに!」
「これが、ほしいです」
私がにこにこすると、商人は嬉しそうに目を細めた。
たぶん私に、娘さんの姿を重ねているのだろう。
「すまない……手鏡は思いつかなかった……」
元の位置に戻ると、私の冒険用具を手配してくれる係のマグが言う。
「ううん、このポシェットも、かわいくて、すきだよ」
「他にも欲しいものがあれば……ちゃんと言え」
「えー、マグはすぐ、ろうひ、するから…」
「ぷいいぃい~、ぷいぷいっ!」
「そうだマグシランさん、特別報酬として1万エーンを出しましょうか!?」
行きがけと同じような賑やかさを取り戻してきた馬車の中で、ユウだけは外の景色を眺めたまま、じっと押し黙っていた。
<つづく>