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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第三章 高校生編
107/159

救いの手



 シークの姿は、瞬く間に揺らぎ、歪み、膜が剥がれ落ちるかのようにして、今までの姿が失せていく。

 地面に転がっているトンガリ帽子すらも、幻だったかのように消えていった。


 ぬばたまのサラサラ髪から覗く、尖り耳。

 金色の目。

 夜を塗りこめたような、青藍のマント。


「ハイ…ド……?」


 私は、茫然と呟いた。


「…あはっ、見つかっちゃったな。ダメだぜナっちゃん、ハイド・アンド・シークは『もういいかい?』の合図から始める遊びなのにさ! ま、『もういいよ』なんて言葉を言う気は、さらさらなかったんだけれどね?」


 ハイドは、痛みに歪んだ顔で笑いながら、さらに強く、魔法王の腕を握りしめる。

 ユウたちも私も、目の前の状況について行けず、茫然とその様子を見ていた。


「それにしたってお前たち、これだけ人数が居て、なんで誰もこの男の呪いに気づかないのさ。本当、人間ってボンクラ揃いだよなァ。見ちゃいられないぜ」


「呪いだと…?」


 魔法王は、訝し気にハイドを見る。


「ああ。多少厄介な呪いだから、天才のこのぼくですら、ここまで近づかないと解いてはやれないんだけれどね。お前たち、よくここまで弱らせておいてくれたな、そこだけは褒めてやるよ。それじゃ、大人しくしていろよな、お・と・う・さ・ま!」


 ハイドは、片手をかかげ、魔法王の額にトンと人差し指を置いた。


「魔族風情が、戯言を! オルティ・イズーチカ!」


   バチバチバチバチイッ!!


「が…あ…っっ!!!」


 ハイドを貫いた剣に、電流が走った。

 ハイドは牙を見せながら、苦痛に身をのけぞらせる。


「ハイド!? やだ、やだやだ!!」


 私は慌てて立ち上がり、ハイドに駆けよる。


「来るな!!」


 電撃の中で、ハイドの声が鋭く響いた。

 あまりの気迫に、私の足はびくっと止まる。


「く…そ…! オイタが過ぎるぜ…!! 待ってな、すぐに、終わらせてやるから…!!」


 ハイドは口の中で何事かを呟くと、思い切り、トン、と魔法王の額を押す。

 魔族の呪文は、耳で聞き取れないような響きを持っていた。


「―――!!?」


 その瞬間、電撃は消え、魔法王の体から、はじき出されるように、黒い煙のようなものが霧散していった

 魔法王は大きく目を見開いて、茫然と空を見つめたまま、硬直している。


「はあ、は、あ…っ、安心、しろよ、…う、うまく…いった…っ!!」


 ハイドは、魔法王を掴んでいた片手を放すようにして、一歩下がった。

 ズブリと、ハイドを貫いていたエネルギーの剣が抜けていく。

 支えを失って、魔法王は、そのまま後ろから地面へと倒れ込み、意識を失ったようだ。


 それにつられるようにして、ハイドもそのまま、背中から地面に倒れた。

 その時、何かがハイドの懐から転がり出て、地面へと放り出される。


「ハイド!!」


 私は駆け寄って、ハイドの傍にしゃがみ込む。

 ハイドは、傷口を押さえて、つらそうに息をしていた。

 私は急いで上着を脱ぐと、ハイドの傷口の上に当てて、圧迫止血を試みる。

 だけど、衣服は瞬く間に赤く染まり、止血ができているようにはとても見えなかった。


 ユウたちも、なんとか歩ける程度までフィカスの回復治療を受けていたようで、よろよろとした足取りでやってくる。


「ナっちゃん…よく聞け……あ、あれ…は…反転…の、呪いだ…。愛は裏返り…憎しみに…変わり…信念も、信条も、裏返る。よかったな、ナっちゃん…こんなところまで…わざわざ殺しに来るなんて…相当な想いだぜ…。人間って…不思議だよな…愛は隠せても…憎しみは隠せない…。だ、が…かけるのも解くのも……よほど近距離でないと……かからない…呪いだ…。おそらく、身内の…誰かに…か、…かけられたんだ…ろうね」


「なんですって…!?」


 ルグレイが表情をこわばらせる。


「そんなことどうだっていいよ!! フィカス、お願い、回復魔法を!」


 私が悲鳴のような声を上げると、フィカスは沈痛な面持ちで首を振る。


「すまない、もう魔力がない…」


「そんな…!?」


 今まで我慢していた涙が、一気にボロボロと溢れる。


「あは…。泣くなよ、ナっちゃん…。どうだい、シークは…。…よくできていただろう…。まったく、また計画が狂ったよ…、お前たちの懐に入って、掻きまわしてやろうと思っていたのにさ…。ほんと、ナっちゃんは手強いな…」


「ハイド、ハイド…!!」


 もう私は、名前を呼ぶくらいしかできなかった。


「……? これは……ツナの……?」


 マグが、ふと何かに気づいて、地面に転がっていた何かを拾い上げる。


 私はそれを見て、息を呑んだ。


 あの時ハイドに渡した、イチゴの形の、アイシングクッキー。


「うそ…。捨てたって、言ってたのに…」


「…? ああ、それ…。そうか、さっきの衝撃で…虫ピンが外れたのか…。安心しろよ…まだ食えるぜ…。ピンで…時を止める魔法をかけておいたから…解けたのは…たぶん今だろうし…な」


 ハイドはもう、意識が朦朧としてるのだろう。

 全然会話になっていない。


「……死なせない」


 私は、泣くのをやめた。

 ばさりと、思い切り翼を広げる。


「アンタロー、おいで!」


「ぷいいぃいいっ!」


 アンタローが、キリっとした顔で、魔道車の方からぴょこぴょこやってくる。

 そして、ぷいぷいと私の頭の上に登って来る。


「アンタロー、粒を吐いて!」


「ぷいぃいいっ!!(もろもろ、もろもろっ)(きりっと粒漏れ)」


 もう、回復魔法をかけるのが怖いとか、四の五の言っている場合じゃない。

 私の魔力もそんなには残っていないかもしれないけど、それでも、絶対にハイドの傷を治してみせる!


 アンタローの吐き出す魔力の粒は、地面に落ちる前に、スッと空気に溶け消えていく。

 私はそれを吸い込むような気持ちで、深呼吸をする。

 ハイドの傷口を押さえたままの手の平に、意識を集中させる。

 「手当」とは、手を当てると書く。

 患部に手を当てることが、どれほど大事かを、私は意識した。

 もう心を落ち着ける言葉だとか、考えている暇が一秒たりとも無いので、とにかく、体によさそうな単語をひたすら並べてみることにする。


「―――カテキン、リコピン、オレイン酸、ベータカロチン、ポリフェノール…!」


 もうパっと思いつくのが成分でしかないのだが、気にしている余裕がない。

 私はものすごく真剣にそういった単語を並べながら、怪我が治るイメージを浮かべる。

 肉がタンパク質でふさがって、骨髄の造血幹細胞が血液成分を発生させて、…ヘモグロビンとか、そうだ、白血球は多すぎちゃダメで…!

 あと…大根の戻し切りのイメージで、傷口をくっつける…!!

 細胞同士が手をつなぐイメージで…!

 素人なりに、精一杯、怪我がふさがるイメージを保ち続ける。


「いいぞ、ナっちゃん、初めてにしては上手く行っている…!」


 フィカスのその一言が、どんなに嬉しかったか。

 少しだけ自信をつけて、願いと祈りをかけ続ける。


 心なしか、ハイドの呼吸が落ち着いてきて、顔色も少しだけよくなってきているように見えた。

 このままいけば、完治させられる…!

 いや、してみせる!


 そう、強く思った瞬間、バシンと手を払われた。


 「え?」と思っているうちに、ハイドは傷口を押さえながら、猫のように俊敏な動きで、大きく私から距離を取るように飛びずさった。

 みんな、驚いたようにハイドを見る。


「……なに、余計なことをしているわけ? ぼくは魔族だぞ。わかっているのか? 哀れみか情けか、どっちにしろ、ごめんだね」


 まだ、ハイドの息は荒い。

 私は慌てて立ち上がる。


「ハイド、まだ傷がふさがりきってないのに!」


「寄るな!!」


 言葉でぶたれた、という表現がふさわしいような、明確な拒絶だった。

 反射的に、足を止めてしまう。


「お前ら、ホント能天気だよな。ぼくが何をしようとしていたか、わかっているのか? ぼくの狙いは、そこの赤毛だったんだよ。ソイツを魔族にして、それからソイツの目の前で、白髪を殺してやるんだ! すると、感情の爆発で、稀代の魔王が誕生する! 美しいシナリオだろ? 赤毛には、魔王の素質があるぜ。魔族は感情を爆発させるなんて、みっともない真似をする奴は少ないからな」


 ハイドは、見下すような顔で笑う。

 が、当のユウ本人は、ため息をつきながら、一歩前に出てきた。


「そんだけ元気なら、もう大丈夫そうだな。なんだかんだでその予定は遂げられなかったわけだろ、もういいって。さっさと行けよ。そんで、また色々めんどくせーこと考えて、遊びに来いよ。どうせいつも、うまく行きっこないんだからさ」


「オレは……運の悪い奴というのは……ユウくらいしか見たことがなかったが……お前も相当だな……ハイド。まさかお前に……同情をする日が来るとは……。わざと詰めを甘くしている……とも受け取れるほどだ」


 マグも、ユウに続いて静かに語りかける。

 二人とも、全然怒っていないようだ。


 ハイドは、カーっと顔を赤くした。


「馬鹿にしているのかよ…!! だいたい、ナっちゃんがあのクソジェルミナールの子孫だって? 笑わせてくれるぜ、どういう展開なのさ! ぼくは驚かされる側に回るのは、あんまり好きじゃないって覚えておけよな、まったく、気が利かないったらありゃしない!」


 しかし、誰もその言葉を取り合わず、ルグレイは一歩前に出た。


「ハイド様、陛下を救っていただき、ありがとうございました。なんとお礼を申せばいいか…!! 本来は私の役目ですのに、ナツナ様のことも庇っていただいて…! フェザールはか弱い種族です、あのまま切り裂かれていたら、ショック死されていたかもしれません。どうか私のことは手足と思い、これからは好きにお使いください」


「はあ…!? お前…ぼくは、魔族だぞ…」


「? そうらしいですね。ですが、私にとっては、ハイド様は恩人以外の何者でもありません!」


 ハイドは、物凄く嫌そうな顔をして、逃げるような姿勢で、ふわりと浮かび上がる。

 フィカスがそれを見上げた。


「ハイド、気が向いたらいいから、返事はちゃんとしに来てくれ」


「返事って、なんのだよ」


「もう忘れたのか? ニヴォゼ王室直属のマジック・アナリストの地位に誘ったはずだが?」


「………」


 ハイドは、ぽかんとした顔でフィカスを見た。


「ぷいぃ? いつの間にかシークさんが消えましたよ?」


「……ふふ!」


 頭の上できょろきょろするアンタローの仕草を見て、私はどうしてもこらえきれずに、口元を押さえて笑ってしまった。

 ハイドは、毒気を抜かれたような顔で、ふいっと視線をそらす。


「……まったく、付き合ってられないな。もういい、またいつか遊んでやるよ。じゃあな」


「ハイド!」


 マグが、何かを放り投げた。

 ハイドが受け止めたのは、イチゴの形の、アイシングクッキーだ。


「今度はちゃんと食えよな!」


 ユウが笑顔で言う。


「………」


 ハイドは返事も返さずに、そのまま、フっと姿を消した。


「よかった……」


 私は、心から安堵の息を吐く。

 アンタローは、「活躍しましたよ、褒めてくださいっ」と言いながら、ユウの方にぴょーんと跳ねて行った。


 本当にギリギリの戦いだったけど、なんとか…なんとか、収まってくれた。

 回復魔法の成功も、思い出すだに、奇跡のようだ。


「なんだかんだで、ハイドには助けられたな。昼寝をしたばかりだが、もう動けそうにない。一休みをするか」


 フィカスの言葉に、返事をしようとした、その時だった。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「ぷいいぃいいっ!」


 アンタローが、キリっとした顔で、魔道車の方からぴょこぴょこやってくる。


 ………。


 そして、ぷいぷいと私の頭の上に登って来る。


「……?」


 手元に目を向けると、私は包帯代わりの上着の上から、ハイドの傷口を押さえ、圧迫止血をしている。


 ハイドの顔色は真っ白で、ハアハアと、荒い呼吸を繰り返している。



 ………。

 ………は?


「ぷいぃいいっ!!(もろもろ、もろもろっ)(きりっと粒漏れ)」


 アンタローは何も言わずとも、自主的に魔力の粒を吐いてくれた。


「あ……」


 ようやく、何が起こっているのか、少しだけ理解が追い付いてきた。


 ページが……戻った……?


 え、なんで??


 だって、ハイドも治って、全部、うまく行ったのに。


 ハイドが、治って……。


 ……まさか…。


 いや、ダメだ、今はとにかく、ハイドに回復魔法をかけないと、死んでしまう!


 だけど、懸念が頭から消えずに、私まで、緊張で物凄く息が荒くなってきた。


「ナっちゃん、大丈夫だ、俺がついている。治すことだけを考えてみるんだ」


 肩に、フィカスが優しく手を置いてくれた。


「っく…、…う……っ!!」


 私はもう、全然余裕も何もかもなくなって、ぼろぼろと涙をこぼす。


「な、治って…治って、治って…!!!」


 絞り出すように、願いを込める。

 頭が働かず、もはや呪文でも何でもなかった。


「ハイドから、痛いの、消えて…!!!」


 何とか、手の平から、じわりと暖かい光が出た。

 だけど、先程うまく行った感じに比べたら、滅茶苦茶弱い光だ。


「………」


 ハイドは薄眼を開けて、ぼんやりと私を見ている。


「…ナっちゃん、いいぞ、その調子だ…。大丈夫だ、相手を治したいと願えば、ナっちゃんなら叶えられる…」


 フィカスが、とても優しく落ち着いた声を出すので、私も少しずつ落ち着いてきた。

 本当に少しずつだが、ハイドの怪我が治っていく、かすかな手ごたえがあった。


「……ヘ…タク、ソ…」


 ハイドは、とても弱弱しく、牙を見せて笑った。

 先程の、元気に悪態をついていたのとは全く違って、私は悲しくなってまたぼろぼろと泣いた。


「泣くなよ…まったく…。治すなら…ちゃんと…治せよな……大人しく…していてやるからさ…」


「ハイド…! ハイド、死んじゃいやだ…!!!」


 私はそう言いながら、ハイドに言っているわけではなかった。

 神様、お願いします。

 原文に、それを書かないでください。

 それ以外だったら、どんな恥ずかしいのでも、何でも、受け入れますから…!!!


 だけど。

 だけど、私は知っている。

 原文を書いたのが、神様でも何でもないことを。


「う……っ、く……っ!」


 何とか、嗚咽をこらえながら治療を続けると、ハイドは、困ったように笑った。


「馬鹿だなァ、ナっちゃんは…。魔族のためになんて泣くなよ…。安心しろよ…ヴァンデミエルで貸し一つって…言っただろ…。あれをまだ返してもらってないんだ…死んでたまるかよ…。…あーあ、なんでぼくが元気づける側になっているのさ…。これじゃ、あべこべだろ…」


 ハイドは、さらりと私の髪を掬い上げるようにして、指を絡めてきた。

 私の頬に、ハイドの手が当てがわれ、涙をぬぐってくる。

 ハイドの手は暖かくて、私はそれだけで嬉しかった。


 だけど。

 私は、原文を読まなくちゃダメだ。

 早く読んで、この不安は気のせいだったと、確信したい。

 読みたくない。

 怖い。

 だけど、だけど…!


 気が狂いそうな葛藤だった。


 しかし、ハイドはもたもたしている私を叱咤するでもなく、辛抱強く、後から後から込みあがってくる涙を、静かにぬぐってくれる。

 みんな、何も言わず、私たちの様子をじっと見ていた。


 それは、とても優しい時間に感じた。

 終わらないで欲しい、残酷な時間でもあった。


「…もう、いい。もう、動ける」


 ハイドの方から、その時間を打ち切ってきた。

 先程とは違い、ゆっくりと、確かめるように立ち上がっている。


「この服は貰っていくぜ? 包帯にしちゃ、みすぼらしいけれどね」


 ハイドは、血まみれになった私の上着で傷口を隠すように抑えたまま、まだ疲労の残っているような顔をしている。

 まだ、全快していないんだ。


「ハイド様…!! 陛下を救っていただき、ありがとうございました…!!」


「様って…ぼくは魔族だぞ?」


 ルグレイとハイドが、先程と同じようなやり取りを始めた。

 今だ。

 原文を見るなら、今しかない。


 私は座り込んだまま、目を閉じて、そっと指を組む。


「ぷいぃいいっ!!(もろもろ、もろもろっ)(きりっと粒漏れ)」


 幸い、アンタローはまだ魔力の粒を吐いてくれている。

 この残った魔力では、たぶん、全文は見られない。

 が、やるしかない。

 なるべく、最低限の結論だけを見るように、イメージして。

 私は深呼吸をして…願いを込める。

 このシーンの原文、でてこい!



===========================================


 ハイドは力尽き、風化をするように、塵となった。


===========================================



 ………。




   <・・・・・パラ・・・・・>




<つづく>



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