意外な刺客
「昼寝をするぞ」
地上に出て、物資を魔道車に移し、モタモタと昼食を終えると、フィカスが突然言い出した。
私たちが反応をする前に、フィカスはつらつらと畳みかけるように話し始める。
「俺は、そこそこ情の薄い方だと思っていたのだがな。今回は少しダメージがでかいようだ。気分転換をしたい。昼寝だ。付き合え。ルグレイは元気だろう、見張りをやれ。時間は3時間程度でいい」
私たちは、何とも言えない顔でフィカスを見る。
しかし、誰も反論をしなかった。
確かに私も、ルンルン気分で旅を続ける気にはなれなかった。
「何だったら、子守歌でも奏でようか?」
シークが言い出すと、マグが首を振る。
「いや……シークも寝ていないだろう……ちゃんと休んだ方がいい……起きてから予定を聞かせてくれ。……今は、誰の別れの挨拶も聞きたくはないからな」
マグの言葉に、シークは少しだけ困ったような顔をした。
何か言いたそうにしているように感じたが、結局何も言わずに、シークはとんがり帽子を深くかぶりなおすと、湖の傍に生えている木の傍へと移動し、寄り掛かった。
寝る姿勢になっているので、了承したということだろう。
シークは、喋る時は凄くしゃべるのに、そうでないときは全く喋らなくなる。
ひょっとしたら、かなりの気分屋なのかもしれない。
「ルグレイ」
マグは、懐中時計をルグレイへと放り投げる。
ルグレイは、危なげなく受け止めた。
「承りました、今から約3時間ですね」
「ぷいぃっ、ボクは眠くないので、後輩と遊んであげます!」
難しい話の間に寝ていたアンタローが、元気にルグレイの頭の上を飛び跳ねる。
「ダメですよアンタロー様、静かになさらないと、皆様が眠れません」
「あ、いいよルグレイ、アンタローと話してあげて? わたし、誰かの話し声がする方が、なんだか安心できるから」
「…そうだな、俺もそうだ」
ようやくユウが喋って、私はほっとした。
ユウは、何かを考えこむように、ずっと黙っていたからだ。
私はちょっと嬉しくなって、一所懸命ユウに話しかける。
「外で、お昼間に寝るのって、ちょっと、新鮮だね!」
「そうか? ツナはすぐ疲れるから、俺の背中とかで何かと昼寝してたじゃんか、もう忘れたのか?」
ユウが、からかうように言ってきた。
そういえばそうだった、と、私はしてやられた気分になる。
「そ、それは、そうだけど…! 焚火もなくて、みんなでって意味で…!」
「こらツナ……興奮すると眠れなくなるぞ……ユウもだ」
マグに叱られてしまった。
フィカスは、魔道車のタイヤに寄り掛かるようにして、さっさと眠りについている。
ゴーグルをつけているので、アイマスク代わりになるのだろうか。すぐに寝息を立てた。
目の下にクマがあるマグも、片手を枕にするようにして、ごろっと草地の上に横になった。
ユウもすぐにそれに続こうとして、ふと思い出したように私を手招く。
「ツナ、ブレスレット、返すよ」
ユウは、左手首に巻かれた、首輪のブレスレットを外し始める。
私は這うようにして草地を移動し、ユウに左手を差し出した。
ユウはマグほど器用ではないが、私よりは早い動きで、ブレスレットを外し、また私の腕につけてくれた。
「ありがと。…おかえり」
私は微笑んで、ちょんちょんと鈴をつついて、チリチリと鳴らした。
ユウは少しだけ笑うと、なぜか私の頭をくしゃりと撫でた後、すぐに草地の上に横になる。
私も移動するのが面倒だったので、ユウの隣で、ころっと丸まるようにして、横になった。
もはや地べたで寝るのはお手の物だ。
「ぷいぷいっ、ルグレイさんルグレイさん、許可が下りたので、しりとり、できますよっ」
「しりとりの許可が下りた記憶はないのですが…。すみませんアンタロー様、ナツナ様に言われたのですが、私はしりとりが下手なようです」
「では、ボール遊びを教えてあげます!」
気候は秋だが、お昼間なのでまだ暖かい。
晴れた空の下で、キャッキャとはしゃぐアンタローの声と、ルグレイの優しい声が響くのを聞いているうちに、私は段々と眠くなってきた。
水底に居るユウツーは、今頃どうしているだろうか。
エネルギーが切れるのは何時なのだろう。
今、同じ太陽を見上げているのだろうか。
ほんの少しだけ、みんなにバレないように泣いて、それから眠りについた。
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「ナツナ様、ナツナ様」
「ン……」
ほんの一瞬寝ただけ、という感覚なのに、ルグレイが起こしに来た。
目を擦りながらゆっくりと上体を起こすと、周りに居た皆も、まだ眠そうにしている。
「もう…時間きたの…?」
「はい。皆様、よほどお疲れだったのですね。起こして回るのは、今が二週目ですよ。シーク様は眠っていらっしゃらなかったようで、すぐに返事をしてくださいましたが」
ルグレイは、微笑まし気な視線を向けてくる。
「だがまあ…幾分かは、スッキリしたな。昼寝など久しぶりにやったぞ」
フィカスが、感慨深げに空を仰いでいる。
「まだ昼間なのが……妙な感じだ……得をした気分になるな……」
マグはまだ目が半開きだ。
ユウは、座ったまま、ぐーっと伸びをしている。
「…で、なんだっけ? これからの予定を決めるんだっけ」
「ぷいぷいっ、ユウさんユウさん、呼びましたか? ボクですよっ」
アンタローが、ユウの膝に乗りに行く。
「いや、呼んでねーけど…」
そう言いながらも、ユウは膝に乗ってきたアンタローを条件反射で撫でている。
アンタローはハートを飛ばしながら、ユウの手にぐりぐりと額を押し付けている。
状況の分かっていないアンタローなりに、ユウツーとの別れに何かしら思うところがあったのかもしれない。
「しかし、そうだな。これからを考えなければならない。シーク、どうだ、ニヴォゼに来ないか? 俺にはそれなりの立場があってな。見返りはできうる限り、希望に添えるぞ」
フィカスが直球でシークを勧誘している。
シークは、木に寄り掛かった姿勢のまま、とんがり帽子を少し持ち上げて、フィカスを見る。
「私は漂泊の身。一週間程度なら、お招きに応じることもやぶさかではないけれど…そういう意味ではないのだよね?」
「ああ。シークは察しがいいからな、おおよその見当はついているだろう。時々意見を窺いに行ける位置にさえ居てくれるのなら、歓迎を約束しよう」
「……急ぎかい?」
「いや。返事は好きな時でいい。100年後だと困るが」
フィカスの返答に、シークはくすくすと笑った。
昨日見たばかりだというのに、なんだかその反応が、久しぶりに見える。
「お互いに情が移らないうちに離れるのが、一番だと思っていたけれど…。そうだね、君たちと共に居ると、新しい音が浮かんできそうだからね。あと1日だけ、一緒に行動させてくれないかな。その間に、フィカス君への返事を決めるよ」
フィカスはシークのその言葉を聞いて、マグの方を見る。
マグは、「よろしく頼む」と頷いた。
「では、移動をすることになったら教えてほしいよ。私はそれまでここで音を探して―――」
言葉の途中で、シークは跳ねるように立ち上がった。
私とルグレイとフィカスも、弾かれたように、バッと同じ方向を見る。
ユウとマグとアンタローは、私たちのいきなりの動きに、かなり驚いた。
「ぷいぃっ、ハエでも居ましたか?」
「なんだ、どうした!?」
ユウの言葉に、しかし私は答えられなかった。
初めての感覚だったからだ。
まるで、見えないヴェールで、肌を撫で上げられたような…。
不快ではないが、なぜか「見られた」と感じる。
「魔力探査…! しかも今のは、かなり遠くからだね…世界中を覆うほどの範囲だった。だけど、一体だれが…?」
シークが説明をしてくれた。
探査…と言われて、妙にしっくりくる説明だと感じた。
例えるなら、潜水艦のソナーのようなもので、私たちの居場所を探られた…という感覚が、とても近い。
フィカスが、焦ったように、ゴーグルの横の部分を、ピピピといじる。
「馬鹿な…今の波形は、…ジェルミナールだ!! 全員、この場を離れるぞ! おそらくナっちゃんの位置がバレた!」
「な……!?」
マグもユウも、焦ったように立ち上がる。
しかしルグレイは、真っ青な顔をして、茫然と座り込んだままだ。
私はいきなりの緊張で、冷や汗が出る。
「シーク、お前は別方向に逃げろ! こっちの事情に巻き込むわけにはいかねえ!」
ユウが、追い払うように腕を振ってシークへ言った。
だが、シークは、ユウの言葉が聞こえていないかのように、まだ先程と同じ方向を見ている。
「…よせ、下手に動かない方がいい!」
シークは鋭く、魔道車に乗り込もうとしているフィカスを止めた。
「どういうことだ?」
フィカスも普段より早口で、シークを振りかえる。
「その乗り物の中に固まると、逆に狙いがつけやすく、直撃を受け、転倒させられるだろう」
「転倒って…どういうことだ? 探られたのは、かなり遠くからじゃねーのか?」
ユウも焦りながら、シークを責めるような口調になった。
「いいから! 全員迎撃態勢をとって! その方が逃げるよりもはるかに怪我人が少なくなる! 座標を定める気配がした。…相手は、跳ぶ気だ!」
シークも、すっかり普段の涼しげな様子ではなくなっていた。
「ルグレイ、ルグレイ、どうしちゃったの!」
私は急いで立ち上がり、茫然としたままのルグレイを揺さぶる。
「く…っ! とにかく、今はシークを信じてみるしかなさそうだな。広い場所へ行くぞ!」
フィカスは、湖から離れるように走り出す。
それとほとんど同時のタイミングで、フィカスが走り出そうとした方角に、突如魔方陣が出現した。
ストーンヘンジの石舞台と同じくらいの大きさだ。
「転送魔法陣…!?」
フィカスが足を止める。
ルグレイは、信じられないものを見るように、光り輝くその陣を見つめていた。
「やはり、この魔力の気配は……。陛下……!!! なぜ…! 直々に足を運ばれるなど、考えられない…!!」
全員、息を呑んでルグレイを見る。
「陛…下…って、…え……?」
私は、理解が追い付かずに、全然意味なく言葉を繰り返した。
「うそだろ、親玉がいきなり来たってことか!?」
ユウは剣を抜いて、全員の前に躍り出るようにして構えた。
「シーク、説明をしている暇がない……とにかく、そこの木の後ろに隠れていろ……!」
マグも、ユウの隣で銃を抜き放つ。
「おいルグレイ、しっかりしろ、ナっちゃんを守るぞ! それともお前はまだジェルミナールのための騎士に戻るつもりか!?」
フィカスもユウの隣に立ち、茫然としたままのルグレイを叱咤する。
「あ……そう…ですね……おれは……姫様の、騎士です…!!」
ルグレイはハっと顔を上げて、アンタローを、魔道車の席の方へ、ボールのように放り投げる。
「ぷいぃいいっ!」
アンタローは、後部座席に、てんてんと跳ねながら着地した。
「アンタロー様はそこに隠れていてください! ナツナ様、私の後ろへ!」
ルグレイは、マントを広げるようにして、私を庇う。
しかし、ルグレイの背中は、迷いが伝わってくるように、儚げだった。
私は、ようやく、頭の中の整理が終わった。
「ルグレイ…。陛下って…。わたしの、父さま…のことだよね…?」
「……、どうして、こんなことに……!!」
ルグレイは、返事の代わりに、唇を噛んでいる。
「魔法王…か。まさか、伝説の存在に、相まみえる日が来ようとはな」
フィカスが自嘲気味に笑う。
その瞬間、魔方陣は一層光り輝いて、中から一人の、背の高い人影が浮かび上がった。
「…!」
ルグレイ以外は、その若々しさに、まず驚いていた。
とても、数人の妻や子がいるようには見えない。
私たちの前には、20代後半くらいにしか見えない男の人が居た。
これが、魔力持ちの人の、身体コントロールの効果というものなのだろうか。
私の兄を名乗る、ブルーの髪よりも、少し濃いめの青い髪。
それをオールバックにしている、氷のように冷たい目をした人だった。
片手には、身の丈ほどもある、大きな宝石のはめこまれた杖を持っている。
服装も何もかも、絢爛という言葉がふさわしい恰好をしていた。
ブルーとジューンと同じように、サークレットをしている。
刻まれている太陽と弓矢のマークは、ジェルミナールの紋章だろうか。
転送の光が収まると同時、その人は、ユウたちのことが見えていないかのように、真っすぐに私を見てきた。
私は、瞳で貫かれたかのような錯覚を覚えて、一歩下がった。
「―――ラズ。やはり生きていたか」
その目を見た時。
あの時、私は両親に愛されていると言ったルグレイが、嘘をついたのだと思った。
その目には、憎しみ以外の感情が、見つからなかった。
いや、強いて言うなら、一つだけある。
焼けつくような、殺意だ。
<つづく>




