ユウツー
夜になると、今度は月明かりが、透明な天井から射しこんでくる。
私たちは、入り口の大広間まで戻り、月明かりの下で、晩御飯を食べている。
今は身内しかいないので、私は翼を出して、月明かりの魔力を溜め込んでいるところだ。
水と空気がきっちりと分かれているラインの傍に居るので、水族館でご飯を食べている気分になる。
シークは相変わらず研究室の奥の部屋で、ご飯などそっちのけで、夢中になって音を探している。
ユウとユウツーはパっと食べ終わって、二人で組手をしようと言い出して、ちょっと離れたところでじゃれ合っている。
私とルグレイとマグとフィカスとアンタローは、のんびりと保存食を食べながら、二人のユウたちの方を眺めていた。
「今までナっちゃんがブレスレットをつけている分には、特に何とも思わなかったが。ユウが付けていると、リンリンうるさくて仕方がないな」
「ユウ様はよく動かれますからね」
フィカスの言葉に、ルグレイが微笑まし気に、組手をしているユウの方を見ている。
「ぷいぷいっ、ボクの予想では…赤い髪の方が勝ちますねっ」
「両方赤毛だが……?」
マグはなんだかんだで、だいたい律義にアンタローの言葉を拾いに行っている。
「ユウツー、ホントにここに残るのかな…」
「さすがにユウが二人も居ると……落ち着いた旅はできない……ツナ、別れは寂しいだろうが……我慢してくれ」
私の呟きに、マグが応じた。
フィカスも言葉を続ける。
「だが、ユウと同じ顔と性格なのが、どうにも…胸に来るな。こんな寂しい場所で一人きりにさせたくないという気持ちは、俺にもある。まあ、本人はもう、寂しいとは思っていないようだが。ユウツーが選んだ選択なら、尊重するべきなんだろうな」
「ン……。シークとも、これでお別れになりそうだね」
私の言葉に、フィカスは、残念そうに息を吐いた。
「シークに関しては、ぜひ欲しい人材なのだがな。アナライズの才能など、世界中を探してもそうは見つかるまい。勧誘をしたいところだが、エルフは人間嫌いだというし、難しいだろうな…実に惜しい」
「でもシークって、そんなに人間が嫌いそうには見えないよね?」
思わず言うと、ルグレイも頷いた。
「そうですね、淡々とされていますので、奥の方まで感情を読むことはできませんが、今のところ、不快感をあらわにされたことはないように見受けられます」
マグが、少し考えこむ。
「ツナも……シークのことが気に入っているようだしな……ダメもとで誘ってみてはどうだ……フィカス」
「えっ、わたし、シークのこと、気に入ってるの?」
きょとんとしてしまった。
「気づいていないのか……? ツナが初対面で敬語を使わなかった相手は……オレが見てきた中では……セージくらいだ」
「何を言う、俺もナっちゃんとは最初から仲が良かったぞ」
なぜかフィカスが張り合ってくる。
マグは、半眼でフィカスを見た。
「誘拐魔に……敬語を使う必要がどこにある……?」
そういえば、フィカスとの初対面ってそれどころじゃなかったなあ、懐かしい。
そして、確かにセージのことは、なんだか愛嬌のある優しいおじさんな感じで、好ましく思っていた。
ティムくんと話した時は、マグは居なかったもんね。
しかし、言われて気づいたけど、確かに私はシークには敬語を使っていない。
なんだか、シークに敬語って、違う…という感じがするのだ。
すごく感覚的なもので、うまく言えないんだけど…。
……。
改めて考え直してみても、やっぱり、違う、という感じがする。
なぜなのかは、わからないが…初めて会った気がしない、というか。
「ひょっとすると、フェザールとエルフは仲がいいのかもしれませんね。両種族とも、見目麗しい顔立ちが多いですし、争いを嫌うなど、共通点が多いのかもしれません」
ルグレイが、にこにこしながらそう言った。
そうなのかな?
そうなのかも?
なんとなく、それで納得することにした。
食事を終えると、明朝の出発準備だ。
フィカスの指示で、奥の部屋から物資が運ばれてくる。
貝殻の乗り物に、物資が入り切るかどうかの検証が行われたり、ある程度の取捨選択を余儀なくされたりと、フィカスとマグは、あーでもないこーでもないと討論を交わしている。
重さについては、どんなに貝殻が重くなっても、ルグレイが絶対に地上に運んでみせるという意思を示した。
二人は夜を徹して研究資料にも目を通したいということで、私たちは先に眠りにつくことにした。
「というか、別に出発は三日後とか、そういうのでもいいんだよ…?」
徹夜をしそうなフィカスとマグに言うと、二人は首を振る。
ユウツーと、これ以上別れ難くなる状況になるのは避けたいらしい。
そう聞くと、私としては、黙るしかない。
だって、既にもう、ちょっと離れ難くなっているのだから。
ユウだって、もうユウツーにべったりで、二人でまたどっかに行ってしまっている。
仕方なく、私とルグレイとアンタローで、口の開いた貝殻の中に入り、固まって眠りにつくことになった。
「そう、ボクですよ……」
ぷいぷいと寝言を言うアンタローを見て、ルグレイと二人で笑い合い、寝転がった。
水の中で眠るようで、不思議な感覚だった。
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翌朝になると、出発準備が着々と進む。
シークと合流しそうなので、私は翼を仕舞って、アンタローがみんなの邪魔をしないように、久しぶりにお腹を押したりして、アンタローと一緒に遊んでいる。
私は立ち上がって、床の上に居るアンタローの真上に、お菓子を持った両手を掲げる。
「ほらアンタロー、右にあるのが砂糖のまぶされたビスケット、左にあるのが、干し芋スティックだよ! どっちか片方だけあげるよ、どっちを選ぶかな~?」
「ぷ、ぷいぃいっ…!!」
アンタローは、困ったような汗をぴょぴょっと出しながら、床の上を跳ねて、右にうろうろ、左にうろうろして、目まぐるしく視線を動かしている。
ふふふ、困ってる困ってる。
「あ、ユウさぼってら! 言ーってやろ言ってやろ、マーグーに言ってやろ!」
「ちょっ、やめろよ、ちげーよ! 俺が運んだら壊しそうだから触らねーようにしてんだよ!!」
隣ではユウとユウツーが、今日もわちゃわちゃやっている。
確かにこれは、マグの言う通り、落ち着いた旅はできそうにないなあ…。
そうこうしているうちに、フィカスとマグが選び抜いた物資を貝殻の中に運び込み、シークもやってきて、みんなで貝殻の中に入る段階になった。
物資と言っても、運びやすくするために、麻袋に詰め直したチェルキーストーンがほとんどを占めている気がする。
唯一、この場に残るユウツーだけが、外側に居る。
「ユウツー、この貝殻の口が閉じたら、水の中に押し出してもらっていい?」
「ああ、そっかそっか、そういう役目が必要だよな、お安い御用だ!」
私の言葉に、ユウツーはからっとした笑顔で、快諾をしてくれた。
フィカスが、心配そうにルグレイを見る。
「ルグレイ、魔力は大丈夫か? 念のため、アンタローを付けた方がいい」
「大丈夫です、貝殻の中に空気がありますので、ほとんど浮力任せにすればいいだけですからね。ですが、アンタロー様が居てくださると、心強いです」
「ぷいぃっ、お任せください! 後輩のために、たくさん粒を漏らしますよ!」
アンタローは大張り切りで、ぷいぷいとルグレイの頭の上に登っていく。
「それよりも、フィカス様もマグ様もユウ様もシーク様も、あまり睡眠をとられた様子がありませんが……皆さんの方は、体調はいかがなのでしょうか?」
ルグレイも私も、そこが不安だった。
「徹夜と言っても……全員楽しいことばかりしていたからな……むしろナチュラルハイになっている程度だ」
マグはいつもの調子でそう言うので、ハイなのかどうかはいまいち伝わってこなかった。
「ただまあ、魔物に襲われたりしたら、若干やべーかもな。ユウツーと話すのは楽しかったから、全然後悔はしてねーけど」
「悪い悪い、俺も楽しかったんで、無理させちまったなー。けど、さすがに魔物なんてもう居ないだろ。ってことで、みんな元気でなって、気楽に言うことにするぜ!」
ユウの言葉に、ユウツーが返した。
そして、ユウツーは、意を決したように、ユウの方を見る。
「なあ、ユウ。ユウは嫌かもしれねーけど、俺、ずっとこの姿のままで居ていいか? 鏡の中に戻っちまったら、この姿はリセットされるんだ。けど、せっかくツナが教えてくれた自我も、なんでか、一緒にリセットされちまいそうな気がして、怖いんだ」
ユウは少し驚いた顔をしたが、すぐにからっとした笑いを返した。
「何言ってんだよ、こっちは元からそのつもりで居たのにさ。ユウツー、元気でな!」
「…サンキュー、ユウ! 俺、みんなに会えてよかった!」
シークは、何かを言う代わりに、唐突にリュートを弾き始めた。
昨日から作っていた音楽ができたのだろうか。
なんだか、出だしから物悲しい曲だった。
ユウツーはその音を聞くと、しばらくして、ハっと何かに気づいたよな顔でシークを見る。
「シーク…ありがとな」
シークは返事もせずに、ただひたすらに、その物悲しい音楽を奏で続ける。
まるで、レクイエムのような曲だった。
「じゃあ、名残惜しいけど…ツナ、貝殻を閉じてくれ。ちゃんと押し出すからさ」
ユウツーが、私を促してくる。
「う、うん…ユウツー、わたし、ユウツーのこと、忘れないからね!」
私が貝殻開閉スイッチを押しに行くと、半透明の二枚貝が閉じていく間に、みんなは口々に、ユウツーにお別れの言葉をかける。
「達者でな」
「どうか、お元気で!」
「世話になった……」
「ぷいぃっ、また会いましょうね!」
ユウツーは、何も言わず、とても軽薄な顔で、へらへらと笑った。
ガシャンと貝殻が閉じると、お互いの空間が隔てられる。
ユウツーは、私たちを包む大きな二枚貝に手をかけると、思い切り、水の中に押し出した。
「ありがとう……それから、ごめんな」
貝殻越しに、くぐもったユウツーの声が聞こえた。
すぐに、ザブンと水の中に入ってしまって、ルグレイは返答よりも先に、水を操ることに集中を始める。
「ごめんって、…なにがだ?」
ユウは、思わず、と言ったようにそう零したが、誰も返答できなかった。
全員、どうしてユウツーが謝ったのか、わからなかった。
ルグレイはコツをつかんだのか、難なく貝殻を水の中に漂わせることができた。
どんどんと、手を振るユウツーの姿が離れていく。
貝殻は、研究施設の開いたままの扉を出て、地上へ向けて浮き始める。
この場には、シークの奏でるレクイエムだけが、満ちていた。
私たちはまだ、戸惑ったように、ユウツーの残った研究施設の方を見下ろしている。
やがて、考え事をしていたマグが、口を開いた。
「シーク……ユウツーが何故ああ言ったのか……何か、気づいているんじゃないのか……?」
ピン、とシークは弦をはじいて、曲を止めた。
「だとしたら?」
「気になるじゃないか、言ってくれ」
「私は趣味が悪くてね。人の秘密を暴きたがる。その手段がマジック・アナライズなわけだけれど。しかし、君たちは私とは違って、本人の許可なく、秘密を暴く趣味はないんじゃないかな」
フィカスの言葉に、シークはにべもなく返した。
「本人の許可が必要だってんなら、ここに本人が居るだろ! 言ってくれよ!」
ユウツーと同じ顔をしたユウが、無茶苦茶な理論を述べている。
シークは、きょとんとした顔でユウを見た後、困ったように薄く笑う。
「…わかったよ。ただし、私の言うことを一つ聞いてもらう、という条件で、その申し出に応じよう」
「ぜひお願いします。私も気になりますので」
ルグレイも同意すると、全員が頷いた。
シークは、やれやれと首を振る。
「……まず、先程の曲は、昨日出来上がったばかりの、レクイエムだよ。そして私には、既にこの世に居ない者達に対して、レクイエムを贈るような趣味はない」
「……?」
怪訝な顔を浮かべる私たちをよそに、シークは淡々と話を続ける。
「さて、話を変えるよ。魔法生命体とは、一体なんだろうね。私たちの常識の範疇にない存在であることは確かだね。だからこそ、私たちは、それがどういった仕組みで動いているのか、想像もしなかったし、疑問にも思わなかった。だけど、永久に動き続ける生命なんて、本当にあるのかな? 生命体だというのなら、私たちが食事をとるように、何らかの方法で、エネルギーを摂取してしかるべきじゃないかな?」
アンタローが、ルグレイの頭の上で、すやっと寝始めた。
「さらに話を変えようか。ユウツー君は、ずっとあの姿で居ることを決めたよね。つまりそれは、鏡の中に戻らないと決めた、と同義だ。そして私は、そのタイミングで、レクイエムを贈った。…誰に?」
「まさか……」
マグが息を呑む。
シークは話を続ける。
「つまりは、そういうことだね。作曲に行き詰った私が、手慰みに、あの鏡をアナライズした結果、それがわかった。ユウツー君は、あの鏡の中に戻ることで、エネルギーを充電できていたんだよ。だけど、彼は今日からそれをしない。ユウツー君は、自我を抱いたまま、消滅する道を選んだんだね。だから、別れ際、誰の言葉にも返せなかった。『元気で居るよ』『また会おう』なんて、言えるはずがないのだからね」
「だから、謝ったって…?」
ユウが、呆けたように言った。
「…ルグレイ、戻って! 話し合って、止めないと!」
私が焦ったように言うと、シークが首を振る。
「私の言うことを一つ聞いてもらう、というのが条件だと言ったよね。『絶対に戻るな』。これがその条件だ」
「そんな…!!!」
ルグレイが、異議ありとばかりにシークを見るが、シークは揺るがない。
「私にも美学というものがあってね。君たちにも、コダワリとか、そういうものがあるんじゃないかな? 思い当たる節があるのなら、誰にもユウツー君の美学を壊すことは許されない」
「滅びの美学って、なに! 生死がかかったら、また全然違う話だよ…! じゃあシークは、わたしがユウツーと同じ選択をしたら、どう思うの…!」
ほとんど八つ当たりのようなことを言ってしまった。
言ってから、なんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう、と思う。
会ったばかりのシークに、どう思うも何もないというのに。
「……、……それ…は……」
ところが、どうしたことだろう、シークは目に見えて動揺している。
いつも薄い反応しかしないシークが、そんな表情をするとは思わず、私は物凄く戸惑った。
「いや、ナっちゃん。シークが正しい。自分でも、わかっているだろうがな」
フィカスが、少しずつ遠くなるリュヴィオーゼの街を見下ろしながら、絞り出すように言った。
「ツナ……シークに当たるのは……ダメだ。……勿論、ユウも」
マグが、念を押すように言う。
ユウに目を向けると、ユウは、服の上から、胸を抑えていた。
呪いの紋様のある場所だ。
「……ごめん、シーク。ユウ……痛むの?」
私の言葉に、シークは、返事の代わりに、帽子を深くかぶりなおした。
ユウは、まだ呆けたような表情のままだ。
「あ、ああ、いや、…なんでもない。まあ、こういう時は、さっさと気持ちを切り替えねーとな! 紅葉樹林ってとこも、まだまだ探索できてねーわけだし、ユウツーの分も旅を楽しまねーと損だよな!」
そう言ってユウは、へらへらと軽薄な顔で笑った。
私はなんだか、ユウのその反応に、泣きそうになった。
他のみんなも、沈痛な面持ちを押し隠すようにして、ユウを見る。
ただ、シークだけは、いつもと同じ、感情の薄い様子で、またリュートを弾き始めた。
場がレクイエムで満たされる。
私たちは、ただじっと、今は遠いリュヴィオーゼを、見下ろすしかなかった。
たった一人生き残った彼の棺としては、それはあまりにも大きすぎた。
<つづく>




