機械大国リュヴィオーゼ(下)
「ぷいぃっ、ユウさんは単細胞だから、分裂ができたのですか?」
一人状況の分かっていないアンタローが、二人のユウを見比べている。
ルグレイが、「うまいことをおっしゃいますね」とアンタローを褒めた。
私の指示で、倉庫にあった、研究資料が乗っているテーブルは綺麗に掃除されて、すぐに腕相撲用テーブルになった。
「なあ、でもさ、腕相撲って…俺ら同じ力なんだぜ?」
ユウの方が、まだ戸惑いがちに私を見てくる。
「ふたりとも、わたしを信じて!」
「まあ、そうまで言われちゃ…やるけどさ」
ユウツーも、テーブルの向かいで腕をまくり、腕相撲の準備をしてくれた。
「平和的に解決できるなら何よりだな。俺もユウが傷つくのを見たくはない」
フィカスは二人の間に立って、ジャッジの役割だ。
「しかし、私には、どちらも応援できそうにありません…! いえ、どちらも応援したいというか…!!」
ルグレイが、ジレンマにさいなまれている。
マグは、まだ注意深く、黙ってユウツーの方をじっと見ている。
「ぷいぷいっ、楽しそうです、腕相撲! かくいうボクは腕相撲には一家言ありますよ!」
「アンタロー君には腕が無いように見受けられるけどね?」
エルフのシークはそもそも腕相撲を知らなかったらしく、興味津々だ。
「じゃあ、手っ取り早く済ませるぞ。勝負は一度きり。勝った方が本物として、俺たちと旅を続ける。テーブルを掴むのは無しだ。ほら、腕を組め」
フィカスがちゃきちゃきと進行していく。
二人のユウは、相手を睨みつけたまま、静かに右の手の平を合わせる。
その上に、フィカスはそっと手を置いた。
「では行くぞ―――。レディ…ゴー!」
合図と同時に、フィカスが手を放し、ガタンとテーブルが軋む。
二人が力を入れ合っている証拠だ。
私たちは、応援しようにもできず、固唾を飲んで二人の様子を見守った。
すると、ブレスレットをしているユウの表情に変化があった。
「あれ?」という戸惑いの表情だ。
そして、物凄く力を入れている表情のユウツーを、じっと見る。
そしてユウは、戸惑いがちに、ゆっくりと、ユウツーの腕を押していく。
「くっ…そっ…!!」
ユウツーは、成す術もないようで、どんどんと腕を傾けていった。
パタン。
ユウは、優しい…と表現してもいいような仕草で、ユウツーの手の甲をテーブルにつけた。
その結果に、ユウツーは茫然としている。
「何でだ…!!!? 俺ら、同じ力だろ…!? どうなってんだ…!!?」
「その反応ってことは、わざとじゃねーってことだよな…?」
ユウはまだ戸惑っている。
「これは…ナっちゃん、説明を頼めるか? こうなることが、予測できていたんだろう?」
フィカスの視線を受けて、私は頷いて、二人のユウに向き直る。
「二人とも、利き腕はどっち?」
「右だ」
「そりゃ右だ」
「じゃあ、利き腕だと思ってる方の手を、上げてみて?」
ユウは右腕を上げ、ユウツーは左腕を上げた。
「あれ…?」
「お前、そっちは左だろ?」
二人とも戸惑っている。
マグが、口を開いた。
「なるほどな……。鏡に映った側のユウは……鏡合わせなわけだ……。向かい合っているわけだからな……本物のユウが右手で頬を掻いても……鏡の中のユウは……左手で頬を掻く……だが、ユウとしての記憶がそのままあるため……右利きだと思い込んでしまうわけだ……よく考えたな、ツナ」
「だって、あのままルグレイが自害するかと思うと、そりゃ必死になって考えるよ…!!」
「ナツナ様…!」
ルグレイが、じーんとしている。
放心状態だったユウツーが、くしゃりを前髪をかき混ぜる。
「俺……左利き……だった…のか?」
ユウツーは、負けたことよりも、そっちの方に衝撃を受けているようだった。
「俺…は、…俺…。あ、……あっはは、あっははははははっははははは!!!!!」
ユウツーは唐突に、腹を抱えて笑い始める。
ユウは、「お、おい…?」と引き気味に声をかけた。
「あああ、あああああああああああああああああ、そっかそっか、俺は左利きだったわけか!!! いやああ、わかった、そういうことか!!!」
「どうした…?」
フィカスも、ユウツーの様子に心配そうだ。
「いやあ、どうしたもこうしたも、これが自我か!!!! 今、いきなり、パっとわかった!! いきなり目の前が開けるような感覚なんて、あるんだなあ!!」
ユウツーは感動に打ち震えているようだが、声も口調もユウそのものなので、ちょっと錯乱したように見えて怖い。
「そうか、ツナは腕相撲で本物を決めたわけじゃない。俺が、ユウじゃないことを、証明したんだな?」
「ン……。ユウツーには、わたしと過ごした記憶があるみたいだけど、わたしには、ブレスレットをしているユウの方としか、過ごした記憶がないから」
言いながら、それでもやっぱり片方を選んだ罪悪感が来る。
「そう…か。そう…だな。悪かったな、みんな。もうユウに成り代わったりなんてしねーよ。いや、できない…のほうが正しいか。だってもう、俺は俺だからな。ここが俺の住処だ。あーあ、わかっちまった。わかるんじゃなかった」
そう言ってユウツーは、とても軽薄な顔で、へらへらと笑った。
そんなところまで、ユウと同じだった。
ユウツーは、感情を確かめるように、自分の胸に手を当てる。
「ごめんな、ユウ。さっき、俺がお前に襲い掛かった衝動の正体がわかった。俺は、寂しかったんだ。だから、お前に成り替わろうとした。もう何百年も人と会話をしていない。俺は、そのために作られたっていうのに」
ユウは、「もう怒ってねーよ」とぶっきらぼうに言った。
「ルーツか…。興味本位で聞くのは失礼かもしれんが、正直に言おう、俺はリュヴィオーゼに興味がある。よければ話してくれないか?」
フィカスが飾り気なく、率直に言った。
ユウツーは、なつっこい笑顔をフィカスに向ける。
「わかってるって、フィカス。調査のために来たようなもんだしな。ちなみに俺のことはユウツーって呼んでくれて構わねーぜ。シークは俺の名づけの親だな、へへっ」
「…光栄だよ、というべきかな。こうなるとわかっていたら、もう少し捻った名前を付けるべきだったよ」
シークは、目深に帽子を被りなおした。
ユウツーは、私たちの顔を改めて見渡すと、静かに話し始めた。
「俺は、この国で作られた、魔法生命体だ。最初にあの鏡が作られた目的は、研究者の何気ない発想によるものだった。すなわち、『自分がもう一人いれば、研究はきっとはかどるだろう』って。だから俺は、自分に映った者の記憶と姿を持って、鏡の外の世界に出ることができる。ただし、俺の存在は、ほとんど奇跡とも言える成功だったらしくってさ。鏡の量産は不可能で、俺はこの世にただ一人の、コピー人間、っていう、若干矛盾した感じの存在になったわけだ」
ユウツーは、世間話でもするかのような話し方で、言葉を続ける。
「ところが、ある日を境に、俺の使われ方が変化した。ある研究者が、写真を見せてきたんだ。この女の子になれるか? とね。俺は確かに、その女の子の姿で鏡の外に出ることはできたが、生体反応がないものは、記憶までコピーできなくってさ。だけど、その研究者は、涙を流しながら俺を抱きしめた。『チリカ、会いたかった』と。どうやらその写真に写っていたのは、その研究者の、死んだ娘さんだったらしいんだ」
ユウツーは、少し困ったように笑った。
「その日から、俺はいろいろな人になり続けた。犬や猫の時もあった。研究者って生き物は、どうにも、どっか、満たされない部分があるような奴らばっかりでさ、俺が化ける写真の相手を心の支えにするように、生き始めたんだ。みんな、俺が本物じゃないってわかっているのに、『母さんの好きな本を読んであげるよ』『今日はあなたの好きなムニエルよ』と、さりげなく言葉で誘導をして、俺に役割を与えてくる。嫌じゃなかったよ。むしろ、必要とされて、嬉しいばっかりだった」
ユウツーは、懐かしむような目をしている。
「俺は引く手あまたのスケジュールでさ、毎日誰かが俺を予約していた。リュヴィオーゼの街では、俺を使いたいからって理由で、研究者を目指す人間も出てくるくらいだった。だから、俺にとって、リュヴィオーゼのみんなは、家族であり、恋人であり、自分であり、かけがいのない者となった。そして、リュヴィオーゼのみんなも、俺に対して、そう思っていたのが伝わってきた」
ユウツーは、部屋を見渡す。
今は、リュヴィオーゼの民が、一人として存在しない部屋を。
「ある日、魔族の襲撃があったらしい。俺は、研究所の所長の手によって、この部屋に戻された。だけど、研究者のみんなは、外に出ようとするんだ。俺は聞いたよ。『ここに居れば安全なのに、どうして出て行くのか?』と。みんなはこう答えた。『お前を守るためだ。お前のためなら、私たちは命を懸けられる。絶対にお前を、魔族の手に渡したりはしない。安心しろ、絶対に守って見せる』と。それで……」
ユウツーは、一度言葉を切って、目を伏せる。
「それで……今日になった」
私は、息を呑んだ。
「…そうか。リュヴィオーゼは、魔族に滅ぼされていたわけか…。だが、それらしき遺体はなかった。ひょっとしたら、ここを捨てて、逃げ出したのかもしれない。…と言ってやりたいがな。今の流れでは、ここは捨てられないだろうな…」
フィカスがこぶしを握る。
ユウツーは、顔を上げた。
「ユウの記憶によると、外は水に沈んでいるらしいな。何が起こったのか…は、シークなら、知っているんじゃないのか?」
全員、一斉にシークの方を見た。
シークは、涼しい顔で視線を受け流す。
「何故そう思うのかな、ユウツー君」
「言ってただろ? 『マジック・アナリスト』だって。そして、二日前にここに着いた、とも」
シークは、ポロンとリュートの弦を爪弾いた。
「……まさしく。確かに私は、ここで何が起こったのか、ある程度の推測は立てている。が…。これでも男なものでね。心根の優しい女性が心を痛めるだろうことを、おいそれと口にするわけにはいかない。世の中には、知らないで居る方が幸せなこともあるんだよ、お若い方々」
「ぷいぃっ、ご安心くださいシークさん、ボクは男の子ですよ!」
「いや今のはツナのことだろ…!?」
ユウがアンタローに突っ込んでいる。
私は、いきなり話を振られてびっくりしていた。
「でも、ユウツーは、真実を知りたいんだよね? だったら、話してほしい。大丈夫だよ、わたし、みんなと居れば、図太くいられるから…!」
ぎゅっとこぶしを作って、シークにお願いする。
しかしシークは、まだためらっているようだ。
「その様子……よほどのことが起きたんだろうな……ツナ、聞くというのなら……覚悟は決めた方がいい」
マグが、シークを見ながらそう言った。
シークは、間を持たせるように、静かな水音のような曲を弾き始めた。
「……この地には、大きな呪いが使われた跡が残っていたよ。先程までの情報を聞く限り、魔物に対抗するための武器制作に着手を始めたリュヴィオーゼを、魔族は許さなかったのだろうね。単独行動が好きな魔族にしては珍しく、徒党を組んでここを襲った。ここまでは、みんなも想像できたことだろう」
私たちは、ゆっくりと頷いた。
シークは続ける。
「さて、話を変えるよ。かつてリュヴィオーゼは学術都市として知られていた。フィカス君も言っていたように、ジェルミナール王国から資金援助を受けていたらしいね。そのため、研究内容は、魔力をエネルギー源にした便利な機械、または魔力が無い者でも使用できる錬金術、の二つ。特に、ニヴォゼへ伝播するくらいに、錬金術には力を注いでいたというよ。私の知る、錬金術で最も夢のある発明は、無限にミルクの湧く壺だね。それが家庭の棚にあれば、人々はきっと豊かなティータイムを過ごせるだろう」
シークはエルフなのに、やたら人間の事情に詳しいんだなあ、と私は変な感心をしていた。
「さらに話を変えようか。現在、このリュヴィオーゼを包む水には、生き物は存在していなかったね。つまり、あの水は、海水でも、淡水でもないんだよ。もっとミネラルのない、ただの水。純水を超えた、超純水と言ってもいいだろうね。これは、錬金術の分野ではよく使われるものなんだよ。全く不純物がないから、微生物も存在せず、生物は育たない」
シークはどうやら、遠回しな言い方が好きならしい。
次々に転換する話に、ハテナを浮かべながら聞いている人が多い。
ちなみに、私の腕の中を見てみると、アンタローは難しい話が始まった瞬間に、すやっと眠りについていた。
「ここで、疑問が一つ出てくるはずだね。『あの水は、一体、どこから来たのか?』」
話についていけているフィカスとマグが、口元に手を当てて悩み始める。
私たちには、ちんぷんかんぷんだ。
マグが、状況を整理するように、単語を拾い始める。
「大がかりな魔族の呪い……錬金術……超純水……」
それを聞いたフィカスが、顔を上げた。
「そういうことか。あの水は、元人間…なわけだな?」
「!!」
私たちも、そしてユウツーも、衝撃を受けた顔をした。
シークは頷く。
「おそらく、ほぼ間違いないだろうね。魔族は皮肉が好きだからね。『もっとも錬金術らしく見える呪い』をかけたわけだ。等価交換を謳うなら、人一人の命で、いったい何千、何万リットルの水が生まれたのだろうね。この谷底の地には、砂ではなく、金属を含んだ岩盤が周囲を覆っている。水は地面に吸収されずに、瞬く間に谷底を満たしたんだろうね」
「みん…な…」
ユウツーは、立っていられないほどの衝撃を受けて、テーブルに寄り掛かった。
「この施設内に、水が入り込んでいないところを見ると、研究者は全員、外に戦いに出たのだろうね。ユウツー君、君を守るために」
「……そう…か。……。じゃあ、俺は……本当に、みんなに…守られていたんだな」
ユウツーは、目を見開いたまま、額に手を当てた。
「これは、今、俺がユウだから、こう思うのかもしれねーけど。きっと、本当は、ただの水になる呪いだったんじゃねーかな。だけど、みんな、自分の力で、選んだんだ。純粋なH2Oになることを。水苔や微生物が、この施設を壊してしまわねーように。俺は…。俺は、寂しいなんて、思うべきじゃなかったんだ。ずっと、リュヴィオーゼのみんなに、包まれていたんだ…!!!」
ユウツーは、ほとんど独り言のつもりだったろうし、みんなそれを見守るしかなかった。
一人を除いては。
「ああ、そうだな! ぜってーそうだ、間違いねえよ!」
からっと笑ってそう言ったのは、ユウだ。
ユウツーは、同意が得られるとは考えてもみなかったのだろう。
とても驚いた顔で、ユウの顔を見ている。
ユウツーは、困ったような顔で、くしゃりと笑った。
「ユウにはいい迷惑なんだろうが、俺、鏡に映ったのがユウでよかったよ」
「まあな! 俺は人気者だからな!」
ユウは胸を張っている。
フィカスは、ユウツーに同意の頷きをした。
「別の理由で、俺もユウツーに賛成だ。知略の使える俺かマグが映っていたなら、確実に死人が出ていただろうな。ルグレイだったとしても、別の意味で死人が出るだろうが…」
「それは間違いありませんね。私のコピーが皆様に危害を加えようものなら、死んで詫びねばなりません」
私たちの中で、すっかりルグレイのイメージがハラキリ男になりつつあった。
「だが、ちょうどよかった。ユウツー、ここにある物資を持ち出すことを、許可して貰ってもいいか? 今やリュヴィオーゼの住民は、お前だけのようだからな」
「ああ、そうだな。こんなとこで埃をかぶってるよりかは、生きてる連中に使ってもらう方がいいだろうし、好きに持ってってくれよ」
フィカスの申し出に、ユウツーは頷いた。
「ユウツーが外に出たいというのなら、鏡ごと持ち出すことも可能だが」
「…いや、それはいいよ。俺は、リュヴィオーゼのみんなと、ここに居るよ。みんなが守ってくれたここが、俺の居場所だ」
「…そうか。達者でな。といっても…マグ、そろそろ日没だな? 出立は明朝でどうだ?」
「……そうだな。他の部屋も見に行きたい……フィカスもどの物資を持ち出すか……検討する時間が欲しいだろう」
マグは、透明な天井から見える夕空を見上げながら、あっさりと了承した。
ユウツーは、自慢げに笑う。
「何でも聞いてくれよ、たくさん案内するぜ! リュヴィオーゼ自慢の研究者たちが作った、珠玉の作品ばっかだからな、大事にしてくれよな! ああ、ちなみに、この部屋に生体反応がある限り、ゴーレムトラップは復活しねーから、安心してくれ」
「そうか……栞代わりに……アンタローを置いていくか」
マグは相変わらず、効率的だった。
「いや、それなら私が残るよ。いい音が見つかりそうなんだよね。こういった時は、どの道食事も喉を通らなくなる。しばらく放置しておいてくれるなら、それでいいよ」
言うが早いか、シークは部屋の隅の壁に凭れるように、さっと腰を下ろした。
すぐに夢中になって、リュートの弦の中から、理想に相応しい音を探していく。
マグが返事をする隙間もなかった。
「決まりだな。危険もなさそうだし、各自で自由時間と行くか」
フィカスも、マイペースに物資の中をごそごそと探り始めた。
「ちぇっ、チームワークも何もあったもんじゃねーな」
ユウが、ユウツーに向けて話しかけた。
ユウツーは、自分が話かけられたことに、一瞬きょとんとしたが、すぐに優しげな顔で笑う。
「けど、俺はみんなのそういうとこ、嫌いじゃないぜ」
「そうだな、俺もだ」
二人で笑い合うユウたちを見て、私はなんだか、ちょっと胸が熱くなった。
<つづく>




