機械大国リュヴィオーゼ(中)
「ある特定の操作をすると……安全に開く扉……か。そしてこの石板に……その特定の操作の答えがある……」
マグが状況をまとめながら、改めて扉を見る。
「つーか、答えってどうやって書くんだ? 入力欄とかないよな?」
ユウの問いに、マグはじっと考える。
「ひょっとして……扉が崩れやすいことにも……意味があるのか。……答えに沿うように……削ればいいのか……?」
「ああ、そうですね。残った図式が正解の模様として判別される、と考えると、納得がいきます」
ルグレイが賛成したので、マグは早速、木彫り細工用の小さなナイフを取り出して、準備を始めた。
「でも、この三角の部分を3個削るだけだよね? 簡単すぎない…?」
私の言葉に、みんなもそう思っていたのか、うーーんと唸る。
「ひとまずやってみるか……。扉を開けるまでは……確定されないという話だからな……とりあえずわかっているものから……削ろう」
マグが、慎重に三角のマークの部分を削っていく。
サラサラと、砂礫が床に積もっていく。
「……よし、できた。どうだ……?」
マグが一歩下がって、全員の顔を窺う。
フィカスが、難しい顔をしている。
「…やはり、残っている文字列が多すぎるように感じるな」
唐突にユウが、ぐしゃぐしゃと赤い髪を掻き混ぜて、首を振った。
「あー、ダメダメ、俺はこういうのパス! あとで活躍するから、ここは任せた! アンタロー、一緒に遊ぼうぜ!」
「ぷいぷいっ、何を言っているのですかユウさん、ボクのアンペルニクス的発想が、ここから火を噴くところですよ!」
アンタローはそう言いながら、フィカスの頭の上でユウとわちゃわちゃやり始めた。
考え事に集中したいフィカスが、黙ってアンタローをユウの頭の上に置き、アンタローは「ぷいぃい???」と言っていた。
ルグレイが、眉間にしわを寄せて考え込んでいく。
「私も貴族の端くれですから、ある程度の教養は叩き込まれています。発想の転換方法も。…ひょっとして、この、四角のマークと、トランプのダイヤのマーク…は、消してしまってもいいのではないでしょうか?」
みんな、一瞬ハテナを浮かべて扉を改めて見やる。
マグが一番最初に理解をしたようだった。
「なるほど……確かに四角もダイヤも……三角を2つ、合わせた形……と考えることができるな」
「あっ、ほんとだ、すごいルグレイ…!!」
私が思わず言うと、ルグレイは頬を朱に染めて、照れ笑いをした。
マグがまた、迷いなくナイフで記号を削っていく。
「大分スッキリしたな」
フィカスが腕を組んで、改めて扉を見る。
残っているマークは、3個並んだ丸のマーク、3個並んだ星のマーク、3個並んだトランプのハートのマーク、だけとなった。
「あ、そうだ、開けるのは俺がやるからな、危ねーし」
アンタローと遊んでいるユウが、思い出したように言う。
私は反対したかったが、しかし確かに反射神経が凄くいいユウは適任なんだよね…。
「となると、☆のマークも怪しいな。△が5つ引っ付いているわけだからな」
「そうなると……星も全消しだな……何も残らない」
フィカスの言葉に、マグは静かに削っていく。
3個並んだ丸のマーク、3個並んだトランプのハートのマーク、だけが残った。
「…このくらいで行けそうですね」
「…いや、開けるのはまだだね」
ルグレイの言葉に、シークが、ピンとリュートの弦をはじきながら被せてきた。
「どういうことでしょう…?」
ルグレイがうかがうと、シークは、考え考え、ぽつぽつと話し始める。
「先程のルグレイ君の考え方で言うと、あと一つ、三角のマークがあるね。私たちは、四角とダイヤ、そして星のマークに、見えない線を引いて、三角を作り出したよね。それが、あと一つ、あてはまるマークがあるね。ハートを見てごらんよ。それを、縦ではなく、横に半分に割ってごらん?」
「…あっ、本当だ!!」
確かに、ハートのマークの下半分は、三角が隠れている。
というか、これは高校生の私が作った問題のはずなのに、全然自分で解けてない気がする…!!
「なんというか、いかにも研究者らしい問題の作り方だな。思考の柔軟性を持たないものは必要ないとでも言いたげだな」
フィカスが、腕を組んで呟いた。
マグは四苦八苦している。
「これはなんというか……作ったやつは意地が悪いな……半分は難しい……削る方の身にもなってほしいものだ……判定が甘いといいが」
そう言いながら、マグはナイフで扉のマークを削っていく。
私は心の中で、マグに「ホントごめんね…!」と謝っていた。
「私としては、気が合いそうだと思ったけどね。私もそこそこ意地が悪く、ひねくれている自覚があるからね。しかしそのおかげでこうして仕掛けに気づけたわけだからね、世の中何が幸いするか、わからないものだね」
シークは微笑みながらそう言った。
私にとっては、シークはそんなに意地悪でもないように感じていたけど、自己評価は違うということなんだろうか。
「しかし、これで、いよいよですね…!」
ルグレイは、少し緊張をしているようだ。
マークをあらかた削り終わったマグが、ユウに場所を譲るように、一歩下がった。
ユウは、アンタローを私の頭の上に置くと、扉の方へ行く。
「よし…開けるぜ!!」
ユウは念のためにと剣を抜くと、反対の手で、ドアノブを触る。
ドアノブは脆くないようで、しっかりと握りしめている。
「せーの!」
ユウはほとんど溜めもなく、ガチャっと扉を開けた。
すると、あの大きなゴーレムが、音もなくスウっと、空気に溶けるように消えていった。
「ばーーーーん!!」(アンタローの声)
「ひゃああああビックリした!!!!?」
私は飛び跳ねるくらい驚いてしまった。
他のみんなもそうだったようで、みんなでアンタローを睨みつける。
「お前…!!!!」
「ぷいぷいっ、刺激が足りないと思いまして、気を利かせてみました!(もろろっ)」
「アンタロー……当分はおやつ抜きな……」
「(がーーん!!)」
マグが地味に怒っている。
というか、アンタローにそもそもおやつなんてあげてたっけ?
「まあ、ともかく。これで先に進めるわけだな。行くぞ」
フィカスが気を取り直すように歩き出す。
アンタローはフィカスの頭の上に戻るのかと思ったが、まだ(がーーん)状態のようで、私の頭の上で放心している。
ユウは剣を納め、私たちはカルガモのように、ぞろぞろとフィカスの後をついていく。
今度はそう長く歩かずに、先の部屋の前にたどり着く。
ガーディアンが居たのだから、流石にもうトラップも何もないだろうということで、フィカスはガチャっと扉を開けた。
「なんだ、倉庫か…? ちぇっ、金銀財宝が隠されてるってわけじゃねーんだな」
ユウが、部屋に入って一番にそう言った。
確かに、その広い部屋には、色々な物資が置かれている他、何かの装置や、がらくたにしか見えない何かがたくさん積まれていて、まさに倉庫と言った感じだ。
「馬鹿な、これは…!!」
フィカスが、蓋の空いた大きな木箱の方にツカツカと歩み寄り、感嘆の声を上げた。
「チェルキー・ストーン! しかも、加工済みのものが、こんなに大量に…!! 金銀財宝どころではないぞ、どうやって持ち帰るか…!!」
珍しくフィカスが興奮している。
どれどれ、と覗きに行っても、琥珀色の石がゴロゴロと木箱に敷き詰められているだけだ。
大きさは、河原に転がっている石くらいのサイズで、あの平たくて丸い感じも同じだ。
「チェルキーストーン…とは、何ですか?」
私たちの疑問符を、ルグレイが代表して聞いてくれた。
「これは…『エネルギーの化石』という異名を持つ希少石でな。熱や魔力などのポジティブなエネルギーを数倍にも増幅する。例えば、これを火に放り込むだけで、オリハルコンですら加工できるほどの熱量を発生させることができる。そのように使い捨てるような勿体ないことに使うことは、もちろん推奨はされていないがな。これ一個で、エネルギー問題はかなり改善されるだろう」
「なるほど……さすが研究施設なだけあって……一般人には用のない宝が多い……ということか」
マグが納得している。
ルグレイも、頷いた。
「この施設にフィールドが張られている理由がようやくわかりましたね。その箱の中にマッチ一本の火でも入れば、街が丸ごと火の海に包まれる大惨事になるのでしょうから」
「しかし、そんな取り扱いに注意を払うべきものにしては、可愛らしい響きの名前だね。歌に出てきてもおかしくないような名前だ」
「ああ、この石が発見された街にあった、キャンディ・ストアの名前らしい。飴玉のような色合いをしているだろう?」
シークの感想に、フィカスが応じる。
私も同意した。
「確かに、口の中に入れたくなるね!」
「ぷぃいいっ、美味しそうです!」
「…ナっちゃん、アンタローをちゃんと持っておけよ? 貴重品なんだからな」
フィカスが警戒している。
「ほらツナ……アンタロー……ハチミツ飴だ」
マグが先手を打って、私とアンタローの口の中に、金色の飴を放り込んできた。
流石マグだ。アンタローが、目を横線にして、黙ってハチミツ飴を味わい始めた。
さっきおやつ抜きと言われたばかりなのに…。単純でよかった。
「ってことは、ここらにあるモンはみんな、研究によって生み出された機械…ってことか?」
ユウが適当に、筒のようなものを拾い上げる。
スイッチみたいなものを押すと、「ヴォン!」という音を立てて、筒の先から光るブレードが出てきた。
「あっっっぶね!!!!?」
ユウはまさに、その筒を覗き込もうとしていた矢先の出来事だった。
ユウの前髪の先っぽが、チリチリと焦げている。
ユウの反射神経がなければ、大変なことになっていただろう。
「もうユウ、心配させないで…!!!」
私は思わず、怒ったような言い方になってしまった。
「これは…私たちはあまり不用意に触らない方がいいのかもしれないね」
別のものに手を伸ばそうとしていたシークが、手を引っ込める。
「しかし、今のは武器か。そういったものは今までリュヴィオーゼの遺物からは発見されなかったが、兵器の研究でも始めていた頃に滅んだのかもしれないな」
フィカスが、改めて部屋の中のものを見渡す。
「これは、なんでしょう? 布がかけられていますが」
ルグレイは部屋の隅の方に行っている。
大人の背丈よりも高い、平べったい何かに、布がかけられているのを、興味深げにめくっていく。
「!! ルグレイ!!」
いきなりユウが、血相を変えてルグレイに向けて走り出した。
ユウは身体能力が高いため、ほとんど一足飛びの勢いで、瞬く間にルグレイの元へ辿り着き、思い切りルグレイを横手へ突き飛ばした。
「うわあっ!!?」
ルグレイは壁に叩きつけられそうになったところを、咄嗟に受け身の姿勢で事なきを得る。
めくられかけた布がバサリと床に落ち、ルグレイを突き飛ばしたユウの前に、大きな鏡が出現した。
「ユウ様、どうされましたか…!?」
「わかんねー、ただ、嫌な予感がして…!!! 下がってろ!」
ユウの様子に、さっと緊張が走る。
「ツナ、シークの傍に居ろ……」
マグがホルスターに手をかけながら、ユウの方へと慎重な動きで歩み寄る。
フィカスも、鎖鞭に手をかけて、少し離れた場所から様子を見守っている。
「………」
シンとした時間が、しばし流れた。
「なんだ? 気のせいだったのか…?」
他でもないユウがそう言ったので、場の空気が弛緩しかけた。
その時、私は我が目を疑った。
鏡の中のユウが、ユウ本体の動きと、違うことをしている。
具体的に言うと、剣を抜き始めた。
「ユウ様!!」
咄嗟にルグレイが、ユウを庇うように、抜き放った剣をユウの顔の前に突き出す。
ガチインッ!!
ルグレイの剣が、鏡の中のユウの剣を受け止めた。
ほとんど一瞬の出来事だった。
鏡の中から、別のユウが出てきて、本物のユウに、斬りかかってきたのだ。
「な…!!?」
「ユウ、一度ナっちゃんの方へ下がれ!! 混ざったら最後だぞ!!」
フィカスが迷いなく動き、本物のユウの腕を引っ張って、無理やり後ろへ下げた。
そして、ユウを突き飛ばすように、私の方へと押し出す。
「ナっちゃん、ユウにそのブレスレットを巻いてやれ!」
「え!? あ…そうか、わかった!」
私はフィカスの意図を理解して、必死で左腕に巻かれた首輪のブレスレットを外し始める。
しかし、どうしてこういう時って焦ってしまうのだろう…!
指がもつれるように、もたもたしてしまう。
「ぷいぷいっ、ツナさん、そこです、ああホラ、しっかり! もっと左ですよ!」
頭上のアンタローが指示してくるのがまた気が散る要因だ。
「くっ…、こ、の、剣の重さ…! 本物のユウ様と、同じです…!」
ルグレイは、片手ではユウの大剣の一撃を受け止めきれず、徐々に押され始めたところを、もう一本の剣でユウの胴へ向かって横薙ぎの一撃を放った。
「おっと!」
鏡の中のユウは、本物のユウと同じ声を出し、同じような動きで、トントンとルグレイから距離を取る。
しかし視線は、油断なくマグの方を見ていた。
「マグ、撃つなよ! 当たったらイテーんだからさあ!」
マグはとっくに銃を構えていた。
が、マグにしては、引き金を引くのが遅い。
鏡の中のユウの言葉に、戸惑っているようだ。
無理もない、私にも、本物にしか思えないような喋り方に聞こえた。
「ふむ…紛らわしいね。鏡の中のユウ君を、便宜的に『ユウツー』とでも呼ばせてもらおうか」
一瞬、何でシークはそんなどうでもいいことを言うのだろうかと思ったが、言葉による伝達を思うと、確かに重要なことだ。
「しかし、攻撃しづらいな、ユウそっくりなだけでも厄介なのに、まさか記憶まであるとはな」
フィカスも、どうしても鎖鞭を振るえないようだ。
ユウツーは、フィカスの言葉に慌てたように首を振る。
「ちょっ、待ってくれよ…! なんで攻撃されなきゃなんねーんだ? 俺と、そっちのソイツと、何が違うんだよ! 安心してくれ、俺はフィカスにもルグレイにもマグにも、危害を加える気はねーからさ。ちょっと選手交代するだけだって。一緒に旅を続けようぜ!」
「く…っ!」
追撃をしようとしていたルグレイも、動きを止めてしまう。
ユウツーの笑顔は、ユウと全く同じだった。
フィカスは、困ったように首を振るう。
「…前に一度、倫理問題として考えたことがある。俺と同じ姿をして、同じ記憶を持ったコピー人間が目の前に居たとして。それは本当に、偽物なんだろうか? とな。答えの出ていない俺に、攻撃に参加する資格はないのだろうな…」
「よし、つけおわったよ!」
私は何とか、本物のユウの左腕に、ブレスレットを巻いた。
行き詰っている場の空気を壊すように、わざと明るく声を上げる。
「よっしゃ、サンキューな、ツナ。行ってくらあ!」
ユウは、面白がるように、首輪のブレスレットの鈴をリンリンと鳴らすと、大股でユウツーの方へと歩き出す。
「みんな、やりづれーだろ、手を出さなくていいぜ! 俺が決着つけるからさ!」
マグもフィカスもルグレイも、何か言いたそうにしていたが、何も言えず、そして構えも解けなかった。
ユウツーは、不満げにユウと対峙する。
「ちぇっ、なんだよ、俺が悪いみてーにさ。お前さ、今までみんなと旅できてんだから、もういいじゃんか! 俺に譲ってくれよ! 俺だってみんなでワイワイしたいし、ツナの手料理食いてえよ!」
「ダメだね! 俺は欲張りなんだ、例え俺が相手でも、俺のポジションを譲る気なんてねえよ!」
ユウが剣を抜いて構える。
私たちは、ハラハラしながら見守るしかない。
ユウツーが、少し暗い笑い方をした。
「よく言うぜ、本当は腹ん中で、俺の存在が嬉しくて仕方がねーくせにさ。この状況、大歓迎なんだろ?」
「なんだと?」
「だってさ、…俺が相手なら、手加減する必要なんてない。俺の全力を振るって、俺をぐちゃぐちゃに殺してやれる。大手を振って、あの感覚を味わえる。肉を割く感触、骨を断つ衝撃、手の平の上で、命を転がす快感…」
「それ以上言うんじゃねえよ!!」
ガッ!!
同じ形の大剣同士が、×字に合わさって火花を散らす。
ユウは、いつものトリッキーな動きで、剣を交えたまま、肩から体当たりをするように、ユウツーに向かっていく。
しかし、まったく同じ動きで、ユウツーも体当たりをしようとしていたため、二人で頭突きをしあって仰け反った。
「ぐっ…!!?」
「イッテ…!!」
「…っ、ユウ様、もう、おやめください! 二人とも同じ剣筋で、同じ力で、決着がつくはずがないんです!」
ルグレイが、必死に声を張り上げた。
「申し訳ありません、私の不注意でこんなことに…!! かくなるうえは、腹を切って、詫びを!!」
二人のユウは、その言葉にすごく慌てた。
「!!? わあ馬鹿、やめろ!!」
「やめろルグレイ、お前が責任取ることじゃねえって!!?」
「そうだ悪いのはコイツなんだから!」
「おめーだろ!!?」
「…ま、まって、ユウ!」
私はたまらずに、バタついている二人のユウの方へと走り出す。
ユウたちは、同じタイミングで、私に目を向けてきた。
「こんなの、おかしいよ! だって、ユウだよ? ユウが二人いて、こんな険悪な空気になるのが、まずおかしいの! どうして二人のうちの片方を選ばなくちゃダメなの? 二人一緒に旅したって、わたしはいいよ! いきなり双子になればいいじゃない!」
全員、ぽかんとした顔で私を見ている。
「それでもどうしても、片方しか一緒に旅できないって言うんだったら、対戦方法はわたしが決めるよ! 二人とも、まずは剣を仕舞って!」
怒ったような声で言うと、ユウとユウツーは、顔を見合わせている。
「ツナがそう言うなら…」
「対戦方法ってなんだ…?」
やはり、どっちもユウが言いそうな言葉だった。
「安心して、絶対に決着がつく方法だよ! 勝負内容はズバリ…腕相撲です!」
<つづく>




