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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第三章 高校生編
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リュヴィオーゼ跡地



 空気はすっかり秋で、ススキが揺れている原っぱが横手に見える。

 風を受けていっせいに音を立てて揺れるススキは、綺麗だった。


「見えて来たぞ」


 昼に差し掛かる前くらいに、運転席のフィカスが報告してきた。

 私たちは色めき立って、前方を見やる。

 しかし、遠くに紅葉している山々が見えるだけで、建物らしきものは全く見えない。

 強いて言えば、陽の光を照り返す湖があるくらいだ。


「なんにもないよね…?」


 私が確認するように聞くと、助手席でお行儀悪く立ち上がっているユウが、声を上げた。


「いや、誰かいるぜ」


「なに…?」


 フィカスも、ユウに言われて気づいたらしい。


 ユウの見ている方向に目を向けると、湖を覗き込んでいる人影がひとつある。


 苔色のマントに、同じ色のとんがり帽子。

 まだ距離が遠いので、あとは髪が長いことくらいしかわからない。

 髪の色は、淡い黄緑…若菜色とでもいうのだろうか?

 長い髪を、先っぽの方で、チョンとくくってまとめている。


「フィカス……この辺りは……旅行者が良く訪れるのか……?」


 マグが油断せずに聞いている。

 フィカスは、答えに窮しているようだった。


「…何とも言えん。西大陸の環境が変わったばかりだからな。魔物も減った昨今では、観光に来る者もゼロではないだろう。実際、いい眺めだろう?」


「はい、確かにこれは訪れてみたくなります。しかし、一見したところ、リュヴィオーゼらしき建物が見当たらないのですが…?」


 ルグレイが、戸惑いがちに進言する。


「まあ、それは行けばわかる。あの人物がどうしてあそこに突っ立っているのかも、すべてな。さて、どうするか…。ユウ、お前が声をかけろ。お前は人に警戒されにくい性質を持っているからな」


「そりゃいいけど、俺ってそんな感じかあ?」


 ユウが首をかしいでいる間に、湖のほとりにたどり着く。

 フィカスは警戒するように、その苔色の人物から少し離れた場所に、魔道車を止めた。


 苔色の人物は、少し前に私たちの存在に気づいたようで、物珍し気にこちらを見ている。

 確かに魔道車なんて普及はしていないだろうから、警戒心よりも、好奇心が勝っているということだろうか。

 ユウはひらりと車を降りて、にこやかに手を振りながら、その苔色の人へと近づいていく。

 ある程度近づいてわかったのだが、その人は、抱えるようにして、リュートを持っていた。

 「どうやら、バード(吟遊詩人)のようだな」とフィカスが呟いた。


「こんちわー。ひょっとして、そっちも観光に?」


 ユウの問いかけに、吟遊詩人は少し戸惑いながら頷いた。


「ということは、お若い方、あなたも観光なんだね。私がここへ辿り着いたのは、二日ほど前なんだけどね。あまりにも美しい景色に、すっかり足を縫い留められてしまってね。つい逗留を決め込んでしまっているところだよ」


 そう言って、吟遊詩人は、湖の方へと目を向けた。

 お若い方と言われたが、声を聞く限り、この人も十分に若い人の印象だ。

 私たちはユウの後ろに追随するようにしながら、吟遊詩人の視線の先を、釣られるようにして見やった。


「…!!!」


 フィカス以外の全員が、息を呑む。

 恐ろしく透き通った水の底に、大きな都市が沈んでいるのが見えたからだ。

 フィカスが、案内を買って出るように、一歩湖に近づいた。


「あれが、機械大国リュヴィオーゼだ。はるか昔には、谷底に栄えた都市として名を馳せていたらしい。貴重な資源を掘削していくうちに出来上がった学術都市が元だという話だからな。だが、どうしてこうなったのか、一晩で水底に沈んでしまったらしい。俺は、リュヴィオーゼに資金援助をしていたというジェルミナールを疑っているが、実際にどうなのかは誰も知らない」


「なんということだろう、そんな逸話があるんだね…。この光景は、ガラスに閉じ込められた芸術作品のようにも見える。永遠が閉じ込められているようで、私には目が離せないんだ」


 そう言って、吟遊詩人は、ポロンとリュートを一音、爪弾いた。


「申し遅れたね、お若い方々。私の名はシーク。こういった者だ」


 シークはおもむろに、鳥の羽根が飾られたトンガリ帽子を脱ぎ、一礼をする。

 顔を上げた姿に、私たちは二度目の驚きを得た。


 陶器で作られたかのように整った顔立ち。

 長い髪の隙間から覗く、長い耳。

 シークは、エルフの男性だった。


「驚いた、エルフか、初めて見た」


 フィカスが、思わず、といった風情で、言葉を漏らした。

 シークは帽子をかぶりなおしながら、薄く笑う。


「それはそうだろうね。とにかく里を出たがらない同族が多い。出たとしても、中央大陸の中ほどまでだ。私のような者は珍しいという自覚はあるが、人里の作法に詳しいかと言うと、答えはNOになるからね。何か失礼があったら、遠慮なく言って欲しいよ」


「いや、今のところ、失礼があるとすれば、そちらに先に名乗らせた、我々の側にあるだろう。俺の名はフィカス」


「俺はユーレタイドってんだ、ユウでいいよ、よろしく!」


「マグシランだ……マグでいい」


「わたしは、ナツナっていうよ!」


「私はルグレイと申します」


「ボ…」


 フィカスは反射的に、頭の上のアンタローの口を塞いだ。

 シークは、驚いたように瞬きをする。


「この気配はひょっとして…精霊? これは驚いた。精霊に選ばれた者なら、どうやら警戒をする必要はなさそうだね。よろしくして貰えると、とても助かるよ」


 フィカスはパっと手を放す。


「…クは粒漏れ餡太郎っていいますっ、ツナさんがつけてくれました、ぷいぷいっ!」


「………。素敵な名前だね」


 エルフの整いすぎた顔立ちが、社交辞令なんだなという感じを物凄く助長させている。


「いやー、でも、まさか水ん中にある都市だなんてなー。跡だって聞いてたから、入れるとは思ってなかったが、ちょっと好奇心であそこまで潜ってみたくはなるな!」


 ユウはすっかりシークへの警戒を解いて、自身が抱いた興味の方に思考を集中させている。


「それはかねてから俺も考えているが、流石に息が続かんだろうと思うとな。かといって、空気を持って潜るわけにもいかん。体が浮いてしまうからな」


 フィカスは悔しそうだ。


「あ、待って、わたし、水の中に潜る魔法が作れるかも」


 ふと思いついたことがあり、提案してみる。

 シークも髪の色を見るとキラキラしていて、魔力持ちのようなので、私は自分が魔力持ちのことを隠さずに行くことにした。

 みんなも、私の考えを瞬時に理解したようだった。


「そうか、今はナっちゃんが居るのだから、それが可能か」


 フィカスが期待交じりに私を見てくる。


「あ、でも、たぶんね、わたしそんなに器用じゃないから、一度にたくさんはできなくて、役割分担した方が安全だと思うの。だから、潜る方法はわたしがなんとかするから、水系の魔法が得意なルグレイに、水底までの移動をお願いしたいなって。ほら、水流をあやつって~、とかの」


「なるほど。それくらいならお任せください」


 私の言葉に、ルグレイがあっさりと頷いてくれる。

 シークは、私たちのやり取りを、ポカンとした顔で見ていた。


「ひょっとして…あそこまで行ける…のかな?」


「たぶんできると思う!」


「なんということだろう…! お願いだ、私も同行させて欲しいよ! 足手まといにならないと、約束はできないのだけれどね…!」


 シークは、熱のこもった視線を向けてきた。


「俺は構わないし、大体の奴らは賛成をしてくれるだろうが、問題は…」


 フィカスの言葉に、全員で、マグの方を見た。

 案の定、マグは口元に手を当てて、深刻な顔をして悩んでいる。


「シーク……旅の目的は……?」


「新しい音を探すための旅だよ。そのために、刺激が欲しい。一番手っ取り早い方法は、知らないことを知っていくことだと、長年の経験でわかっているからね。じゃれついた雨粒を跳ね上げるアネモネの音だって好きだけれど、それに飽きる程度には、年を重ねてきてしまったよ」


 シークは、手持無沙汰にリュートを爪弾き始めた。

 会話の邪魔にならない、ささやかなBGMのような音が流れる。


「なぜ……数ある観光地の中から……ここへ来た……?」


 マグが質問を続ける。

 マグの口調自体は全然きつい者ではないのだが、普段からほとんど無表情なので、人によっては詰問だと感じてしまうかもしれない。

 しかしシークには、別に気分を害した様子は見受けられなかった。


「それは、君たちに出会ったのが、たまたまここだったというだけだね。私本来の気質としては、流浪、または漂泊、という部分が大半を占めるようでね。他にもいろいろな場所を、気の向くままに漂ってきたよ。それが胡乱さに繋がるというのなら、甘んじて疑惑は受け入れよう」


「……。そうか……。オレも冒険者の端くれとして……知らないことを知る喜びは……邪魔できない。だが……元来用心深い人間として……生まれついてしまっているからな……そこを覚悟してくれるなら……文句はない」


 マグの言葉に、シークは薄く微笑んだ。


「構わないよ、存分に警戒を続けて欲しい。人間の命は短いからね。そうしていかないと生き延びることができないという気持ちは、それなりに理解しているつもりだよ」


「おっしゃ、決まりだなー。じゃあ、行く前に飯にしようぜ、メシ! シークはやっぱ葉っぱとかしか食わねーのか?」


「すまない、付け足す……ユウが失礼なことを言い続けると思うが……そこも覚悟してくれ……」


 ユウの言葉に、マグがフォローを入れる。

 シークは一度きょとんとしたが、すぐに耐えきれないとばかりに、くすくすと笑った。


「いい旅になりそうだよ。そうだねユウ君、私は肉類は食べられないね」


「わあ、じゃあわたしと一緒のご飯だね!」


 つい言ってしまってから、しまったと思った。

 しかし、シークは特に追及してこずに、「何事も、同類が居るのは嬉しいものだね」と言って、薄く微笑んでくれた。



-------------------------------------------



 シークは、先にお昼を済ませていたらしく、私のご飯を分け合うのは遠慮された。


 なので私たちは、輪になってお昼ご飯を食べながら、遠慮なくシークに質問攻めだ。


「なあ、シークって戦えるのか?」


 ユウが一番に質問をしている。

 内容も、実にユウらしい質問だった。


「実はこのリュートには仕掛けがあってね、ガトリングガンになるんだよ」


 シークは涼しい顔で説明する。


「マジか、すげえな!?」


「いや、流石に嘘だろう……」


 マグが半眼でシークを見ると、シークはくすくすと笑った。

 元々感情が薄い人なのだろうか、仕草と合わせて、やっと笑っているように見える。


「ごめんごめん、今のは冗談さ。本当は、このリュートでぶん殴って戦うんだよ」


「それも、冗談ですよね…!?」


 ルグレイが思わず口を挟んだ。

 シークはまだ同じ笑いを続けている。


「実は、生まれてこの方、戦ったことなんて一度もないからね。今みたいな質問をされると、つい冗談を返してしまうよ」


「あまりにもアグレッシブすぎる返答だったから、びっくりしたよ…!」


 というよりも、シークが冗談とかを言える人だったことに、私はひっそりと驚いていた。

 詩人さんって、まじめなイメージがあったからなー。


「そのリュートとは、付き合いが長いの?」


 私が続けて質問をすると、シークは首をかたむけた。


「そうだね、もう年月を思い出せないくらいには、長い相棒をやってもらっているよ。最初は、ハモニカを吹いていた時期もあったのだけれどね」


「ハモニカか。そちらも似合うな。なぜ宗旨替えを?」


 フィカスの問いに、シークはまた涼しい顔をする。


「なぜか、ハモニカを吹いていると、弾き語り…というか、吹き語りができなくてね。バードにとっては致命傷だったんだよね」


「……。盲点だったな……」


 マグが感心したように言っているが、私は「そりゃそうでしょうよ!?」と突っ込みたくて仕方がなかった。

 シークは案外天然なのかもしれない。


「ぷいぃっ、シークさん、何か弾いてみてください!」


 アンタローが興味津々に、シークの手元を見て言った。


「もちろんだとも。リュヴィオーゼの中では、弾けるチャンスがあるかどうかわからないしね。ああ、だけど、24時間もリュートを爪弾けない展開が来たらどうしよう。音がない時間が来るのが、一番怖いと感じるよ」


 シークは、音楽、というよりも、適当に音を繋げて遊ぶような鳴らし方で、リュートの弦を撫でていく。

 アンタローは音に合わせて、ぴょこん、ぴょこんと地面の上を跳ねた。


「ってことは、間違ってもシークに怪我はさせらんねーなー。ちゃんと俺らの後ろで、指の怪我には気を付けてくれよ?」


 ユウが気を引き締めるように言った。


「ありがとう、ユウ君。私は先程言ったように、戦闘では役に立てないからね。頼りにしているよ」


「物語の中のバードのように、身体強化の音色を奏でたりはできないのか?」


 フィカスの問いに、シークは首をかしげた。


「私はこのような団体行動をするのが初めてだからね…。想像で物を言うしかないのだけれど、例えば私がフィカス君に、普段よりも二倍速く動ける魔法、をかけたとして、フィカス君はすぐさまそれに適応できるのかな?」


「…なるほど。自分でかけた魔法ならともかく、第三者の魔法だと、付け焼刃になるのかもしれんな。連携をとる練習時間があればよかったが、残念ながらユウが我慢できそうにないからな」


「あ、何だよフィカス、俺のせいにして…! って言いてーとこだけど、確かに早くリュヴィオーゼに行きたいな」


「安心しておくれ、ユウ君、私も我慢ができそうにない仲間だよ」


 シークは、くすくすと笑った。


「ならば、そろそろ休憩は終わりにするか。シークの方で、俺たちに何か質問はあるか?」


 フィカスは立ち上がりながら、シークを見下ろす。


「そう…だね。先程ナツナ君が言っていた、魔法を作る、という単語がとても気になっているけれど、きっとそれは、ここから見ていればわかるだろうからね。大人しく見学をさせてもらうことにするよ」


「うっ、あんまり見られると恥ずかしいから、感想は言わないでね…!」


 私は頬を赤らめて言うと、シークはくすくすと笑った。


「恥ずかしがりやなお嬢さんだね。確約はできないけれど、善処はするよ」


 そう言って微笑む帽子の下の瞳は、とても暖かな色をしていた。

 最初に抱いた、陶器のような印象は失せて、シークは優し気なお兄さんだった。




<つづく>



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