1万の価値(上)
ガラガラガラガラ………
車輪の音の方がうるさいので、馬の蹄鉄の音は思ったよりも聞こえてこなかった。
うららかな日差しの中、私たちは今、幌馬車に乗って移動をしている。
「いや~助かりました、腕の立つ護衛をタダ同然で雇えるなんて、商売の神アニサキスに感謝ですな、ハッハッハ!」
待ってアニサキスって寄生虫じゃなかったっけ?
確かに神っぽい響きはあるけど…!!
「こっちこそ、子供連れなんで長距離移動をどうしようかと悩んでたところだったんだよ、次の馬車は一週間後だって話だし、助かったぜおっちゃん!」
ユウがにこやかに会話を弾ませている。
ガタンッ!
車輪が小石を噛んだのか、馬車内はたまに大きく跳ね上がって困る。
何度目かの揺れのはずなのだが、私はつい「ひゃあっ」と悲鳴を上げてしまった。
「ツナ……オレの膝に来るか……? 少しは衝撃が……やわらぐはずだ」
私は脱げそうになったキャスケット帽を被りなおしながら、マグの申し出には「だいじょうぶ」と首を振った。
出立前、マグは可愛い柄のシュシュで私の髪を二つのおさげにくくり、冒険用具を入れたポシェットを与え、キャスケット帽を被せてくれた。
マグの立ち位置が、孫に物を買い与えたくて仕方がないおじいちゃんと、世話したがりの執事を足して二で割ったような存在になりつつある。
私を一人にしておくと、いきなり倒れたり変な生き物を連れてきたりするから目を離せない…という印象がそうさせているのだろうが、これはよくない気がしてならない。
私は少しでも彼の手を煩わせないように振る舞わないと、なぜか今後に響きそうな気がして、しゃきっと背筋を伸ばして座りなおす。
ちなみにこの馬車に乗せてもらう流れも、マグが持ってきた話だ。
「それにしても、まさかこんなところでユーレタイドさんとマグシランさんに会えるなんて、仲間連中にはたっぷりと自慢できそうですよ! あの武具大会を見て、お二人のファンにならなかった商人は居ないくらいですからねえ!」
「ぶぐたいかい?」
興味本位で私が口を挟むと、恰幅のいい商人は体ごと私に向き直る。
「ええ、商人が調達したり、鍛冶師が打った武器を、剣闘士が使って戦うというタッグバトル大会でしてねえ。選手はみんな初めて使う武器を手に闘うのですから、ほとんど条件は同じ。となると後は武器の性能が決め手になるというわけでしょう? そこで活躍されるといい宣伝になるんですよ。お二人が出たのは二年前の一度きりなんですが、危なげなく優勝されて、ワタシがお二人と契約できていればと歯がゆい思いをしたものです」
「すごい! しょうきんとか、でたの?」
「そりゃもちろんです! 聞いて驚け破格の1万エーン! という宣伝は、武具大会の出場者なら耳にタコができるくらいの宣伝文句ですよ、ハッハッハ!」
いや優勝で1万は安いわ!!?
なんなの? この世界の賞金の上限は1万でカンストなの??
「これが意外に……あぶく銭だったが……」
そりゃそうでしょうよ。
「ぷいぃぃぃっ」
アンタローがスリスリと私の腕に額をこすりつけてくる。
はいはい、「撫でていいですよ」攻撃だね。なでなで。
「それにしても変わったペットですなあ、どうです? 子連れの上にペットまで居ては旅も難航するでしょう、それこそ1万エーンで買い取りますよ、そのペット」
「1万……」
「おっ、アリかもな」
「ぷいいぃぃいい!!?」
アンタローには今、人前で喋るのを禁止にして貰っている。
なので、悩む二人へのボディランゲージとして、ドスドスとタックルするしかなかった。
まあこの二人が売ると判断するのなら、私も従おう、お世話になってる身だし。
「たいかいのとき、ユウとマグは、どんなぶきを、つかったの?」
そんなことよりも武具大会のことが気になって仕方がない私は、質問を重ねる。
「俺は槍で、マグはブーメランだな」
「あれは思ったより……使いやすかった……」
「おやおや、では今年も武具大会に出てはいかがでしょう? もちろんワタシの契約で! 実は今回は2対のショートソードとチャクラムを扱おうと思っていましてねえ」
「ぷいぃぃーーっ! ぷいぃいいーーっ!(ドスッ、ドスッ)」
馬車内の賑やかさは、御者の一言で止まった。
「旦那方、霧が出てきましたぜ!」
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サっと緊張が走る。
ユウとマグが雇われた理由がこれだ。
なんでも商人のトルイヌさんには可愛い一人娘が居て、その子の誕生日までに自宅に帰る予定だった。
しかし天候不良や細かいアクシデントが度重なり、今やぎりぎりの日程になってしまっているという。
そのため、いつもは迂回路を取るのだが、魔女が居るという噂の狭霧の森を通りでもしない限り、誕生日に帰宅は叶わぬ夢となってしまっていた。
狭霧の森は、未踏の地というわけではない。
しかし、そこを訪れたり通り道にした人々は必ずこう言うという。『思い出したくない』と。
誰もが口を閉ざすため、一体そこでは何が起きるのか、憶測が飛び交うだけで答えは出ない。
そこで偶然出会った二人に白羽の矢が立ったということだ。
…どうでもいいけど、狭霧なんて言葉を私はよく知ってたなあ、天才か? と思って記憶を探ってみる。
あれか、シューベルトの魔王ね。
一般教養だったわ、ガッカリ。
「ブルルルッ」
だんだんと霧が濃くなってきて、馬が怯えるように足を止めた。
「ひいい来ました、ユーレタイドさん、マグシランさん、頼みましたよ!」
馬車の奥で縮こまる商人の言葉に頷くと、二人は馬車を降りて周囲を見渡す。
「ツナはそこに居ろ……絶対に動くなよ」
私には前科があるので、マグの信頼を得る日は遠そうだ。
「わかった」と頷くしかない。
「ああ、またあの二人の活躍が見られるのですね…こんな場面でなければ高みの見物気分で臨めたのですが」
他にやることもないので、恐怖のためか口数が多くなっている商人の背中をよしよしとさすっておく。
「……!」
商人に対抗心を燃やしたアンタローが、無理やり私と商人の間に身体をねじ込ませてきて大変に鬱陶しい。
「あ、ああ、大丈夫ですよ、ナツナお嬢さん、ありがとうございます。あの大会の決勝を思い出して興奮してきているだけです。二人の赤と白の髪が踊り、まるで歌劇を見ているかのような華麗な戦いぶりに、吟遊詩人はあの戦いをこう名付けました。―――『レッド ホワイト ソングバトル』…と」
ダサいわ!!!!!!!!!!!!!
その名前は罰ゲームだろう!!!!?
というか絶対ここの場面、大晦日に書いてるな私!!!?
小刻みに震えながら笑いをこらえる私を見たのか、ユウが声をかけてきた。
「ツナ、怖がる心配はねーぜ、すぐに片づけてやっからな! おい、誰かいるのか、出て来い!!」
ユウの怒声が空気に広がる。
何の反応もなく、どうしたものか…という思索に移ろうとした、次の瞬間だった。
私はいきなり、一人きりになっていた。
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「……あれ?」
そこは森の中には違いないのだが、時刻は夜。
いつの間にか霧は晴れていて、月明かりが煌々と眩しいくらいだ。
私はそこに、ぽつんと立ち尽くしていた。
森の広場ではヌートリアが数匹戯れている。
「…ユウ、マグ…?」
大声で叫びたかったが、怯えが優先して、小声できょろきょろするだけになる。
まずい、また単独行動をしてしまったのだろうか。
これではユウもマグも私に対して過保護が加速して大変なことになりそうな気がする。
それとも、そろそろ見捨てられてしまうだろうか?
ガサッ!
茂みの奥から、大人くらいの背丈のシルエットがやってくる。
「!」
一瞬顔を輝かせたが、駆け寄ろうとした足が、なぜか凍り付く。
私は本能的に、傍に生えている樹木の後ろに隠れた。
なにか、まずい気がする。
心臓がどきどきして、耳朶にうるさい。
ゆっくり、ゆっくりと、そのシルエットは歩を進める。
木の後ろから覗き見ると、やがて暗がりから、月明かりの下へ出てきた。
「……っ!!」
悲鳴を上げそうになって、思わず自分の口を両手で塞ぐ。
その生き物は、血のように赤いふさふさの毛むくじゃらで、背は高い。
頭には手裏剣のような形の何かが刺さっており、手首から先だけはほっそりとした人間の手をしている。
白い手袋をしているので、赤い毛の中で余計に目立つ。
目玉はギョロリとナメクジのように飛び出しており、黒目の部分が落ち着きなく揺れている。
ぽっかりと開いた口の中は暗く、奈落を思わせた。
よく耳を澄ませると、その奈落からは、低く不気味な声が、ぽとぽとと絶え間なく漏れていた。
「デ、ス、ゾ……デ、ス、ゾ……」
可愛いヌートリアたちがその異形の存在に気づき、人懐こく、足に擦り寄っていく。
「チュ……ヂュッ!?」
ヌートリアたちが、その生き物の毛に絡めとられ、ずぶずぶと体の中に吸収されていく。
逃げようとした一匹は、身をかがめたその赤い生き物につかまり、腹の毛の中にずぶずぶと押し込められていく。
(食事をしているんだ……!)
「デ、ス、ゾ……DEA、TH、ゾ……」
どうしよう、このままじゃ、こっちにくる…!!
見つかったらどうなってしまうんだろう?
泣きそうになる気持ちを必死にこらえた。
バシャッ!
あわや見つかりそうというところで、その赤い生き物の後方に、液体のような何かが落ちる音がした。
「………!?」
何が起こっているのかとまた覗き見ると、今度はバスケットボールくらいある、どら焼きのような形をした生首が、ふわふわと宙に浮かんでいた。
その生首から吐き出された吐しゃ物のようなものが、ヌートリアの一匹に降りかかったらしい。
最初はジタバタともがいていたヌートリアの動きがだんだんと悪くなり、最終的には動かなくなった。
辺りには、ふわりとカレーの匂いが漂う。
アイツが吐き出した液体の正体は、カレーだったのだ。
その生首には、丸を張り付けたようなギョロ目があり、赤い生き物と同じく、感情を感じさせなかった。
赤い生き物は、獲物を取られるのを危惧したのだろう。
先ほどよりも広範囲を探るため、方向を変え、その生首と縄張りを競うような動きでうろうろする。
「デ、ス、ゾ……デ、ス、ゾ……」
(バシャーッ バシャーッ)
あとからあとからヌートリアが現れる。
川から上がった一匹は赤い毛に吸収され、倒木に隠れようとしたものは、上からのカレーの狙撃で動かなくなった。
私には、震えることしかできず…。
「デ、ス、ゾ……デ、ス、ゾ……」
(バシャーッ バシャーッ)
「 チューッ、ウヂュッ! 」
「デ、ス、ゾ……デ、ス、ゾ……」
(バシャーッ バシャーッ)
「チュチューッ、ヂュッ! 」
「いやヌートリア居すぎだから!!!!!?」
この世界にきて、初めて大声で突っ込めた!
と思ったら、私は霧の充満した馬車の中にいた。
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「……???」
はあはあと、息が荒い。
汗もびっしょりで、わかるのはそれだけ。
何が起こったのか、いや、何が起きているのかが全く分からない。
「ううぅ~ん、財布に、財布に穴がぁああ」
声の方を見ると、商人がじたばたともがき苦しんでいる。
私は元の場所に戻ってきたようだ。
元の場所…?
「ちがう、まぼろしか……あくむを、みせられていた?」
顎を伝う汗を、手の甲でグイと拭った。
商人の様子を見ると、悪夢の方が当たっていそうだ。
ひょっとすると、自分にとって一番怖いものの夢を見させられていた?
確かに私は幼少期、さっき夢に見たキャラクターが大変に怖かった。
でも商人さん、そこは奥さんか子供に何かある夢とかを見ておこうよ…!
「!」
ハっとして馬車の外を見ると、ユウとマグが倒れてる。
私は慌てて馬車から飛び降り、二人を必死に揺さぶった。
「ユウ、マグ、おきて!! それは、ゆめだよ! たぶん、おかしいって、きづけたら、もどってこれる!」
「う……」
「……ッ」
一体どんな夢を見ているのだろうか。二人はとても険しい表情をしている。
「ゆ、め! ゆ、め、だよ! じかくして! そしたら、かてるよ!」
「ヤダぁ、一人魔法の効きが悪いのが居るんですケド~?」
知らない女の人の声がしたのと、ユウとマグが覚醒したのは、ほとんど同時だった。
上から声がした…?
見上げると、木の上にシノラーが居る。
「…………ま、まじょの、ひと…?」
思っていたのと違うので、つい聞いてしまう。
「あたりきシャリキリンゴの木っていうか~? うちみたいなイケてる女が魔女じゃなくて、誰が魔女だっていうワケ~?」
これ魔女じゃなくてコギャルでは??
「ツナ、よくやった……下がってろ……」
マグが頭を振りながら起き上がり、庇うように私の前に立つ。
ユウの方は喋る気力はないみたいだが、なんとか起き上がれてはいるようだ。
「何? ヤル気なワケ? 超ホワイトキックなんですケド! あんたたち、死にたくなかったら1万エーンで見逃してあげてもいいっていうか~!」
ひょっとしてこの世界の貨幣価値は明治時代で止まってたりしているのかな??
「ざけんなよ…魔女が金持ってどうするってんだ?」
ものすごく機嫌の悪いユウの声に、魔女は長い足を組みながら応える。
「そんなの決まってるし~? 札束風呂一択~! あと100人ここを通れば完成するんだよね、チョベリグ~↑↑」
えええ長期計画~↑↑
「ま、ヤルってんならボコして札を抜き取るだけだし~? ナマ言ったこと後悔させてあ・げ・る! 冥途の土産にうちの名前を刻んでって! うちは薄霧 桃。このシマじゃ好き勝手やらせないよ?」
あれっ、意外に和風の名前の人も居るんだね、この世界。
うすぎり、もも。
…ん? うすぎり、もも…?
もも、うすぎり。
「上等だ、こちとら今死ぬほど機嫌が悪いんだ、簀巻きにされるのがどっちなのか思い知らせてやらあ!!」
低い声音で言いながら、ユウが腰元の剣を抜く。
両手剣というだけあって刀身は重いはずだが、もはやクイックドローと言っていいレベルの速さで、私が気が付いたときにはもう剣先は樹上の魔女の方を向いていた。
め、めちゃくちゃ怒ってる…!?
一瞬怯みかけたが、私はユウの背中にしがみつくようにして、衣服を引っ張った。
「ま、まって、ユウ! あぶない、まじょ、もうひとりいる!」
<つづく>




