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六花の戯言


 中学の頃は給食であった。

 給食を自分たちで配膳するシステムがよくわからなくて、初めはまごついた。

『はぁ、私がいなきゃ駄目なんだから』

 花園は文句を言いつつもいつも俺をフォローしてくれた。

 その時のクラスメイトの視線はとても怖かった覚えがある。



 *********




 昼休みはいつもどおり一人で弁当を食べる。

 今日は梅干しご飯に、鮭の切り身、キャベツの千切りとキンピラである。

 料理スキルが上がっている。上出来だ。


 朝、花園と友達になれて気分は上々だ。

 贅沢だけど、食後に購買であんドーナツ買おう。




 今朝の出来事の後、俺は恥ずかしさを隠すために走って学校へ行ってしまった。

『え、え!?』という花園の声も聞こえたけど、後で話せばいいと思った。

 友達ならいつでも話せる。


 小休憩の時に廊下で花園と話した。彼女は俺のリセットに慣れないようであった。

『……中学の時の藤堂……』

 何気ない俺の言葉に反応してしまう。

『う、ううぅ、わ、わかってたけど……キ、キツイね……。だ、大丈夫、頑張る』


 俺の好意を一切感じない、と言っていた。花園はそれは理解しているはずなのに、何故か悲しそうな顔をしていたけど、仕方ない。

 俺たちの関係はこれからだ。




 クラスメイトは楽しそうに友達と席を囲む。


「よっしゃ!! 飯にしようぜ! 春木、今日は購買か?」

「んあ? 姉貴が弁当作ってくれたぜ」

「俺は今日も唐揚げ弁当だぜ!!」

「……いつも唐揚げだな……。唐揚げうまいしな」


 俺はクラスメイトの声を聞きながら弁当を食べようとした時――

 隣の席の女子生徒が声をかけてきた。

 確か……佐々木さんだ。陸上部で最近伸び悩んでいるという噂の彼女だ。


「あ、あの……藤堂君」


 俺はとっさに声が出なかった。佐々木さんとは一度も喋った事がない。

 運動しても汗が出ないのに、変な汗が出てきて顔が赤くなりそうだ。


「藤堂君、も、申し訳ないけど、後でその席使ってもいいですか? 今日、他のクラスの友達が来て……」


 俺は理解するまで時間がかかった。

 佐々木さんの周りには同じ陸上部の仲間たちがいる。……兵藤さん、五十嵐君、水戸部さん、滝沢君。


 ――いつもは食べ終わって学校内を散歩するから別に構わない。好きに使ってくれていい。佐々木さんも俺の行動を知っているから声をかけてきたんだろう。


 佐々木さんは何も返事をしない俺に――これは――戸惑いの感情を抱いている。

 早く何か喋らなきゃ。


「す、すまない、少し待ってくれないか?」


 もう少し柔らかい声で話しかけたかった。出てしまった言葉は硬い声色である。


「え、あ、そ、そうだよね……ご、ごめんなさい。た、食べ終わってからでいいので……」


 佐々木さんに謝られると頭が混乱する。


 こんな大人数に見守られながらご飯なんて食べれない。

 ……こういう時は心を落ち着けるんだ。この子達はお願いしているんだ。仲良し陸上部でご飯を食べたいだけなんだ。別にすぐ移動するくらい問題ない。すぐに中庭に行こう。


 心臓がバクバクする。こんなにクラスメイトと喋ったのは、久しぶりであった。


「――了解した。すぐに移動する」

「あっ……、そ、そんなに急がなくても……」


 俺は弁当を素早くバッグにしまい込んで肩にかける。たまには中庭で食べるのも悪くない。

 天気もいいし気持ち良いだろう。すぐに移動したらきっと佐々木さんたちも喜ぶ。


 俺はチラリと佐々木さんの顔を見ると――彼女は何故か怖がっていた。


「……あ、りがとうございます……」

「……なんだ、あれ? 感じ悪いな」

「……バカ、幹也。聞こえるって――それに席譲ってくれたんだから悪いのはこっちでしょ?」


 俺は席を立って中庭に向かおうとしたが、彼女たちの小声を拾ってしまった。


 なぜ怖がっているんだ? 俺は席を快く譲っただけなのに?

 ……勇気を出して聞くんだ。俺から関わりを作るんだ。


 俺は踵を返して佐々木さんに聞いてみる事にした。


「なあ、佐々木さん。俺って、そんなに感じ悪いのか?」


 佐々木さんの顔が真っ青になった。


「え、え、あ、き、聞こえて……わ、私……ご、ごめんなさい」


「なんだ? ミキティは悪くないぜ、俺が言ったんだ」

「え、っと、や、やめようよ」


 五十嵐幹也君が佐々木さんをかばうように……俺の前に立ちはだかる。


 俺は混乱していた。

 なんでこんな状況になってしまったんだ? 俺は――ただ席を譲って、話しかけただけだ。


 五十嵐君の筋肉に付き方は悪くないけど、腕回りを見ると筋トレをサボっている。

 バランスが良くない。もっと均等な筋肉を――じゃないと――


 俺はこの状況と全然関係ない事を考えてしまう。これでは現実逃避と変わらない。


 俺がクラスメイトに話しかけようとするといつも裏目に出る。

 ……それでも――諦めるな。


「おい、なんとか言えよ」


「あ、ああ、俺は気になっただけだ」


「あん?」


「佐々木さんがなんで怖がったか知りたかっただけだ」


 五十嵐君は呆れた顔をして、佐々木さんに聞いた。


「おい、ミキティ、こいつって……ちょっとおかしいのか?」


「み、幹也君……ね、もうやめよう? わ、私が悪かったから――」


「いや、俺に謝罪は必要ない。……俺の何がいけなかったのか? どうしてなんだ?」


 五十嵐君はため息を吐きながら俺に言った。


「はぁ……マジかよ。えっと……藤堂だっけ? お前、怖いんだよ。顔も雰囲気も、何考えてるかわからねえし。得体の知れない怖さだ。わりいな俺、思った事言っちゃう性格だからさ。……そりゃ女子は怖がるだろ? ていうか、お前……どこで弁当食うつもりだったんだ?」


「中庭」


「かーっ、女子のたまり場の中庭で一人で食うのか! いや、俺たちが追い出したんだな。すまねえ、悪かったな。あれか、友達いねえのか? ミキティの様子だといないだろうな」


「い、五十嵐君、す、少し言い過ぎだよ……」


「おっ、そうか、わりいな」


 五十嵐君の後ろにいる佐々木さんは、すまなそうな顔をしている。


「そ、そうなのか? 俺は……良かれと思って――」


「いや、言葉だけ取ると、お前良い奴だぜ?  怖がった俺たちが悪いんだ。俺がミキティを癒やしてあげるから気にすんなって!」


 これがリア充の力か――

 俺が普通に喋る事ができている。

 素直に感動してしまった。一言喋ると、どんどん返事が返ってくる。


「気遣い感謝する。俺は中庭に――」






 教室に誰かが入ってきた。

 それと同時に遠くから舌打ちが聞こえた。


「おーい、藤堂。ご飯食べよう……ん? な、何この雰囲気……」


 花園がお弁当箱を持って、俺に近づいてきた。


「あ、ああ、こちらの五十嵐君が俺に色々教えてくれた。今、感謝を述べていたところだ」


「あちゃ……、やっぱりクラスが違うと……。ほら、藤堂、私のクラスに行こ! あんたの席はちゃんとあるから」


「お腹が空いたな。あっ――それじゃあ、五十嵐君たちもご飯を楽しんで。あと、佐々木さん――」


「は、はい?」


「怖がらせて――悪かった」


 五十嵐君が突然俺の肩を叩いた。痛くないけど――なんでだ?


「……あれ? 筋肉やば……。ぷははっ!! なんだ面白れえじゃん、藤堂! 今度陸上部遊びに来いや! ――ちゃんと友達もいるじゃねえかよ、しかも顔だけ残念美少女の花園じゃん。こいつ全然男友達作んねーの。花園、よく知らねえけど良かったな」


「五十嵐……、後で覚えておきなさい……」


 俺は口を挟んでみた。


「花園とは今朝友達になった」

「はっ? てめえら前から――一緒に……よくわかんねーけど、まあいいかっ」


 俺も五十嵐の肩を叩いてみた。これが親交の証なのか?


「いってっ!! ち、力強えよ!? ほら、てめえらは中庭に行ってろよ! 俺たちはここで食うぜ!」


「それじゃあ――」


 佐々木さんを見ると、俺にペコリと頭を下げていた。なんだか可愛らしい仕草であった。


 ――ああ、これが……人との関わりなのか。間違っても修正することができるんだ。

 







 舌打ちが再び聞こえてきた。


「ねえ、ちょっとうるさいよ? 私たちのクラスで部外者が暴れないでくれる? あ、藤堂はうちのクラスだったね? いつも一人だから違うかと思ったよ」


「ちょ、六花ちゃん、やめなって」

「ほら、竜田揚げあげるから」


 道場さんから視線をずっと感じていた。

 俺は佐々木さんと五十嵐君の対応で一杯一杯だったから無視をしていた。


「あんなに真剣に私に勉強教えていたのにな〜。先生って呼ばれて満更でも無かったのにな〜。私の事捨てちゃったの? ていうか、いつの間にか嘘つき女とよりを戻しちゃったの? あれ? 絆されちゃったのかな? ぷぷっ」


 俺は首をかしげた。

 彼女は何が面白いんだ? 全然わからない。


「――えっと、勉強教わりたいのかな? 道場さんはあんまり知らない人だからちょっと……」


「はっ!? し、知らないって……その態度なに? ムカつくね……。陰キャのくせにさ……私が二人だけでカラオケ誘っても断ったのに……。本当は私と二人でデートしたかったんでしょ? 本当に空気読めない奴だよね」


 悪意でいいのか、これは? 

 関係ない人間から受ける悪意なんてどうでもいい。


 俺は道場さんとの関係をリセットした。

 過去に教えた勉強会なんて、記憶から――消してしまった。

 淡々と頭の記録にあるだけだ。そこには感情が一切何も浮かばない。


「俺が道場さんと二人っきりで出かけたい? 申し訳ないが、何を言っているか理解出来ない」


「はっ? り、理解出来ないって……馬鹿にしてるの? 私に会いたくて二時間待ってたでしょ? 会いたかったんでしょ?」


「ああ、あの時の事か。俺を待たせて自己満足をしていたのか。なるほど、道場さんはつまらない人間なんだ」


 俺は事実を確認するように自分に語りかける。


 教室がざわめく。


「六花と藤堂に何があったん?」

「なんか、癪に触ったから待ちぼうけさせたとか――」

「うわ、最悪じゃん」

「あいつ勉強教わってたんだろ?」

「関係ねえから飯食おうぜ!」

「藤堂君、かわいそう」

「てか、藤堂の声って全然感情こもってないぜ? 怖……」


 注目されるのはあまり好きじゃない。早くこの場を離れたかった。


「花園、中庭行こう。あれ? どうした?」


「……ううん、大丈夫。行こ」


 道場は立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 自己満足って……、マジムカつくよ? そんな女よりも私の方が良い女に決まってるでしょ! 君って人の見る目ないね? そいつ嘘つき女でしょ? 都合の良い男呼ばわりされたんでしょ!?」


 俺は足を止めて道場さんを見る。

 やはり理解出来ない。花園の件は道場さんと関係ないはずだ。

 説明する義理もない。



「……道場さんには関係ない事だ。これ以上、俺の友達を愚弄するのはやめろ」



 教室が静まり返った。

 あまり静かな教室は好きじゃない。教室の騒がしい雰囲気が好きだ。どうして静かになったんだ?

 俺と道場さんが話しているからか?



「え……? あ、あんた、私が今までどんな事言っても怒ったことないよね? ちょ、ちょっと……待って……」


 怒る? そんな大層な感情は抱いていない。

 関係ない人間には無機質な言葉で十分だ。


「察するに、その感情は嫉妬でいいのか? 俺が花園と友達になれたから」


「はっ!? あ、あんたたちの事なんて嫉妬するわけないよ!! べ、勉強だって、私はもう一人で大丈夫だもん!」


 なるほど、あの勉強会の意味を理解していなかったんだ。


「無理だ。あの勉強会は基礎的な学力向上が目的じゃない。手っ取り早くテストの点を高く取るためだけのもの。次のテストは同じ点を取れないと思う」


「え……、う、嘘でしょ? で、でも同じ方法なら――」


「全員の先生の過去の傾向と性格、俺の勘で出題を予測していた。一人では絶対ムリだ」


 道場は青い顔をしている。体調が悪いのか? 誰か保健室に連れて行ってあげればいいのに。


「へ? な、なら、もう一度私に教えなさいよ! う、嘘つき女だけずるいよ!!」


 やはり彼女との会話は噛み合わない。

 俺のコミュニケーション不足であろうか? 

 俺はもう一度、丁寧に道場さんに説明をしなきゃ。



「すまない……、俺は二度と教える気がない。俺に関わらないで欲しい。――それに……もう一度だけ道場さんに伝える。俺の友達を――愚弄するな」


「ひっ……で、でも」


 道場さんの身体が震えだした。やっぱり体調が良くないんだ。

 俺と話している場合じゃない。

 ちゃんと聞こえるように大きな声で言わなきゃ。






「黙れ――」






 その言葉を発した時、クラスの動きが完全に止まった。

 道場さんから反応がない……


 ……聞こえなかったのか? もう少し近くで――

 俺は道場さんに近づいて行った。


「え? な、何!? や、やめて――来ないで――」


 道場さんの震えがひどくなる。


「や、や……、怖……」






 その時、頭をスパーンッと叩かれた。別に痛くない。

 五十嵐君である。


「バカッ! お前超怖えよ!? 男の俺でさえガクブルなんだぜ? ほら、ここは俺がまとめてやっから、さっさと残念美少女と飯行ってこいって!」


「……ああ、そうだった。五十嵐くん、君は良い人なんだな」


「う、うるせえ! 早くいけや!」


 困惑して照れている五十嵐君は俺には眩しく見えた。

 教室の空気が五十嵐君によって弛緩されたのを感じた。



 さて、お腹空いたな。

 無駄な時間を過ごしてしまった。


 結局道場さんの言いたいことはよくわからなかった。

 関係ない人だから忘れよう。


 俺は固まっている花園さんの手を取って教室を出た。




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