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波留の説教


 小学校の頃の食事は無機質なものであった。味なんて適当だ。ただ空腹を満たしつつ栄養を補給するもの。足りないものはサプリで補う。一人ぼっちの教室で食べていた記憶が蘇る。






 昼休みの時間。

 俺は一人で弁当を食べている。自作の弁当である。梅干しご飯に鳥のささみ、茹ですぎたブロッコリーはいまいち美味しくなかったけど、上出来である。


 小学校の頃と違って今は教室にクラスメイトがいる。

 一人で食べるよりも周りの声を聞くと、それだけで心が華やぐ。

 それでも俺だけ弁当を一人で食べているのは少しだけ寂しかった……。



「おい、てめえ!! 俺の唐揚げ取りやがったな!」

「うっせ、山田! 花子ちゃんの唐揚げうまいんだよ!」


 各々仲の良い友達と席を囲んで楽しそうに食べている。

 クラスはくっきりとカーストで分かれていた。


 一人ぼっちは俺だけだ。

 幸いこのクラスにはイジメられっ子はいない。

 ゲームやアニメが好きなグループに、大人しい中間層フループ。運動系の部活グループ、そして、リア充グループである。


 もっと細分化できるけど、大まかにはこんなものだろう。


 ……道場さんがこっちを見ている。

 彼女は友達に囲まれてご飯を食べていた。朝からチラチラと視線を感じる。

 俺に話しかけようとする素振りを見せるが、俺は小休憩の時間は机に突っ伏して寝ている。


 彼女との関わりは消えた。あんな気持ちにはなりたくない。

 わかってる。これは俺の独りよがりのわがままなんだ。俺の心が弱いだけだ。


 弁当を食べ終わると、昼休みのルーティーンが消えたことに気がついた。


 なるほど、人と人との繋がりで習慣が付けられるんだな。

 俺は彼女との接点がなくなって、このあとの時間がフリーになった。


 ――さて、どうしよう。

 俺がとりあえず席を立とうとした時――


「ねえ、今日は剛いる? ――そう、藤堂。あっ、いた!!」


 花園さんが俺のところにやってきた。

 俺は花園さんが話しかけてきたら話すけど、今はそんな気分じゃない。

 それに花園さんには迷惑かけたからな。俺と話して変な噂が立たないようにしないと――


「失礼、俺はこれから――」


「待ってよ。剛、あの女との勉強会は終わったんでしょ? 噂になってたからね。この後何もないでしょ? ちょっと付き合いなさいよ!」


 ……あの女……道場さんの事か。


 俺が返答をしようとした時、道場さんがこっちに向かってきた。


「君って先生に振られた花園さんだよね? ははっ、しつこいってさ。だってこれから私達は勉強会するんだからね!」


 ――もうそんな気が起きない。道場さんに感じていた友達としての好意は消えてなくなった。


「へっ? あんたこそ剛の事騙したりして馬鹿にしてたんでしょ! そんな奴は許せないわ!」


「ちょ、ちょっとした冗談だったんだよ! あ、あんたみたいに色恋沙汰じゃないよ! ――はんっ、素直になれなくて全然好きじゃない男の名前言っちゃうおバカさんよりマシだよ」


「むきっーー!! この思わせぶり女め!!」

「なによ! 嘘つき女!」




 ――俺はそろりと教室を抜け出した。全くもってはた迷惑な話である。面倒ごとはゴメンだ。







 俺は当ても無く学校を歩いた。思えば俺は中学から高校まで全然成長していないな。

 人見知りで口下手で……友達も出来ない。


 隣にはいつも迷惑そうな顔をしている花園がいた。



 俺は普通の生活がしたい。ヒーローになんてなりたくない。目立ちたくない。何事にも責任というものがつきまとう。

 俺は普通に生きられるのだろうか? やはり、おかしいのだろうか?





「おーーすっ!! 藤堂じゃん! この前はジュースありがと!!」


 結局、中庭のベンチで日向ぼっこをして、草の数を数えていたら誰かが隣に座ってきた。

 田中波留たなかはるである。


 彼女は同じ学校であるが、校舎が離れているクラスにいるので滅多に出会うことがない。

 金髪でミニスカの田中は、頭にクルクルした付け毛が沢山付いている。あれは……エクス……なんとかだったな。


 見た目が派手な彼女だが、バイトに慣れていない俺のフォローをしてくれている。

 俺はお礼として彼女のパシリとして動く。と言ってもジュースを買いに行くか、最寄りの駅まで送ってあげるだけだ。ジュース代を出そうとしたら、血相を変えて怒られた。



「ああ、田中。こんにちは」


「相変わらず地味じゃん。……ていうか藤堂ってカラオケ行く友達いたんだね? この前は楽しんだの?」


 週末の出来事を思い出す……。

 あれはもう俺には関係ない思い出だ。嫌な事は消せばいい。

 だから俺はもうなんとも思わなかった。心に響かない。


「いや、記憶から消したから覚えてない」


「はぁ〜、藤堂、顔暗いよ? ていうか、どしたの?」


 ……田中はこう見えてもおせっかい焼きだ。俺が常識知らずだから、彼女はバイト中、親身に世間の常識を教えてくれた。


 田中なら話してもいいか。俺のバイト先の唯一の話し相手だ。


「実は――」


 俺は田中に簡単に説明をした。









 話を聞き終わった田中は俺の頭をひっぱたいた。


「――痛いぞ、田中」


「あんたって……マジ子供と一緒じゃん……。まあ、あの子たちが性悪だったし、やりすぎちゃったと思うけどさ〜、……まだ高校生じゃん、うちら?」


「だから、俺が悪いと言っている――」


「違うの、あんたが悪いとかっていう話じゃないの。これは話し合えば解決できたじゃんかよ。そんなスッパリ切り捨てるほどの話? 極端すぎじゃない? ――まあ、藤堂がそんな目にあったのはムカつくけどね。う〜ん、藤堂がそれでよければいいのかな? でも関係を一切無くしちゃうのは寂しいよね……あんたがさ」


 俺が寂しい……。


 俺はあの時、傷ついた心をそのままにはしてはいられなかった。

 だから俺は――心をリセットした。

 

 今まで築き上げた関係を全てゼロにした。

 

 そうすれば心は痛まない。


 そうすればいつもどおりだ。


 俺が無言でいると田中は話を続けた。


「まあ、あんたの気持ちもわかるよ。みんな自分勝手だもんね……。私ってこんななりじゃん? だから敵を作りやすいんだって。だからね……そういう時は流すの」


「流すか……。俺にそんな器用な事できるのか」


「そんなの知らないわよ。私の場合の話よ」


 俺は田中をじっと見つめた。

 バイト先でも思ったが、こいつは成熟している。

 見た目と中身が一致していない。――驚愕である。


 俺は田中の言葉に感動した。


「ちょ、ちょい、見つめすぎじゃん!? さ、流石に恥ずかしいじゃんかよ! あんたは地味なんだけど、素材は一級品なのよ。わかる人にはわかるんだから! ……あーっ、柄にもなく熱く語っちゃったじゃん。今度ジュースおごってね」


「――善処する」


「バカ! そういう時はもうちょっと考えて返事するのよ! ……まっ、あんたはそのままでいっか……じゃあ私行くよ」


 ――なるほど……ならば。


「ああ、ありがとう――。ジュースが美味しいカフェがあるんだが……今度、お礼に、い、一緒に……」


 言葉が詰まって上手くしゃべれない。恥ずかしくて顔が紅潮しているだろう……それでも俺は言葉を絞り出した。

 感謝を込めて――


 歩き出していた田中は俺の方に振り返った。

 手を腰に当てて胸をそらす。健康的な肌が光に照らされて綺麗であった。

 満面の笑みで――ウィンクをして、ピースサインを俺に向けた。


「あははっ! もちろんじゃんっ! 連絡待ってるよ!」


 田中は嬉しそうに走り去った。



 俺は自分の身体が熱くなっているのを感じた。

 それは田中が立ち去っても消えてくれなかった。


 ――俺はこの温かい気持ちをリセットなんてしたくないと思った。


 だが、それと同時に、この気持ちが心を痛める元である事を俺は理解していた。

 愛情はいつか消えてなくなるものだと思っているからだ。








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