華の場合
俺、藤堂剛は小学校の頃、特殊な学校に通っていた。
……色々あって、本当に色々あって、中学から地元の学校に通い始めた。
地元の中学は地元の小学校から上がった奴らが大多数だ。
だから、俺は友達が出来なかった。というか、友達の作り方なんて教わらなかった。
そのまま友達がいないまま、地元の高校に通って現在の高校二年に至る。
――人畜無害の気弱な生徒。それが俺の評価であった。
そんな俺に絡んでくる奇特な女性たちもいた。
近所の幼馴染の女の子や、同じクラスの委員長、元気な後輩、バイト先のギャル……
……みんな俺を利用しているだけだってわかっている。こんな俺と接してくれる理由がない。
だが、俺にはどうでも良いことだ。普通の学園生活を感じられる大切な要素の一つであった。
俺は彼女たちから学校のカーストや人間関係の難しさや、思春期の青春について学ぶことが出来た。
幼稚園の頃まで一緒に遊んでいた近所の幼馴染、花園華とは毎日一緒に帰っている。
彼女と一緒に帰ると、必ず何かを買食いしなければならない。俺は空気というものを読んで、必ずお金を払っている。
荷物持ちとしてショッピングに付き合う事もある。怖くて見れない映画に付き合う事もある。
眠れない夜は長電話に付き合う事もあった。テスト勉強を教えてあげたり、宿題を一緒にやってあげた。
恋愛沙汰とは無関心だった俺にも、男女の関係というものが少しだけ感じる事ができた。
勘違いでなければ、彼女は俺に好意を持っている。そして、俺も彼女に惹かれている。
俺はそう認識していたと思っていた。
ある日、俺は別のクラスにいる花園を迎えに行った時の事だ。
教室に入ろうとしたら大きな声が聞こえてきた。
「え、華ちゃんって藤堂くんと付き合ってるんじゃないの? あの朴念仁と」
「華ちゃんとは釣り合わないんじゃない?」
「うん、地味すぎでしょ? 華ちゃんかわいいし」
花園の一際大きな声が聞こえてきた。
「え、あ、う、うん! わ、私が気になっている人はバスケ部の御堂筋先輩! あ、あんな奴はただの幼馴染のよしみで一緒にいてあげてるだけ! つ、都合の良い男よ! もう……冗談はよしてよ」
「だしょー」
「御堂筋先輩かっこいいもんね〜」
俺は教室の扉をコンコンとノックをして教室へ入る。
「――失礼。花園、今日は一緒に帰らない方がいい?」
「あ――、ううん! い、今行くよ。ね、ねえ、今の話――」
「ぷっ、華の便利君が来たね」
「バカっ、聞こえるよ」
「聞こえるわけ無いじゃん」
――俺は耳が良いから全部聞こえている。それでも聞こえてないふりをするのが普通の学生なんだろ?
「ちょっと、静かにしてよ……。もう、じゃあまた明日ね!」
花園は友達に手を振って別れを告げた。
俺たちは下校することにした。
俺と花園は毎日一緒に帰っている。
無口で常識を知らない俺は、花園のおかげで学校生活について知る事が出来た。
「ね、ねえ、さっきの話聞こえていたの?」
「さっきの? さあ?」
都合の悪いことは聞いてないふりが良いだろう。
それができる都合の良い男だ。
それに……こんな俺が花園に少しでも好意を持っていた事は隠した方がいい。
忘れよう。彼女は御堂筋先輩という男が好きなんだ。
……人の好意ってなんだろうな?
俺はさっぱり理解出来ない。てっきり花園は俺の事が好きだと思った。
――ああ、いつもの事だ。嫌なことはリセットして学習し直せばいい。
花園は身体をもじもじさせていた。
カバンから何かを取り出す。
「ね、ねえ、これ――」
可愛らしい包装がされた――手紙であった。
ラブレターと言われるものだろうか?
なるほど、俺は都合の良い男だ。察しの良さが売りである。
先週もクラスの女子にラブレターを鮫島君に渡してほしいと頼まれた。
要はそれと一緒か。
一瞬だけ胸が痛くなった。
それがどんな種類の痛みかはわからない。
痛みは一瞬で消え去り……俺は彼女に向けていた感情をリセットした。
今までの思い出は記憶として残っている。長い年月をかけて育んだ花園への『好意』というものを消し去った。
これは比喩じゃない。遊びでもなんでもない。
もう、花園を想う気持ちが一片も残っていない。
今の俺にとって花園は……他人に近い感情しかない。
「ああ、これを渡せばいいのか?」
花園の足が止まった。
俺の顔をみて戸惑っていた。いつもと声色が違ったのだろう。
「へ? あ、あんた何言ってるのよ? これは――」
「大丈夫だ。俺は人間関係に不器用な男だが、精一杯努力してみせる」
花園は困りながらも照れた表情を浮かべる。
「へ、へへ……、受け取ってくれるんだ」
「ああ、頼まれた仕事はきっちりとこなす」
「うん? まあいいか〜、じゃあ、これからもよろしくね!」
「ああ、早速だが、これを御堂筋先輩に渡してくる。それじゃあ」
俺はその場を走り去った。
後ろから花園の絶叫が聞こえてくる。
「へ!? あ、あんた!! ちょっと何してんのよ!! ま、待ちなさいコラ!!」
照れているのだろう。だけど、俺にはもう関係ない。
だって、俺は花園への好意をすべて『リセット』したからだ――
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俺はその日から、花園と一緒に帰るのをやめた。
御堂筋先輩に花園のラブレターを渡した時の顔を見ると、きっと成功になるだろうと思った。彼はなかなかの色男であった。
……人間関係って難しいな。小学校の頃は勉強と運動だけしていれば良かったからな。
ある日、花園がすごい勢いで俺の教室へ乗り込んで来た。
俺を見つけると、キッと睨みつけた。
花園は声を震わせる。
「あ、あ、あ、あんた!! なんで私のラブレターを御堂筋先輩に渡してんのよ!! これはあんたに渡した奴でしょ!! 馬鹿なの? こ、断るの大変だったんだから!! そ、それになんで一緒に帰ってくれないのよ!! ずっと待っていたんだから!! 連絡もつかないし……」
……どういう事だ?
「……花園は教室で友達と『御堂筋先輩が好き』という話をしていた。それに、俺はただの幼馴染で都合の良い男だって聞いた。だから、俺はてっきり御堂筋先輩に渡すよう頼まれたかと思った」
「は? そ、そんな事一言も言ってないじゃん!! ……、ありえない。ひぐっ、ひっぐ……せ、せっかく付き合えたと思ったのに……」
「俺は都合の良い男という認識だ。――花園には他に良い男がお似合いだ」
――俺も好意を持っていたけど、それは『リセット』した。もうただの同級生としか思っていない。
クラスメイトの好奇な目にさらされる。
このままだと、花園に変な噂が立ってしまう。
俺はきっちりと頭を下げて誠心誠意を込めて謝罪をする。
「――わかった。俺が全部悪い。申し訳ない。二度と……花園の近くには寄らない。本当に済まない……」
「え……あ、ご、誤解だったからさ……また一緒に……かえ、ろ」
――同じ時間は二度と戻らない。俺の常識知らずのせいでこれ以上迷惑かけられない。
「わかりました、気が向いたら声をかけて下さい。花園さん」
「あ……」
花園さんは俺との距離感を理解したのだろう。
もう二度と戻らない距離感。
ああ、人間関係って本当に難しいな。