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前編

R15、残酷な描写ありは保険のはずです。

誰だろう、イケメン無罪と言ったのは。

普通に有罪だと思う。


「聞いてんの、藤子。さっさと学校行くぞ」


私が家を出る時間に既に玄関に立ち、あたかも「おっせーよ、いつまで俺を待たせてるんだ」的な雰囲気を醸し出しているけれど現在の時刻は5時半である。

誰も待ってくれとは言っていないし、私は部活の朝練の為に早起きしているだけなのに何故帰宅部のコイツがいるんだろう。


別にコイツ──萩原瑞樹とは付き合ってはいない。家が隣同士というだけの幼馴染だ。

だというのにいつもいつもいつも、瑞樹は毎朝毎夕一緒に登下校しようとする。私、一人で静かに歩きたいのに。

取り敢えず目の前の男に人並みの挨拶を交わして学校に向かおうとするが、


「あ、コレおばさんの弁当? 俺の分は」

「ちょっと取らないでよ」


とか言い始めて私のお弁当を奪う。

それは朝早いから私が自分で作ったお弁当だし、何で勝手について来たコイツの分もあるとナチュラルに思ってるのか分からない。

お弁当はいつも通りぶん盗られ、五百円玉も頬に投げつけられた。

それ格好いいと思ってるの?

普通に痛いんだけど。2つの意味で。


「何だよその目、アノ写真ばら撒かれたいの?」


ニヤニヤしながら私を見下ろすコイツの顔に嫌悪感を覚えたのは、一度や二度ではない。



※ ※ ※



「あの瑞樹君がねぇ⋯⋯信じられないなあ」


体操部に所属していると、毎日の柔軟体操は欠かせない。

部活前の軽いストレッチの時間は誰かとペアを組むのだけど、私のペアは友人の杉本亜希ちゃんだ。

いつも私の話(愚痴)も聞いてくれる。


「だって、いつも女子に優しいよ。この間私も委員会の仕事手伝ってもらっちゃった」

「外面だけはいいからね⋯⋯」

「外面っていうか、顔もいいよね!超イケメンだし背も高いし、成績もいいんでしょ? スパダリじゃん」

「その長身で、私のお弁当を手の届かない所まで持ち上げられてみてよ、これみよがしにニヤニヤしながら「悔しかったら取ってみれば」とか言われながら」

「キャー!そういうのいい!されたい!」

「何で?」


普通に考えてイラッとこないのかな。

お陰で私は自腹を切って購買の安いパンと麦茶の生活だよ。

あいつの寄越した五百円? 腹立って使う気にならないから学校の自販機の横に置いてる。

誰か使ってください。


「好きな子には意地悪したくなるってヤツじゃないのー? いいじゃん、もう付き合っちゃいなよ」


ハイ出ました、「好きな子に意地悪するのは仕方がない」理論!意地悪男子の真意に気付きつつ広い心で受け止める風潮もうやめませんか!

意地の悪い真似されたら普通にキレてもいいじゃないですか。心の器狭い?

狭くて何が悪いんだ。付き合えるかあんなのと。



ていうか私、瑞樹の事嫌いなんだよね。


ちっちゃい頃からやたらと構われてきたけど、トラウマレベルで嫌いな蛇やムカデ投げつけられたりブスだゴリラだ言われたり、生理始まったらからかわれるようにもなったな。

最近は私の変な写真を盾に黙らせる事を覚えたようで、隙あらばスマホ向けてくるから一人のときも気が抜けなくなっている。


高校ぐらいは違う所に通いたくて、無理して偏差値高い学校を受験したのに何故かいるし。

ええそうですよ、親ルートでバラされましたよ。


入学式の時「何俺から逃げようとしてんの?」とかドヤ顔で言われたときの私、よく怒りで血管が切れなかったと思う。


何であんたがいるのよって問い詰めたら、「別にお前を追ってきたんじゃねえよ、自意識過剰」

とかいう台詞と共に鼻で笑われた。

じゃあ「俺から逃げようとしてんの」発言なんなんだよ。

あんた進路ちゃんと考えて高校選んだの?

将来の見通し立てて進路考えたよね?

同じく親ルート情報だけど、おばさん(瑞樹のお母さん)めっちゃ心配してたよ。受ける高校のランク下げて大丈夫かって。


⋯⋯思い出したらまたムカついてきた。


他の女子からは「そこまでして追ってきてくれるなんて愛されてるね」とか言われるんだけど、たかが幼馴染一人のために進路変更する馬鹿のどこに将来性感じたらいいんだろう。

第一好きでもなんでもない、むしろ嫌いな男子にそうされて嬉しいの?

キモくない?


「あーもう、誰かアレなんとかしてくれないかな⋯⋯」


いっそ瑞樹に固定の彼女が出来ないかな。

束縛激しい系の子がいい。



※ ※ ※


「ふぃー、あっつ」


夏の体育館は朝から地獄だ。

部活の途中に水分補給しに外に出ると、アイツがいた。


「藤子、お疲れ様」


そういって瑞樹は爽やかな顔でスクイズボトルを渡してきた。

周りの女子はきゃあっと黄色い悲鳴を上げる。


「これは?」

「んー? いつも頑張ってる藤子にご褒美、かな」


差し出されたのは「私の」ボトルだ。

いや、どこがご褒美なの。私が用意した私のボトルだよ。

ドリンクも自分で作ったよ。


「ホラ、水分補給しないと倒れるよ」

「⋯⋯」


無言で手を出すと、瑞樹はボトルをひょいっと持ち上げた。


「ありがとう、だろ?」

「⋯⋯〜〜〜、アリガトウゴザイマスッ!」

「はい、よく出来ました」


謝礼の強要をされて泣く泣く飲んだ苦渋に共感してくれる人はここにいない。

ああ腹が立つ。水分摂らなきゃ倒れるってのに、勘弁してよ。



部活を終え、更衣室で汗臭い運動着を脱いでいると、亜希ちゃんはきゃあきゃあ言いながら瑞樹を褒めちぎっていた。

本当に何がいいんだろう。顔か。


亜希ちゃんの言葉をスルーしながらロッカーを開けると、上から紙袋と大量の本が落ちてきた。


「きゃあああ!」

「うわ、そこあたしのロッカー!」


どうやら間違えて隣の子のロッカーを開けてしまったようだ。


「ごめん怪我ない?」

「大丈夫、間違えたの私だし⋯⋯ん?」

「あっ!ちょ、中身はっ!」


頭に被さった本を手にとって見ると、中身は二次元美少年達の裸だった。


「えーっと、『狼王子と羊なダーリン♡』⋯⋯?」

「その⋯⋯いわゆるその手の本です」


紙袋に男同士の恋愛模様を描いた漫画を大量に入れていたのは蒲田葵ちゃんだ。


「えへへ、友達に貸そうと思ってたら沢山持ってきすぎて⋯⋯」

「葵ちゃん、こういうの好きだったんだね!」


実は私もという亜希ちゃんが、きゃっきゃしながら漫画を読み始めた。

えっ、朝からそんなえっちぃの読むの?


「藤子も読む?」

「えっ」

「ホラこのキャラ、瑞樹君みたいじゃん」

「えー⋯⋯」


そう言って亜希ちゃんと葵ちゃんが見せてきたのは、強気な吊り目が特徴的なイケメン王子様だ。

確かにどことなく似てるかも。


「その人が主人公なの?」

「そうなの!宮部君って言うんだけど、宮部君の恋の相手がまた超ドSでね」

「えっ宮部君がじゃなくて? だってキスしてる男の子、女の子みたいに可愛いよ」

「それが違うんだぁ」


ほうほう。

なるほど、男同士の恋愛も色々ジャンルがあるみたいだ。



※ ※ ※



葵ちゃんから色々借りてしまった私は、仕方がなくそれを読んでみることにした。

折角借りたからね、感想とか言わなきゃね。うん。


⋯⋯⋯⋯ふむ。

俺様受け、下剋上、ヘタレ攻め。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふむ。


恋愛には身体から始まるものがあるのか。

そして「受け」と呼ばれる方の男の子は、男同士の恋愛にハマってしまうとあまりの気持ちよさに、異性に興味がなくなるらしい。

それを俗に「メス堕ち」という。

詳しい説明は省くけれど女の子みたいになるより一層酷い事みたいだ。


ここで私は天啓を得た。


アイツをメス堕ちさせれば、未来永劫私にとって平穏な日々が訪れるんじゃない?

と。



※ ※ ※



「よぉ藤子、今日何で帰りにいなかったんだよ」


メス堕ちについてネットの腐海を徘徊し始めた所で、何故か当然の如くなんの予告もなしに入ってくる瑞樹。

ここは私の部屋ですけどね。

ノックしないの? 着替えてたらどうすんの。

私はじっと瑞樹を睨めつけた。


「は? 何だよその目」

「⋯⋯いや別に」


こいつを修羅の道に落とすならどんな奴がいいんだろう。

葵ちゃんに紹介された漫画では、生意気な年下男子が攻めだった。

普段「俺が俺が」だった宮部君だけど、夜は清々しい程女っぽい顔をしていたな。女っていうか、オネエ?

それとは違うか。多分。

でも瑞樹はなぁ。

ベッドの上で顔を赤らめて涙流しながら快楽に堕ちるかなぁ。


「藤子、いやらしい目で俺を見んなよ。欲求不満か?」

「確かにやらしい目では見てたけど」

「え」


私がいつもと違う切り返しをすると、瑞樹は呆れた顔をした。

何言ってんだこいつって顔してる。

ふう、とため息をつくと瑞樹は苛立たしげに私を睨みつけた。


「何だよさっきから」

「別に」

「つうか明日の数Ⅱの小テスト、範囲どこ?」

「用事それだけ? 授業で何聞いてたのよ」

「ちょっとなー。女の子から呼び出されてたから」

「昼休みの内に済ませてよ、そういうの」

「あれ、妬いてる?」


否定しても肯定しても沈黙を貫いても瑞樹は自分のいいように勘違いするけれど、断言しよう。

それはありえない。



※ ※ ※


翌日から私は、瑞樹をメス堕ちさせるスーパー攻め様を探し始めた。

あり得ないかもしれないけれど、万に一つの可能性を捨てきれない。

道行くサラリーマン、他校生、教師、中学生、犬、猫、様々な雄に出会ったけれどどれもしっくりこなかった。


「やっぱり無理なのかなぁ」


現実と漫画は違うんだ⋯⋯。そりゃそうだ。男が好きなイケメンや美少年がそうそういるわけない。

た、多分。


アイツが受けだとしたら、どんな人が攻めになるのかな⋯⋯。

アイツの歪んだ性格を鼻で笑い飛ばす勢いの腹黒か、逆にピュアっピュアで純粋な子がいいな。

ああそうだ、天真爛漫で純粋でひたむきな姿勢を見せて、瑞樹の意地の悪い部分を矯正して欲しい。

そしたら年下か、同い年がいいかな?見た目は⋯⋯ピュア男子なら可愛い系だよね。女の子みたいな中性的な雰囲気で、小柄な子かな。

髪の毛はサラサラでまつ毛がふさふさで、可愛いもの大好きで。

あとは、あとは、えーっと。


「藤子ちゃんおは⋯⋯」

「⋯⋯はっ!」


気がつけば私は、後ろから亜希ちゃんと葵ちゃんに声を掛けられるまで、教室で一人瑞樹の運命の番の設定を紙に書き起こしていた。




「と、藤子ちゃん!コレッ⋯⋯‼」


亜希ちゃんと葵ちゃんは、私の妄想していた攻めちゃんの設定を殴り書いた紙を奪い取り、食い入るように見つめた。


「あーっ‼違うの、これはね!」


ヤバい、変態だと思われる。

こんな可愛い子に女装をさせて瑞樹を攻めさせるなんて変だよね? やだ、どうしよう。

何でこんなことに⋯⋯


「「この子!名前は⁉」」

「と、特に決めてなくて⋯⋯」

「髪の色は? 目の色は?」

「好きな食べ物は?」

「え? え?」

「家族構成は決めた? 生い立ちエピソードある?」

「あの、私今妄想してたから⋯⋯そこまで決めてなかった⋯⋯」

「お願い!もっと設定追加して!」

「超滾る‼ やーんこれ誰かにイラスト書いてほしい!」


突然色めき立つ二人は喜々として私に尋問し、私の中で妄想していた攻めちゃんは見事に細部まで設定が出来上がった。


攻めちゃん

名前:桂木弘かつらぎひろむ

年齢:15

家族構成:父母弟妹

見た目:色素の薄いサラサラ猫毛で目はとび色

性格:おっとりで純粋、可愛いものが好き

   おねだり上手な一面も


「うわぁぁ⋯⋯何だか大変なことに⋯⋯」

「やだ、もっと根掘り葉掘り聞き出したい!ねぇ藤子ちゃん、部活終わったら家に来ない?」

「葵ちゃんの家に?」

「そう!このCPについて語らいたい!受けの設定も聞きたいし」

「やだやだ私も行く!」

「で、でも⋯⋯」

「ねえ藤子ちゃん」


葵ちゃんは私にこっそり耳打ちした。


「俺様受けの本、もっと読みたくない?」


そうしてその日は、葵ちゃんの家にお邪魔する事になった。



※ ※ ※


どうにかついてこようとする瑞樹を振りほどき葵ちゃんのお宅にお邪魔する事となった。

亜希ちゃんは委員会の仕事があるから後で来ると言っていた。


「さあさあ!藤子ちゃんの妄想洗いざらいぶちまけてもらうからね」

「えっと、でも私こういうのよく分からなくて⋯⋯私、瑞樹をメス堕ちさせたくて考えてただけだから」


そう言うと、葵ちゃんは目を見開いた。


「瑞樹君ってあの王子様の? 優しそうな人をメス堕ちさせるなんて、藤子ちゃんも鬼畜だねえ」

「ちが、アイツとは幼馴染なんだけどさ。私の前だと凄く横柄で」

「そーなの⁉ いい事聞いちゃったー。 そっかそっか、親しい人の前でだけ見せる一面があるんだね。うわぁぁ滾る!」

「⋯⋯信じてくれるの?」

「そっちの設定のほうがオイシイかなって。ハイスペ男子高校生ってだけじゃ現実味ないし、ちょっとしたギャップだよ」

「⋯⋯ああ、そう」


葵ちゃんは瑞樹を半分二次元として捉えているようだ。


「それならさー、受けキャラも瑞樹君に寄せていこうよ! 皆の憧れハイスペ王子様が可愛い攻めちゃんの前で本性見せるの!ふおおおおお滾るっ⋯⋯!」

「そうしたら、見た目は宮城君みたいな感じ?」

「そうだね、でももうちょっと雰囲気を王子様ちっくに変えて⋯⋯うーん」


葵ちゃんは紙とペンを取り出して、何やら描き始めた。

丸を描いて、その中に十字を入れて、線をざかざかと描き足していく。

するとあっという間に瑞樹を漫画絵にしたようなキャラクターが完成した。


「え⁉ すごい、葵ちゃんって漫画家さんみたい!」

「そうかな⋯⋯? 話も作れないし、いつも同じ角度の一枚絵しか描けないし⋯⋯」

「でも、凄いよ。5分でこんなに瑞樹そっくりな絵描けるんだもん」

「え、えへへへへ。そんなに褒められると照れるなぁ。────そんな事より、弘君も描いていい? 二人の絡み絵描きたい!」

「描いてくれるの⁉ わーお願い!」


二人できゃっきゃきゃっきゃと騒いでいると、部屋のドアがコトンと音を立てた。

ん? と思って振り向くと、少しだけ開いたドアからぼさぼさ髪を目の下まで伸ばした男の子が覗いていた。


「⋯⋯ねぇちゃん、うるさい」

「要!起きてきたの」

「ん、でも頭痛いからもっと静かにして」

「ごめーん!あ、藤子ちゃん紹介するね。あれ、弟の要っていうの」


要君は小さく頭を下げた。


「お、お邪魔してます⋯⋯」

「⋯⋯どうも。またBLの話?」

「えっへへへ。あ!要あんた良いところに起きてきた」

「嫌な予感するからヤダ」

「起きてきたんたらいいでしょ。ちょっと藤子ちゃん、一緒に来てくれない」

「どこへ?」

「うふふふふー。漫画家さんのお部屋訪問だよ!」

「ええ⁉」




葵ちゃんに強引に引っ張られてやってきたのは、要君の部屋だった。


「ねぇちゃん!」

「いーからちょっと描いてくんないコレ!」


葵ちゃんはさっき描いたばかりの絵を要君に見せた。


「はぁ、また?」

「おーねーがーい!設定面白かったら今度の新刊として⋯⋯」

「要君は漫画家さんなの?」


新刊って、漫画の新刊の事だよね。

この部屋、要君の部屋だけどすごい。

壁が漫画で埋め尽くされているし、人体の構図とかデッサンの本も沢山ある。


「⋯⋯単なる同人作家です」

「またまたぁ。コミケで売上黒字連発してるセミプロの癖に」

「デビューしてないからアマチュアだよ」

「どっかの新人賞応募したらいいじゃん」


「す、すごいね⋯⋯これは何するもの? これで絵を描くの?」


私は大きな画面のタブレットとタッチペンらしきものを指差した。


「え、そうだけど⋯⋯ 液タブ見たことないんですか?」

「漫画って紙に鉛筆で下書きしてペンでなぞって描くと思ってた⋯⋯」

「そういうアナログな作家さんもいるけど⋯⋯俺はスピード上げて描きたいからこっちかな」

「こっちだと速く描けるの?」

「人によるけど、俺はこっちが描きやすい」

「すごいねぇ、どんな漫画を描いてるの?」

「うふふー、藤子ちゃんも見たことあるよ!ホラ、『狼王子と羊なダーリン♡』」

「えええ⁉ あれって⋯⋯!」

「いや違うんです、ねぇちゃんが描けって言うから描いただけで俺は別にああいうのに興味なくて」


「すごいね要君! あれ面白かったよ!」

「えっ」

「私、こういうジャンルってあんまり読んだことなかったんだけど⋯⋯あの漫画読んだら凄く素敵な世界だなって思ったの。あれを最初に読まなかったらここまでハマらなかったよ」

「⋯⋯そ、そうですか」


要君は唇をもぞもぞと動かした。


「でもアレ、ねぇちゃんが「こんな話読みたいから描け」って言われた奴だから⋯⋯キャラもストーリーもオリジナルじゃないし」

「そうなんだ!やっぱり葵ちゃんも凄い⋯⋯でも描いたのは要君でしょ? 私漫画の事詳しくないけど、あんなにページをめくる手が止まらない漫画なんて初めてだよ!あれは漫画の作り方が上手いからだよ絶対。謙遜しちゃ駄目だよ」

「でしょでしょ、うちの要すっごいんだからー!まぁその才能見出したの私だけどねー!」

「姉弟揃って芸術家肌なんだね⋯⋯!」


そう言うと葵ちゃんは顔を赤くして照れた。

要君の表情は分かりにくいけど、少なくとも気分を害してはいないようだ。


「気分が上がったところで要、この二人なんだけど」


葵ちゃんは要君にぐいぐいと紙を押し付けた。


「どれ? ⋯⋯何かねぇちゃんらしくない二人だね」

「へっへっへ、なんと藤子ちゃんの創作キャラなのです!」

「へぇ」


何だろう、やけに恥ずかしい。

自分の内面をさらけ出して査定されているような気分だ。


「ちょっと待ってて」


要君はそう言って机に向かった。

タッチペンを動かしてささっと描くと、そこには今にも痴話喧嘩を始めそうな二人のイラストが仕上がっていた。

嘘、もう出来たの?

線を引いたと思ったら一瞬で絵になったよ。


「え? これ⋯⋯」

「⋯⋯気に入らなかったですか?」

「違う違う! すごい、この人たち今にも動きそうで⋯⋯本当に描ける人っているんだね、人が描いてるんだね」

「当たり前ですよ」

「絵を描ける人って身近にいなかったから、どこかで懐疑的だったよ。もしかして機械が描いてるんじゃないかって」

「いやいやいや人間だって!藤子ちゃん面白いなあ」

「でも、元絵あるし俺のオリジナルって訳じゃないし別に褒められても」

「漫画ってオリジナルじゃないと駄目なの?」

「いや、二次創作とか色々ありますけど」

「二次創作ってオリジナルより良くないものなの?」

「いや⋯⋯うーん⋯⋯」

「そこは触れちゃ駄目だよ藤子ちゃん!確かに原作の設定やキャラを生かして作られたほぼオリジナルな神作品も二次創作界隈にはあるけど、その話を持ち出すと戦争が起こるから!」

「物騒だね⋯⋯ところでカミサクヒンって何のこと?」

「神様レベルで面白い、心に刺さる作品の事だよ」


神様レベル。

神様だなんてそうそう使わない大げさな言葉だけれども、私は先程、自分の創作キャラクターにものの数分で生命を吹き込んだ彼の手は間違いなく神様のようだと思った。


「じゃあ要君は、神作品を描く神様って事だね!」

「⁉」

「さっきイラスト描いてくれたとき、何が起きてるか分からない内に絵が出来上がってびっくりしたの。要君の手の動き、神様みたいじゃない? そういう事でしょ神様レベルって」

「いや、そこまで言う程じゃ」


要君は居心地悪そうにもぞもぞと動いた。


「⋯⋯藤子ちゃん、天然の創作クラスタキラーだね」



遅れてやってきた亜希ちゃんを加えてBLについて談義していたら、あっという間に夜になった。

お母さんがそろそろ帰ってきなさいと文句を言い始めている。


「あーヤバ、これ要に本作ってもらいたいなぁ⋯⋯でもなあ」

「どうしたの?」

「いやねー。アイツBLそんな好きじゃないから」

「それなのに描かせたの⋯⋯」

「どうしてそんな所業を」

「だってぇ」


葵ちゃんはため息をついた。


「────あの子さ、学校で友達なくして引きこもりになっちゃった時期あるんだ。それでとりあえず成功体験積ませたくって、得意だった絵をとにかく描かせまくったの」

「葵ちゃん⋯⋯」

「そしたら思いの外エモい絵描くから、試しにBL描かせてみたら大当たり!いやあ本当嬉しい誤算だよ、SNSに漫画載せたら一日で超バズったのなんの。調子に乗って私好みの本描かせたらこれまた売れちゃって」

「葵ちゃん⋯⋯」


姉弟の感動的な話だと思ったのに。

いい話だったのに。



※ ※ ※



今日も今日とて瑞樹がうざい。

朝はと言えば、朝練がないからゆっくり支度をしようと思ったところにアイツが部屋に乱入し、ブスだなんだと言いながら私の部屋着(中学ジャージ)を一通り貶めた挙げ句ふわもこパジャマを買えと言ってきた。

ほっといて欲しい、ふわもこ系は人を選ぶんだよ。

ご飯を食べる時もお母さんの出したご飯をちゃっかり一緒に食べていくけど、誰も何も言わないのは何故だろう。

本来の家でご飯食べてよ。萩原家でも朝ごはんの準備してるんじゃないの。

そもそも誰がコイツを家に入れているんだろう。




早いところあいつメス堕ちしてくれないかなという願望を持て余した私は、とうとう小説に手を出してしまった。

読む方じゃない。書く方だ。

要君みたいに絵を描けるはずもないけど、アイツ(に模したキャラ)を妄想の中だけでもどうにか手酷く堕としたい。

その欲求は創作という形になったのだ。


しかしこれが中々難しい。

出だしをどう書けばいいのか、一人称にすればいいのか三人称にすればいいのか、技術的な部分もあるけれど一番の問題は二人はどういう過程を経て結ばれるのかだった。

あらすじを書いてみたものの、どうにもしっくりこない。

大体メス堕ちさせるなんていう動機で書き始めたから、ラブラブハッピーエンドの結末が描けないのだ。


物語を作るってこんなに難しい事なんだ⋯⋯。


私は持て余した暴力的な妄想を握りつぶしたくなった。


「物語って難しい⋯⋯」


ぼそりとつぶやくと、それを耳聡く拾った葵ちゃんが私を見た。


「お? 藤子ちゃんも漫画描き始めたの?」

「絵は描けないから、小説をと思ったんだけど⋯⋯。難しいね。全然結末が見えなくて投げちゃった」

「え!? ねえねえそれ読んでいい?」

「う」


葵ちゃんのキラキラした目にたじろいだ。

やめて、見せないから。

恥ずかしいからこんな下手くそなの。


「いいじゃんいいじゃん!」

「嫌ァァァ!」

「こら、朝から何やってるの」


ノートを死守していると、横から亜希ちゃんが助けてくれた。


「ん? これなに」


そう思ったが、亜希ちゃんは私の手から素早くノートを奪い中身を読み始めた。

裏切り者だ!どうしてくれよう。


「⋯⋯ほう。⋯⋯⋯⋯⋯⋯ほうほうほう」

「やめて、リアクションしないで。読んだらなにも感想言わずにスッと返して」

「私も読むー!」

「葵ちゃん!あああ」


顔を赤くしながらドギマギしていると、読んでいる二人は次第に無言になった。

あああだから嫌だったのに。

他人様が読むものじゃないって。

私明日から学校来るのやめようかな。


「藤子ちゃん、コレ」

「あー何も言わないで!分かってるから、自分で下手なの分かってるから‼」

「えっ、普通に面白いと思うけど⋯⋯」

「うんうん、読める読める!」

「え?」

「続きはないの?」

「か、書きたいんだけど分かんなくなっちゃった」

「そっか、私は読んでみたいんだけどなあ」

「へええええ!?」


そんな事を言われると思っていなかったので、戸惑いと照れが入り混じって変な表情になってしまう。

にまにまという言葉がしっくりくる。

その時だった。


「藤子、何してるの?」


耳元にそっと囁くようにあいつの声がした。

出たな。


「何そのノート」

「読むと後悔するよ」


自分が男の子に骨抜きにされるところ、読みたくないでしょ。


「デスノートみたいな?」


近いかな。うん。


「そんな事より何の用事?」

「用事がなくちゃ会いに来ちゃ駄目かな」


瑞樹が困ったようにそう言うと、周りの女子はきゃあっと悲鳴を上げた。

さっさと用事言えや。


「あ、お弁当なら無いから」

「え」

「今日朝練ないし、購買でパン買う予定だったし」

「ええー⋯⋯」


そんなに好きなのだろうか、あの冷凍食品詰め合わせ。

朝早く忙しいのに、じっくりコトコト作ってる暇ないもん。


「用事はそれだけ?」

「いやだから顔を見に⋯⋯」


毎日顔合わせてるのにか。

なんの冗談ですか。


「顔なら毎日見てるでしょ。次移動教室だし、私準備していい?」

「藤子、冷たい」


瑞樹があからさまにしょんぼりした顔をすると、クラスの他の女子から剣呑な眼差しを感じた。肌がピリピリする。

あーこれだよ、だから嫌なんだ。

周囲の言いたいことは分かってるよ、「健気な瑞樹君にブスなアイツが塩対応してるとか何様?」って事でしょう。

ちなみに実際言われた言葉だよコレ。

でも普通に考えて「用事もないのに顔を見に来た」って言われて何て返せばいいのかな。16年生きてて最適解見つかったことないんだけど。




「ねえちゃん、弁当忘れて⋯⋯あれ」


冷えた空気の中に、突如として教室の扉を開いて現れたのは要君だった。今日も前髪は長めだけど、昨日会った時よりは整ってる。昨日は寝起きだったもんね。

⋯⋯ん? 葵ちゃんの弟さんだよね要君。

私達一年だよね。

要君、この学校の制服着てるけど。


「あれ、要来たの?」

「今日は調子が悪くなかったから⋯⋯」

「そっかー、良かった良かった」


葵ちゃんは疑問を感じることなく普通に受け入れている。

私が要君をじっと見ていると、私の頭に相当な疑問符があったのだろう事を察した葵ちゃんは、私と要君を交互に見比べた後、苦笑いで答えた。


「あ、要は弟だけど双子なの」

「そうなの⁉ てっきり年下だと思ってた⋯⋯ごめんね要君」

「藤子さん、と亜希さんも⋯⋯どうも」

「要君こんにちはー!」

「⋯⋯じゃあ俺行くから」

「要待って、────ああもう行っちゃった」


要君は葵ちゃんにお弁当を渡すとすぐにいなくなった。

少し前まで不登校だったらしいし、知らない大勢の人がいる場所が怖いのかな。


「なぁ、今の誰?」

「へ?」


瑞樹の方を振り返ると、ヤツは珍しく衆人環視の中で不機嫌だった。


「聞いてたでしょ、葵ちゃんの弟さん」

「俺、アイツ知らないけど」

「そりゃまあ、私も昨日ちょっと話しただけだし⋯⋯あ、本当もう時間ないから!瑞樹もさっさと次の授業の準備しなさいよ」

「藤子!」


私は焦りながらノートと教科書をまとめて教室を飛び出した。

その時、あの妄想だだ漏れデスノートの行方について思い出すべきだった。

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