青年期 5
「エレノア、おめでとう。」
嬉しそうに笑う母がいる。
「・・・本当に・・良いんだな・・エレノア・・」
寂しそうに、目を潤ませている父がいる。
「はぁ・・やっとか、長かったな。」
肩の荷が降りた様な顔をしている兄がいる。
「おめでとう。」
娘を抱き、優しい笑顔で祝福してくれる義姉がいる。
「ありがとう。それでだが、結婚式の準備や、しきたりなど細かな調整も必要だろうから、一週間後には、こちらに迎え入れるつもりだが、問題無いか?」
何故だか突然偉そうな物言いをしている、ブライアンがいる。
「はい、もちろんです。エレノアが受け入れたのなら、私達は何も言う事はありません。」
ブライアンの態度に怒る事無く、畏まっている父・・・・
・・・・
「ちょっと待った!!」
状況が飲み込めず、唖然としていたエレノアが、ようやく全力で声を上げた。
泉でブライアンの『夫様』宣言を聞いてから、急かされる様に屋敷に戻ったのだが。
そこで、何時もなら居ないはずの両親が、玄関ホールで待ち構えていた事に慌て、ブライアンをどう紹介しようかと悩んでいるうちに、家族とブライアンの会話が始まり・・・・今まで唖然としていのだ。
「みんな何を言っているの?どういう事??」
眉間に皺を寄せ、訝しげに皆を睨み付けるエレノアに、父は困った表情を浮かべる。
「エレノア、落ち着きなさい。王族の方の前で失礼だぞ。」
エレノアの耳に、この場で出てくるはずの無い言葉が聞こえた気がした。
「ん・・・?お父様、今サラッと・・王族と仰いましたか?」
父は、何故そんな事を聞いてくるのか分からないとばかりに、首を傾げている。
「ああ、言ったが?」
エレノアは、本気で分からないとばかりに、首を傾げている。
「誰が・・?」
「それは・・・。」
父の視線がゆっくりとエレノアの後ろへと向けられ・・・
「レン・・・」
続きを言おうと口を開いた父の言葉を、エレノアは慌てて遮った。とても嫌な予感がした。その先を聞いてしまったら逃げられなくなる。そんな予感に、慌てて兄に視線を向けた。
「なんて事でしょう。お兄様は密かに引き取られた王家の隠し子なのですね!!今まで、血が繋がっていると思っていたのに、残念です。ですが、こればっかりは仕方がありませんね!!」
わざとらしく言うエレノアに、兄が呆れ顔で反論する。
「いや・・・無理があるだろう。私の顔はどう見ても父親似だし、髪色と目の色は母親譲りだと知っているだろう。」
無理があるのは分かっている。それでも諦めきれないエレノアは、すかさず視線を動かし・・次の餌食・・・では無く、思い当たる人物に目を向けた。
「まさか、ソフィーが!!やっぱりなのね、ずっと気品があると思っていたのよ。」
ソフィーはエレノア付きのメイドで、幼い頃よりずっと側に居てくれ、エレノアにとってはメイドと言うよりも親友の様な存在なのだが・・・・・今はとても冷たい視線をエレノアに向けている。
「エレノア様、私のこの顔を見てそれを言うのですか?街を歩けば『昨日はどうも・・・・あら?・・・あら嫌だわ娘さんよね、ごめんなさい。お父さんと、とても良く似ているから・・・でっ・・でもほら!女の子は、お父さんに似た方が幸せになれるって言うしね・・・・オホホホホ。』って、小さな子供に向かって言う言葉を、言い訳に使われるほど、父と似ているのですよ。まさか・・・なんて事は、ありえません。」
苛立ちのこもったソフィーの言葉と冷たい目に、エレノアは思わず視線を逸らすが、それでも諦めきれず・・・
「それなら、ガルダが・・・」
ガルダはソフィーの父の名で、ソフィーと共にこの屋敷に仕えてくれている執事だ。
「 ガルダ・・・私の父ですか?泣く子が更に泣き叫ぶ、裏社会のボスの様な父がですか??こんな凶悪な顔面の人がですか?本気で言ってますか?? 」
『勿論、本気よ!!』とは言えない。ガルダの顔面がどうであろうと、ガルダはソフィーが産まれる前からこの屋敷で働いていたし・・・ガルダの父・・・ソフィーにとっては祖父もこの屋敷で働いており、王族との関わりなど聞いた事も無いのだから。
かと言って、ここで『それなら、この場に居る誰が王族だと言うの!?』なんて言おうものなら・・・・悪い予感しかしない。
八方塞がりで、どうすれば良いのか悩んでいると、ソフィーの眉間のシワが薄くなり、それと同時にゆっくりとした、何時もの優しいソフィーの声が聞こえてきた。
「エレノア様、父の顔面の話をすると、似ていると言われる私も、漏れ無く傷つくので、そろそろ後ろの現実に目を向けていただけませんか?」
後ろの現実・・・分かっている。
背中に感じる存在感が、こちらを向けと全力で主張している。しかし、振り返らない・・・振り返りたくない・・・全力で逃げ出したい。
「エレノア。」
現実が、エレノアの肩に手をかけてきた。
優しく、心地良い・・・聞き慣れた声・・・しかし、エレノアの肩を掴む手からは、“逃げるな” という声が聞こえてきそうなほど、しっかりとエレノアの肩をつかんでいる。
「悪かった。皆に早く報告したくて急いで戻って来たから、まだ何も話していなかったな。」
何が『悪かった』なんて思わなくて良い。何も教えくれなくて良い。ただ、今考えている事が、間違っていると否定してほしい。それだけなのに・・・
「エレノアと少し二人で話がしたい、どこか部屋を頼む。」
堂々とした物言いで、父に、一応頼んでいるブライアン。
「それでは、こちらに。」
まるで、ブライアンを敬うかの様に、部屋へと案内する父・・・
そして、父が歩き出した方向は、応接間とは反対の方向・・・
「お父様、何処に行く気ですか。」
父の屋敷だ、方向を間違えるとは考えづらい。それでも、歩き出した父に声をかけたのは、とても嫌な予感がしたからだ。
「勿論エレノアの部屋だ。」
嫌な予感はあっさりと的中した。父の歩く方向には確かにエレノアの部屋がある。あるが、娘に許可も取らずに、勝手にブライアンを部屋に通す気なのは、どう言うつもりなのだろう。
「何故、私の部屋なのですか!」
「ブライアン様のプロポーズを受け入れたのだろう?」
確かに、プロポーズは受け入れた。だからといって、突然部屋に通して良いとも思えない。まだブライアンとエレノアは婚約者であり、夫婦では無いのだから、何か間違いがあったらとか考えるべきだと思う。
「それは・・・そうですが・・・。」
「ならば、何の問題もない。」
という父の言葉と、いまだに力強い手でエレノアの肩を掴んでいる手が、それ以上の反論を許さず。
半ば強制的に、自分の憩いの場であるはずの自室に連れて行かれる事となった・・・