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青年期 1


あの時、少年が言った言葉が、本当になるとは思っていなかった。

しかし、振り返らなくても分かる。エレノアの背後に立っているのは、あの時の少年・・・・


「何だ?急に黙り込んで。」


「初めてお会いした日の事を思い出していました。」


懐かしむ様に言えば、同じ様に懐かしむ声が返ってくる。


「ああ、私が初めてプロポーズした日の事だな。」


アレをプロポーズと言い切られるのは、少し・・・いや、かなり腹が立つ。


「あれがプロポーズですか?私には、横暴な命令にしか聞こえませんでしたけど?」


「あの時は、まだ子供だったんだ、仕方ないだろう。それに、最終的に俺のプロポーズを受け入れたのはエレノアだ。」


「色々・・・本当に色々話していないままでしたけどね。」


歯噛みしながら、苛立ちを全面に押し出しているエレノアとは対照的に、嫌味なほど楽しげな声が返ってきた。


「それでも、受け入れただろう?」


そう言われてしまえば反論しづらく、エレノアの苛立った声は、小さくなっていく。


「間違いでしたとは・・・。」


「言わせんぞ。」


「・・ですよね・・・。」


確かに、エレノアはプロポーズを受け入れた。それは、幼い頃では無い。

つい、3ヶ月前の出来事である・・・






そして、プロポーズよりも更に半年前・・・



その頃、エレノアは焦っていた。

貴族女性の結婚適齢期は16歳から20歳、エレノアは現在16歳になったばかり・・・しかし、両親から結婚どころか、婚約の話すら聞いたことが無い。しかも、本来16歳で社交界デビューするはずなのに、両親から『今年は見送るように』と、言われてしまい、出会いすら無い状態だ。

本来であれば、自分が売れ残ってしまうのではと焦る所ではあるが、エレノアの焦りは別にあった。

出会いすらない・・・逆に言えば、出会いすら与えられていない・・。


つまり、両親が政略結婚させようとしている、という事ではないだろうか。


貴族の令嬢である以上、政略結婚は仕方がないと頭では分かっているが、素直に受け入れるつもりは無い。それに、政略結婚といっても両親の事だ、ある程度決まった時点でエレノアに話をしてくれるはずだ。まだ何も聞いていないという事は、まだ確実な事は決まってはおらず、候補が何人かに絞られたという段階だろう。

ならば、正式に決まる前に、自身で相手を見つけ、『この人と結婚したいのです。』と言って強引に自分が選んだ相手と婚約したい。


そこでエレノアは、真っ先に兄であるエバンに相談する事にした。

それは、兄を信頼しているからでは無い。

兄が、現在風邪をひいている・・・らしい、からだ。


兄は現在、風邪を他の者にうつさないようにと、客室のベッドの上で生活をしている。エレノアが部屋を訪ねた時も、ベッドの上で眉間に深い皺を寄せ、手紙を片手に紅茶を飲んでいた。


「兄様、お話があるのですが。」


よほど重要な手紙なのか、兄は視線をエレノアに向ける事無く返事をする。


「何だ?」


こちらを向かなくとも、兄が話を聞いているのは知っているし、目を見て言う勇気が無かったから丁度いい。そう思い、手紙に視線を向けたままの兄に話しかける。


「兄様、私の嫁ぎ先の事ですが・・・」


「グハッ・・ブホッ・・・グホゴホグホッ・・・。」


兄は飲んでいた紅茶を盛大に撒き散らし・・・咽せた。

咽せるという事は、動揺しているのだろう。という事は・・・


「やはり、お父様とお母様が既に、私の嫁ぎ先の目星をつけているのですね。」


「ゲホッ・・・ゲーッホ・・ま・・・ゴボボ・・・まて・・。」


「分かっております。貴族の娘である以上、政略結婚は当たり前、相手を選ぶ事は出来ないと分かっております。ですが私は、きん・・・愛の無い相手とは結婚したくないのです。」


「ヒーヒー・・待て・・・待てと・・。」


咽せ続けながらも、必死に言葉を絞り出す兄に向かって、力強く宣言する。


「大丈夫です。お兄様の迷惑になる様な相手を選ぶつもりはありません。ですが、私は自分の相手は自分で決めさせていただきます。」


そう言い切ると同時に、兄の枕元にあったクッションが勢いよく飛んできてきた。


バフッ


「待てと言っているだろう。馬鹿者!!!ゲホッ・・・ゲホッ・・・。」


勿論、クッションはエレノアにぶつかる事無く、壁にぶつかり床へと落ちる。


「お兄様、そんなに叫ばれると、お身体にさわりますよ。」


「お前が、叫ばせているのだろう!!」


兄は、2日前から風邪を拗らせている・・・・らしい。

しかし、現在紅茶に咽せているのは別として、寝込んでから一度も咳をしているのを見ておらず、顔色もとても良さそうだが、一応風邪をひいているらしい。


「私は思った事を言っただけです。」


「そもそも何故、俺に言う。父と母に言えばいいだろう。」


苛立ち混じりの声で言う兄に、エレノアは急にスッと目を細め、ニヤリとした笑みを浮べながら、その視線を兄の足へと向けた。


「ところでお兄様、風邪のわりに随分と元気ですね。脚の調子はどうですか?」


「なっ!!かっ風邪なのに、脚の調子なんて関係無いだろう。どうしたんだ急に。」


「友人からの情報では3日前、騎士団の練習場で死闘を繰り広げたあげく、ギリギリの所で負け、足を負傷されたと伺ったのですが?」


「なっ何故それを!!」


「騎士団の事に詳しい友人が居ますから。」


「そうだった・・・お前の友人には、騎士団長の娘さんがいたんだったな。しかし、アリアには・・・。」


「言いませんよ、お義姉様は今大事な時期ですから。」


アリアと言うのはエレノアの義姉・・・兄の妻で、現在妊娠中で、来月にでも産まれるのではないかと言われている。それなのに決闘をするなど、どうかしているとは思うが、義姉に言いつけて、余計な心配をかけるつもりは無い。

つもりは無いのだが、利用はさせてもらう。


ゆっくりと満面の笑みを浮かべると、ようやく本来の目的を兄に話す。


「そこで、言わない代わりに、筋肉を紹介して下さい。」


つい、目的と願望が一緒に出てしまった。


「・・・・」


「あら、間違えました。男性を紹介して下さい。」


「お前・・・今、筋肉って言ったか?」


顔を引き攣らせている兄に向かって、エレノアは、満面の笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。


「ですから、間違えましたと言ったでしょう?風邪をひいているお兄様。」


「お前っ・・・卑怯な・・・。」


悔しそうにしている兄に、小さく笑いながら話を続ける。


「フフフ、ところで条件ですが。」


「ちょっと待て、紹介など無理だ。」


慌てて止める兄の言葉を、完全に無視して話し続ける。


「出来れば貴族では無く、それでいて両親が認めるほどの財があり、次男で騎士団に所属している方が希望です。もし、いらっしゃらない様でしたら、それに近い方をお願いします。」


「だから、紹介など無理だ!そんな事をしたら俺の命が・・・ん?」


「お兄様、大げさですよ。お父様とお母様に、少し怒られるくらいです。」


「ちょっと、待て、お前の条件・・・」


「お兄様の知り合いに一人くらい、いらっしゃるでしょう?顔は気にしません。ただ、筋肉の美しい方が好みです。」


「きっ筋肉??? ちょっと待て・・」


「取り外し可能かと思う様な、盛り上がったものでは駄目です。普通の生活をしていて付いた様な微かな筋肉でも駄目です。剣術や武術を極め、しなやかで実用的な筋肉を希望します!」


ボフッ


もう一度クッションがエレノアの横をかすめ、飛んで行った。

それと同時に、兄の怒鳴り声が聞こえてくる。


「だから待てと言っているだろう!!!まったく、お前が必死なのは分かった。分かったが、話を聞け。」


「断ったら、お兄様の恥ずかしい過去を全て、お義姉様に話しますからね。」


長年共に育ってきた兄妹だ。その目を見れば、エレノアが冗談を言っているのでは無いと分かる。


「なっ・・・まったく・・・・。とにかくお前の条件は、財はあるが貴族では無く、次男で、現在騎士団に所属している男で、野獣の様な男では無く、書類の山に埋もれている様な男でも無ければ良いのだな。」


「あと、お兄様よりも強い方が良いです。」


その言葉を聞き、兄の顔は苛立ちと、笑いと、呆れの篭った複雑な表情に変わっていた。


「そうか、そうだったな、だから俺はこんな怪我を・・・ふむ・・・クックック・・。」


そんな兄に対し、エレノアは、スッと目を細める。


「お兄様、何を笑っているのですか?気持ち悪いです。」


「きもっ・・・幼い頃は、お兄様みたいな人と結婚すると言ってくれていたのに・・・・。」


「幼い頃には色々と見えていなかったのです。愛してくれる義姉様が居るんだからいいじゃありませんか。」


「それは、そうだが・・・・まあ良い。男を紹介する話だが、一人だけ思い当たる者がいる。しかし一人だけだ。それ以外の者は紹介できん。」


「一人だけですか?兄様、友人が少ないのですね・・・。」


「違う。お前に紹介出来る者が一人しかいないだけだ。」


「可哀想なお兄様・・・。」


本気で哀れみの眼差しを向けられ、兄は思わず声を大きくする。


「だから違うと言っているだろう!!紹介してやらないぞ!!」


それは困る。

一度、友人達に同じ条件で、誰か良い人は居ないかと聞いた時、何故か友人達は青い顔をして、『無理無理無理無理無理』『本気で言っているの?』『この話は、絶対に私達以外には言っては駄目よ。』と言って、紹介してもらうどころでは無かった。


「優しいお兄様、ありがとうございます。私とても楽しみにしておりますからね。絶対、絶対、絶対紹介してくださいね。 」


「うっ・・うむ。目が怖いぞ。」


「あら、真剣なだけですわ。」


兄は、エレノアの姿に苦笑いを浮べ、心の中でホッとしていた。


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