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幼少期 2


長い沈黙の後、母は小さな溜息を吐きだした。


「そう・・・。で、何を言われたのかしら?」


「私に対しては、大した事は言われていませんわ。『お前の家の領地など、俺がお父様に言いつければ、いつでも取り上げる事が出来るんだからな。俺に逆らおうと思うなよ。』とか『こんな使えない使用人達を使っているなんて、お前の両親は間抜けだな。』とか『お前の様なブスと、何故、一緒に過ごさなければならないんだ』とかです。」


「そう・・・」


母の表情に大した変化は見られない。しかし、その手は強く握り込まれ、怒りに震えていた。


「ただ、その後、私の大切なソフィーに対して、『顔が怖い』『この男女』言う暴言を吐き、『お前の様な者が入れた紅茶など、気持ち悪くて飲めるか』と言って紅茶をかけようとしたので・・・。」


ソフィーは、立場で言えばメイドであるが、エレノアにとっては、幼い頃から側に居て、支えてくれた姉の様な存在だ。


そして、エレノアの家では、立場こそ使用人であっても、彼らは家族であり、家族に害する者は、敵であった。

ただ普段であれば、いくら腹立たしくとも、貴族である以上表立って何かする様な事は無かったのだが・・今日は違っていた。


エレノアが言い終わる前に、母は力強い口調で口を挟んだ。


「そうね、躾けは必要ね。」


そうして、エレノアと母は、強く頷き合う。


「待てえええええええぇぇぇぇぇ!!!」


突然、エレノアの下から変声期前の少年の甲高い声が響き渡る。

声の主は、今朝から屋敷の中が慌ただしかった理由・・・・客人である。


「お前達、俺にこんな事をして許されると思っているのか!」


少年が今まで黙っていたのには理由があった。

それは、今まで両手両足を布で縛られ、口元を布で覆われていたから・・・・だけでは無い。

それでも、呻き暴れる事はできる。それをしなかったのは、少年の身分がエレノアよりも上であり、『この状況を見たコイツの親は当然激怒し、酷く叱責するだろう。』『もしかしたら、家から追い出されるかもしれないな。そうなれば、俺のメイドとしてこき使ってやる。』と、考えていたからだ。


しかし、思う様にはならなかった。

様子を見に来たエレノアの母は、怒るどころか何故かエレノアに同調してしまった。その為、黙っている訳にもいかなくなり、慌てて口元を覆っていた布を必死で外したのだ。


「お前達分かっているのか、俺は!!!」


ガン!!!


少年の顔面 数センチの場所へ、エレノアの母の高いヒールが全力で踏み下ろされた。


「お客様、本日は貴族としてこちらに来られたのですよね?ただの貴族として。」


ニヤリと不敵に笑う母の笑顔は、悪女にしか見えない。それはもう、少年が怯えるほどに・・・


「ヒイイイィィィィィ・・・おっ・・・お前達、俺を助けろ!!」


激昂した少年の声が部屋の中に響き渡り、少年の視線が部屋の隅に控えていた、少年と共に屋敷へとやって来た護衛達と、同じく隅に控えていたこの屋敷のメイド達へと移る。

しかし、彼等は部屋に入ってから、一度も少年を助けようとはしていない。それどころか、必死に気配を消していた。


それは、エレノアが少年を縛り上げ、その上に腰を下ろしていても。

それは、彼等の目尻と口元がピクピクと休む事なく動き、身体が微かに震えていても。

出来うる限り気配を消していた。


しかし、護衛対象である少年に声をかけられれば、さすがに何もしない訳にはいかない。護衛の一人が、立っていた場所から一歩前に出て、ゆっくりと少年に言う。


「私は主人より、『命の危険がある場合のみ守れ、それ以外は一切の手出し、口出しを禁じ、本日に限り全てを黙認するように。』と言われております。そして、この屋敷の者達にも同じ命が出ております。」


「なっ!!」


少年の護衛達の主人が誰なのかは、知らない。

知らないが、エレノアの行動は咎められる事は無い様で、エレノアは、内心ホッとしていた。

間違った事をしたとは思っていない・・しかし、怒りに任せて、かなりやり過ぎたとは思っていたし、後でどんなお仕置きをされるのか、むしろお仕置きで済めば良い方だ。と、内心かなりハラハラしていた。


しかし、お咎め無し・・それならば・・


エレノアはゆっくりと少年の上から降りると、少年の顔の前にしゃがみ込む。


「お許しが出ましたので、少しお勉強をしましょうか?」


ニコニコと楽しそうな笑みをうかべるエレノアに、少年は顔を引きつらせた。


「おっ・・・俺に、何をする気だ!!俺に何かすれば、後悔する事になるぞ!!」


「大丈夫です、命の危険がある様な事はしません。少しだけ、他の人の気持ちが分かる様になっていただくだけです。」


可愛らしい笑みのはずなのに、少年には、その笑みが恐ろしく、全力で逃げ出そうともがくが、両手両脚を縛られていては、それは出来ない。出来る事と言えば大声を上げる事だけ。


「放せ!!!お前達、後で覚えていろよ!!絶対許さないからな!!」


そんな少年にエレノアは、呆れた様に大きな溜息を投げつけてから、直ぐそばに立っている母を見上げた。


「はぁぁぁ・・・お母様、私、お客様と日暮れまでお話したいのだけれど、いいでしょうか?」


「そうね、元々日暮れまでの予定だったのだから問題無いわ。お父様には私から言っておくわね。」


「ありがとうございます、お母様。」


母と娘が、よく似た笑顔で小さく頷き合うと共に、部屋の中に居た者達が、部屋の中から出て行く。


「おい、お前達。どこへ行く気だ??待て、俺を置いていくな!!待てと言っている・・・待て!!待ってくれえええぇぇぇ!!」


再び少年の声が部屋の中に響き渡る、しかし、足を止める者は居ない。

ただ、幼くとも未婚の男女という事もあり、部屋の扉は微かに開けられ、直ぐ外には護衛達が立った。


部屋の中には、エレノアと・・・・縛られた少年だけ、中の様子を見る者はいない。


ただ、時おり部屋の中から『うわああぁぁ』や『うぎゃぁぁぁ』や『待て、ちょっと待て!!待てえええぇぇ』などの叫び声が漏れ出していた・・・・







空が茜色から群青色に染まり始めた頃、少年を見送る為に、エレノアとエレノアの両親は、使用人達を引き連れ、玄関ホールに集まっていた。


「今日は・・・その・・・世話になった。今日は機嫌が良いからな、お前達の無礼な態度は・・無かった事にしてやる。」


少年の偉そうな物言いは、そのままではあるが、その表情から他の者を見下す様な雰囲気は消え去り、真面目とまでは言えないものの、落ち着いた表情に変わっていた。


その様子を、屋敷の者達は何処か誇らしげに、少年の護衛達は唖然としながら見ていた。


「いえ、お話出来て良かったです。」


エレノアは、少年の上に座っていた時とは別人の様に、年相応の可愛らしい笑みを浮かべている。


「本当か?」


少年の頬が少し赤みがかり、嬉しそうに見えるのは、きっと気のせいだ。


「ええ。」


見送る相手に、『お話出来て良かったです。』と言うのは、社交辞令だ。

『面倒なので、二度と来ないで下さい。』などと、思っていても言えるはずがない。

しかし、エレノアの返事に少年の頬は更に淡く染まる。


「あの・・・ならば・・・。」


巨体を左右に揺すりながら、モジモジとする少年。

エレノアの目が僅かに細められた。


「はい?」


エレノアの声に苛立ちが混じっているが、少年は気付かず、ムチムチした手のひらを強く握り込むと、大きく息を吸込み


「なっならば、俺の妻になれ!!」


大声が玄関ホールに響き渡り・・・・静寂が訪れた。


・・・・


そんな中でエレノアは、笑顔を崩さず別れの挨拶をする。


「お話出来て良かったです。夜になると何かと物騒ですから、お急ぎになった方がよろしいですよ。」


そんな中で、少年は決意する。


「決めたぞ、俺はお前を妻にする!!」


エレノアは、別れの挨拶を・・・


「夜道は危険ですからね、暗くなる前に帰られた方がよろしいですよ。」


少年は、決意を・・・・


「まずは、婚約からだな。さっそく父上に話さなければな。」


エレノアは、別れを・・・


「お帰り下さい。」


もう一度、玄関ホールが静寂に包まれた。


・・・・


見つめ合う・・・・睨み合う二人。

他の者達は、完全な傍観者で、ただ事の成り行きを静かに見守っていた。


「もしかしてだが、俺と結婚するのが嫌なのか?」


「もしかしなくとも、結婚どころか、婚約もお断りです。」


少年は、断られるとは思っていなかったのだろう。一瞬唖然とした表情をしたが、直ぐに眉間に深い皺を寄せ、エレノアを睨みつけた。


「何故だ!俺と一緒に居て楽しかったのだろう?」


エレノアも負けじと、少年を睨みつける。


「楽しかったとは、一言も言っていません。『お話出来て良かったです。』と言ったのです。そもそも、あんな時間を過ごして、何故、楽しかったと思えるのですか。」


「何を言う、互いの思いをぶつけ合い、互いを深く知り合ったではないか!」


「意見をぶつけ合ったのでは無く、貴方の常識の危うさを指摘しただけです。大半の人々が、それを説教と呼びます。」


「大半の人々が何と言おうと関係無い!俺は、お前と話が出来て楽しかったのだ。だから、俺の妻になれ。」


「お断りします。」


「何故だ!!」



エレノアは、大きく息を吸込み、一気に喋り始める。


「私は、家族を馬鹿にする様な人は嫌です。相手の気持ちを理解しようとしない人は嫌です。何の努力もせず、貴族という身分を振りかざす人は嫌です。最低限の礼儀作法も出来ない人は嫌です。そして何よりも、怠惰な体型で、自分よりも弱い男性は、絶対にお断りです。私は兄様の様に強く、賢く、礼儀正しい方の妻になるのです。怠惰なブタなどお断りです。」


ピシャリと言い切るエレノアに、少年は顔を真っ赤に染め、怒鳴る。


「ブッ・・・ブタだと!!!俺の事をブタと言ったか?」


しかし、エレノアも負けじと、声を荒げる。


「言いました!!私を妻にと言うのなら、せめて痩せてから・・・いえ、私のお兄様に勝ってから言って下さい。」


「分かった・・・ならば痩せて、お前の兄に勝ってやる。そうすればお前は俺の妻だ、覚えていろ!!」


「望む所です。貴方が兄様に勝てるとは思えませんが、良いでしょう。貴方が兄様に勝てたなら妻になってあげます。」


「約束したからな!!」


「約束しましたよ!!」


「それでは、帰る!!」


「ええ、気を付けてお帰り下さい!!」


踵を返し、荒々しく屋敷の玄関を開き出て行く少年。

その背を睨みつけているエレノア。


二人のやり取りを見ていた者達は、何が起きたのか分からず、唖然としたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。







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