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《前》青年の一人言


俺は、怠惰で、傲慢な、自惚れの塊の様な子供だった。

しかし、自分で言うのもなんだが、最初からそうだった訳ではない。


物心付いた頃から、次期国王として扱われ、勉強や剣術に馬術やマナーなど徹底的に教育されていた。

それが嫌だと感じた事は無かった。いや、感じる暇など与えられなかった。

だから、知らなかった。家族というものが、どういう者達か、友人というものが、どういう者達か、自分という者が、どういうものなのか。


父は、父の兄である現国王を支える為、日々奔走していた。

母は、父の兄である現国王に王妃が居ない為に、本来であれば王妃がやるべき仕事を、代わりにこなしていた。

兄は、俺が幼い頃に『好きな女性がいる。』と言って、全てを俺に押し付け駆け落ちして行った。

屋敷に、俺の家族と言える者は一人もいなかった。

屋敷の者達は自分の為、自分の守るべき者達の為、与えられた仕事をしている。俺に付けられた教師達も同じだ。


では、俺はなんだ?何の為に日々を過ごしている?


そんな疑問を感じながらも、俺の幼い日々は勝手に、慌ただしく過ぎていった。

そして、そんな日々の中で、ある日友人を紹介された。

それは誰かの友人、ではない。大人達が用意した、俺の友人達。


そして俺が知る限り、俺が初めて出会う、同じ年頃の子供達。


彼等は最初こそ俺に興味を示したが、直ぐに飽きて自分達だけで遊び始めた。

それもそうだろう、今まで大人に囲まれて育った俺は、子供らしくない子供だった。子供らしく振る舞う事を、恥ずかしい事だと思い。同時に、幼い振る舞いをする彼等の姿を見て、心の何処かで見下していた。

加えて、彼等は家族から、次期国王となる俺の機嫌を損ねない様に、俺に怪我をさせない様に、きつく言われていたはすだ。

そんな面倒な相手と遊ぼうとする子供はいない、そんな面倒な相手とは、関わらない方が良いと思うのが当然だ。


その事は別に良い。俺自身も大して気にしていなかったし、彼等を眺め、観察しているだけで、充分だったから。


しかし、問題は彼等が遊び終え、オヤツの時間となった時だった。


彼等は楽しそうに、家族の自慢をするのだ。自分の家族がどれほど凄いか、自分の家族がどれほど優しいか、自分の家族がどれほど仲が良いのか・・・

勿論、家族の話をしない者もいる。しかし、家族の話をしない者は決まって、親戚であったり、友人であったり、自分に仕えてくれる者であったり、誰かしら近しい者達の自慢をする。


それは、明らかに大袈裟に言っていたり、具体的な説明が無かったりと、感情ばかりが先を行く話しだった。

しかし、その話が、そんな事を話せる事が、俺にはとても羨ましく、悲しく、辛かった・・・


俺には彼等の様に、目を輝かせ、自慢できる者がいない。

両親の事は、よく分からない。兄の事は、あまり覚えていない。屋敷で働く者達とは、主人の息子と使用人という関係でしか無い・・・


その日から、俺は空腹を抑えられなくなった。


食べている間は満たされた。

食べている間は安心できた。

そうして俺の身体は、あっという間にぶくぶくと肥え太り、それと同時に性格がどんどんと傲慢になっていった。


俺は選ばれた人間なのだ。俺は誰よりも偉いのだ。だって俺は次期国王なのだから。

・・・だから他者は、従わせる者であり、共に過ごす者達では無い。自分は特別だから、誰とも釣り合わないから一人なのだ。と・・・


そんな俺の馬鹿げた考えすら、止めてくれる者はいなかった。

俺の食欲に口を出す者もいなかった。


そうして食べる量は増えていき、重く鈍くなっていった身体は、少し動いただけで息切れを起こす様になっていく。

そして俺は、馬術や剣術など、身体を動かす事をしなくなった。

身体を動かす必要の無い勉強は続けていたものの、馬術は『次期国王である俺が、落下して怪我でもしたら困るだろう?』と言い辞めさせた。

剣術は『俺は次期国王なのだから、俺自身が剣の腕を磨かなくても、強い者が守れば良いだろう。』と言い辞めさせた。


そうして、身体を動かす事をしなくなった身体は、ますます肥大していく・・・


そんなある日、殆どの日々を城で生活していた両親が、突然帰って来た。

理由は知らないし、興味など無かったが、その日から城に帰る事無く屋敷で生活をしはじめた。

突然現れた両親は、俺の行動に口を出す。『食べ過ぎだ。』『運動をしなさい。』『そんな事を言ってはいけない。』『そんな事をしてはいけない。』『このままでは、いつか王位継承権を剥奪されるぞ。』


俺は両親の話を聞かなかった・・・いや、どう接して良いか分からず、両親から逃げていた。

俺にしてみれば、突然現れた両親という名の敵が、俺に暴言を吐いている様にしか見えなかったのだ。


そうして、俺の食欲は更に増し、苛立ち、周りに当たり散らす様になった。

だから、俺の両親は縋る様な思いで、彼女のいる屋敷へ俺を向かわせたんだと思う。


彼女の家は伯爵家で、貴族階級で言えば、それほど高い家でもなかったのだが、どういう訳か、彼女の亡くなった祖母が、俺にとっての伯父である現国王と、俺の父の教育係をしていたらしく、その祖母の子供ならば、俺をどうにか出来ると思った様だ。


そして俺は、突然彼女の屋敷へと行く様に言われた。

最初断ったが、拒否権などあるはずも無く、“自ら王族だと名乗らない” という約束を無理矢理させられ、馬車に押し込められ・・・


そうして俺は、着いた先で彼女に出会った。

金色に近い薄いブラウンの長く艶やかな髪に、陶器の様に白く滑らかな肌。クリクリとした大きな目は、草木を思わせる鮮やかな緑色。

今は、そのどれもが愛おしくてたまらないのに、彼女に出会ったばかりの俺は、精神と眼球が腐敗していた為に、その美しさに気付けなかった。

しかも、彼女を貶め、彼女の大切な者を傷つけ、彼女の心も傷つけてしまった。

その事は今でも後悔している。しかし、あの出会いが無ければ今の俺はいないと言い切れる。



馬車に揺られ、彼女の屋敷に着くと、直ぐに部屋に通され、簡単に挨拶を交わし、彼女の両親は部屋を出て行ってしまった。

てっきり俺は、彼女の祖母の息子である、彼女の父親と話をするのだと思っていたのだが・・・

どんな行き違いがあったのか、彼女と・・・・エレノアと話をする事となった。


・・・・そして、俺は縛り上げられ、椅子になった・・・


今では俺が全面的に悪いと分かるが、当時の俺は、怒られるのは彼女であり、俺では無い。

俺にこんな事をすれば、酷い目にあうのは俺では無く彼女だと、本気で思っていた。


思っていたのに、椅子にされた俺を、誰も俺を助けようとはしなかった。椅子にしている彼女を、誰も怒らなかった。しかも、当然身分が上である俺を助け、娘を叱るだろうと思っていた、彼女の母親でさえ、俺を助けようとはしなかった。

それどころか、俺が王族だと言おうとしたのを、止められた・・・脅されたと言って良いほどの迫力で止められた。


更に彼女の母親は、彼女と俺を部屋に残し、使用人や護衛達を連れ、部屋から出て行ってしまった。

まだ幼いとはいえ、貴族という身分の婚約者でも無い男女が、部屋の中で二人っきりになっても良いはずがない。しかし、その時の俺はそんな事よりも、エレノアが恐ろしかった。


俺よりも圧倒的に強く、俺の言う事に従わず、この状況で笑顔を浮かべている、エレノアが恐ろしかった。


しかし、無情にも皆は出て行ってしまった。

そうして俺は・・・縄を解かれ・・・部屋の床に、両脛を押し付け座らせられた。その座り方を異国では、正座と言うらしい。

怒鳴って逃げ出す事も出来たかもしれないが、俺はエレノアの言葉通りに床に正座した。

それは、エレノアの事が恐ろしかったから、だけでは無い。

エレノアに対して、興味が湧いたからだ。決してエレノアに屈した訳では無い。


「姿勢が崩れています。背筋を伸ばしてください。」


「お前、俺にこんな事をして、許されると思っているのか?」


「思っていないですよ。ですが貴方とは、きちんとお話ししたいと思っています。ですから、何故あんな事をしたのか、話してもらえますか?」


エレノアが言っているのは、ソフィーという名のメイドに、紅茶をかけようとした事だ。

しかし、一つだけ弁解させて欲しい。

玄関ホールで出会った。何人も人を殺していそうなほど鋭い目をした男が、突然メイド服を着て、紅茶を出してきたら、それはパニックになって暴言も吐いても仕方がない事だと思う。

勿論、俺の傲慢さもあったが、あの発言の半分は、玄関ホールで出会った男と、紅茶を出したメイドが同一人物だと、勘違いした事からくるものだ。

しかし、当時の俺は、勘違いだと分かっても、それを認める事が出来なかった。謝る事が出来なかった。


「俺が偉いからだ、選ばれた人間だからだ。」


自信満々で言えば、彼女はフッと鼻で笑う。


「誰も助けてくれず、年下の女の子に正座をさせられているのに?」


そう言いながら、俺の足を指で突く。

途端に、えも言えない衝撃が全身を駆け巡った。


「ウギャァァ。」


痛いとも、痒いともつかない、ビリビリとした感覚。

こんな感覚は初めてだった。いや、椅子などに長時間座っていると、感じる事はあった。しかし、ここまで激しいものは初めてだった。

何とも言えないビリビリとした感覚に、身悶えしていると、エレノアがにっこりと、楽しそうに笑う。


「ほら、こんなに叫んでも誰も助けに来ない。」


確かにそうだ、こんなにも叫んでいるのだから、様子を見に来るくらいしても良いと思うのだが、誰一人、部屋の中に入ってくる気配が無い。


そうして俺は、それから数時間、エレノアの指に突かれ、身悶えしながら呻き、叫び、話をした。


エレノアは、俺の馬鹿な考えを一つ一つ丁寧に、 叩き潰し、俺のつまらない話もきちんと聞いてくれた。

初めてだった・・・俺の話をこんなにも長々と聞いてくれた者は。

初めてだった・・・俺に向かって、こんなにもハッキリと真っ直ぐに意見する者は。

初めてだった・・・こんな目に遭わせられたのは・・・

決して新たな何かに目覚めた訳では無い。無いが・・・うむ・・・


ともかく、帰る時刻になる頃には、エレノアは俺にとってかけがえのない人になっていた。

誰にも渡したくない人、側にいてほしい人。

だからこそ、プロポーズをした。

当時の、幼い俺が出来る精一杯のプロポーズを・・・瞬殺されたが。


「私は、家族を馬鹿にする様な人は嫌です。相手の気持ちを理解しようとしない人は嫌です。何の努力もせず、貴族という身分を振りかざす人は嫌です。最低限の礼儀作法も出来ない人は嫌です。そして何よりも、怠惰な体型で、自分よりも弱い男性は、絶対にお断りです。私は兄様の様に強く、賢く、礼儀正しい方の妻になるのです。怠惰なブタなどお断りです。」


エレノアの言葉が、俺の心に深く突き刺さった。当時の俺は、その全てに当てはまっていた、断られて当然の男だ。

普通の者ならば、ここで引き下がっていただろう。しかし、俺は引き下がらなかった。

何が何でもエレノアが欲しかった。


お陰で、エレノアから

「兄に勝てたなら妻になってあげます。」

という言葉をもらったのだ。


条件を満たせば、俺の妻になると言った。


子供の戯言などとは言わせない。

エレノアが俺の妻となってくれるのなら、どんな事でもするつもりだったし、したつもりだ。

ただそれは、俺の想像以上に長く、大変な日々だった。


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