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幼少期 1


女性も男性も、老いも若きも、自分の持っている服の中で一番上等な服を纏い、楽しそうに笑い合っている。

それは何かの会場では無い。何処かの広場だけでも無い。それは城を囲む様に広がっている城下町全体。


家々の軒先には色取り取りの花々が飾られ、街の至る所に国旗が掲げられ、人々は浮かれた気持ちを全力で表現する様に、陽気な歌を歌う。


街全体が・・・国全体が祝福で溢れている。


しかし、王城の中庭に置かれたベンチに座る少女は、国中の雰囲気とは対照的に、暗く沈んだ表情で大きな溜息を漏らしていた。

金色に近い薄いブラウンの長く艶やかな髪に、陶器の様に白く滑らかな肌。クリクリとした大きな目は、草木を思わせる鮮やかな緑色。

女性と言うには幼く、少女と言うには大人びている。彼女の名前はエレノア。

彼女の口からは、まるで長年溜め込んだ心労を吐き出す様な、深く重たい溜息が漏れ出していた。


「はああああぁぁぁぁぁぁ・・・」


勿論、近くに人が居ない事は確認している、はず・・・


「大きな溜息だね、エレノア。」


だった・・

突然、爽やかな青年の声が、少し離れた背後から聞こえ、驚き、おもわず身体が強張るが、それでもエレノアは振り返らない。絶対に振り返らない。


「何故、貴方がこんな所に?」


冷たく突き放す様な声で言えば、小さくサッサッと芝を踏む足音がゆっくりと近づいてきて、エレノアの膝に人型の影がかかった。


「それは勿論、君の姿が見えないから、君を探しに来たに決まっているだろう?こんな所で何をしているんだい?」


振り返らなくとも、ほのかに香る香りと、優しく穏やかに聞こえる声、更に暑苦しいほどの気配が、青年が何者であるかを主張している。


「『間違いでした』と、言われるのを待っています。」


辺りに爽やかな風が流れ、エレノアの長い髪がふわりと揺れる。遠くの方で鳥の鳴く声と、微かな人の話し声が聞こえ・・・

それと同時に自分の背後から、先程までとは比べ物にならないほどの存在感を感じる。


「えっと、誰が『間違いでした』なんて言うのかな?」


青年の言葉と同時に、辺りの気温が下がった気がするが、エレノアは気にしない。


「できれば、貴方に言ってもらいたいのですが。」


苛立ちを含んだエレノアの声に、青年は冷ややかな笑い声を返す。


「フフフ・・・私・・いや、俺がそんな事を言うはずが無いだろう?()()()、この時を待っていたのだから。」


青年の言った『ずっと』その言葉には嘘は無い。

事の発端は8年も前の事・・・エレノアがまだ8歳の頃だったのだから・・・・






その日は、朝から屋敷中が妙な緊張感に包まれていた。

使用人達は勿論の事、何時も落ち着いている両親までもが、忙しなく屋敷の中を動き回っていた。


そのせいかエレノアは、朝からお風呂で身体を磨かれ、長い髪を軽く結われ、来客用のドレスを着せられ、自分の部屋の中に押し込められていた。しかし、不満は無い。皆が忙しい事は見ていれば分かっていたし、読みたい本もあった為、逆に自由な時間を貰え、喜んでいた。


両親を訪ねて来る客人は多いが、まだ8歳のエレノアを訪ねてくる客人は少ない。

そして、ほとんどの来客では、最初に少し挨拶をすると後は大人の話となる為、邪魔にならない様に部屋に戻される。偶に両親の友人や親戚が、子供を連れて来る事もあるが、その時は何時も事前に教えてもらっていた。

だから何も言われていない今日は、お客様に少し挨拶をして、後は1日のんびりできると思っていた。


しかし・・・


「よく聞くのですよ、今日来られるお客様は、とても身分の高い方です。そして、同じだけプライドも高い方なので・・・性格に問題があります。」


「お母様・・・もう少し言葉を濁した方が良いかと・・・。」


エレノアの家は伯爵家で、貴族階級でいえば中位階級なのだが、その中でも上位に位置しており、高位の貴族の方々を招く事もあったが、今までそんな事を言われた事は無かった。


「いいえ、貴女にははっきりと言っておいた方が良いの。何かあってからでは遅いのだから。」


「何か・・・ですか? それなら、今日は私は部屋で、熱を出している事に・・・・。」


両親の客人なのだから、問題無いと思ったのだが。


「それが、無理なのよ。今日のお客様は、貴女に会いに来られるのだから。」


「私に・・・ですか?」


「そう貴女によ。」


「でも私、何も聞いていません。」


「急に決まった事なのよ。だから、エバンを呼び戻す暇も無くて、貴女に頑張ってもらうしかないの。」


エバンは、エレノアの兄で、現在、全寮制の寄宿学校に通っている為、直ぐに家に戻る事は出来ないのだろう。


「・・・お母様、分かりました、頑張ってみます。で、どんな方なんですか?」


「それは・・・。」


母が言いかけたその時、部屋の扉が勢いよく開かれ、屋敷のメイドが転がり込んでくる。


「奥様、お客様の馬車が見えました!!」


メイドの言葉に、母は顔を強張らせ、エレノアに強く言い聞かせる。


「日が沈む前には帰られるはずです。ですから、それまでは頑張るのですよ。ただし、嫌な事をされたら必ず逃げなさい。後の事は、私とお父様とでなんとかしますから、必ず逃げるのですよ。」


エレノアには、何故 母がそこまで強く言うのか分からなかったが、メイドの慌て様を見れば、理由を聞いている暇が無い事は分かる。それに、理由を聞いたところで、8歳の自分に拒否権があるとも思えない。


「分かりました。嫌な事をされたら、逃げる事にします。」


「絶対よ!!」


「はい。」


エレノアの返事に母は、ホッとした様に表情を緩めていた。







そして、その2時間ほど後・・・・






「いやああああぁぁぁぁぁ!!!!何やっているの!!!!」


エレノアの母は、絶叫していた。


「お母様、落ち着いて下さい。」


「落ち着けるわけが無いでしょう。貴女何処に座っているか分かっているの?!」


「えーっと、子豚の上?」


エレノアのお尻の下には、呻き声を上げている肉の塊・・・・いや、少年がいた。

サラサラとした金色の髪に、透き通った海の様な鮮やかな青色の瞳、肌は白く滑らかで、身体はエレノアの倍はありそうなほど大柄・・・しかし、それは身長では無い。腹囲の事だ。

張り裂けんばかりに膨らんだお腹。勿論、膨らんでいるのはお腹ばかりでは無く、手足も頬も・・・そして、その姿は確かに・・・・


「ブッフ・・」


母の口元から、一瞬笑いが飛び出したが、母親は何事も無かったかの様に話を続ける。


「何を言っているの、早く退きなさい!!」


「お母様、今笑っ・・。」


「お黙りなさい。早く退くのです。」


一応、怒っている母に言われ、エレノアは困った表情をする。


「ですが、今退くと暴れますよ? きちんと調教・・・躾け・・・話し合いをしてからの方が良いと思うのですが。」


「ブッグ・・・・」


母の口元から、もう一度笑いが飛び出していたが、直ぐに何事も無かったかの様に話を続ける。


「その体勢は、話し合う体勢には見えないわよ。そもそも、嫌な事をされたら逃げなさいと言っておいたでしょう。」


「嫌な事はされていません。」


「なら、何故こんな事になっているのかしら。」


「嫌な事を言われたので。」


エレノアの真っ直ぐな言葉が部屋の中に響き渡り・・・

部屋の中に、沈黙が訪れた・・・







エレノアは、貴族として忙しい両親の代わりに、祖母に貴族の娘としての知識とマナーを学び、兄に武術と剣術を学んでいた。


祖母は、よくエレノアに『貴族として、領民の上に立つ以上、領民が誇れる様な娘になりなさい。それが出来なければ貴族失格よ、貴族である事をやめなさい。』と言い、貴族としての地位に驕る事が無いようにと、きつく言い含めていた。


そして、兄はよくエレノアに『自分の身を守る事は簡単だ。逃げれば良い。しかし、他の者を守りたいのならば強くなれ。それが出来ないのならば、弱者として震えていろ。』と言い、女の身である事を理由に、守ってもらうだけの者になってはいけないと教えた。


そして、まだ幼いエレノアは、二人の教えを守っていた。

幼い解釈で自分なりに。

それはもう、真っ直ぐに・・・・






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