ドゥーム・アローン
SFです。SFはいかがですか?
星のない真っ暗な夜。
今にも雪が降りそうなぶ厚い雲の下。
ここは異世界転生SFストリート。人気の無いこの裏路地で、わたしは今夜も呼び込みを続けています。
わさわさの長い金髪に青い瞳。
サラシのような胸巻に和服のような腰巻。
わたしの名前はアンデュロメイア。海洋惑星エウロフォーンで主人公をしている、数えで七歳の女の子。
石畳を裸足で歩き、わたしが必死に読者さんを探していると、
「メリークリスマス! SF警察だ!」
大きな声に驚き振り向けば、そこにはサングラス姿のガチムチな警官さんが一人。SF警察さんです。ですが、今日は赤い帽子をかぶり、大きな白い袋を担いでいます。
きょ、今日はなんの御用でしょう? わたしはジャンルの境界をうかつに越えないよう、ずっとこの通りにいたはずなのですが……。
わたしがビクビクしながらアイサツすると、SF警察さんはとても優しい笑顔で、
「題名を変えたようだな、もう誤解される心配は無いだろう。今のお前さんはどっからどう見てもSFだ。安心して読まれるといい」
その言葉に、わたしはほっとしました。
今日はどうしてここに?
「サービス残業でな、プレゼントを配ってる。おっと、『ドラゴンタトゥーの女』がこぼれちまった」
それはクリスマスのお話なのですか?
「そうとも。2011年のクリスマスは世界中のカップルがこれを観たんだ。素晴らしい年だったよ。『ファイトクラブ』も日本公開はクリスマスの直前でな。デヴィッド・フィンチャーは最高のサンタクロースさ」
そう言って、サングラスの奥の瞳を嬉しそう細めるSF警察さん。
「そうだな、『クリスマス・キャロル』って訳じゃないが、ひとつお前さんにプレゼントをやろう。今から俺がみっつの物語を紹介する。その中からひとつ選ぶといい。お前さんがその物語を正しく理解できれば、読者がたくさん増えるかも知れんぞ?」
それはとてもすてきです! ありがとうございますSF警察さん!
「まずひとつ目。朝起きたらある男女の中身が入れ替わってる話だ」
それは、寝ている間に臓器移植されたのでしょうか?
首を傾げるわたしにSF警察さんは、
「お前さんにゃまだ早過ぎたようだな……。じゃあ、次だ」
SF警察さんは膝立ちになり、とても真剣なお顔で、
「遠い昔、はるか彼方の銀河系で……」
そんな出だしで、SF警察さんは何故か四作目のあらすじから話し始めました。知るのは四作目から、観るのは一作目からだそうで、番外編は三作目と四作目の間に観るのが作法なのだそうです。
「フォースと共にあらんことを……」
祈るように目を閉じ、あらすじを語り終えるSF警察さん。よく分かりませんが、とても壮大なサーガであるようです。
「さあ、みっつ目。母親と生き別れた女の子のお話だ。故郷を失った少女は大人になり、兵士になった。そんな女性のところに名優ボブ・ホスキンスがある任務を持ちかける。それは荒廃した生まれ故郷に潜入し、人類の希望を探しに行く任務だった。ひとりの女性が様々な苦難を乗り越え、帰るべき場所に辿りつく、勇気と信念の物語だ」
なんて力強いお話でしょう。その物語を作った人は高潔な精神の持ち主に違いありません。
わたしは悩みました。
ひとつ目のお話は医療に関するものらしく、子供なわたしに理解できるものではなさそうです。
ふたつ目のお話はとても複雑で、わたしのような素人が手を出していいものとは思えません。
悩んだ末、わたしは一番共感しやすかったみっつ目のお話を選びました。
「みっつ目、それでいいのか?」
はい。その物語を知れば、読者の方が喜んでくれるでしょうか?
「ああ、『地獄の黙示録』も『マッドマックス2』も『攻殻機動隊』も『エスケープ・フロム・NY』も『モンティ・パイソン』も、エンターテイメントが全て詰まってる作品さ。装甲車にバイクに機関車に馬、アイリッシュ男のラインダンスまで押さえてある。クライマックスは驚きのカーチェイスだ。監督は我等がニール・マーシャル、イギリスが誇る偉大な映画監督だ」
すごいです! そんなにたくさんの要素が詰め込まれているなんて! 全方位みんなに好かれる作品を撮る方なのですね!
「勿論だ! 異形相手の立てこもり映画、『ドッグソルジャー』! 極限状態で一般人が戦士になる、それが『ディセント』! 泥まみれのタンクトップはもう最高! 隔離はイギリスのお家芸、『センチュリオン』の主演は磁界王ミヒャエル・ファスベンダー! ドラマなら『ハンニバル』! マッツ・ミケルセンが嫌いな奴なんているものかね!」
なんだかよく分かりませんが、どれも健全で素晴らしい作品であるように思えます。
「約束のプレゼントだ」
そう言って、白い袋から光る球を取り出すSF警察さん。SF警察さんがふっと息を吹きかけると、光の球がわたしの胸に吸い込まれていきました。なんだか人間の眼球のように見えましたが、多分気のせいです。
わたしはいただいた物語を胸に秘め、ありがとうございます、とSF警察さんにお辞儀。
「サンタクロースは実在する。『レア・エクスポーツ』を観れば分かるさ」
そう言って立ち上がり、SF警察さんは別区画に歩いていきました。
ありがとうございます!
わたしは手を振って、SF警察さんにもう一度感謝。
月も星も見えないぶ厚い雲の下。
はらはらと雪が降り始めた寒い夜。
ここは異世界転生SFストリート。『なろう』でも有数に過疎いジャンル。ですが、わたしはめげません。みんなが幸せな気持ちになれる、すてきな物語になるのです。
わたしは雪空を仰ぎ、きらきら光る雪の結晶に手をかざし、
SFです。SFはいかがですか?