始まりの物語。プロローグとも言う。
「この卑しい身分め!」
「平民と同じ空気を吸っているだなんて……耐えらないわ」
「恥を知りなさい」
「あら?平民にはわかりませんこと?」
「魔力もなければ上品さも無い、あなた生きてて辛くないのかしら?」
そんな言葉と共にバラバラに砕かれたチョークと割れた石版。これで何回目だろう?
この学園に居る人はみな紙やインクを使っているけれど私にはそれらを揃えるお金が無いからチョークで石版に書いてる。貴族様である皆からしたら無料に等しい値段かもしれないけど、私にとってはかなり値が張るもの。
その大切な勉強道具がお偉い令嬢とその使い魔によって粉砕されて行く。
クスクスと笑う少女達の顔に浮かぶは愉悦。私と蔑むのが楽しくて愉しくて仕方がないのだろう。誰だってそう、誰だって自分より下にいる者を見つけるのに必死だ。
そしてその者を炙り出し、いたぶることで快楽を得るんだ。全くもって非生産的で非効率的。そんなに私に消えて欲しいのなら私をお得意の魔力で殺せばいいのに。いや、やっぱ殺さないで欲しい。私にだって死ぬ訳にはいかない理由があるからね。
まぁ、よくある嫌がらせのターゲットってやつなんですよ、私は。
複数の少年少女が詰め込まれたこの閉鎖空間ではこういう役回りが一人いるだけで円滑に日常を送ることが出来る。
「はぁー、なんでこうなってんだろぉーねー」
なんの反応も示さなくなった私に飽きたのか、少女達はどこかに行ってしまった。もちろん丁寧にチョークを足で踏み潰しながら。
私だってちょっと前までは必死で反抗してた。必死に「やめてください」とか「すみません」とか。
「だけど、反抗するのにもまぁまぁ力がいるんだよなぁー、これが」
散らばったチョークを手でかき集める。白い粉が手につく。
「……はぁ。またこれで汚い!!とか罵られるんだろーなー」
「食事のマナーが悪い」と言われれ、それを直せば「卑しい身分で貴族の真似事ですか?」と嘲笑われる。
何をやったて、針で隅をつつくみたいに罵倒してくるんだ。君たちは姑かなにかかな?
「ま、私も優秀だったらなんも言われないんだけどねぇ……」
そう、成績優秀だったら、まだ何とかなったのかもしれない。だけど私は落ちこぼれである。それも他の人が3秒で火の玉を作るの対し私はまず火を出すのに30分かかるレベルでだ。貴族社会のヒエラルキーは魔力の量とその扱いの良さで決まる。多少家柄が悪くとも魔力さえあれば人から尊ばれるのだ。
「平民生まれの落ちこぼれ。もう虐めてくださいって感じのオプションだよねぇー」
昨日だって呼び寄せの魔術に失敗し、使い魔を得ることが出来なかった。魔力さえあれば階級差あれど呼び出されないという事は無いらしい。先生はそう言ってた。それなら私はその初めての前例を作ったことになるね。
全く嬉しくない前例だけどね。
何度も何度も呼んでいるのに全く反応を示さない魔法陣、視界の端ではみんなが呼び出した使い魔と主従契約を結び、楽しそうに話していた。
「唯一、会話のキャッチボール出来る相手が手に入ると思ったんだけどなぁー。ことごとく私の希望を潰してくれるなぁー」
いつもは無視され、話しかけられてもそれは罵倒の言葉という私には当たり前のことだが日常会話
をする機会が全くない。
それゆえか、最近独り言が多くなってしまった。
「さて、今日もいい感じに生きる意味を失った所でボロい寝床に帰るとしますか」
集めたチョークを捨て、踏まれたドレスを払い立ち上がる。平民の私が寝るのはろくに手入れされず、ホコリとカビとダニの温蔵庫であるボロボロの旧校舎。
あの日から1年、何時だって私は絶望の真ん中にいる。
☆★☆
私は幸せ者で選ばれた人間なんだ、そう1年前のあの日までは思ってた。町で1番強くてカッコイイお父さんと町1番のお料理上手で美しいお母さん。それが私の両親だった。
幸せだった。と、思う。
喧嘩する事はあったけど友達のユウゴとカーネルは優しくて仲が良くて、毎日泥だらけになって色んなところを冒険した。私達だったらなんだって出来るんじゃないかって思ってた。
遊び疲れて家に帰ると野菜をトロトロに煮込んだいい匂いがして来るんだ。そしてお母さんが「手を洗って来なさい」って言うんだ。
私はいい子だからお母さんに言われなくてもちゃんとお皿をテーブルに並べるの。大体のこのへんでお父さんが帰ってくるんだ。
帰ってきたらお父さんは「愛しい俺のシナン、今日も父さんは頑張ってきたぞぉー!」って私にギューってするの。ちょっと汗臭いけどでもそれは町を守ってる証だから。
ユウゴには15歳にもなってそんな事やるなんて、よっぽど父さんが好きなんだなって言われたこともある。
しばらくギューってしてるとお母さんは「あなたも手洗ってね」ってパンをお皿に置きながら呆れた顔で言うんだ。
お父さんはそれに笑いながら答えてお母さんもギューってする。その後みんな揃ってご飯を食べる。この時間は私の冒険譚を語る時間。今日発見したことを話すの。ほんのちょっとだけ大袈裟に言うの。ちょっとだけだから嘘じゃないよ。
お母さんもお父さんも笑って聞いて最後には「すごいじゃないか」って褒めてくれるんだ!!
そんな日がいつまでも続くと思ってた。そもそもこれが当たり前で、明日がどうとか考えることすらしなかった。何時だって明日の予定は友達と冒険することだった。
あの日、朝早くに私達の町に貴族様がやってきた。キラキラした服を来ててちょっと偉そうだったけど町の人達はその貴族を神様みたいにもてなしたらしい。ユウゴとカーネルがそう言ってた。
私も貴族様が見たかったけど、お母さんもお父さんもダメって言って見に行くどころか家から出してくれすらしなかった。いつも優しいのにその日は怖かったのをよく覚えてる。
いつになく厳しい表情で仕事に向かう父さんを母さんは私を抱きしめ、ただ見つめていた。
夕方になり夕食の時間になったけどお父さんは帰って来なかった。お母さんが先に食べましょうって食べたけど、言った本人であるお母さんはぼんやりしてちっとも食べようとしない。私も何だかいつもみたいに喋れなくて黙々とパンをかじった。
そんな静かな夕食を終えてそろそろ寝なさいとお母さんが言った頃、お父さんは帰ってきた。
でも血塗れで、腕が無くなってた。フラフラと椅子に倒れ込むお父さんはただただ赤かった。何も言わずにお母さんはキツく目を閉じてお父さんに抱きつく。お父さんも無言で私とお母さんを抱え込むようにして抱いた。
すると外が急に騒がしくなって私の家のドアが叩かれた。
「シナンという少女をだせ!!!」「直ぐに差し出さなければ反逆とみなしこの町を焼くぞ」と男の人たちの声。
「シナンだめだ!逃げろ!!」「シナン逃げて!!」これはユウゴとカーネルの声。
「うるせぇ餓鬼がっ」その声とガツンガツンと音がしてユウゴとカーネルの声は聞こえなくなった。
「シナンちゃん、早く出ておいで。大丈夫何もしないから」これは町主さんの声。
外の騒がしさはだんだん大きくなっている。
父さんは外の音なんて聞こえてないみたいにゆっくりと私の頭を撫でている。お母さんは「ゴメンね」と言ってポケットから取り出した瓶の中身を私に飲ませた。
滅多に食べれないお砂糖みたいな味がした。こんな時だけど今まで口にしたものの中で1番美味しかった。
「シナン、欲望のままに生きろ」それがお父さんの最後から2個目の言葉だった。
「シナン、知恵を絞って生きなさい」それはお母さんの最後から2個目の言葉だった。
2人の最後の言葉は、
「「どうか幸せであれ、俺の、私の愛しい娘」」
ちょっと色々展開が急すぎて理解出来なかった。
その言葉を最後にドアが開き、入ってきた銀色の兵士たちによってお父さんとお母さんは切り殺された。ワオって思った。
その後には色々あった。私はすぐさま貴族様の所に連れていかれ、あれよあれよという間に養女され、魔力持ちが通う学園に入れられた。なんと私には魔力があったらしい。そしてユウゴとカーネルは頭を殴られ死んだらしい。
何もしていないのに何かによって日常が壊れていくというのは結構恐怖だ。訳も意味も分からず入った学園ではひたすらに虐められる。
でも、なるほどと理解した。と言うより今現在の状況を飲み込んだ。飲み込めざるを得なかった。そして欲望を確認して、知恵を絞って考えた。つまり、
つまり、私は幸せに生きなければならない。それが私の愛する両親の最後の願いだから。
ふむ、なるほど、
「……なるほど、まずは幸せの定義を見つけなければいけないのか。難しいなぁ」
カチリとその時、私の頭の何処かでなにかがズレる音がした。
いやいや待て待て、その前に『生きる』定義もわかんない。息してればいいのかそれとも、最低限の文化的何生活を送らねばならないのか?いや待って最低限ってどのくらいだ?!
「だめだ!難しい!!お父さんもお母さん死に際になんてお願い事をするんだ!!これ叶えるの結構大変だぞ!!」
いつも使っていない脳みそがブワッと動き出した感じがした。水を得た魚の如く私は考え、観察し、確認し始めた。
そして、そう叫んでからもう1年が経ってしまった。未だに幸せの定義どころか、生きる定義すら明確にわかってはいない。ただ、あの時かから私の頭の中ではカチリカチリとなにかが進み続けている。
「ねぇ?幸せの定義ってなぁに?」
と、言うわけでちょっと頭がイッちゃってる系女子爆誕しました。たぶんこういう人居るはず!!と思いながら書いた第1話、如何でしたでしょうか?
色んな感想をとてもすこぶるお待ちしております。