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第十八話

「俺みたいな生意気口叩くような弟さんですか」

 そうして尋ねてみる。すると彼女は、節々を伸ばしながら答えてくれた。

「男系家族の長女というのは、勇ましく育つと決まっているようなものだよ。上はコミュニケーション能力が顕著というわけでもないから、下のやんちゃ小僧の監督するのは、いつも私の役目だった。まま。母のように料理を作ることもなければ、洗濯もしない、ただの遊び相手だったような気もするけど、こうもお節介焼きになったのは、それが原因だったりするかな」

 へー、っと声を漏らすと、お節介焼きの鬱陶しい性質を露呈させ始めた。

「あなたはその弟たちによく似てる。お姉ちゃん心(くすぐ)られるものがあるのよね。こちらの全力を出しても壊れないおもちゃな感じ」

 彼女は意図的に口調を鋭くしたのだろうが、気負うこともなければ落ち込むことでもない。むしろ言い返すくらいの度量はあった。

「まあ、おもちゃで食わせてもらっている立場ですから」

「ふふ。そうして口答えするところ、ほんとそっくり」

 艶かしいのは、おそらく俺の勘違いだ。そこに触れて俺がどうにかできるかもしれないと、どうにかした先にはきっとご褒美が待っているのではないかと、自惚れている。楽観主義の悪いところだ。

「ちょっといいですか」

 男性の問いかけに、彼女と俺は顔を上げ、悪い空気を払拭しようと振る舞ってみせた。深刻そうな男性の表情を察したのも影響したのだろうと、勝手な自己分析と想像を広げる。

「頼まれた件なんですが、発注のミスがあったようで、荷物が届くのが今日の午後になりそうなんですが」

 彼女は驚きや動揺よりもまず、黙考に集中力を割いていた。

 「よし」っと静かに呟くと、また笑顔を作って的確であろう指示を飛ばした。

「まま。とりあえず落ち着いて、そんなに騒ぐことじゃないでしょう?これから向かって、鍵を開ければいいだけの話。荷物の搬入までやってくれるだろうし、見届けるだけで問題はない」

 ああ、これは、前言撤回されるな。

「幸い、ここには暇なフリーターが一名いる。彼が、この世界中で最も適任だよ」

 つまりは、先ほど話に出た練習環境の案件だから、当人である俺が出向いて対処しろということらしい。

「わかりました。どうせ暇ですし、行きます」

「駄々こねるかと思ってた」

「仕事ですし、そこに私情を挟む無礼はしません。……大会の時も言いましたが、俺ってそんなに信用ないですか」

 彼女は平然と頷く。それがどれほど人の心を傷つけるか、今さっき痛感したのではないか。

「弟さんたちの苦労が目に浮かびます」

「これこれ、若者がそうして黄昏るものではない。年取れば、知らず知らずのうちの黄昏るものなんだから、しっかりするべき。私なんて、この前何かしようと思い立って、三十分フリーズしてたから。本当に人生なんてあっという間。いくら人工の臓器を移植しようとも、まだまだ人間は老いには勝てないものだから」

 たとえ人工臓器の移植を受けるとしても、莫大な手術費を支払えると思わない。それなら、尊厳死でもさせてもらって、血なり肉なりを他人のために使う方が、よっぽど公共的だと思う。

「フリーズはまた別の話では」

「とにかく、さっさと行く。はいこれ鍵と住所ね」

 彼女の胸ポケットから出てきたメモ用紙と、鍵を受け取り、そこが都内だということに気がつく。

「ああ、言っとくけど、そこが最も電波環境のいい最優良物件だということを忘れないように。近くに保育園とかあるけど。まま。そこは治安のいいスポットだと捉えておいて」

 それは別に構わない。児童の騒音というのは、別に苦手ではないし、むしろ高校や中学ではないのなら、夜に騒がれるということはないだろう。周囲の騒音をほぼカットしてくれるノイズキャンセリングも発売されていることだし、騒音についての問題は問題になり得ない。

 それよりも、今時、電波環境の劣悪な物件など、この大都会にあるのだろうか。むしろ、珍しいくらいだろう。何もかも、インターネット経由で実現できる時代。ヴァーチャルオンラインなんてざらだし、アンテナを設置すれば、ゲーム環境で困るようなことは、そう起こることとは思えないし、聞いたこともない。

「それは、まあ、安心です」

「そうそう。ともかく安全。そして速い。これなら環境によるハンディも起こらない」

 確かに度し難いもがある。テクニックで負けるのも悔しいが、それ以上にプレイ環境で敗北を喫するのは、度し難い。

「で、私は何をするんだっけ。ああ、そうそう。会議を消化して、荷物搬入の手伝いをする予定だった」

 彼女が確認をするように、これからの予定を口に出すと、報告しにきた男性が、付け加えるように予定を話した。

「あと、今回の遠征の報告書を出すように言われてませんでしたか」

 彼女は逡巡して、パンっと手を打った。

「そうそう、催促されてた。それから美味しいドーナツ屋さん見つけたから寄って、あなたのところに行く予定だった。そこのドーナツありえないくらいうまいから、いい糖分補給になると思って、紹介しておきたくて」

 夜食としては、向かなそうなチョイスだな。深夜の炭水化物と糖分を恐れるほど体調に敏感であるわけではないが、不摂生はプロで戦うゲーマーの天敵になりがちだ。持ち運びやすく、丈夫で、長年使い続けられる身体が好ましい。

 世間では、便利なレーションというのがある。一食分の栄養素が手のひらサイズのワンパックで賄えるというもので、まだまだ恒常的な入荷が困難な価格帯だが、まとめ買いすれば何かと便利で役に立つ。

 食感もさることながら、味の方もフレーバーでは隠しきれないほどの癖があり、ネットのレビューは罵詈雑言の大嵐だが、俺を含めた一部はそこを許容して、需要が生まれ続けている。

 ネットのトップニュースになっていたのが、レーションを発端とする若年層の実食離れ。レーションが原因のいじめが発覚しただとか、人間としての倫理性だとか、論争が重ねられているようだが、俺は、健康被害で死のうとしまいと、便利なものは利用させてもらうだけだ。

「ご厚意を無下にはできません」

「よし。その日のうちに、足向けて寝られなくしてあげるから」

 彼女はそう言い残して去って行く。

 優勝者には、チャンスが与えられなければならない。という彼女の言葉は、おそらく簡単に捻じ曲げたりはしない信念の下に発した意志表明だったのだろう。

 チャンスは一回。大会で結果を残さなければ、彼女の厚意を裏切ってしまうことになる。

 いや、そうじゃない。これは俺のためのチャンスだ。彼女が作り出してくれた舞台で、自分の名誉のために戦う。

 プロになった後のことなんか考えているほど余裕などない。ただやるのみ。やってダメだったら、俺は彼女に謝るしかない。

 雨が止んだことに気づき、ビルを出て、メモの住所をアプリに打ち込み、経路案内の表示に従って、最寄り駅で降車する。駅から徒歩二十分ちょっとと、少し離れており坂もあるが、街の雰囲気は比較的静かで、落書きやらゴミやらはほとんど見かけない。

 駅から自宅までの道のりには、コンビニやファミレス。飲食物には困らそうな激安スーパーや薬局など、生活空間としては問題なさそうな光景が広がり、やがて保育園・幼稚園の児童だと思われる親子とすれ違うようになる。

 さっきの親子は、近所だったのか、幼稚園の表示がされたバスとすれ違う。

 端末を確認すると、目的地はすぐそこで、車道のある道から、二本曲がった細い路地に、目的地の入り口があった。

「すいません。業者さんですよね」

 中型トラックで埋まってしまう狭さの路地の前には、業者と思わしき制服の三人組。いつもお世話になっている運送業者ではなく、大手の引越し業者。トラック積載量ぎりぎりのだろうの大荷物から、運び出すだけでも一苦労だということが窺える。

 作業を止めてしまっているようで申し訳ないが、こちらとて、聞いていた話と違うらしいし、それは不満の色を滲ませても仕方がない。

「お待たせして申し訳ございません。今すぐ開けます」

 反応はない。それは業者として、なっていないのではないか。

 とてとてと近づいていくと、トラックに遮蔽された建物の全容が見えてくる。築数十年の見た目は、古いがまだまだ使えそうだし、何より戸建というのが嬉しいものである。二階建ての戸建は、マンションの一室より騒音に気を使わなくていいのだ。

 鍵穴に鍵を刺し、ガチャっと音がなるまで回して、取っ手に手を掛けひく。

「ん?」

 もう一度鍵を刺して、ガチャっと鳴るまで回して、取っ手に手を掛け引くと、玄関が開いた。

 鍵が掛かってない?

 後ろを向くと、三人組が何事もなかったかのように作業を開始した。わけもわからないまま、おろおろとしていると、玄関の方から名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げた。

 そこに佇んでいたのは、スマートな男性。

「うわ、めんどくさそう」

 俺のぼやきにも、男性は表情一つ崩さなかった。

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