第十六話
国際色豊かだなと思う。
パソコンのモニターを眺めていると思うが、リアルで体感すると尚更思う。
さっき握手したブラジル人は、この大舞台をどのように想っているのだろうか。ぽっと出の俺なんかよりも経験豊富で、俺よりも若く、俺よりもアグレッシブで、観客を興奮させるようなプレイを魅せるブラジル人は、敗者としてどのように振る舞うべきかを知っているだろう。
では、俺はどうだ。何百万の一となったウィナーとして、どのように振る舞うべきが、ゲーム大会を作り上げた運営や、観客や、プレイヤーの期待に応えるものかを知っているか。
答えは否である。
世界中のゲームプレイヤーが知るビックタイトルというわけでもなければ、表舞台に正体を晒すこともない。ただの遊び運が良かっただけの俺。優勝賞金も、旅費として泡と化す、名誉のためだけの大会優勝。
ネットニュースには、日本国籍の「串揚げ団子」だけが載ることだろう。プロアマ合わせた数百万の参加人数を誇る今大会は、決勝進出者百名による遭遇戦によって幕を閉じた。
ソロの遭遇戦とは、すなわち実力だけではなく、強者といかに戦わずして勝ち残るかが重要な要素となってくる。
俺には、最後のブラジル人選手よりも、幾分かの幸運を持ち合わせていただけ。数百万だろうと数千万だろうと、そういうシステム上、「串揚げ団子」の優勝は、スポーツ競技と比べてずっと価値が低い。
一芸に秀でたところで、俺は英語での言葉に、へらへらと手を振るだでしか対応できないちっぽけな存在だということ。これを偉業と言うのだろうか。きっと違う。こんなのは「ビンゴ大会で当選した」くらいの、ラッキーな出来事だとしか思わないことが、事実なのだろう。
「おつかれさま。やったね」
明るい声のする方を向いた。他の関係者のように大会の運営のTシャツを着て、こちらに歩いてくる姿は健気だが、心ときめくものではない。
「ありがとうございます」
「いやいや、もっと喜びなよ。だって優勝だよ優勝!」
ばんばんと、背中を叩くのは結構だが、強さを加減していただきたい。
「痛いです!痛いです!」
「よしっ!祝勝会しよう!こっちの酒めっちゃ美味しいから」
「酒飲めませんし」
俺は成人しているが、酒が飲めない残念なタイプの大人だ。
「え、そうだったの?」
彼女はそんなこと聞いていないように、よぼけた。
「準決で勝ち残ったときも言いましたよね」
ゲーム会社の日本支社から派遣された彼女は、今大会の日本マネージャーとして仕事を務める。いわば、遠征のマネージャーという立場だが、決勝に残ったもう二人の日本人プロゲームプレイヤーの付き添いという面がほとんどなのは、事前にわかっていることだった。
「そうだったっけ?でもまあ、勝ったんだからいいよね!」
優勝の興奮冷め上がらぬプレイヤールームで、彼女は興奮のままに感情を露わにする。彼女だけではない。優勝決定から数分が経っているが、国際色豊かなプレイヤーらが続々と握手を求めてくる。
同じ日本人選手も、勝利を讃えてくれた。ソロの遭遇戦は自国の人間と戦うようなことがあるが、決勝でそのようなことはなかった。円満な勝利。ボルテージが上がるような決着はできなかったものの、完勝と讃えられるような試合。
満足してもいいはずなのに、しのぎを削った選手らに対し、喜びを露わにすることが正しいと思うのに、心から喜べない。それよりも、やっと一つの峠を越えた安堵感の方が、ずっと大きい。
「やあ、すごかったね」
タブレット端末をこちらに向け話しかけてくれるのは、韓国国籍の選手。首にかけたマイクに喋りかけると、タブレット内のアプリが翻訳し、文言で意思を伝えてくれる。ユーザーの言葉を解析し、ユーザーの言語を様々な言語に翻訳してくれるアプリは、オンラインゲームをしてれば、誰もが使ったことのある優れものだ。
アプリの精度は高まり、内蔵された人工知能は、ユーザーのニュアンスに合わせた言葉をチョイスする。八〇パーセント強のニュアンスが伝わるということは、単純な挨拶や簡単な会話は、ほぼ他言語と遜色なく表現することができるということ、らしい。
「あのツーキルの場面は素晴らしかったよ。相当練習したんじゃないか?」
ほとんどタイムロスなく、僕はその言葉に自虐的に答える。
「ええ。あそこは樹木が乱立していて、どんなに上手い人でも必ず数発は外します。だから中間レンジで弾数消費して削り合うのは得策とは言えません。日本予選でも痛い目に遭いましたから、怖いですけど、距離を詰めた方が多くの効率的です。エイムは、血豆ができるくらい練習しました」
笑ながらそうして言葉を述べると、表情と言葉が相手に伝わり、うんうんと頷いて共感のアクションを示してくれる。
「みんなは君が、運だけだったと言っているが、放っておけばいいさ。負け惜しみも大概にしておかなければ、惨めなままさ。次は必ず勝つよ。ああ、あと、もし機会があったら練習相手を頼むよ。いつでも練習相手になるからね」
「ありがとうございます。連絡先は」
「大丈夫。君のマネージャーに連絡係りになってもらうよう頼んでおいたから。じゃあ、今度会った時はお手柔らかにね」
そうして前回大会の優勝者は去っていく。素晴らしいテクニックを持った有名選手も、遭遇戦での運が尽きたら、早々にの敗退となる。そういうゲームの、そういう大会だ。
「よしよし、諸々の挨拶は済んだようだね。このあとは授章式を挟んで、ホテルへ行くことになるのかな?」
「はい。明日の午後便で帰る予定です」
東京に着くのは早朝になるだろう。エコノミーで約十二時間の旅路。辛いのは行きで承知の上だが、優勝したあととなると、幾許か安らぐものであろうことを祈る。
「そうかそうか。こっちは二人を連れて、本社への見学とか予定を消化しなければならないから、会うのは帰国してからかな」
彼女の言葉に、違和感を覚える。
「会う?」
「そそ。もしかして、あれだけのプレイ魅せておいて、声かけられないと思っているんじゃないでしょうね?」
否定はしない。そういう話を耳にしたことがあるし、国内でもそういう前例があるというのは、他の選手と話して入れば、自ずとわかってくることだ。
しかし、これは一回こっきりの遭遇戦。何戦も重ねて、ポイント制によって勝敗が喫するわけではなく、一回きりの時間無制限勝負。
「三時間五十四分二十秒の大激戦を制した初の日本人。声をかけない方がどうかしている」
彼女は端末を操作しながら、俺にそうして言葉をかける。
「それがたとえ運だとしても、五キルは立派な戦略的勝利」
最後に戦うことになったブラジル人は、十三キルなのだが、それでもと、彼女は言うだろう。
「仕事は?」
彼女はそんなことを突然訊ねてくる。
「デバックのバイトとネットの広告収入」
「月収は?」
「平均月収よりかは」
「脱税は」
「していませんし、税理士雇っていますし、人を準犯罪者みたいに扱わないでください」
彼女は「ふふん」と鼻で笑う。
「大会優勝者が悪行を犯したとしたら、こちらにも被害が被るというもの。私は、あなたが輝かしい歴史を歩んだとき、この大会が誉になるような人になってもらいたいの。ほら、テレビのお笑いコンテストでも、ネタがおもしろい人ではなく、売れる人の優勝の方が、大会としての尊厳も上がるじゃない?それと同じ。優勝者には、チャンスが与えられなければならないの」
わかる?と言われて、確かにそうだなと思うが、俺は売れないお笑い芸人にはなれない。それ以下だというのが、率直な自己分析であるし、的を射ていると思う。
現実は厳しい。俺にはネガティブくらいが、現実をちゃんと観ているくらいの計算だ。
「じゃあ、一言二言でいいから挨拶用意しておいてよ。別にいいけどさ、日本語ばかりで受け答えしていると、こっちの関係者に渋い顔されるの。載るのは文言だけだってわかっているくせに、そういうところまどろっこしいよね」
去っていく彼女の後ろ姿に、ただならぬ焦燥を掻き立てられ、冷や汗をかく。
そんなことは事前に聞いてもいない。