就活戦士と無知な赤服2
3
就活戦士としての自負がある俺は、当然GDも数多くこなしてきている。
司会から書記、タイムキーパー。
ロジカルシンカーや傍観者まで。
政治問題や経済問題。
事業に密接に絡んだアイデア勝負まで。
ありとあらゆる役職で、ありとあらゆるテーマを乗り切ってきたのだ。
ということはまったく歯がたたなかったということになる。
……だって、学生だけで話すならまだしも、いかつい顔したおっさん共に囲まれて真面目に議論するんだぜ?
殺す気まんまんの視線を背中に浴びながら地域進行について話すとかどんなプレイだよ。
まあ面接官が若い女性の時もあったけど、それはそれで変に緊張してしまうし。
つまりは向いてない。
「まず最初にテーマを差し上げます。それについて各自1分考え、順に意見を発表していってください。その後に、討論タイムに移ります。形式は問いません。どのような手順でもかまいませんから、最終的な結論を出してください。時間制限は……」
受付に立っていた若い眼鏡の社員が説明を続けている。
正直どのGDも変わり映えせず、言うことはいっしょだ。
俺達は各自グループが割り振られ、それぞれが既に持ち場についていた。
見慣れたものである。
……規模の違いを別にすればだが。
いっきに50グループはどうかしてるだろう!!
「では、今から実際のテーマの紙をお渡ししますので……」
左右前方360度。
あらゆる方向に向かい説明を施す社員も大変そうだ。
テーマの紙が一通り配り終わっても、何かを待つかのような神妙な面持ち。
これだけの人数で、これだけの光景を見せられては、こちらの緊張もしぜんと高まってくる。
俺の心臓はもうバクバクだ。
時計が定められた時間を打った。
すうっ。
軽い息が聞こえたかと思うと。
「はじめ!!」
幕は落とされた。
途端に学生が与えられたテーマへと吸い寄せられる。
俺も背中におっさんの視線を感じながら伏せられていた紙を裏返した。
人数がどうあれ、とにかくやるしかないのだ。
それに、どれだけ多かろうと、結局GDはそのグループ単位の評価である。
いかに喧嘩せず、討論活動そのものを上手く回せるかがポイントなのだ。
ちなみに。
俺男女男女男。
この並びに加え。
紅白堂々たる男女がテーブル上座にデンと位置しているのが俺のグループだった。
……詰んだ。
*・*・*
4
テーマは、ずばり『就職について、望ましい姿を呈示せよ』。
それだけだった。
図表も何もない、極めてシンプルな問題。
それだけにまずどう定義づけをし、何を論じるかによって方向性が全然変わってくるシロモノ。
各自の意見にも、慎重な姿勢が窺える。
「私は就職は、一種のギャンブルだと思います。」
「僕は就職は、人生の価値を広げる大きな機会だと……」
「就職とは、生きる範囲が格段に変わる機会であって……」
「そもそも就業とは何でしょうか?」
きれいごとをいうやつに、ちょっと切り込んだ視点を望むやつ。
あからさな媚を売るやつに、意見ともいえないような言葉を吐く奴。
まさに色々である。
ある程度統一されてる方が望ましいんだけどな……紛糾とかしたらどうしよう。
にしても、仮にも採用担当の人間の目の前で「就職について」語らせるんだもんな。
これ以上ない、絶妙な問題。
「え、ええと、就職は、そうですねえ……」
言葉を無理につなぎながら、なんとか俺が喋り終わったところで。
「そもそも就職ってしなきゃいけないのかしら?」
「生活説計ガタガタな人見るとどうなんだろうと思いますよね?」
紅白の巨大な爆弾が投下された。
……おお、もう。
「就職って何なのかしら。なんで人間って働くのかしら」
「非正規雇用の数がどんどん増えてるらしいですけどね、何考えて生きてんだーって感じですよ」
紅い女が哲学を語り。
白い男はドヤ顔で現代日本に一席ぶつ。
「アーレントが言うには、あたし達には労働だけで、活動が足りないらしいわよ」
「人権派団体とか、そういう感じの人達なら、人間の権利だとか、人の勝手だとか、そういう感じでごまかすかもしれませんけどね。仮にも就職するなら……」
「公共空間の問題よね。そもそもが、政治にしても経済にしても……」
「メーカーにしても小売りにしても、どうしてこう文系の人って……」
ディスカッションとは何だったのか。
俺は大きなため息をついた。
……どうやら、ここもダメそうだ。
*・*・*
5
最悪な空気のままGDは進行していった。
本来これほど路線から逸脱したGDは早々に修正されるか中止を求められるかするもんなのだが。
どうもこちらの会社は放任主義らしい。
つまりはこの地獄があと40分は続くということだ。
……死ぬ。
「皆さんの意見もお聞きしたいですね」
それまで自分一人で話を進めていた白服が、唐突に話題を振ってきた。
凍ったように動けなくなっていたごく普通の就活生達の体がびくっとはねる。
おいおいまじかよ。
全体評価とはいえせめて大人しく過ごしてどうにか無難にやりきろうと思っていたのに。
放り込んできやがった。
思わず顔を見合わせる俺達。
白服はにやりと笑って
「就職について。この赤服の女のコはどうも現実が見えていないようだから……」
その長身をまるで誇るかのように丁度正面に陣取る赤服に嘲笑をあびせる。
「現実が何よ。あたしはそんなもの知りはしないわ!!」
対する赤服もその地雷度では負けてはいない。
というかこっちの方が負けん気が強い分たちが悪い。
「それに、わたしは赤服なんて名前じゃない。アカネよ、紅音。」
「では、紅音さんのご意見について、皆さんはどう思われますか?」
白服はそう言って俺達を見回した。
そんなこと言われても……
正直帰りたい。
「どういうことなの……」
右隣にいる女子学生が呆れとも絶望ともつかない声をもらす。
同感だ。
こんなんのどうすりゃいいんだ。
……単なる意見としてなら、白服の方に分がないでもない。
赤服……もとい紅音の意見は、所詮は理想論というか。
キャリアプラン諸々を真剣に考えた白服の方がテーマにもよっぽど則しているだろう。
現実的視点と言える。
ただ、それをこんな煽るような口調で、相手を貶めるような言い方では確実にダメなわけで。
何回かGDを台無しにする人間=クラッシャーに出会ったことはあったが、こんな極端な例は初めてだった。
「ええと……うーん」
ぶっちゃけどう切り出していいか分からず、ボロボロと言葉がもれる俺。
40社エントリーして一個も内定が出ず。
試しに受けた企業の一次選考でこんな地雷にぶちあたるとか。
俺が何したっていうんだ!!
……やばい泣けてきた。
「ん?」
「ええと……そうですねえ。就職をするにあたっては、白木さんのおっしゃるように、理想論だけでは語れないものを見据えるのが大切だとは思います。」
そう言ったのは、いかにもスポーツマンっぽい男子学生だ。
人を率先してひっぱっていくタイプと見た。
相手が相手だけに中々発言できなかっただけで、本来はこうした表に出るタイプなのかも。
「わ、わたしもそう思います。」
続くは大人しそうな顔をした女子学生。
こちらもおどおどしながらも、やっとGDらしく発言出来たことにほっとしたようだ。
「お、わ、わたしも」
「僕も」
「し、白木さんの意見の方が説得力があるかと……」
続々と出る肯定意見にどこか満足そうな白服(今気がついたが本名は白服というらしい。)
対するは紅音。
不満そうに「むー」と唸っている。
俺はさりげなく面接官の方に視線を向けた。
中々表情は読みづらいが、いっけんしてそれほど不快そうには思えない。
……もしかして、いけるのか?
この紅白組はともかく、残りの学生はきちんと発言さえすれば、もしかしたら……
きちんとしたGDにはもはや戻しようがないが、これをどうにか形、結論にさえ持っていければ……
俺にも春がくるかも!!
俺はごくんと唾を飲み込む。
「やはりそうですよねえ、ボクの方がよっぽど色々考えている。紅音さんの意見はとても
、子どもっぽいというか」
「どこが子どもっぽいっていうのよ!!」
「だって、就職するにしても、飲食はないでしょう。今後の人生キャリアを考えた場合、そんな激務な業界では……」
「人間、やりたいことを好きにするべきよ!!」
しかしこの流れはまずい。
この紅白爆弾が対立しているのは仕方ない。
だが、今の現状だと、たとえ一理あるとしても白服の差別的な意見に他学生も同調していることになる。
それじゃだめなんだ。
GDは対立するんじゃなくて……
「就職って、ようは社会に出るってことでしょ?その時にどうするかなんて、そいつの勝手じゃないの」
「甘いなあ、紅音さん。甘い甘い」
「そうですね、もうちょっと現実的に……」
まとめる力。
上手く収める力。
このヒートアップした現状を……
「時間です。それでは、各班発表の方お願いします」
社員の合図によッて、それまで沸き立っていた会場がシーンとなる。
緊張の瞬間。
やばい。
まったく収まってない、喧嘩状態のまま終わっちまった。
これだと……
「就職における望ましい姿とは、自身の能力をまずは高めることだと、当班では考えました……」
次々に発表されていく結論。
それがまわってきたところで
「では、●班、お願いします。」
「うーんと、じゃあ発表はボクが……」
マイクを受け取ろうとする白服。
「ま、まってください!!」
俺は声を張り上げた。
「……?」
怪訝な視線をよこす白服は気にしない。
俺は半ば強制的にマイクをこちらに回してもらう。
緊張しながら。
背中に流れる嫌な汗を意識しながら。
スーポツマンの男。
大人しそうな女子。
気の弱そうな眼鏡。
その他諸々の普通の学生。
長身のマウント取り野郎。
そして水沢紅音。
「なに、こいつ?」的な視線を向けてくるそいつにも臆せずに。
俺は結論をつぶやいた。
「『こういった状況』で、対立する意見をまとめ……まとめなくても、それに『適する力』。耐える力。それが一番求められることだと思います。」
就職における、就活戦士としての結論を。
*・*・*
6
結果、落ちた。
まさかの即日。
いやまあ正直あの状態から逆転なんて冷静に考えたらありえないからむしろ当たり前ではあるのだが。
だとしても終わってちょっとしたら班ごとに合格不合格が下されるとは……
企業のドライさにビビる。
案の定の結果とはいえそもそも落ちたことに恐らく非はない他学生たちはここぞとばかりに紅音と白木に悪態をついてまわっていた。
あのさわやかなスポーツマンや大人しそうな女子の陰湿な面なんて見たくなかった。
俺にはそんな気力もなく駅に向かってただとぼとぼと歩くのみ。
「はあぁぁー」
しらないうちにため息がでる。
足取も重く、どうしたものかと思案する。
これから俺は何をするべきか。
いっそ就留するか、それとも既卒で頑張るか…
就留したらそれこそ金がかかるし。
だからといって既卒も新卒扱い(笑)状態なので不利かも知れないし……
どうあがいても絶望である。
なにこの重い現実。
にしても、就職ってほんと運だよなー
あいつにさえ会わなければ少なくともここは……
「ちょっと、あんた」
声が聞こえた。
「ちょっと!!」
あまりのショックに頭真っ白になっていた俺は、それが俺に向けてかけられた言葉だということにはじめ気がつかなかった。
しかしなおも執拗に呼び続けるその声に、俺はさすがに
「……お前」
「今ちょっといい?」
水沢紅音。
まさにいま俺が文句をつけていた人間。
その人だった。
「今は…まあ、別に」
「あんた駅まででしょ。わたしも一緒に行くわ」
そうしてさも当然のように横にならんで歩く。
えぇ……
ただでさえもう関わることもないだろうとたかをくくっていたのに。
さらに足が重く。
気分も沈む。
面と向かって文句をいうわけにもいかず、もやもやしたままだ。
「……悪かったわね、今日は」
しばらく黙って歩いた後。
突然そういわれた。
俺は驚愕でめを見開く
「えっ……」
「何よ、そんな驚いた顔をして」
整ってはいるが傲岸不遜な態度でばをかきみだした女。
そんな彼女が殊勝にも謝ってきたことで、素で驚いてしまった。
「…どういう?」
「だ・か・ら、謝ってるのよ」
口調は荒く。
ただどこか肩をすぼめた小動物みたいな態度でそれを言う。
「えっ……あ、ああ」
「あんた、まだ、内定出てないんでしょ。悪かったわな。チームワークを乱しちゃって」
「い、いや、そんなことは……」
……ないとは言えないか。
紅音は俺の言葉を待たずに
「あたしも、こんな性格で、しかもあの白服が言ったように『現実が見えてない』ものだから」
どこか自嘲気味に
「内定がでなくて、苦労してるのよ」
「でしょうね」
それは見てりゃ分かる。
「……少しは否定しなさいよ」
「いや、悪い」
「まあ、別にいいけど。ほんと、なーにも知らないのよね、あたしって」
それからは、お互い駅に着くまでの短い時間、語り合った。
水沢紅音は最初の印象どおり、めちゃくちゃな性格で、不遜で。
それでいて美人で。
よく分かんない、めちゃくちゃな奴。
自分で言っていたように、就職についても、社会についてもあまり心得ていないようだった。
俺も人のことは言えないけど。
「あたし、文学部だから」
その一言で全てを説明した気になってるのはおかしいけどな。
俺も自分の軽い生い立ちや就活状況を語り。
存外にも、楽しい時間だった。
これは……
「じゃ、ここまでね」
やがて。
駅に着いた俺たちは、乗車方面が正反対だったのだ、その場で別れることになる。
「今日は悪かったわ」
「いや、そんなことは……」
あると思う。
俺の顔に浮かんだ正直な感想を紅音も読み取ったのか、どこか不服そう。
俺は笑った。
「まあ、結果的には良かったよ」
なんか元気が出た。
「まだ就活頑張ろうって思えてきた」
「そう?頑張んなさい。吉報期待してるわ」
まるで他人事のように…実際他人事ではあるのだが。
俺は苦笑しながら
「それに、就職に関する新しい考えも得られたしな」
「あら、どんな?」
眉をあげる紅音に。
俺は指を突きつける
「お前」
「?」
「つまりさ」
俺は少し考えをまとめて
「今まで俺もあの白服みたいに、ずっと『現実的』な視点にばっかりこだわってたんだよな。業界とか、勤務時間とか、いろんな指標に」
「ふーん。それで?」
「で、上手くいかなかった。だけど、お前たち二人を見て思ったのがさ」
全ての『現実』を知るなんて、土台無理だということ。
そして、そもそもそういう『現実』がーー残酷な真実がーー存在するとしてもだ。
「それはドヤ顔でいうことじゃねえ」
「プッ……ええそうね。確かに」
真摯に向き合って、悩むべきことだろう。
ドヤ顔でそれを指摘する白服は、だから上手くいってないんだと思う。
「そこにあたしはどう関わってくんの?」
「つまりさ、『現実』なんて全部知りようがないし、それをドヤ顔で指摘するのもおかしい以上さ」
紅音の言うように、なにも知らない方が。
いや、なにも知らなくても、夢を語っていくのも、いいようなきがしたのさ。
「俺達はみんな多くの事柄に関して言えば、エンドユーザーみたいなもんでさ。全部知らなくても生きていけるわけで」
なら、自分の信念さえ持っとけば案外良いような気がしたんだ。
「ありがとよ。お前のおかげで、なんか、心が軽くなった」
「!?べ、べつにあたしは……」
頬をなぜか赤らめ、全身真っ赤になる紅音に。
俺はそれを見ながらにっこり笑った。
「とにかく、ありがとう」
「……まあ、元気になったなら、それで良かったわ」
きれいな笑顔で紅音もそれに答える。
俺達の就活はこれからだ!!




