就活戦士と無知な赤服
1
なんというか、全体的におかしな会社だった。
といっても、どこがどうというわけじゃない。
リクナ●の採用サイトにしても、よくある笑顔の大集合と、歯が浮くような使命を高らかに唄っていただけだ。
ただ、どうもそれまで経験した『オンシャ』とは違うものがあったもの確かで。
●×駅前徒歩五分。
天高くそびえるビルの五階。
ひしめくテナントの一角を占める『そこ』に足を踏み入れるところから、それは始まる。
「こんにちは!!お名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
爽やかな風。
スーツをビシっりと着こなした俺ともそう年の変わらない眼鏡男がにっこり笑う。
俺もぎこちない笑顔を浮かべながらそれに応えた。
「こんちには!!本日はよろしくお願いいたします。」
名前を告げると、眼鏡男が名簿と照らして確認する、お決まりの展開。
「ん?……ああ、早野さんですね」
一瞬予約出来ていなかったんじゃないかとこちらをヒヤリとさせるのもいつもの流れだ。
「では、もうしばらくですので、こちらでお待ちいただいて……」
かなり広い部屋に通されると、俺は掲げていたバックを床に、静かに席についた。
どこに人事の目があるか分からないので、背中はピンと張ったまま。
それでも気分を落ち着かせるために、軽く力を抜く。
ついでに息を吐いたところで、俺はまず始めの『異変』に気がついた。
いや、居るわ居るわ。
一次試験がグループディスカッションというのは採用試験としてはそう珍しいものでもない。
『オンシャァ!!』にしてみれば学生は効率よく選別したいわけで、なるたけ多くの人間をふるいにかけることが大事なのである。
……にしてもだ。
多い。
この『オンシャァ!!』は東証一部上場とは言えそんなに有名な企業というわけではない。
だからといって隠れ優良企業とかいう謎のカテゴライズで倍率が高い企業でもないはずだ。
割とありふれた専門商社さんなのだ。
なのに多い。
軽く百人は超えてるんじゃないか?
採用予定人数10人だぞ?
や、エントリー総数としては百人や二百人、果ては千人は珍しくもないとしても。
一回のグループディスカッションでこの人数は異常だ。
あれ、俺本当にGDに応募したんだよね?単独会社説明会に来たんじゃないよね?
会場の熱量にあてられ、おいおいマジかよという感情を押さえきれなくなってきたころ。
「ここ、空いてる?」
そいつはやって来た。
「え?は、はい」
自分に声が掛かったことに気づき、慌てて気持ち三センチくらい椅子を移動させる。
途端にストン!!と音がしたかと思うと、視界にけばけばしい色が投じられる。
「っ!?」
赤。
赤い。
周りに並み居る黒色就活生達をものともしない、圧倒的色彩。
女。
美人。
長髪。
赤髪。
紅いドレス。
「えっ!!は、?えっ!?」
思わず声がもれてしまった。
するとその赤い女はこちらに視線を寄越し
「何か?」
と怪訝な表情を向けてくる。
いやいやいや。
何でそっちが不思議そうなんだよ!!
明らかに浮いてるのはあんただろ!!
と思っていると……
「ああ、なるほど」
何かに勝手に納得した様子で
「あたしの名前は紅音。水沢紅音よ。でもおあいにくさまね。あたしは……」
「えっいや……いやいや……は?」
俺がいつアンタの名前を聞いたんだよ!!
「だって物欲しそうな顔をしてたから……てっきり女子就活生目当てのナンパ野郎かと」
んなわけあるか!!
誰がこんな人間赤信号に……
「こんちには。すみません、こちら、空いてますか……?」
「えっ、ああ、どうぞ……」
混乱しきった頭のまま振り向く俺。
「!?」
今度は白が来た。
*・*・*
2
なんだこれは。
俺がいったい何をしたというんだ。
いやまあ売り手市場のこの時代に、こんな時期にまでNNT(無い内定)な俺の能力のなさが寄与しているのかもしれないが。
だって仕方ないじゃん!!
40社エントリーしてまさか内定0とは思わないじゃん!!
最終面接まで進んでも、期日までに何も言ってくれない照れ屋さんなオンシャァ!!にいくつ当たったことか。
ってか何も言わないってなんだよ。
せめて祈れよ。
フ●ック!!
「?……どうかしましたか?」
なぜこの白服も当たり前のように怪訝な表情を浮かべているのだろうか。
おかしいのはお前だ。
よりにもよってその長身で。
全身白一色はさすがに変だろう。
「いや、ええと……別に」
どうしてかこちらがしどろもどろになってしまう。
白服君は相も変わらず怪訝な表情で、俺の左隣に座った。
右には赤服赤髪女。
左には長身白色男。
なんだこれは。
俺がなにしたってんだ。
「…………はぁぁ」
思わず頭を抱え込む。
やっぱあれかなあ。
全部の選考結果が出終わるまで行動しなかったのがたたったのかなあ。
弾を補充するのが遅すぎて、こんな変な企業(というよりもその志望者)に当たってしまったのだ。
や、異様にGDの人数が多いのは、まあそういうこともあるんだろうねで済むんだろうけど。
それに赤服と白服のダブルパンチはキツイ。
俺はこんなのと一諸に受けるのかとか。
そういう人間が目指す企業なんだとか。
いやでも色んな考えが浮かんできて……
……ていうかホントなんでそんな服装なんだよ。
受験案内の『あなたらしい服装』なんて建前にきまってるじゃん。
せめてノージャケットとかそのへんだろ。
どういうインパクト与えようとしてんだよ……
「失礼ね、これは私服よ」
それはそれで怖い。
「人多いですねえ~~」
白服はあたりをきょろきょろと見回している。
いつの間にか二人に挟まれて会話する流れになってしまっている。
うぅ、悪目立ちだけはすまいと思ってきたのに……
「こちらは第一志望ですか?」
いきなり食い込んでくる白服。
無駄に数だけこなした就活戦士の俺は、普段ならそんな腹の探り合いも華麗にかわしているところなのだが。
なにしろ今回はいきなり強烈なブローを食らわされているわけで。
頭が回らず正直に答えてしまう。
「いや……未だにNNTで、正直内定が出ればどこでもって感じで」
「ああ、そうなんですか。実はボクもそうなんですよ。」
にこやかな笑みで確実なショックを与えてきやがる。
俺は最低限のTPOも弁えられないような奴と同レベルなのか……
「あら、奇遇ね。あたしもよ。ここで丁度40社目」
さらに傷を広げるのは止めろ!!
そうやってショックを受けてる間にも続々と学生は集まってきており、会場は静かな熱気に包まれていく。
誰もがその上に緊張を貼り付けている。
ワックスでびしッと決めた男や。
どこかあか抜けない化粧の薄い女子。
画一的なリクルートスーツに身を包んでいるとは言え、それぞれが各々個性を備えている。
採用面接には、それだけで十分だろう。
何万人と学生を見てきた人事にとっては、そんな僅かな違いでも判別材料になるのだろうから。
……だから紅ドレスやのっぺり白服は止めてくれ。
「僕、ちょっと浮いてますかね?」
まだまともな感性を備えた白服と
「あら、むしろこれくらいの方が目立っていいわよ。人事だって、同じような黒服の小さな違いで喜ぶよりは、こういう個性的な方が……」
違いが極端すぎる。
どんなア●体験だよ。
「皆さま、長らくお待たせいたしました。本日は弊社第一次選考試験にご参加いただき、ありがとうございます。」
そうこうしているうちに。
絶望の幕は上がった。




